とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第十六話
時空管理局において、隔離施設と保護施設には明白な差異が存在する。その際たる違いは、手順だろう。
隔離施設は犯罪者の収容施設で、主に年少者や若年者の魔導犯罪者が収監される所である。拘置所とまで呼ばれないのは、牢獄的な意味合いではないからだ。
どちらかといえば更正施設としての特性が強く、収監された人物に適切な教育を施され、社会復帰を目指す事が目的の施設である。
収監される際は魔力や能力をほぼ完全に封印した上で収監される。
「イリスとイクスヴェリアはここ、保護施設に移されているんだな」
「はい、手続きは終えましたのでご案内いたします」
イリスとイクスヴェリアは特別保護施設へと移設され、マリアージュは全機体が破壊された。
ミッドチルダ追放の実刑宣告を受けた彼女達は本日、刑の執行が行われる。二人揃って一切の反論はせず、唯々諾々と受刑を受け入れた。
従順な姿勢と刑の執行による配慮が認められて、彼女達はこの特別保護施設へと移されているのである。
フィル・マクスウェルが捕まった以上、彼女達はもう危険ではない。
「封印処置こそされているが、隔離施設ほど刺々しい雰囲気は感じないな。
俺が生まれ育った孤児院に似ている」
刑の執行と仰々しい扱いを受けているが、実質彼女達を追放するのは俺達特務機動課である。
本来であれば刑の執行は時空管理局が責任を持って行うのだが、惑星エルトリアの生体ユニットであるイリスと冥王イクスヴェリアの刑は困難を極めた。
決して表沙汰には出来ない存在であり、軽々しく扱える連中ではない。そこで時空管理局の部隊であり、聖王教会の神輿である俺達に白羽の矢が立ったのである。
俺達は一緒に島流しとなるが、同時に彼女達を監視する責任ある立場となったのだ。
「隊長の印象は間違ってはおりません。保護施設は更生面よりも、心身育成を主としております」
そうした面倒な手続きや事務処理をすべて滞りなく行ってくれたのが、副隊長のオルティアである。彼女はこのままミッドチルダに残って、特務機動課の統括を兼務する。
彼女が案内するこの保護施設は希少能力や特別な魔力を持ったせいで、事件等に巻き込まれた子供達を保護する施設だ。イリスやイクスヴェリアのような存在に適した場所と言える。
保護施設のプログラムはオルティアが唱えていた健全な心身育成が中心で、メンタル面のケアも含めたプログラムを実行しているらしい。
本日刑の執行と共に、彼女達はこの保護施設を出所する。
「隊長が来られた事はまだ本人達には告げていません。現在の彼女達の様子が、分かりやすく見えるはずです」
「なるほど、児童参観を告げれば子供達だって格好つけてしまうもんな」
イリスやイクスヴェリアの更生は都度報告を受けているが、やはり実際に目にするものは違う。今日は卒業試験も兼ねて、俺は極秘で迎えに来ているのだ。
本日刑の執行は告げているが、彼女達には俺がいつ来るかは伝えていない。刑の執行という極限の状態に置かれる事により、彼女達の本性が暴かれる。
若干悪趣味な気もするが、罪を犯した彼女達への配慮を思えばむしろ甘いくらいだろう。彼女達は本来、徹底的に監視される立場なのだから。
オルティアの案内で、彼女達が収容されている一室を別の部屋で伺うことが出来る。どれどれ――
『じゃ、じゃあいくわよイクス』
『いつでもどうぞ、マスター』
『マスターはやめなさいって言ってるでしょう!?』
――イリスとイクスヴェリアは、立ち直っていた。
壊すのならいつでもいいと言わんばかりに自暴自棄だった、二人。追放を命じられたときも受け入れるどころか、早く殺してほしいとさえ訴えていた二人。
フィル・マクスウェルの暴虐があったとはいえ、自分が犯してしまった過ちに苦しんでいた少女達。未来を見ず、過去にとらわれて苦しんでいた。
その二人が、元気な顔を見せている。
『貴女が私を眠りから覚めさせて、ヴァリアントシステムによる手術で病気を治してくれたのです。
理由はどうあれ感謝はしていますし、今でも貴女の力になりたいと思っているのですよ、マスター』
『ふん、死にたがってたくせに』
『御父様が、諭して下さったのです。貴女の力となることが、私に出来る償いであると』
『あ、ああ、あいつを父と呼ぶの!?』
『昨日、養子縁組の書類にサインしましたよね』
『うぐぐ、だ、だって。借りは作りたくないし……』
『五十七時間も悩んで得られた結論は重宝するべきですよ、マスター』
「五十七時間も悩んだのか、あいつ!?」
「人間素直が一番だと、彼女を通じて私は学びましたね」
――オルティアはオルティアでちょっと、素直すぎると思う。氷の乙女とまで呼ばれている美女のくせに、雑誌のインタビューで隊長は敬愛する上司とか平然と言ってやがるからな。
養子縁組の話は以前から伝えている。子供なんてもうじき十八歳の俺が持つには早すぎると思うが、シュテル達やヴィヴィオ達を受け入れた時点で諦めた。
イリスとイクスヴェリアの責任を取る立場として養子縁組は最強のカードで、レジアス中将やカリーナお嬢様は有無を言わさず承諾した。徹底的に押し付けるつもりらしい。
イリスは悩みに悩んで、ようやく俺の子供になることを受け入れたらしい。
『仮は作りたくないから子供になるという理論はやや理解に苦しみますが』
『ふん、アタシのような可愛い子を我が子に出来るんだから万々歳でしょう』
『そういう気持ちがあるのなら、素直に甘えて喜ばせるべきでは?』
『う、うるさいわね……だからこうして練習しているんでしょう!』
『はい。では私を御父様と見立てて、呼んでみて下さい』
『スーハー、スーハー……お、おお、お、お、おと、お父――あああああああああああああああああああああ、無理いいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?』
「そんなに嫌なのか、あいつ!?」
「見て下さい、隊長。事件の最中にユーリさんから攻撃を受けた時より苦しんでいますよ」
「俺は害虫か何かなのか!?」
なるほど、更生はしているようだ。元気に立ち直ったようだが――生意気な性根は、一向に改まっていない。
こんな奴がこの先我が子になるのかと思うとうんざりするが、冷静になって考えてみると俺の子供達は良い子ばかりなのでイリスはむしろ等身大かもしれない。
そもそも子供というのはあれくらい生意気なのが普通であり、ユーリ達のような物分りの良い子なんて本来少数しかいないのだ。
子供が全員愛らしい天使ばかりであれば、世の中児童虐待や育児放棄なんて起きていない。
『この調子では出所できませんよ、マスター』
『うるさい、うるさい。じゃああんたがやってみなさいよ!』
『御父様、私のような子供を迎え入れてくださってありがとうございます。
家族の一員としてお父様を支え、敬愛し、大恩を返すべく努力してまいります。
改めて、贖罪の機会を与えてくださってありがとうございました』
「この前まで死にたいと言ってたやつが、いつの間にあれほど立ち直ったんだ!?」
「隊長が何度も足を運び、お話をされた成果です。ご立派ですよ、隊長」
「何でも褒めるよな、お前は」
正月に餅を食わせて、書道をさせた記憶くらいしかないのだが、あんな他愛もない会話で立ち直ったのか。子供ってのは分からない。
別に立ち直らせようとして、何度も訪問したのではない。自分に人を諭すなんて真似は出来ないし、そもそも育児経験があまりないのだ。
ただ桃子達が俺にしてくれたことを、そのままあいつらにしてやっただけだ。たった一人でも、自分の身を案じてくれる大人がいるのだと、伝えたかった。
一人ではないのだと分かったから――俺は苦難の中で、剣を持って戦えたのだから。
『私達の刑の執行は今日です。お父様も間違いなく来られるでしょう、時間がありませんよ』
『プレッシャーを与えないでよ! うーん、うーん……そうだ、お父さんなんて言う呼び方がいけないのよ』
『また新しい珍説を聞かせてくれるのですね、マスター』
『馬鹿にしているでしょう、あんた!?
そもそもお父さんだなんて、まるであいつを本当の父のように思っているみたいじゃない』
『見事な珍説じゃないですか、何を言っているのかちょっと分かりませんでしたよ』
『あーあー、聞こえない聞こえないー!
ようするに、父っていう単語をつけたくないのよ。なんか慕ってるみたいだし』
『名前で呼ぶのはどうですか』
『いやよ、こ、こ、こ、こ、恋人みたいじゃない!』
『そっち方面でも照れられると、扱いに困るんですけど』
「もう養子縁組の書類を破け、オルティア」
「可愛らしいと思いますよ、隊長」
どうしたいんですよ、あいつは!? もう百年くらいここで教育を受けていろと言いたくなる。
俺が顔を引き攣らせているのを横目に、オルティアは微笑ましそうにしている。心身の育成は成功だと、確信しているようだ。何故だ。
落ち込んでいるよりは元気になっていてくれたほうがいいのだが、思っていた以上に元気すぎて逆に憎たらしくなってきた。
まったくあいつは、変わりもしないな……
『もー、なんであいつの事でこんなに悩まないといけないのよ』
『お父様の子になるのは嫌ですか、マスター』
『嫌じゃないから悩んでいるんでしょう、変なことを聞かないで』
『! ふふ……』
『? 何よ、急に笑って』
『いえいえ、私のマスターは可愛らしい人だと思いまして』
『ハァ? いきなり意味不明なんですけど。
……たく、あいつもいつになったら来るのよ……待たせるんじゃないわよ』
『ああ、なるほど。不機嫌なのはそれが理由だったんですね』
『何勘ぐってんの、あんた!? 寂しいなんて言ってないでしょう!』
『今ハッキリ言ったじゃないですか』
「……そろそろ迎えに行ってやるか」
「ふふ、ご案内します」
まだまだ仲良くなれそうにはないけれど、これからいい関係を築いていければいいか。
一人くらいは、生意気なガキだっていてもいいだろう。決して、性根が悪いわけではないのだから。
イリスとイクスヴェリアが、出向メンバーに加わった。
――そして、最後のメンバーは。
「やっぱりお前も行くんだな」
「あんたは、あたしがいないと駄目でしょう。あたしは元幽霊なんだから、エルトリアの環境くらい平気よ。
ナハトヴァールはリーゼアリアが面倒見てくれるから大丈夫。あたしたちの留守は全部、この前の事件で面倒かけたリーゼロッテに押し付けたから」
「お前とリーゼアリアのコンビが、極悪すぎる」
「そんじゃあ、行くわよ」
「おう」
アリサを連れて、俺は惑星エルトリアへと旅立った。
<続く>
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