とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第十話
ラーメンを一緒に食った後、リスティとはすぐに別れた。そのままデートと洒落込むほど、俺達はおめでたい関係ではない。
快活に別れを告げた彼女の姿を見れば、粗悪になった関係も払拭されたのだと分かる。それだけでも今日、会えてよかったかもしれない。
今晩まで予定は特にないが、このまま家に帰っても欧州の姫君達と我が子との壮絶なバトルを観戦するだけで、身も蓋もあったものではない。
腹ごなしに散歩でも――と考えたところで、黒の高級車が眼前で容赦なく横付けされた。
「こんにちは、良介。時間はあるわね」
「場所も時間も断定されている!?」
「生憎だけど、現代における貴方のスケジュール管理は徹底されているの。話を聞きたいから、車に乗りなさい」
「……はい、さくらさん」
綺堂さくら。月村忍とかいう女の叔母で、俺がこの海鳴で頭の上がらない人間の一人である。
今まで数多くの大人に世話になっているが、現在進行系で面倒を見て貰っているのがこの人である。
夜の一族の世界会議で見事月村すずかとファリンの権利を勝ち取れたまではいいのだが、日本拠点の責任者をカレン達から押し付けられて従事働かされている。
リスティと話した直後に来るまで乗り込んできたということは、海鳴における俺の行動を把握しているということだ。
「ラーメンを食べた後なら、喫茶店の方がいいわね。忍達の邪魔が入らないところへ案内するわ」
「行動を全て熟知しているのが怖すぎるんだけど」
「それくらい把握しておかないと、すぐにお冠になるのよ」
誰とは言わないけどね、と言葉ではなく態度で肩をすくめる西欧美人さん。あの女共、俺がいない間よほど幅を利かせているらしい。
随分な予定外行動となってしまったが、確かに一度どこかで話さなければならないとは思っていた。
いつも自分の都合ばかりで行動していたのだから、たまには相手の都合を考えて行動するのもいいだろう。特に抵抗せず、連行された。
車で連行された喫茶店は、実に懐かしい場所だった。去年の春頃、一緒にコーヒーを飲んだ店だ。
「あれからもうすぐ一年、長いようで短かったわね」
「ああ、まさか一年越しにまたあんたと飲む日が来るとは」
「本当に。これほど私というか、私達の事情に踏み込んでくるとは夢にも思わなかったわ。
状況が劇的に変わりすぎて、今でも目が回りそうだもの」
一年前、月村忍と出会った春の時期。高町家でお世話になり、花見を楽しんだ頃の季節。あの頃の桜の花は、疎ましく咲いていた。
他人との交流を極度に絶っていた頃であり、孤独であることに疑問を感じない日々。他人の優しさに気づかず、自分に甘えていた毎日。
今でもそうだが、去年なんて我儘なガキでしかなかっただろう。尖ってばかりだった自分は、綺堂さくらにとってどんな子供に見えていたのだろうか。
注文されたコーヒーはあの頃と同じ味、ではなく今年ならではの苦味があった。
「まず真っ先に聞きたいのは、忍の事よ」
「最初の話題はあいつってのは気が滅入るな」
「あの子――卒業後は貴方の会社への就職が決まったと言ってたけど、何の話?」
「グハッ、そこからか!?」
綺堂さくらは夜の一族を通じて世界事情に精通しているのだが、彼女の情報網も異世界までには届かない。
異世界がある事自体は知っているのだが、魔法が蔓延る世界観は生憎と共有していなかった。忍のことだからどうせ、面倒臭がって大して説明していないだろう。
位置から説明するのは非常に大変なのだが、話しておかなければならないことではあるので観念する。黙っていたって、あいつは異世界へ行ってしまうのだから。
今まで端折っていた点も含めて、ジュエルシード事件から展開された異世界事情を説明する。
「……ごめんなさい、詳しく話を聞いても理解するのに時間がかかるわ」
「大変申し訳無いのだが、ここまで来るともう無関係ではいられそうにない」
「あの子の好きなゲームを疑いたくなるほど、何というか……ファンタジーな世界に巻き込まれたのね、貴方は」
「何がどうしてこうなってしまったのか、正直今でも分からない」
一年前はその日暮らしの浮浪者だったのが、一年後は聖王として祭り上げられた大企業の社長だからな。
婚約者がいて、子供にまで恵まれたと過去の自分が知ったらどう思うだろうか。やはりファンタジーとしか思わないだろうな、きっと。
お伽噺の中だけの物語が、現実に飛び込んできて世界線を超えてしまったのだ。今でも自分は夢の中にいるのではないかと、錯覚してしまう。
そして今目の前の美人さんが、その錯覚にめまいを起こしている。
「ミッドチルダにベルカ自治領――あの方々は、そのことを知っているのかしら」
「忍が全部、ゲロったぞ」
「あの子は全く……貴方のことが好きなくせに、嬉々としてライバル達に貴方の自慢話をするのね」
あいつは外見だけが取り柄のアホ女なので、仕方がないことかもしれない。RPGなんぞというジャンルが好きだとかで、異世界にも簡単に馴染んだからな。
今まで敢えて触れなかったのだが、忍や那美といった現代っ子達は魔法に関しては興味津々である。ただ魔法という文化に触れるだけで、学んではいない。
理由としては簡単で、時間がなかったからだ。もう少しいうなら、リソースがなかったというべきか。とにかく色々ありすぎて、学習する時間がなかった。
ようやく事件も解決したので、これから先は学んでいく時間はあるだろう。
「ともあれ、話は分からないけど分かったことにするわ。話というのは幾つかあるけど、まず忍の事よ」
「あいつの面倒なんぞ見たくはないが、他でもないあんたのためなら便宜が図るぞ」
「実に助かるわ。まずあの子の現状を説明すると、今年の春にあの子は相当厳しかったけれど何とか卒業は出来そうなの」
「そうか……あいつ、確か今年卒業なのか」
出会った頃学び舎の三年生になったばかりとか行ってたから、今年の春に卒業ということになる。
秋から冬にかけて異世界に行っていたというのに、よく卒業できたもんだ。それこそ涙目になりながら、必死で補修を受けたのだろう。
年始年末は全然会えず、冬休みも返上で学校で頑張っていたらしい。恐れを知らぬ女であっても、留年は嫌だったようだ。
何とか努力が実って、晴れて卒業となったわけだ――ということは、恭也もか。
「正直なところ進学を望んでいたけれど……まあ、それはいいわ。
あの子の人生だし、私達の特殊な事情を考えれば、進路は慎重に選びつつも本人の希望に沿ったものであってほしい。
だからこそあの子の意志を尊重したいのだけれど、異世界への就職となると話がぜんぜん違ってくるわ」
「う、うむ、言いたいことはよく分かる」
そりゃそうだ。どの世界に異世界で就職するから進学やめるね、とか言われて納得する人間がいるのか。
我が子の精神状態をまず疑うべき選択を、可愛い姪が選んだのだ。正気を疑うまでは行かないにしろ、諸悪の根源に追求したくなるのはよく分かる。
話を聞く限りだと、さくらは反対するより困惑しているようだ。要するに異世界で働くということがどういう事か、ピンとこないのだろう。
ということで――
「よかったら見学するか」
「見学って、何を?」
「異世界」
「――は?」
そういう事になった。
<続く>
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