とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている! 第七話
誰でもそうかも知れないが、マフィアという存在に良い印象はない。
ロシアンマフィアのクリスチーナには出会い頭に撃たれたし、マフィアのボスは世界会議を占拠して俺達を人質の名目で皆殺ししようとした。
逆恨みの報復で武装テロ組織には命を狙われたし、夜の一族の姫君達が居なければ世界に安息の場はなかっただろう。今が安全なのは、安全にしてくれる人達がいるからだ。
平和の象徴であるフィリスから、マフィアの存在が口にされるとは思わなかった。
「劉機関には聞き覚えはないが、ドイツの地では龍というテロ組織と戦ったぞ」
「龍……確か、チャイニーズマフィアでしたね」
「えっ、なんでお前が龍を知っているんだ」
「劉機関もまた、チャイニーズマフィアだからです」
チャイニーズ、危なすぎるだろう。海外の地は今のところドイツにしか行ったことはないが、日本から出たくなくなってくる。
しかしながら世界各国に友人知人がいて、是非遊びに来てほしいと何処からも誘われている。一応断っているが、そのうち世界一周くらいはしなければならなくなるかもしれない。
劉機関は、龍と同じチャイニーズマフィア。案外名前が違うだけで同じ組織ということも、ありえる。組織が枝分かれするのは珍しい話ではない。
そしてフィリスがこれから語るのは一般人には縁のない、珍しい話であった。
「先程少しお話しましたが、私はこの海鳴大学附属病院の『G号棟』研究員であり、専門はカウンセリングと――遺伝子学を行っています」
「病院なのに、遺伝子学の研究……?」
「良介さんは学問や教育にはあまり無縁でしたので、ピンとこないかもしれませんね。ここはそもそも海鳴大学に附属する病院なので」
「ああ、なるほどね」
苦笑いを浮かべながら補足してくれたフィリスに、ようやく俺はピンときて同じく苦笑する。彼女はちゃんと言っているじゃないか、海鳴大学附属病院だって。
病院という看板に目を焼かれて気付かなかったが、そもそも大学に附属する病院なので研究を兼任するのは当然であった。
ここG号棟は遺伝子学を研究する施設でもあるということだ。オフィスまで与えられているということは、フィリスは相当な権威なのだろう。
カウセリングは兼任なのか、わざわざ問い質す必要はない。俺に対して献身的だったあの姿勢を思えば、彼女が医療にも熱心なのは疑う余地もないからだ。
「……良介さんはリスティと戦った時、あの子の異名を聞きましたよね」
「リスティ・C・クロフォード、と名乗っていたな、当時から気になる名前ではあったが」
「少し解釈は異なるのですが、私はリスティの妹にあたる存在で、良介さんの文通相手であるシェリーとは双子なんです」
「お前達、似た者同士だもんな」
「リスティ・C・クロフォードのクローンですから」
――驚きを顔に出さなかったのは月村すずかやフェイト、ギンガ達の存在が脳裏をよぎったから。
何でもないことのように打ち明けながらも、フィリスは不安そうな表情でこちらを見つめ、それでいて俺の顔を見て涙を滲ませつつホッとした顔をした。
何だ、俺がお前を化け物でも見るような顔をするとでも思ったのか。甘いな、俺は去年一年でそれこそ百鬼夜行な人生を送っているのだぞ。
夜の一族の連中と世界会議で論戦したり、異世界で魔龍の姫や異教の神と戦ったり、戦闘機人やマリアージュ達と死闘を繰り広げたりしたら感覚だって麻痺する。
それにしてもこの世の中、クローン人間が多すぎる。そのクローンたちにしてもどいつもこいつも、俺のような人でなしよりも遥かに人間らしいんだから立派なものだと思う。
なので一言、感想だけ述べることにする。
「性格まで似ないんだな、クローンは」
「褒めているのかけなしているのか、悩みどころですね」
俺の感想に目を見開きつつ、何故かとても嬉しそうにクスクス笑っている。何なんだこの反応、童女のようで思わずドキドキしてしまう。
それにしてもにた顔揃いとは思ったが、クローンだったのか。リスティが母体というのが、何とも気の毒な話だ。あいつ、性格悪いからな。
もう仲直りはしたのだが、関係としては進展か後退か微妙なところだ。会えば屋台でラーメンを食うくらいはするが、プライベートで遊ぶほどでもないからな。
そこまで考えて、ふと気づく――そういえばフィリスとも付き合いは一年ほどだが、、病院でしか会わないな。
「あの子の力は戦った良介がよく分かっていると思いますが、改めて説明いたします」
「お前達の関係は疑っていないが、本人でもないのに話していいのか」
「リスティから許可はもらっています。良介さんになら、何を話してもいいと」
「信用は、されているのか」
「信用どころか、信頼されていますよ。仲違いしてしまった経緯もあって、本人は少し及び腰になっていますけど」
殴り合って仲直りなんて青春ものだと笑ってしまいそうになるが、俺はまだ十代だったな。妹や娘達が大量に出来たせいで、自分が何歳なのか分からなくなってくる。
フィリスはそのまま立ち上がって、白衣を脱いでいく。クローンだと聞いた時よりむしろぎょっとしたが、あいにくと色恋に発展するような展開ではない。
白衣を脱いだ彼女は、リスティと同様に――昆虫状の、光の羽を広げた。
「この羽は『トライウィングスr』、"HGS能力"が保有する能力の具現化です」
「HGS能力――リスティが使用していた超能力か」
「あの子が保有するフィンは昆虫状の3対の光の羽ではありませんでしたか? あれはトライウィングスのオリジナルで、リスティはその最終試作機にあたります。
クローン製造された試験体の中で最も出力が高かったことを買われて、私やセルフィのような量産機が製造されたのです」
「そしてそんなお前達を創造したのが、チャイニーズマフィアである劉機関ということか」
「……お察しの通りです」
戦闘機人のような連中は異世界の中だけかと思っていたが、一概にそうも言えなくなってきたな……俺が知らないだけで、クローン技術はこの現代でも研究されていたようだ。
フィリスが展開する羽はリスティ以外にも、見たことがある。アリサを法術で蘇らせる時にフィリス達も立ち会ってくれたのだが、その時羽を展開していた気がする。
その後色々あって問う機会も失われていたのだが、まさか本人の口から語ってくれるとは思わなかった。存外に、重い秘密を抱えていたようだ。
フィリスは告発するかのように、切り詰めた口調で語ってくれた。
「劉機関はこのHGS能力の兵器転用を狙っていまして、患者同士を人工授精して私達のような生体兵器を製造しているんです。
もっとも彼らにとって私達はあくまで実験体に過ぎず、使い捨ての兵器でした。リスティは過去劉機関から脱走し、私やセルフィは追手として差し向けられたのです。
紆余曲折あってリスティは社会復帰し、私達は養子縁組を結んでそれぞれ新しい人生を歩むこととなりました」
「あいつは世界で活躍するレスキュー、お前は研究者兼医者か。立派なものじゃないか」
「……良介さんは私達を立派だと、言ってくださるのですか」
「どんな人生を贈ろうと今何をしているのか、それが大切だからな。俺もお前達のおかげで、何とか今生きていけている」
同情や憐憫などは特に無く、俺は素直な心境で語った。少なくともフィリス達は世界にだって称賛される、立派な人物だ。
俺は異世界では評判こそ言いそうだが、一年前までは誰も見向きもされなかった浮浪者だ。自業自得で社会に爪弾きにされて、やさぐれて生きていた。
今でも剣を振り回す狼藉者ではあるのだが、誰かに認められたからこそ立場をやっていけている。
自分がどう思うかよりも、他人がどう思ってくれるのか、それが大事なのではないだろうか。
「そう言ってくださる良介さんのほうが、私は立派だと思います。この一年間、変わり続ける貴方を見ていくのがとても幸せでした」
「心境に変化こそあったけど、劇的に変わったのかどうか今も疑問の余地はあるけどな」
「自らの行いを顧みれるその心境こそ、貴方の最たる変化ですよ。素敵になりました」
「……お前は本当、他人をけなしたりしないな」
「良いところがあれば褒めるのは、人として当然ですから」
人を語れるようになったのも、フィリスが人である証拠だろう。クローンだと自分を卑下するのではなく、良いところのある人と寄り添って生きている。
戦闘機人の連中にも見習わせたいくらいだ。あいつらはむしろ戦闘機人であることを誇って、やりたい放題やって生きてやがるからな。
人間らしくしろというのも変だが、だからといって好き放題やって良いことではない。フィリスにカウセリングをお願いしたいくらいだ。
彼女の境遇を語ってくれたところで、本題に入った。
「お前達のことはよく分かった。その上で、お前は俺に話したいことがあるんだな」
「はい。先ほどお話した通り劉機関は生体兵器の運用を目的としており、HGS能力を始めとした人体兵器を数々作り出そうとしています。
私達は組織から抜け出してそれぞれの保護下に置かれていますが、完全に無縁とはとてもいい切れません」
「……今も狙われている可能性はあるということか」
「今まで能力を明るみにせず生きていましたが、先の良介さんとの戦いでリスティは力を開放してしまいました。
この件について良介さんには何の非もありませんし、リスティも大いに猛省しています。ただ――力を開放してしまったのは、気がかりです。
ただでさえ所在そのものは、組織も掴まれてしまっていますので、過敏に反応してしまうケースも考えられます」
「えっ、所在はバレているのか!?」
「ええ、そもそも私達はリスティを追ってこの街に来ましたので。事件そのものは過去解決していて、組織は既に撤退しています。
ただ去年私達が製造された北海道にある劉機関の研究所が破壊されたとの事で、組織の変動を私は強く懸念しています。
追い詰められた彼らがどのような行動に出るのか、予測ができません」
……去年、北海道にあるマフィアの組織が潰された?
「一応聞くけど、『日本にある』マフィアの組織だよね」
「はい、先程言った通り北海道にあった研究所です」
「だったら大丈夫。その組織を潰したのは多分、俺の味方だから」
「ええっ、どういう事ですか!?」
――イリスの事件が終わって日本へ戻って来た時、新聞ニュースを一通り目を通したが北海道に関する事件なんてなかった。つまりは、そういうことだ。
ディアーナとクリスチーナ、あのロシアン姉妹は俺がいる日本は安全だと太鼓判を押していた。カレン、あのアメリカの経済王は俺がいる日本は安心だと胸を張っていた。
俺を狙うテロ組織を世界各国が手を組んで、徹底的に潰して回っているのは聞いている。ディアーナ達は裏から、カレンは表から手を回して、日本の権力にまで根を張って食い込んでいるのだ。
多分俺が居ない間を狙って、日本の裏社会を掃除して回ったのだろう。鮮やかすぎる手並みに感心よりも、むしろ呆れてしまった。恐ろしい女共である、よく俺は世界会議で勝てたものだ。
「――ということがあって、この海鳴は今徹底的にガードされている」
「な、なるほど……何というか、愛されていますね良介さん」
「ドエライ目にあったせいか、プラスマイナスで考えるとむしろマイナスのような気がするんだが」
「私としては、貴方のお恵みにあっているのでありがたくはありますよ。人望のなせる技ではないですか」
テロ組織にまで関与していたとあっては遠慮はいらないと、俺はディアーナ達のことをフィリスに話した。夜の一族に関する秘密については、置いておいて。
単刀直入にいえばこの街は安全だということになるのだが、俺としてはアイツラに見張られているのでむしろ出ていきたい気がする。
一方、フィリスは安全そうだと分かってホッと息を吐いた。
「今日、良介さんに打ち明けられてよかったです。出来ればこれから、良介さんとお付き合いさせて頂きたいです」
「勿論だ、今の話を来たって何も変わりはしないよ」
「いいえ、変わりましたよきっと」
何が変わったんだと聞こうとしたのだが――フィリスはニコニコ笑って俺を見ているだけで、続きを語ろうとはしなかった。
うーむ、思わせぶりではあるが、変に気にしても仕方がないか。それよりも、こいつが語ってくれたテロ組織の件だ。
日本の研究所が潰されたとあれば、世界の動きと合わせ見てうちの勢力の関与を疑うだろう。つまり、俺が端を発した事が原因だと思い込む可能性は高い。
生体兵器の運用――カレンやジェイル達にも、話を通しておいた方が良いかもしれない。
この研究所には俺の検査記録――ナノマシンやヴァリアントシステムに関するデータがあるからな。
<続く>
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