とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている!  第六話




 ――自分の今の肉体について、恐怖や不安を感じた事はない。

キリエとアミティエ、フローリアン姉妹によるナノマシン注入とヴァリアントシステムの構築。ユーリ・エーベルヴァインの生命操作能力による活性化によって、生まれ変わったこの身体。

非力だった以前とは比べ物にならないほどの、強靭な肉体。強者達の相手さえも務められる、不滅の身体。イリスやリインフォース、冥王イクスヴェリア達との死闘も、この身体だからこそ生き延びられた。


しかしこの身体、他人が見たらどう思うのだろうか。


「病院へ来て、診断を拒否するとはどういうことですか」

「いや、ちょっと話せない理由があって……」

「理由を説明できない異変が起きているのなら、尚の事診断させてください」


 フィリス・矢沢。リスティ・C・クロフォードの姉妹で、人の命を救う存在である医師。海鳴大学病院に務めている才媛である。

海鳴へ流れ着いてからいきなり通り魔事件に巻き込まれて、鎖骨にヒビを入れられる重傷。めでたく入院となり、当時主治医となったのがフィリスだった。

通り魔に襲われたなのはを助けた恩で入院費用は高町家が出してくれたのだが、病院内で一番お世話になったのが彼女だった。


今にして思えば他人に積極的に関わるようになったのは、彼女の献身的な姿勢に影響を受けたからだろう。


「良介さんが昨年大変な事件に巻き込まれ、そして大事に関わってきた事はあなたが話してくれたから分かっています。
主治医として私を信頼して打ち明けてくださった事には、大変感謝しているんですよ」

「異世界だの魔法だのと、信じるお前もどうかと思うんだが」

「私やリスティの事を知ったのであれば、それこそ今更ですよ。良介さんだって、私達を忌避しなかったではないですか」

「魔法を知った今では、超能力なんて些細なことに思える自分が怖いよ」


 俺も詳しく聞いたわけではないのだが、リスティやフィリスは人工授精して製造された生体兵器で、超能力じみた異能が使用できるらしい。

自動人形やクローン体、戦闘機人等を知っているからこそ受け入れられているが、この地球でも人間兵器が世界の何処かで運用されているというのだから世も末だ。

彼女達の力は実際に見せてもらったこともあれば、それこそ戦ったことさえある。そういえばあの時は当時疎遠だったシュテル達のアドバイスを受けて何とか勝てたんだっけな。


それほどの戦いがあった後でも特に変わらず接する俺に、フィリスは感銘を受けたようだ。正直クアットロ達のあくどさを考えれば、リスティの一時的な暴走なんて可愛いものである。


「良介さんが私の診断を拒否するのは、あなたの身体に深刻な影響を与えたなにかがあったという事ではありませんか」

「お前の診断は、昔から結構拒否していたじゃないか」

「昔は孤独を重んじる良介さんの心構えでしたが、家族や友人ができた良介さんが私を拒否するはずがありません」

「……随分と言い切るな、お前」

「私が一番最初にあなたを信頼したのだと、自負していますから」


 心から優しく、それでいて少しだけ自慢げに微笑まれて、俺は心のなかで白旗を上げた。強くなったつもりだが、やはりこいつには勝てそうにない。

今では多くの人達に信頼されているという自覚はあるが、一番最初に信頼してくれたのは誰か問われたら、やはりフィリスの名を挙げてしまうだろう。

当時は我ながら本当に頑なで酷い男ではあったが、彼女が優しさを崩したことなんて一度もない。自業自得で大怪我しても、彼女は決して見捨てなかった。


彼女の笑顔は、超能力よりも恐ろしい。


「良介さんは診断というものを甘く見ていますね」

「な、何だ、急にカルテを取り出して」

「身体を触診するだけが、診断ではないということです。まずは話していただきましょうか。
今年の冬、海鳴を留守にしていた貴方の物語について」

「……物語と呼べるほど、大層な逸話でもないぞ」

「患者の思い出話を聞くのも、立派なカウセリングですよ。これなら話してくれますよね」

「お前には負けたよ……」


 病気や怪我を治すことだけは医療ではないと言い切れる医師に対して、患者は抵抗する術を持たない。他人を斬って終わる剣士であれば尚の事だろう。

夜の一族の姫君達と自分の子供達を残してきたのは若干の不安ではあったが、一人抜け出してきたのは正解だった。話が長くなりそうだった。

不敵な笑みでカルテを構えるフィリスに苦笑しつつ、俺は異世界で起きた事件について物語る。フィリスは事情を全て知っているので、隠し立てする必要はない。


話していると本当に自分の身に起きたのか、不思議に思えてくる。アニメや映画の世界に飛び込んでいったかのような冒険であった。


「――ここ海鳴大学病院の正式名は海鳴大学附属病院と呼ばれておりまして、私は医者であるのと同時に研究員でもあります」

「どうしたんだ、藪から棒に」

「この附属病院には、『G号棟』と呼ばれる研究施設があるのです。そこに私のオフィスがありますので、そちらで良介さんの検査を行いましょう。
本来であればよほど特殊な患者さんでないと入館出来ないのですが、私の権限を用いれば可能です」

「なるほど……分かった。配慮に感謝するよ」

「それは私の台詞です。診断を拒否された理由がよく分かりました、私やこの病院に配慮してくださってありがとうございます」


 ユーリの生命操作能力はともかくとして、キリエのヴァリアントシステムとアミティエのナノマシンはこの身体に搭載されている。

精密検査を行えば、分析データに現代医療にはないデータが必ず浮上してくる。不可思議な痕跡が見つかれば、医師は徹底的に調べるだろう。

医者が悪いのではない。そもそも検査とは、患者の身体の異常を発見する事だ。異常が見つかれば追求するのは、医師として当たり前の判断である。


俺の物語を聞いたフィリスは少しも疑わずに、極秘とされている研究施設への移送を勧めてくれた。彼女もまた、優れた医師であった。


フィリスの手続きと案内を経て、G号棟と呼ばれる研究施設へと向かう。フィリスは病院ではなく施設だと表現したが、まさしくその通りだった。

医療の清潔さである純白ではなく、科学の潔癖さである潔白に満ちた空間。科学と化学に満ちた世界が広がっており、同時に閉鎖的であった。

目新しさこそあるが、異様さはまるで感じなかった。ジェイル・スカリエッティの生命施設や、聖王のゆりかごの奇抜さに毒されてしまったようだ。


  病院にはいい加減慣れている俺だが、フィリスに案内された施設にある医療機器は見慣れないものばかりだった。


「検査を行ってまいります。良介さんは指示された通りにお願いしますね」

「分かった」


 何でそんな当たり前のことを言われたのかと一瞬思ったが、検査嫌いだった自分を思い出した。言われてみれば検査の時、フィリスや看護師を困らせてばかりだった。

研究施設における精密検査は医療機器が主体であり、ここでのフィリス歯医者であり研究員でもあった。俺の体の隅々まで、丁寧に調べられた。

イリス達の攻撃を耐えられる耐久性、リインフォース達より受けた痛手を再生する回復力、イクスヴェリア達と戦える強靭性。その全てが追求された。


最後に案内されたのは、フィリスのオフィス――彼女の診察室と同じインテリアに、少しだけ安心させられた。


「驚愕の一言です。良介さんの身体そのものには異常は見当たりませんでしたが、それはあくまで医者としての判断。
研究員としての判断は、まさに異常の一言に尽きます。これほどの肉体の変化が起きれば、まず良介さんの感覚がついていかなかった筈です。

よく精神が持ちましたね。事件現場に私がいなかったことが、ただ悔やまれます」

「お前のような心配をしてくれる人達が、俺のこの身体を生まれ変わらせてくれたんだ。
自分が異常だと狂わずに済んだのは、ユーリ達の想いがあったからこそだと思う。

同時に――まあ、フィリスのような医者と出会ったことの下地があったからだろうな」

「そう仰って頂けると、私としても報われた思いです。思えば貴方と出会ったのは去年の春、そろそろ一年になりますね」

「たった一年なのに、随分と長く感じられるよ」

「私は逆ですね。良介さんと出会ってからは劇的な事ばかりで、いつの間にか一年が経ちつつあります」


 一月。新年を迎えて、そろそろ冬を越しつつある。まさか今年の冬は異世界で過ごすことになるなんて、去年の今は全く想像もできなかった。

しかもまた、全ては解決していない。春到来を前にしてやることは、惑星エルトリアへの島流しだ。惑星そのものを開拓しなければならない。

フィリスの元へ訪れたのは彼女との約束である診断を行う事だが、同時に惑星エルトリアという環境へ向かう前の準備として、病院で検査しなければならなかったのだ。


生まれ故郷であるキリエやアミティエが顔色を曇らせるほどに、劣悪な環境なのだ。精密検査は必須であった、のだが――


「本当は私も主治医として同行したいのですが、他の患者さんを置いていけません。ただ、良介さんを勿論放置することは出来ません。
良介さんのお話ですと、地球と惑星エルトリアとは連絡が繋がるのですよね」

「ああ、出航と言ったがそのまま長期在住となるのではない。第一弾、第二弾という形で人選を選んで、往来することになるだろうな」

「分かりました。でしたら、この研究施設がお役立ち出来るはずです。ここであれば良介さんだけではなく、良介さんのご家族も診られるでしょう」

「それは助かる。思い切って、打ち明けてよかったよ。何しろ普通の病院では見せられない連中が多いからな……」


 本日、フィリスに相談したかったのはこの点もある。惑星エルトリアへ向かうのは人間ばかりではなく、人外連中も多数いるからだ。

シュテル達も俺にとっては可愛い子供達だが、普通の人間かと言われると首を振るしかない。だからこそ、フィリスのような医者や施設が必須となる。


だからこそ思い切って相談したのだが――フィリスの表情は、重い。


「この一年間で良介さんとの信頼関係を築けたことを喜ぶのであれば――私も、打ち明けるべきでしょうね」

「フィリス……?」


「海外でマフィアと戦ったという良介さんにお聞きします。
貴方は"劉機関"という名を聞いたことがありますか?」


 この話が、彼女との関係を進展させ――

決して引き返せない、新しい戦いの始まりでもあった。















<続く>








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