とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百三十五話
イリスの公式罪状は、テロリズム――の幇助という形で、何とか事を収めることが出来た。
時空管理局における魔法法の違反も相当な罪の重さになるのだが、惑星エルトリアという未知なる世界の技術を使用されたケースを省みると適用には論議を呼んだ。
一応言っておくと、違反している事自体には変わりはない。罪は認めて正さなければならない。しかし俺たちもその技術を使って事件解決に貢献したので否定が出来ない。
加えて、レジアス・ゲイツ中将殿はこの技術を運用する気満々だった。
『魔法法に条例されているII-5の違反は何とかご容赦願えませんか。隔離処分になってしまうので』
『世界規模テロリズムに発展したのだぞ。黒幕ではないにしろ、重い罪に処さねばならん』
『イリスの存在は明るみに出なくても、II-5の違反を適用すると公式罪状に記載されますよ。メディアは嗅ぎつけるでしょうね』
『むむ……』
『公共施設の破壊でどうにかお願いします』
『せめて公務執行妨害にしろ、聖王教会騎士団まで壊滅しとるんだ。
今後お前との取引関係を成立させていく以上は聖王教会の協力が必要不可欠だ。奴らの顔は立てねばならん』
『了解しました。司法への手回しはよろしくおねがいします』
『聖王として、貴様も教会を絶対に納得させろ。聖女の協力は必須と思え』
『イエッサー』
何でイリスの為にここまでしてやらねばならんのかイマイチ納得いかないが、療養所のベットの上で俺は頑張って管理局や教会と交渉した。
イリスの公式罪状はテロリズム幇助・公務執行妨害・管理局魔導師及び教会騎士団の撃墜。キリエと違って釈放とはならず、犯罪者IDが発行されて彼女は犯罪者となった。
裁判などの公式的な手続きは黒幕であるフィル・マクスウェルに徹底的に行われる予定で、その道具に過ぎない生体ユニットのイリスはあくまでも処分ということで話は早かった。
本人は何一つ抵抗せず全てを認めて、自分の処分を素直に受け入れた――その事を、何とか必死で面会許可を出してもらえたユーリは聞き出せた。
『あんたいい子ちゃんすぎるから、アタシのようなバカを甘やかしては駄目よ。
あんたは何もかも正しくて、アタシは何もかも間違えた――言いたいことの一つや2つ、あるでしょう。処分される前に、言っておいたほうがいいわよ』
『じゃあ、一つだけ』
『何よ』
『家族になったら、わたしがお姉ちゃんでいいですよね』
『何でよ、アタシのほうがしっかりしてるでしょう!』
『間違ってばかりだと今、言ったじゃないですか!』
『世間知らずのくせにお姉さん顔しないでよ!』
『わたしのほうが地球の生活には慣れています!』
――口喧嘩して物別れに終わったらしい、なにやっとんじゃあいつら……
困った子が多い我が家の家族だが、異世界ミッドチルダで住民券などを得て正式に宮本家の家族として認定されている。
まだ十代なのに、一家の大黒柱にされてしまっているのが悲しい。おかげで、クイントやメガーヌが保護者として認可されたらしい。おのれ、人が入院している間に。
シュテルは今回の事件で新兵器片手に大暴れした功績が認められて、CW社の開発部門で重要ポストについて普段働いている。社長夫人に収まるという馬鹿な夢を持っているようだ。
レヴィは新兵器に頼らず大暴れした実績が認められて、管理局や教会に呼ばれては鍛錬指導に励んでいる。あいつからすればただの遊びだが、その天然な強さは評価されている。
ディアーチェは聖王のゆりかご奪還の成果が認められて、ベルカ自治領の領主に就任した。聖王教会管轄下の自治領なので領主の地位自体は飾りだが、信徒達からは崇められている。
そのディアーチェだが――
『父よ、この書類を父の名義で承認して欲しい。我本人が希望する重要な認可状なので、我の名義では承認できんのだ』
『――冥王イクスヴェリアの保護か』
『うむ、あの阿呆は我が面倒を見る。
マリアージュとゆりかごの件であの馬鹿者は強く責任を感じていてな、自分の封印を強く望んできかんのだ全く』
聖王のゆりかごを稼働させた冥王イクスヴェリアの存在は、聖王教会が強く忌避してしまっている。
彼らからすれば"聖王"とされている俺が望んで神輿となっている今が最も都合がいいのであって、王座を脅かす冥王の存在は疫病神に等しい。
そしてイクスヴェリアも自身の責任を殊更に感じており、二度と目覚めない封印処置を施して欲しいと嘆願しているようだ。
教会の移行と本人の希望が一致しているのだが、領主となったディアーチェが一括した。
『それで、どうしたんだ』
『頬を引っ叩いてやったわ』
『何故、うちの子は暴力に走るのか』
『我は父の子であるゆえに』
『おい』
『ははは、冗談だ父よ。あのような小利口な馬鹿者は、口で言っても分からぬだろうよ。
傷を治して退院させたら、我が治世への貢献と支援をさせるつもりだ。奴はいわば生きた王だ、古代ベルカで政治を学んだ知識と経験を持っておる。
此度の事件で世情も荒れておるのでな、一生懸命に世を良くするべくこき使ってやるつもりだ。さすれば、阿呆なことを考える暇もなくなるだろうよ』
『……そういう優しいところは、俺とにていないな』
『ふふん、残念だがこういうところは父より受け継いでおる。
血の繋がりもない我らを家族として受け入れてくれた父は、我にとって生涯の目標だ』
今も病院へ足しげく見舞いに通っては、膨大な資料を見舞い代わりに押し付けてくるらしい。自殺や封印を考える暇を与えず、こき使っているようだ。
ディアーチェが預かると言っているが、実際は住民権を勝ち取って自立させるようだ。うちへの家族入りも考えたらしいが、結局やめたらしい。
自責で追い詰められている本人にとって、優しさはかえって毒になってしまう。ディアーチェが敢えて厳しくしているのも、本人の心を罪悪感から和らげるためだ。
きっと将来はいい友人同志になれると、信じよう。
『隊長、お疲れさまです』
『留守を預かってもらっているのに、色々便宜を図ってもらって悪いな』
『隊長のお立場や功績であれば、この程度の便宜は当然のことです。恐縮などなさらず、胸を張って権利を行使なさってください。
手続き等は全て完了いたしましたので、隊長が退院される頃には訪問することができそうです』
『そうか、意外とすんなり通ったんだな』
『あの事件後、私に各方面から言い寄ってくる方々が多く、その機会を利用して関係を築きました。今後の部隊活動に欠かせない人脈は用意できそうです』
『言い寄ってくるというのは、単に立場だけの話じゃないだろう。良縁などあったか』
『そうですね、確かに交際や縁談の話も沢山頂きましたが、全て角が立たない程度にお断りしています。どうしても隊長と比べてしまいますので』
『女とは恐ろしい生き物だな、男の品定めとは』
『隊長は選ばれる側の方ですけど』
世情より距離を置いた療養生活だが、何だかんだで結局他人とは距離が置けない自分がいる。
一人で安らげない悲しさよりも、一人ではいられない楽しさが勝ってしまう。一人だった頃を懐かしむ気持ちは今もあるのだが、戻ろうとは思わない。
フィル・マクスウェルはこのような生き方が出来ず、かつての家族を切り捨てて自分を選んでしまった。その末路を思えば、決して笑えない。
ここを出れば、嫌でも向き合わなければならないのだ――俺も、そしてユーリも。
『ところで隊長、療養所から退院されるそうですね。退院する際は、お迎えに上がります』
『えっ、聞いてないぞ。まだ少し休むつもりなんだけど』
『クレームが来ております。元気なら早く退院して欲しいと』
『何でお前に苦情が届くんだ!? いた、それに苦情ってなんだ!』
『ご母堂様の件です』
『ぐはっ、あいつか!』
クイントやメガーヌではなく――皆からご母堂様なんぞと呼ばれるのは一人しかいない。
通信はそのままにして、俺は全力で受付まで走っていく。この療養所は外部から隔離されているので、関係者以外は立ち入れない。
まさかと思っていってみると、案の定の光景が広がっていた。
「皆さん、いつも息子が大変お世話になっております。よろしければどうぞ、皆さんで召し上がってください」
「お、お母様、労っていただけるのは大変嬉しいのですが、そう毎日のように来られても……」
「私の息子は、この世界の宝なのです。臥せる息子の心情を思うと心配で、毎日眠れないほどでして――どうかよろしくお願いいたします!」
「あ、あの、そんなに強く手を握りしめないで……!?」
「くたばれ、モンスターペアレント!」
「きゃっ!?」
聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒ、彼女は文字通り生き返った。
アリシアの精霊たる力によって彼女の怨念は浄化されて、聖王は成仏するはずだった――健康的な肉体に、宿っていなければ。
単純な話である。肉体のない幽霊であれば浄化されれば消えるのだが、肉体に宿っていれば魂が浄化されれば残るのは健全な女性だ。
別の人間に取り憑いているのなら魂は引き剥がされるが、クローン体なら適合率はほぼ100%である。
つまり、彼女は生き返ってしまうという仕組みだ。
浄化されれば異常な思考は元通りになるかと思ったのだが、どういう事なのか俺を息子とだと思う心は何も変わっていなかった。
正常な思考になっている筈なのだが、何故か俺を激愛しているのだ。おかげで毎日鬱陶しく付きまとわれて、仕方がない。
「母親に向かってドロップキックするなんて、わんぱくな証ですね。母は嬉しいですよ!」
「くそっ、生き返った途端にポジティブになりやがって!」
あの時肉体にとどめを刺しておくべきだった。
<エピローグへ続く>
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