とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百二十九話
                              
                                
	 
 アリシア・テスタロッサの精霊化は、母プレシア・テスタロッサにとっての悲願であった。 
 
かつてはアリシア復活のために次元震を起こしてアルハザードへ行こうとしていたプレシアだったが、アリサを復活させた俺の法術を目の当たりにして即座に中止。 
 
俺に懇願してまで法術の使用を頼まれ、紆余曲折あったが幽体としてアリシアをこの世に留める形で妥協させた。プレシアは幽体だった愛娘を安定させるべく、精霊化を望んだのである。 
 
 
ただ幽霊から精霊へと昇華するのは非常に難しく、今まで難儀を極めていた。 
 
 
『フェイトの友達の力を借りて今こそ貴女を救ってみせるわ、お母様!』 
 
 
 ――精霊へと昇華されたアリシア・テスタロッサが、オリヴィエを浄化の光に包み込む。 
 
精霊とは幽体が霊力を帯びて実体化した存在であり、いわば質量を持った幽霊である。肉体のない幽霊が実体化するのは困難で、大抵の幽霊はこの世から消えてしまう。 
 
その点法術使いの俺と退魔師の神咲那美、魔導師の高町なのはという面々が揃った環境において、アリシア・テスタロッサは文字通り死ぬような修行を積んで自らの存在を高めた。 
 
 
今まで失敗続きだった彼女が成功した秘訣は、ただ一つだった。 
 
 
『正義とか、世界だとか、色々言ってたけどね―― 
子供だって親には幸せになってほしいんだからね、バカー!』 
 
 
 ――その言葉は、プレシアという悲劇の親を持ったアリシアにしか届けられない願いであった。 
 
本来は物体に宿ることで精霊化が実現される近道となるのだが、アリシアは俺に取り憑く形で自己を保ち、なのはと精神共有して己を高め、那美に浄化の力を与えられて、昇華した。 
 
狂気にこそ侵されていても、オリヴィエは花嫁を名乗るアリシアを非常に可愛がっていた。俺の家族として心から接して、同じ幽霊としてふれあいを大切にしていたのだ。 
 
 
最初こそ怨霊の相手として接していたアリシアも、もう一人の母親のようにいつしか仲良く過ごしていた。だからこそ、彼女をなんとかしたかった。 
 
 
『……ありがとう、アリシア』 
 
『! お母様……』 
 
 
 
『ありがとう、こんな私を母と呼んでくれて』 
 
 
 
 こんな言葉は――自分は母ではないと分かっていなければ、言えない現実であった。 
 
 
光が止んだ頃、固有型として製造された女性が倒れていた。浄化された魂の行く先は、誰にも分かりはしない。せめて、地獄ではないことを祈るしかない。 
 
荒御魂だったオリヴィエが浄化されて、この世に蔓延していた怨念も消えている。生命の剣セフィロトは役目を終えて、大地に突き刺さっていた。 
 
 
戦争は、終わりを告げた。 
 
 
「父上、お疲れ様でした」 
 
「勝った、とは言い難いけどな」 
 
 
 オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは、死者である。既に亡くなっていた人間が、ようやく天へ召されただけだ――なのに、どうして悲しみを感じているのか。 
 
迷惑にしか思えなかった女だ。当然、母親だと思ってなんぞいない。自分を息子だと勘違いして付き纏っていた、救われない英雄であったに過ぎない。 
 
法術でどうにかしてやろうとは思わなかったし、思えなかった。今更あの女の魂を結晶化されたところで、何になるというのか。 
 
 
この世に生きる人間にいつまでも縛られるなんて、気の毒だ。いい加減、ゆっくり休ませてやろう。 
 
 
「父上」 
 
「何だよ」 
 
「血の繋がりはありませんが、私は貴女の娘としていつまでも一緒にいます。 
出身も何もない幽霊のような存在ではありますが、私は貴女の娘として胸を張って共に歩んでいくつもりです」 
 
「シュテル……」 
 
 
 自分もオリヴィエと変わらぬ存在であるのだと悲しげに告白しつつも、俺の傍らになって微笑んでいる。 
 
言われてみれば、その通りだ。古代魔導書の中で眠っていた存在であり、出身も何も確かな存在ではない。 
 
何かのはずみで蘇って法術により誕生したというだけで、どこから生まれてどこへ行くのか分からない。不確かな存在として、歴史に刻まれずに消えていく。 
 
 
自身をそう語りながらも、俺の家族として生きていくのだと胸を張っている。 
 
 
「お前はいい加減、親離れしろよ」 
 
「ふふふ、将来はこどおじになって家に居座ってやりますよ」 
 
「女なのに!?」 
 
 
 古代出身の分際で現代用語に詳しい我が娘を引っ叩きながら、何だか疲れて座り込んだ。シュテルに後のことを任せて、俺は息を吐いた。 
 
何とか勝てたが、聖王オリヴィエはかつてない強敵だった。致命傷こそ無いが深手を負っており、救護班が来るまで大人しくしておくことにした。 
 
一応怨念が晴れたので戦場も沈静化しており、隊員達も息を取り戻しつつある。戦争自体は巻き返していたので、隊員の中に重傷者はいない。 
 
 
どちらかといえば、うちの身内の方がひどい。 
 
 
固有型を相手にしていたヴィータ達は少なくなく痛手を負っており、妹さんも俺の元へ駆け寄ってくるが珍しく疲労した様子を見せている。 
 
隊員の中に重傷者はいないとは言ったが、うちの白旗に助力していたフローリアン姉妹はどちらも重傷だった。 
 
特にアミティエは無茶苦茶していたので体中ボロボロであり、ナノマシンがなければ死んでいただろう。ユーリが必死で治療を行っている。 
 
 
そして何より怪我の酷い女が―― 
 
 
「ご迷惑をおかけいたしました、隊長。これより戦線に復帰し、後始末に取り掛かります」 
 
「串刺しになった女がうろつき回るな!?」 
 
 
 豊満な胸に包帯を巻いて上着を着ただけの露出狂が、俺に敬礼してくる。戦場に男も女もないとは思うが、こいつの格好はどうかと思う。 
 
かつて傭兵団の団長を務めていただけあって、性別なんぞ気にしないとばかりに、露出の多い格好で指揮系統を直している。自分の体を直せよ、まず。 
 
隊長として出来の悪い副官を叱ってやりたいが、顎が砕かれているので論戦が出来ない。 
 
 
聖王には勝ったのに、副官相手に苦戦させられる理不尽さだった。 
 
 
「隊長こそ酷い怪我を負っているのではありませんか。私はもう十分に休みましたので、隊長こそお休み下さい」 
 
「そうはいっても、ゆりかごを止めな――!?」 
 
 
 俺はセフィロトを手に取り、オルティア副隊長は銃を取って周囲を見渡した。 
 
上空にあったはずのゆりかごが、どこにも見当たらない。聖王との戦いに没頭していて、上空をちゃんと確認できなかった。 
 
 
そして―― 
 
 
「くそっ、いつの間に逃げやがったんだあいつ」 
 
「まだ遠くにはいっていないはずです、すぐ追わせます!」 
 
 
 怨念に沈められていた筈のフィル・マクスウェルが、姿を消していた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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