とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百二十四話
                              
                                
	 
 不幸中の幸いだったのは、人魔一体ネフィリムフィストによって聖王オリヴィエの技を再現していた点にある。 
 
孤独を望んでいた過去では絶対になし得なかった、自己の他者憑依。武王であったオリヴィエが取り憑くことで、彼女の絶技がこの身で再現できていた。 
 
あの時の一体感は悔しいが充実しており、才無き自分が天下無双を実現できることに武者震いしたものだ。自分で何とか再現できないか、自己鍛錬にも明け暮れた。 
 
 
聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの強さ、そのこびりカス程度はこの体に染み付いている。 
 
 
「俺の大事なナハトヴァールを襲ったんだ、まず一発殴らせろ」 
 
「……っ」 
 
 
 口上を述べるオリヴィエに容赦なく一撃。横っ面を張り飛ばすと、目を見開いて彼女はよろめいた。信じられないと言わんばかりに、驚愕に満ちた顔をして。 
 
自分に母親はいないが、母と呼べる女は確かにいた。心の底から親だと思ってはいなかったが、育ててくれた恩はあった。恩による情が何もないといえば、嘘になる。 
 
薄っすらと浮かんだ罪悪感は、孤児院で過ごした日々はすぐに打ち消してくれた。スパルタと言い切れる教育は、愛情という名の拳骨で思い知らされている。 
 
 
たとえ親であろうと、どれほど可愛い我が子であろうと――親子であろうとも。 
 
 
「もう一発――」 
 
「――なるほど」 
 
 
 逆手より追撃をかけたその瞬間、目から火花が飛び散った。瞬間的に繰り出された柏手が、俺の顔面に直撃したのである。 
 
即座に下がろうとするが、手のひら一つで顔面を握り締められている。恐るべき握力に舌打ちしつつ、反撃しようとするがびくともしない。 
 
顔を掴まれたまま一瞬で釣り上げられて、圧倒的な浮遊感に襲われる。成人男性を簡単に持ち上げる腕力は、一女子が容易く出来るものではない。 
 
 
何よりも恐ろしいのはこれほどの力で握り締められているのに、痛みを一切感じないことだ。  
 
 
「これが親子喧嘩というものですか!」 
 
「ぐっ――」 
 
 
 こいつ、ふざけている。 
 
周囲を見渡せば阿鼻叫喚の地獄、生命の剣で何とか持ち直しているが兵士達が全員汚染されて死に瀕している。 
 
これほどの地獄絵図を生み出しておいて、今もまだ親子ごっこに明け暮れている。幸せな家族計画に、心の底から酔いしれている。 
 
 
ナハトヴァールまで汚染しようとしておいて、今更親子を語るというのか。 
 
 
「互いに主義主張が異なったのであれば、親子であろうとも拳を交える。 
親に歯向かうなど以ての外であるという認識は、王族であろうとも古き悪しき慣習でしかないかもしれません」 
 
「てめえはこの期に及んで……!」 
 
「まして、それが我が子であれば尚の事。貴方ほど気骨ある若者であれば、私に囚われず自由な信念を持っているのでしょうね。 
ああ、私はなんて幸せな女なのでしょう。滅び行く世界の中で、最後に貴方のような素晴らしき子に恵まれたのですから」 
 
 
 フザケたことをのうのうとのたまっている分際で、まったくもって動けない。全身全霊で押し返しているのに、びくともしない。 
 
力で負けているのではない、技術で負けている。力が入らない姿勢で均衡を保っているので、圧倒的に不利であった。 
 
宙吊りにされているのに、地味に厄介である。剣士とは腕力で剣を振り回すのではない、雄大な大地を基礎として全身で剣を振るのだ。 
 
 
俺を見上げる彼女の表情は、陶酔に染まっていた。 
 
 
「母を越えんとする息子、越えさせてはならぬと対峙する母――これぞ親子喧嘩であるべきでしょう。 
いいですよ、愛しき我が子よ。全力で向かってきなさい、私が貴方の信念全てを受け止めましょう。 
 
私の拳は、その為に存在しているのだから」 
 
「だったら、遠慮はいらないな――アクセラレイター!」 
 
 
 力が駄目であれば、速度で対抗する。体内のナノマシンをフル活動して、全身の体捌きを一気に加速化した。 
 
瞬間的な振動の強さにさしもの聖王も掴みきれず、一瞬手が離れてしまう。俺は即座に彼女の膝を足場にして、宙吊りから逃れた。 
 
距離を取ろうとしたが、オリヴィエの一足飛びだけで間合いを詰められてしまう。神速の如き間合いのとり方に、目を剥いてしまう。 
 
 
だが現在は加速している状態、意識の切り替えも一瞬であった。 
 
 
「断空剣」 
 
 
 宙吊り逃れて地面に着地したタイミングで、大地にしかと足を踏みしめる。足から練り上げられた力が開放されて、刃となりて彼女に迫る。 
 
技名を聞いた途端なぜか彼女がギョッと固まり、断空剣を無防備に食らってしまう。彼女の柔らかな死体を切り裂――かれなかった。 
 
着衣に鋭い切っ先が走ったものの、肉体にまで損傷は及んでいない。皮を傷つけた感触はあるのだが、肉にまで至っていない。 
 
 
技にもだいぶ慣れてキレ味は増しているはずなのに、舌打ちする。 
 
 
技がきかないと落胆するのは、自分が強き存在であると錯覚していた頃の話。弱者より這い上がった今の俺に、諦観は存在しない。 
 
アクセラレイターを維持したまま一回転して、反対の足を交差。加速した空気が一閃されて、再び足刀を繰り出した。 
 
断空剣の、二枚刃。これなら単純な威力であれば、二倍以上の―― 
 
 
「覇王」 
 
 
 ――威力があって―― 
 
 
 
「断空拳」 
 
 
 
 聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。彼女の足から練り上げられた力が――大地を割って、怒涛のように噴き上げた。なにいいいいいいいいいいいいいいいいい!? 
 
大地の獣が起こした、津波。大いなる濁流が噴出して、俺の頭上から全てを飲みこまんと押し寄せてくる。 
 
俺の断空剣は大地の壁に阻まれてあっさりと消し飛び、やつが放った断空拳が大地を丸ごと押し上げて俺に襲いかかってきた。 
 
 
破壊の規模が違いすぎるだろう!? 覇王の断空剣というのは一体――いや、そんな事を考えている場合じゃない!? 
 
 
「神速!」 
 
 
 アクセラレイターによる加速からの、神速。感覚の隅々に至るまで極限化させて、俺は自分の過ちを悟った。 
 
敵が必殺の構えで襲いかかってきているのに対し、徹頭徹尾逃げの姿勢を見せてしまった。自分が逃げた先に、何があるのか知らずに。 
 
神が起こした滅びの津波を前にして、弱き人々はどうするのか――その答えが、俺の背後で死屍累々と倒れている仲間達であった。 
 
 
聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトが、俺しか見えていない。誰が死のうと、世界がどうなろうと、知ったことではない。 
 
 
「クソッタレ、アクセラレイター解除!」 
 
 
 神速による感覚の極限化を維持したまま、アクセラレイターを解除。凄まじい勢いで飛んでいた状態が急停止する、その結果どうなるか。 
 
超加速が急停止したことにより、気圧による反動によって空気が爆発。骨まで粉々になりかねない衝撃が襲うが、ユーリ達により強化された身体は何とか耐えてくれる。 
 
空気を切り裂く破裂音が響き渡り、アクセラレイターの反動が大地の津波に激突。人々を飲み込もうとしていた波が、加速による爆発とぶつかりあった。 
 
 
その瞬間俺は風の籠手によって大空へと駆け上がって、 
 
 
「ユーリヤキリエ達に鍛えられたこの肉体での、断空剣――名付けて」 
 
 
 断空剣とはそもそも、貧弱だった俺が刀の代わりとして編み出した技。この技術を――ユーリ達によって強化されたこの肉体により、全力を振るえばどうなるか。 
 
本来であれば、強化された肉体に感覚が追いつかない。子供の感覚で、大人の身体は動かせない。だから、最初の断空剣は聖王を傷つけられなかった。 
 
 
だが、神速によって感覚が極限化すればどうなるか。全身全霊、全神経を極使することにより―― 
 
 
「"空破断"」 
 
 
 握り締められた拳による、剣撃。"空を踏みしめて"練り上げた足で空中滑走、拳による衝撃波を飛ばして大地を叩き割った。 
 
足から練った力を撃ち下ろしとして叩きつけて攻撃をする技。その威力は大地の波を叩き割って、その背後から追撃しようとしていた聖王を吹き飛ばした。 
 
そのまま地面に叩きつけられて再起不能になればいいものを、手に入れた肉体を駆使して転がって簡単に立て直す。彼女はそのまま立ち上がった。 
  
平然と立ち直った聖王――の額から、一筋の血が流れる。 
 
 
「クラウスの技まで受け継いでいるなんて……ああ、なんて素晴らしい子なのかしら! 貴方こそ、私の自慢の我が子だわ! 
貴方の勇姿に負けないように、母は貴方を殺すつもりでいきますね」 
 
(――強すぎる、どこまで戦えるか) 
 
 
 古代ベルカに君臨していた、武王オリヴィエ。全盛期の肉体と、長年培われてきた怨念と技術が矛盾を恐れず受け継がれている。 
 
このまま戦って、世界が持つだろうか。足元にいる人々を守りきれるだろうか。 
 
 
かつてない強敵に、俺は拳を改めて握りしめた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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