とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百二十五話



 殺すつもりでいく――本当に俺が死んでしまったら、この女はどう思うのだろうか。

現実を受け入れてくれればまだいいが、現時点で赤の他人を息子と誤認するほどの狂いぶりだ。真実を受け入れる可能性は、皆無に等しいだろう。

どう転んでも俺はともかくとして、俺の仲間は殺されてしまう。ミッドチルダを始めとする次元世界は、間違いなく崩壊するだろう。世界を腐敗する怨念を防ぐ術はない。


汚染された仲間達は生命の剣が浄化しているが、あの剣を大地から引き抜かれたら終わりだ。まずはあの女を、俺に集中させなければならない。


「いきますよ、愛する我が子よ――ジェットステップ」


 稲妻の如き蹴り足で迫り来る、聖王オリヴィエ。発動していた神速を一旦解除して、真正面からぶつかり合う選択を取った。

感覚を極限化する神速を用いればオリヴィエが相手でも対抗できるが、持続性の高い技術ではない。月村忍と神咲那美の補佐がなければ、本来発動も出来ない技なのだ。

ユーリとキリエ達の強化により単独でも可能となっているが、その実効性が逆に阻害となっている。一人で感覚を全て補えてしまうのは、単純に負荷が高まるだけなのだ。


俊足の追い足から繰り出される凄まじい蹴りに、肘を落としてしのいだ。


「御神流、枝葉落とし」


 御神美紗都が才能も何もない俺に対して、単純に剣技の知識だけを叩き込んだ訳ではない。あの人は徹底して、俺を見捨てたりはしなかった。

当時利き腕を失った挙げ句衰弱した見すぼらしい俺に対して、非力でも繰り出せる技を教えてくれた。その一つが、組技である。

そもそも御神流は、剣技だけには留まらない流派だ。時代が多様化し、武術が近代化していく中で、御神流は必要に応じて技術を拡大化していった。


オリヴィエの蹴りを防いだその流れで、彼女の肘を極めつつ投げ飛ばす!


「私を相手に組技とはいい度胸ですね、プラズマアーム!」

「あだだだだだだ、ぐっ……この野郎!」


 相手の肘で自分の腕を挟んで投げようとしたら、拳に電撃変換させた魔力を纏わせて攻撃される。直接接触で伝わる電撃に身悶えする。

視界に火花が飛び散るが、歯を食いしばって彼女を引ききりつつ投げ落とす。聖王オリヴィエが大地に叩きつけられて、地面が悲鳴を上げて轟いた。

そのまま投げ飛ばされた相手の顔面に肘を再び落とすが、オリヴィエは身体を横転させて回避。地面に被弾してしまい、大地が割れる。


横転したオリヴィエはその勢いを利用して下半身を跳ね上げて、俺の背中に踵を落とす。背骨が折られると本能が警鐘して、俺はそのまま前に突っ込んでオリヴィエの腹に頭突き。


可憐な少女とは思えない腹筋の厚さに、額に衝撃が走る。脳みそが飛び出る衝撃にくらくらするが、構わず上半身を起こしてタックルをかました。

倒れてくれれば可愛いものをオリヴィエは容易く受け止めて、俺の上半身を掴んで一回転。ジャーマンシェパード真っ青の回転技に、俺は豪快に上空へ投げ飛ばされた。


天地がひっくり返る衝撃に目眩がする中で、オリヴィエが態勢を立て直した。


「殺すつもりでいくと、宣言しましたよ。インパクト――」

「"絶招"」

「――キャノン!」

「浮月双雲覇!」


 「絶招」とは中国拳法における奥の手であり、切り札を意味する称号である。

聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトが放ったインパクトキャノン、本人が練り上げた巨大な魔力の塊を拳で打ち出して上空に飛来する俺を攻撃してくる。

直撃したら、骨まで粉々になる一撃。投げ飛ばされた衝撃で、俺は態勢を立て直すのも困難。回避なんて出来るはずがなく、俺は腹を括った。


高町なのはとの精神融合、相手の精神と自身の精神を同調させて第三者的に相手の体験や記憶を共有できる。飛空も、なのはからの体験により模倣できている。


彼女が家族とする鳳蓮飛が必殺とする、浮月双雲覇。城島晶との喧嘩でも使用されるこの技は、あいつと毎日のように鍛錬した俺も当然体験できている。

空中を投げ出された状態で空を踏み切って、上空からの二段蹴り。一撃目でインパクトキャノンの拳と衝突し、二撃目でかろうじて拳を蹴り飛ばした。


インパクトキャノンはそのまま進路を変えて、遥か彼方の岩山へ向かい――頭頂から破壊して、瓦礫の山と化した。


「人に向かってやる技か、これが!?」


 自然体系を根底から覆す破壊の嵐に、目を剥いて絶叫する。古代ベルカで最強を成した女、かつては俺が焦がれていた天下無双の在り方が体現されている。

かつてであれば嫉妬と羨望で狂っていただろうが、ユーリ達の健やかな強さを知った今となっては、他人を殺すしか脳のない強さに何の価値も見いだせなかった。

自然環境を破壊して、何になるというのか。世界を破滅させて、どうするというのか。他人を傷つけて、何を得るのか。


もう何もかも失った後だというのに。


「セイクリッド・クラスター!!」

"――ダーリン、逃げて!"


 アリシア・テスタロッサが何を言いたいのか、すぐに分かった――火山が、噴火したことによって。


瓦礫の山へ向かってオリヴィエ・ゼーゲブレヒトが両の拳を撃ち込んだその瞬間、凄まじき魔力の本流が押し寄せて瓦礫の山が噴火したのである。

噴煙の量は凄まじく、悪夢のように空を真っ黒に染め上げている。火燕流が嵐のごとく吹き荒れて、空気を炭化させていった。


恐るべき熱量を秘めた溶岩が大地から吹き出して、地上を真っ赤に染め上げる――生命の剣を起点とした、汚染区域に向かって。


早く逃げろと、アリシアは言う。仲間や家族を見捨てて、早く逃げてくれと懇願している。俺に出来る訳がないと分かっているから、アリシアが自分から言った。

自分が言ったのだから、俺には何の責任もない。あらゆる全ての罪を幽霊である自分が引き受けるから、自分の言いなりになって撤退してくれと言ってくれたのだ。

分かっている、自分の力ではどうしようもない。徒手空拳では、大地の怒りには絶対に勝てない。


「世界を丸ごと巻き込んで、俺を殺すつもりか」


 ――そしてオリヴィエ・ゼーゲブレヒトは俺が見捨てられないと分かっているからこそ、この手段を講じた。

戦乱に生きた聖王の冷徹な判断、敵を殺すためならば味方を犠牲にする王の決断。この判断が出来なければ、彼女が民を救えず狂い死にしていただろう。

もしかすると、彼女はもう生きていた頃なら半ば狂っていたのかもしれない。家族や仲間達に背を向けて、ゆりかごへ乗り込んで死に絶えた女が正常な精神ではいられなかった筈だ。

悲しい女だ……だが。


「ぐっ――」


 アリシアは逃げろという、オリヴィエは戦えと言う。どちらを選んでも、俺は正気ではいられないだろう。人として死ぬか、剣士として生き延びるか。

他人を犠牲にする覚悟がなければ、剣士なんて務まらない。結局の所、最後は人を斬るのだ。人を傷つけてしまうのだ、どんな言い訳だって出来ない。

仲間を犠牲にしなければ倒せない敵だっている。あの女は今までの敵とは比べ物にならない、世界の災厄だ。チャンバラごっこで勝てる相手では絶対にない。


――俺は。



「たく、いい加減アタシを呼べっつーの」



 真っ黒に染まった空から、赤き流星が地上へ激突する。


「"ドラグーン"稼働――轟炎!」



 極大火球――瞬時に空気を熱する流星の火力が、大地の怒りと衝突した。


極大火球を発生させ、溶岩流に叩きつけて高温高圧の爆発を発生させて攻撃。火がマグマを炭化させるという非常識な現象が、目の前で起きた。

常識を非常識に変えるのは魔法ではなく、化学の力。烈火の剣精と名高いユニゾンデバイスが、古代ベルカの暴力に打ち勝った。


大地に突き立った生命の剣に降り立ったのは、妖精――ではなく麗しき女性へと変貌した、アギト。


「見たか、リョウスケ! これがアタシの大人バージョン、いい女だろうオイ!」

「お前……」


「お前が剣を捨てちゃいねえよ。大事な仲間は、お前の剣であるアタシがあらゆる暴力から守ってやる。
だから、お前は安心して――あのバカ女を、ぶん殴れ。

躊躇なく、ぶん殴ってやるんだよ。殴られなきゃ分からねえ……誰からも殴って貰えなかった、哀れな女をなんとかしてやれ」


 同じベルカ時代を生きた遺産が、ニシシと笑って顎をシャクった。

大幅な魔力使用や高い制御負荷、それらをもろともしない改造を受けたアギト。俺の力となるべく参上したのは、決して武器になるためだけではない。

思う存分戦えるようにするのも、剣としての仕事だった。


俺は強く頷いて大地を降りて、手刀を掲げた。


「御神流、虎切」


 御神流の奥義の1つ、一刀での遠間からの抜刀による一撃。

手刀ではキレ味が悪く、断空剣でも傷つかなかった女の強靭さには勝てない。オリヴィエは同じく手刀で切り払った。

確かに本人には通じないが――


燃え上がった空気を切り裂いて、断層を生み出すことは出来る。


「火事の現場で空気に穴が生じると、引火するぞ」

「なっ――」


 アリシアによる風神の籠手で、風のバリアを展開すると――

大爆発が、起きた。















<続く>








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