とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百二十二話
――普通に、元気だった。何というか、元気いっぱいに画面越しの俺に向かって手を振っている。
非常時において不謹慎ともいえる態度だが、場違いなあの子の笑顔は地獄の中で仏を見つけられた気分だった。我が子であれば、特に安心させられる。
完全に破壊された筈のイリスも唾だらけではあるが、一応再生は果たしているようだ。あいつは一度ナハトに取り込まれているから、データが保存されていたのかもしれない。
一欠片でもあれば再生可能なアイツの無限再生機能は、イリスのようなユニット関係には無敵だった。
それはまあいいとして――
「何であいつ、あんなに元気なんだ。荒御魂ほどの怨念であれば、人でなくても汚染されてしまう筈なんだが」
実際、マクスウェル所長が軍需産業用に生み出した人型兵器の大群は完全に沈黙している。ヴィータ達が相手にしていた量産型や固有型も地面に転がっていた。
敵側だけが倒れていればある意味ありがたい話なのだが、見事にヴィータ達まで沈黙している。怨念とは何も肉体だけに作用する性質ではない。
魂にまで悪影響を及ぼすのを顧みれば、むしろ魔導的要素で生み出されたヴィータ達の方が深刻かもしれない。
そんな中で、ナハトヴァールは鼻歌交じりにイリスの介抱を行っていた――かなりの力技で、当の本人はとても迷惑ではあるけれど。
「父上によく似たあの子は祖母殿にとても可愛がられていたので、よく一緒に遊んでおりました。それで」
「待て、こんな状況で問いただすのも何だが……祖母殿?」
「はい、父上の母君なので」
「……お前らがそうやってあの母親気取りを持て囃すから、あいつの誤認が深まったんじゃないのか」
怨霊を刺激しないように注意していたが、せめて根底の誤解である俺の母親疑惑をそれとなく否定していくべきだったのではないだろうか。
なまじ混乱させないように警戒する余り、本当に俺の母親であるかのように接していたために、あいつの誤解は極まってしまった気がする。
今更言っても詮無きことではあるのだが、まさかこれほどのトラブルに発展するとは夢にも思っていなかった。
まさに文字通り、後の祭りであった。幸いの宴ではあるのだけれど。
「話を戻しますが、父上の元で安定した状態で一緒に過ごしておりましたので、もしかすると怨念に対する耐性が出来ているのかもしれません」
「風邪じゃあるまいし、そんな免疫機能がどうやって働くんだ」
「おそらくあの子にとっては、ウイルスも怨念も大差ないのではないかと」
何の根拠もないのに、謎の説得力を見せつけられてぐうの音も出ない。無事だったのは本当に嬉しいのだが、何だか納得できない感があるぞ。
怨念への免疫があるのであれば、あの子より摂取してワクチンでも作りたいものである。全くバカバカしい――あ、いや。
あいつの再生機能を用いれば、可能ではないだろうか……?
考えてみる。あいつには再生機能と複製機能があり、自分の体内から無尽蔵に生み出せる。おもちゃ屋とかにいっても買うのではなく、自分で見て作り出せるショップ泣かせのチャイルドだ。
体内で怨念に耐えられる免疫ワクチンを製造して、ナハトヴァールに生み出してもらえばどうだろうか。病気とかではないので不安な要素は多大にあるが、試してみる価値はあるか。
駄目で元々だ、やってみよう。ゆりかごで今空を飛んでいる状態だが、あの子なら呼んだら来てくれるだろうか。来たらそれはそれで怖いけど、ちょっとやってみよう。
画面越しにナハトヴァールを呼ぼうとして――
先に、呼びかけられてしまった。
『ナハトヴァール』
『うー?』
『分かりませんか、貴女のお祖母ちゃんですよ』
フィル・マクスウェルの製造技術とイリスが奪取した聖典データによって、聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは完全なる姿で復活を遂げている。
華のように可憐な少女の容姿と、古代ベルカの戦乱で磨かれた武術の体現者。瞳は左右の色が異なる美しきオッドアイは、幽霊では見られなかった特筆すべき芸術品。
一目見ればその美貌に屈服し、一目見ればその威厳に平伏し、一目見ればその狂気に戦慄する。この世で誰よりも王でありながら、誰よりも人ではなくなっている。
ナハトヴァールをみるその目は慈愛に満ち溢れ、狂愛に濁ってしまっている。
『良い子ですから、イリスを私に渡してください。我が子を傷つけたその罪は、万死に値します』
『ほー』
ナハトヴァールは首を傾げて、イリスを見やった。彼女はナハトをみるどころではなく、オリヴィエの視線に浴びて顔色が土気色にまで染まっている。
恐怖に怯えているどころではない。死んだほうがマシだと思わせるほどの憎悪を浴びせられて、そのまま呼吸困難で死にそうであった。
イリスは死を覚悟しているのではない。どうやったら少しでも安らかに死ねるのか、今生きていることに絶望している。
自殺を許可されたら、真っ先に彼女は自壊するだろう。それほどまでに、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトという怨霊に恐怖していた。
『ナハトヴァール。貴女は愛しい我が子の大切な授かり物です。このような腐った世に生まれるべき存在ではありませんでした。
私が今から世界を破壊し、再生しますので、それまでの間は我が元で大人しく待っていて下さい。
そのような旧異物と遊んではいけませんよ。玩具が必要なら、私が用意してあげますから』
『……』
やはり、世界を破壊するつもりなのか。少しでも平和な世で安らかに過ごしていれば、この世にも価値を見出だせると高を括っていたが甘かったのだろうか。
いや、単純に時間が足りなかったというしかない。もう少し時間があれば、優しい人達に囲まれて、愛されるべき日々を過ごせていたはずだ。
幸せをほんの少しでも感じてくれれば、手放したくなくなる。世界を壊そうなんて言う願望も、世界に生きる人々への憎悪も薄れていたはずなのだ。
いくら何でも、目覚めるのが早すぎた。まさか肉体を取り戻せるなんて、それこそ夢にも思えなかったのだ。
『おばーちゃん』
『分かってくれましたか、ナハトヴァール。さあ、私にイリスを渡して下さい』
『おばーちゃん、好き』
『うふふ、嬉しいです。私も貴女のことを心から――』
『おばーちゃんの事、好き』
「……ええ、私も貴女を……』
『むふー』
『……っ……』
ナハトヴァールは、笑っていた――憎悪に濡れた禍々しき怨霊を目の当たりにして、
あの子は、心から微笑んでいた。
『――ナハト、私も貴女を愛していますよ』
『うん』
『これは、仕方がないことなんです。我が子や貴方達が心安らかに生きていくのは、世界を壊さなければなりません』
『うん』
『今を生きる人々も全て殺さなければなりません』
『うん』
『だから、だから……』
『おばーちゃん』
『いっしょに、かえろう』
――それは、きっと。
剣を、手に取る。
――言っては、いけないことだった。
剣を、かまえる。
――けれど。
剣を、振り上げて。
――俺が。
「小太刀二刀御神流裏 奥技之参」
言ってあげなければ、いけないことだった。
「射抜」
理よりも早く、技よりも正確に――変幻自在の高速の突きの連撃が、聖王のゆりかごを貫通した。
御神流二刀奥義の中でも、『最長の射程』で誇る奥義。アクセラレイターによる超加速を持って発射された奥義は、彗星のごとく地上へ降下する。
突いた勢いから発射された愛剣セフィロトが、ゆりかごを完全に貫いていった。最大威力で放てば重い鉄板さえも貫けるこの技を、セフィロトで使用すると――
雲の上から発射しても地面まで貫通する、必殺となり得る。
そして聖王オリヴィエは――絶叫した。
「フェアレータァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
無限書庫にある歴史書に、こう記されている。
古代ベルカ戦争が始まってから、幾星霜。周辺国家が泥沼の戦争状態に突入する中、敗北へ追い込まれたある国が兵器を使用してしまった。
"禁忌兵器"と呼ばれる禁忌に手を出した結果、ベルカの大地は荒廃してしまい、人々は苦境に追いやられる。あらゆる世界の全てが腐敗し、そして腐り果ててしまった。
世界を汚染する、禁忌兵器――その名を、"フェアレーター"と呼ばれた。
「父上、よかったのですか!?」
「全然よくないよ、たく……うちの子はどいつもこいつも、可愛げがありすぎる」
聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは、この兵器さえも体現できる――当然だ、これこそが彼女におけるトラウマの始まりなのだから。
聖王連合は一族が所有する史上最強の戦艦「聖王のゆりかご」の起動宣告で、暴走する国々を抑え込もうとした。この禁忌兵器こそが、彼女を不幸に追いやったキッカケなのだ。
ゆえに怨霊と化した彼女は、禁忌兵器を自らの怨念で再現できる。世界の崩壊を目の当たりにしたからこそ、世界を壊せる力と成り果てている。
禁忌兵器フェアレーターが発動した瞬間――射抜による愛剣セフィロトが、貫通した。
世界を壊さんとする禁忌兵器の汚染が、愛剣セフィロトが放つ生命エネルギーによって中和されていく。
地面に突き刺さったままのセフィロトから生命エネルギーが溢れ出して、汚染されていた戦場の戦士達を緩やかに命で包み込んでいく。
咄嗟の判断でどうにかなったのだが――
『――私の覇道を妨げるのですか、我が子よ』
また我が子を助けるべく、剣を捨ててしまった。シュテルはその行動の意味が分かっているからこそ、歯噛みしている。
セフィロトを失ったということは、実質もう対抗手段が残されていない。
剣を失ったまま、無駄に足掻くしかなさそうだった。
<続く>
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