とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百二十一話



 ――この状況は予想できなかったが、何の予感もなかった訳ではない。

聖王のゆりかごがイリスに奪われて起動していた段階で、聖王オリヴィエを刺激してしまうのは分かり切っていた話だ。そもそもあの船に、荒御魂が縛り付けられていたのだから。

ヴィヴィオやユーノによりゆりかごは鍵の聖王が居なければ起動できない事は判明していたが、イリスによって改造されてしまうと起動もあり得る。代役も用意されていたしな。


決戦に備えてこの怨霊をどうするべきか、当然議論になっていた。


『一時的であれ、那美に封印させる案はどうだ』

『那美おねーさんに聞いてみたけど、あれほど巨大な怨念を鎮めるのは無理だと謝られちゃった。
過去に世界を災厄に陥れた神話級に匹敵する荒御魂だと、震えていたよ。何とか鎮めたいと努力は今もしてくれているけど、間に合わないかな』

『魔法でどうにか出来ないか』

『お前のコネを使いまくって調べてみたけど、難しいな。古代ベルカの時代ならともかく、この現代では幽霊とか妖怪とか出現しないんだろう。
必要とされない力や知識なんぞ、廃れていっちまうもんさ――アタシだってお前らに掘り起こされなければ、眠ったままだったしよ』


 聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの幽霊の存在は明るみに出ていないので、関係者の中でもごく一部しか伝わっていない。

同じ幽霊であるアリシア・テスタロッサと、常日頃行動を共にしている烈火の剣精アギト。今はこの二人で、極秘会議をしている。

アリサやリニス達も知っているが、アイツラは表舞台のセッティングで忙しい。イリスや黒幕との決戦に向けて、オルティアが主導する作戦会議に連日参席している。


これ以上の不確定要素を増やして彼女達の負担を増やしたくないので、身内で何とかするしかなかった――アリサ達も、気付いてはいるだろうけど。


『そういや本人は今どうしているんだ、リョウスケ』

『海鳴の様子を見てきてほしいと頼んで、厄介払いしてる。あそこはギンガ達――俺の兄妹がいるからな。嬉々として見に行ったよ』

『……家族愛とかに飢えてる感すごいよね、あの人……」


 俺の存在が救いとなっているのか、普段は子煩悩なバカ親なのだが、本質は怨霊なのでどういうキッカケで変質するのか分からない。

那美に聞いた話だが、神話級の荒御魂だと存在するだけで都市レベルが汚染される程の怨念があるらしい。だからこそ那美達のような退魔師が、土地を浄化する役目を負っている。

その点あの女がどういう理屈なのか、俺の中にいる限り怨念が伝染する事はないそうだ。剣に宿っていれば、本人の力にさえなってくれる異端な存在であるらしい。


オンオフの切り替えが出来るのは不交流の幸いだが、問題はその不幸が起きてしまった場合だ。


『起動しまくっている今のゆりかごを見ればトラウマを刺激されるよな、絶対』

『伝承によればあの船に乗って戦争を終わらせ、そのまま死んだんだろう。自分の意志で乗り込んだとしても、あの船によって人生が狂わされたのは事実だ。
それで後世が平和になってくれていればいいけど、よりにもよって肝心の聖地で戦争が起きちまった後だからな。

"聖王"様がお前に決まってどうにか収まったけど、本人からすれば自分の決断は無駄だったと思っちまうのも無理ねえんじゃないか』

『で、でも、いくらなんでも古代で起きた戦争と、今起きている波乱を比較するのは理不尽だよ。死者だって出ていないのに』

『自分の命をかけているんだぜ? 高望みくらいしたって、バチは当たらねえだろう。
一応言っておくけどな、アタシだって違法研究所で実験道具扱いされたことは今でも頭にきてるんだぞ。

リョウスケやお前らに出会ったからいいようなものの……今の世の中だって、バカが多いとは思ってる』


 同じ時代ではないにしろ、古代の遺物という共通点があるのか、アギトはオリヴィエの在り方には比較的同情しているようだ。

自分の犠牲によって戦争は終わって平和になったのだと思っていたのに、後になってみればまた別の戦争が飽きずに起こっていたと知ったら自分ならどう思うだろうか。

聖王なんぞ呼ばれていても、オリヴィエは人間だ。しかも自分と同年代の少女、友人や家族と平和で幸せに暮らす年頃だろう。生まれた時代が違ってさえいれば。


俺も恵まれた人生とはいい難いが、少なくともこの年齢まで健やかには生きてこれた。彼女の無念は、荒御魂になるほどに計り知れない。


『今までの交流で意思疎通できる程度にはなっているんだが、根本的なところで歪んでいるから厄介なんだよな』

『そもそもお前が息子だと思いこんでいる時点で異常だからな』

『自分で言うのも何だけど、わたしがダーリンの花嫁さんだって言ったら、すごく喜んで大切にしてくれてはいるよ。
わたしにはママがちゃんといるから、お母様って呼んだら感激してくれてた』


 このまま交流を続けて平和を維持していけば、あいつの怨念も鎮まっていくという見方は那美も持っていた。

そもそも根本的に無念があるから怨念が高まっていくのであって、無念さえ晴れていけば魂は浄化されていくものであるらしい。アリサも生き生きとしているしな。

ただ神話級の荒御魂ともなると、無念の深さは半端ではない。一時の安らぎ程度では、怨念を晴らすのには多大な時間がかかるらしい。那美も必死で退魔修行はしてくれているのだが。


そして、もう決戦は目の前。浄化されるのを待つゆとりはない。


『海鳴にいるんだから、そのまま留守番頼めばいいんじゃねえのか』

『普段は頭おかしいくせに、武王として名高いだけあって肝心なところで勘が鋭いんだよあの女。
息子が最終決戦に挑むという覇気を察知して、応援に来るくらいは平気でいそうだから怖い』

『てめえは今回精鋭部隊を指揮する立場だからな。お前はあんまり実感ねえだろうけど、今は世界の危機であってお前はそれを救う立場なんだぞ。
事実関係を知る聖王教会や時空管理局の連中、それに世間様一般では、お前は英雄呼ばわりされているぞ』

『英雄という名の神輿だよ。失敗したら嬉々として俺に全部なすりつけてくるさ』


 アギトが嬉々として語ってくるが、俺は鼻で笑ってあしらった。今の世の中、おとぎ話のように単純な善悪で成り立っている訳ではない。

確かに今聖王のゆりかごという驚異に俺達が挑むのだ、ハリウッド映画のような盛り上がりが世界中で起きている。俺達はさしずめ、主人公的立場にはいるだろう。

だが映画にはシナリオがあって、サクセスストーリーが成立し、感動のエンディングまで一本道で続いている。俺達は、そうではない。綱渡りを歩かされている。


落ちたら余裕で死ぬし、敗北したら観客が石を投げてくる世界だ。気楽に舞台に立って、英雄気取りを満喫できない。


『話は分かったけど結局どうするんだよ、おい』

『お前に介護を任せるか』

『おい!?』

『お前はデバイスなんだからサポートが本職だろう!』

『戦場に出ない剣精がいてたまるか!』

『……これが現代の歪み……介護疲れ問題なんだね……』

 何気に一番酷い事を、他でもない花嫁さんが言っていた。見苦しい押し付け合いをすること一時間、不毛だという事に気づいて息切れした。

一応幽霊としての外見は若かりし頃の少女であり、見目麗しき王女である。老人呼ばわりしているのは、俺を息子呼ばわりするボケ具合に他ならない。

根本的にトチ狂っているのが厄介なのであって、日頃は子供や孫を愛する優しき女性なのである。問題なのは、完全に血が繋がっていない点に尽きるんだが。


旦那とデバイスの言い争いが見苦しかったのか、花嫁さんが困った顔で手を上げた。


『それじゃあわたしがお母様の相手をするよ』

『悪いな、お前戸なら同じ幽霊同士で関係も良好だから安心して任せられる』

『もう、わたしもダーリンの力になりたかったのに……アギト、ダーリンの事絶対の絶対に助けてあげてね!』

『任せとけ、アタシもバッチリ覚悟を決めてきたからよ。拘りなんぞゴミ箱に捨てて、改造しまくってやるさ』


 ……イリスが起こした事件の数々、そしてエルトリアの技術によって、アギトは何の役にも立っていないと自分を責めている。

実際のところ力及ばずともカバーはしてくれていたのだが、責任感の強い本人は納得していないらしい。シュテル達といい、うちの家族は俺本人よりも自分に厳しかった。

活路を見出すべく、CW社の開発技術に賭けて自ら実験材料となることを申し出たのは先日。本人がその気だからと、ジェイル博士も予てより研究していた技術を惜しみなく注ぎ込む事を約束した。


アリシアとアギトはそれぞれに、自分の使命を見出していた。


『ねえ、ダーリン。最終的にお母様のこと、どうするつもりなの?』

『死んだ人間は、さっさとあの世へいくべき』

『オッケー、アリサとデュエット組んで真夜中コーラスするね』

『人がグッスリ寝てるのに、枕元へ立つな!?
今のは半分冗談だとしても、死者がいつまでも留まり続けるのは健全とは言い難いだろう。

お前やアリサは俺やプレシア親子に望まれてここへいてもらってるけど、誰でも死んだ後に幽霊として留まり続けたらゴーストワールドになるぞ』

『それは……そうだけど……』


 アリサやアリシアは勿論だが、俺はオリヴィエだって十分過ぎるほどに気の毒だと思う。本音を言えば、世界の為に命を捧げたあいつにだって幸せになる権利はあると思っている。

でも俺はあいつに、法術を使用しようとは今まで一度も思わなかった。神話級の荒御魂相手に法術を使用するのは危険だと反対された事を差し引いても、俺にはそんな気はない。

アリサ達と違って、むしろあいつはもう眠るべきではないだろうか。怨霊になってまで世界に拘り続けるには、不幸に尽きる。

きっとあいつはこの世に留まり続ける限り、世界に縛られるだろう。いつまでも平和にならない世界を恨み、人々に怨念を向け続けるのに違いない。


いい加減、もう休んでもいい筈だ。


『だから少しでも俺達がこの世界を良くして、あいつを安心させてやろう。この世はそう悪いもんじゃないと納得すれば、あいつは安心して眠れるはずだ。
それまでの間、こんな馬鹿げた家族ごっこにだって付き合ってやるさ。俺の家族達とのんびり生きていれば、平和を実感できるだろうしな』

『そうだな……アタシのような兵器がお役御免になるくらい、平和にしてやろうじゃねえか。それまで、アタシもお前に付き合ってやるよ』

『うんうん、わたしもお母様の事は嫌いじゃないからね。ダーリンが戦争を終わらせるまで、親孝行しておくね』


 あいつのためにもイリス、そしておそらく背後にいるであろう黒幕をとっ捕まえて、とっとと戦争を終わらせよう。

戦術は組み上げて、戦略を整えて、予算や人材も十二分に揃えている。新兵器の開発も完璧で、作戦も順調に進んでいる。

よほどの想定外でも起こらない限りは、問題なく戦争を終えられるだろう。後は何とか、俺がリインフォースを止めればいいだけだ。


聖王オリヴィエに、平和な夢を見せてやろう――















 ――そして、夢は終わった。















 戦場は、死屍累々となっている。人も人型兵器も問わず、高く積まれた死体の山が転がっていた。

数多くの死体が折り重なっている光景は地獄絵図そのものであり、凄惨な状況を目を覆わんばかりだった。かろうじてまだ生きていることは、もはや苦痛でしかない。

かつて怨霊が漂っていた聖王のゆりかごで起きた地獄が、再現された。当時も多くの被害者が続出し、自動人形のローゼが救援活動を行い、皮肉にも救世主にまでなった。


人型兵器が害を被っているのはなんとも皮肉だった。人に近づけてしまったために、人と同じく呪われたのだから。


「な、何ですかこれは……オルティアさん達を、早く助けないと!」

「待てシュテル、迂闊に現場へ向かったらお前も汚染されるぞ!」


 慌てて救助に向かおうとしたシュテルを、引き止める。家族や仲間が犠牲になって冷静さを失うのは分かるが、二次災害にしかならない。

俺がかろうじて冷静さを失わずに住んでいるのは、同じ光景を一度見たからだ。荒御魂が猛威を振るう現場を、二度も再現されたくはなかったのだが。

いずれにしても、もうこの世の人間がどうにか出来る状況ではない。希望なんてどこにもなく、絶望だけが支配する世界となってしまった。


だけどあえて言わせてほしい――誰が、こんな状況を予測できる?


アリシアがオリヴィエを止められなかったのは、仕方がないことだ。あいつが俺を案じてここに来てしまうことくらいは、予測できていた。

聖王のゆりかごを見ればトラウマを刺激されてしまうだろうが、それでもどうにかするつもりだった。どうにか出来ると、高を括っていた。

まさか聖王オリヴィエの肉体を再現する馬鹿が居るなんて、想定できなかった。肉体が製造され、魂が来てしまう。2つの想定外が、全てを潰してしまった。


世界が、終わってしまう――この世は汚染されて、あらゆる人間が死に絶えた。



『おとーさん』



 死に絶えて――えっ……?



『つくったー!』

『……アタシ、この子嫌い……』


 絶望が映し出されるモニタ画面の向こう側で――ユーリの背中にいたナハトヴァールと、


あの子の口から再生されてヨダレだらけで転がる、イリスが映し出されていた。















<続く>








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