とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百二十話
                              
                                
	 
 ――自分の死を悟った時、微笑みを浮かべた少女の心境は如何ほどだったのだろうか。 
 
我が身を振り返って考えてみる。瀕死に陥ったこと、死を覚悟したこと、実際に死んだこと、そのそれぞれに悲しいほどに経験があった。 
 
自分が死ぬのだと思ったその時、俺は何を考えていただろうか。少なくとも充実した気持ちではなかった。大抵は苦痛の果ての奮起か、もしくは諦観でしかなかっただろう。 
 
 
イリスはきっと、思い残すことなくこの世を去った――けれど、残されたものはどうか。 
 
 
「……まだ、立ち上がる気力があるのですか」 
 
「許さない……今更謝っても、絶対許さない……一緒に罪を償うまで、絶対に許してあげない!」 
 
 
 驚愕を目にした聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの固有型を前に、キリエ・フローリアンが幽鬼のように立ち上がっている。 
 
穴だらけという表現が陳腐に思えるほどに、全身の各所から壮絶に血を流している。美しい肌が血に濡れて、死装束のように化粧されていた。 
 
無茶に無茶を重ねた結果、強靭に鍛えられた肉体が負荷で悲鳴を上げている。ショック死しても不思議ではない状態、もはや本人を支えているのは気力のみだろう。 
 
 
そして、その生きる気力を与えたのは、間違いなくイリス本人であった。 
 
 
「ユーリちゃん。お願い、イリスをどうにかして治してあげて! どんな反則技使ってもいいし、私が全部責任を取るから!」 
 
「! 分かりました、絶対の絶対に死なせませんから!」 
 
 
 完膚なきまでに消滅してしまったのだ。治療なんて無意味にしか見えない状況なのだが、本人達は全く認めていないし納得もしていない。 
 
無理からぬ話であった。キリエ・フローリアンの願いは両親の治療であり、ユーリ・エーベルヴァインの願いはイリスと家族になることである。 
 
どちらも奇跡に縋るしかない無謀である以上、今更諦める選択肢はなにもないのだ。この程度で諦めるようでは何も救えないし、何も叶えられない。 
 
 
可愛い妹が無茶苦茶をしているのを見ても、姉であるアミティエは叱らずに微笑んでいる。 
 
 
「貴方を製作したフィル・マクスウェルは倒されました。貴女の軍隊は、剣士さんの部隊によって制圧されるでしょう。 
聖王のゆりかごも剣士さんご本人が止める。残りは貴女一人です、これ以上の戦いは無益ではありませんか」 
 
「貴女達の懸命な時間稼ぎが功を奏したのは、認めましょう。素晴らしい戦士たちでした」 
 
 
 こともなげに認めるその姿勢に、アミティエは息を吐いた。真犯人は無様を晒したというのに、真犯人が製作した固有型はまぎれもなく本物の王であったから。 
 
弱者を蹂躙する強者の無慈悲と、強者を称える王者の貫禄が両立している。古代ベルカの歴史こそアミティエは知り得なかったが、きっと偉大な王で築き上げられたのだと察せられた。 
 
そのうえで、武装解除する様子がない事に歯噛みする。強者の崇高な責任感は、弱者には理解できない観念であった。 
 
 
何が彼女をそこまで奮い立たせているのか、検討もつかない。 
 
 
「何故ですか。作り出されたことへの抵抗がないのであれば、時代の果てにある敗北を受け入れる矜持だってある筈です」 
 
「あのイリスという少女は、自分自身の決断で行った行動に対して責任を果たしたのでしょう。気概こそ違えど、私も同じです」 
 
「無意味に闘争を続けることに、何のケジメがあるというのですか!」 
 
 
「今も尚、争いが続くこの世を終わらせる――それこそが私自身の責任であり、使命です」 
 
 
 ――戦況が映し出された画面から、顔を上げる。今の言葉に、違和感を感じた。 
 
 
まだゆりかごの中だが、シュテルが外の状況を映し出してくれているので大凡は把握している。主犯であるイリスは死んで、黒幕であるマクスウェルは倒された。 
 
後はアミティエ達の奮戦次第だが、引っかかりを感じた。聖王オリヴィエをベースに作り出された固有型、奴の言葉に何かを感じた。 
 
 
何だろう、分からない……だが、何かが気になる。 
 
 
(使命感、責任―― 
確かアミティエやキリエの話だと、ヴァリアントシステムを活用すれば意思を持った固有型を製造できるという話ではあったが) 
  
 画面をもう一度見ると、アミティエやキリエと固有型が再戦し始めている。キリエは重傷だが、それでもよく戦っており、死にものぐるいでしがみついている。 
 
実力では明らかに劣るアミティエだが、戦い方は本当に素晴らしかった。惑星エルトリアでの過酷な環境が、彼女をここまで鍛え上げたのだろう。 
 
大自然の猛威は常に彼女を死地に追いやり、常に劣勢を強いられていたのだろう。本人は強者でありながら、弱者としての戦い方までよく分かっている。 
 
戦闘はアミティエ達が追い詰められいるが、戦争はオリヴィエが追い詰められていた。このまま時間を稼げば戦争が終わり、戦闘は継続不能となる。 
 
 
――そこで、気付いた。 
 
 
「何故、マクスウェル所長を放置し続けているんだ」 
 
 
 アミティエ達が足止めしているのは、分かる。けれど別に本人がいかなくても、王として彼女が指揮して救援に向かわせればいい。 
 
マクスウェル本人に主導権があろうとも、あの男は戦争の素人だ。知識が豊富にあるだろうが、戦争を実際に経験しているとはとても思えない。 
 
だからこそ現場はイリスに任せ、オリヴィエのような固有型を製造して指揮させていた。ならば、本人の裁量で戦場の流れを変えればいい。 
 
 
徹底して、俺達と常に一対一をやらせていたのは何故だ。戦争が長引けば、自力のある俺達が有利になると分かっていそうなものだが――
  
 
「父上、冥王イクスヴェリアが意識を取り戻しました」 
 
「おう」 
 
 
 首を切って瀕死に追いやったイクスヴェリアをゆりかごのシステムに預けて、治療を行わせていた。ゆりかごからすれば、鍵の修復になるのだが。 
 
シュテルに任せていたのだが、どうやら処置は滞り無く進んでいるらしい。修復作業自体は今も続いているが、本人はようやく意識を取り戻したようだ。 
 
だが、首まで斬られた重傷だ。意識が回復しても、到底身体は動かせない。どれほどゆりかごが無理強いしても、指一本満足に動けないはずだ。 
 
 
この状態が理想――イリスの言う通りなら、意識さえあればゆりかごは停止できる。 
 
 
「一応バインドはかけておきましたが、本人は戦闘不能でしょう。声は聞こえていますので、どうぞ」 
 
「分かった――冥王イクスヴェリア、俺を認識できているか。声はださずともいい、頷くか首を振るかで返答してくれ」 
 
「……」 
 
 
 苦しげにしているが、イクスヴェリアは首肯する。大量に出血して血で汚れていたのだが、綺麗に拭き取られている。シュテルが気遣ってくれたのだろう。 
 
抵抗する様子は微塵もない。自分の敗北を受け入れて、静かに沙汰を待っている。ゆりかごも、これほどの重傷であれば洗脳も出来ないようだ。 
 
ゆりかごさえ妨害しなければ、問題ない。後はイクスヴェリアにゆりかごのシステムを止めてもらって、この船の暴走を止めよう。 
 
 
聖王のゆりかごさえ沈黙すれば、後は俺が直接戦場へ出向いて全てを終わらせる。 
 
 
「イリスより、あんたにゆりかごを動かす権限があると聞いた。イリスは敗北し、黒幕も倒した――この戦争を終わらせるべく、ゆりかごを止めてほしい」 
 
「……」 
 
 
 イリスが敗北したと聞いてイクスヴェリアは瞼を震わせたが、頷いて目を閉じる。その途端、鍵の聖王の間が輝き出した。 
 
暴走していたシステムが再稼働したのだろう。後は彼女の最後の仕事を見届けて、この船が停止するのを待てばいい。 
 
 
これで、終わりだ。 
 
 
 
 
 
"……ダーリン、ごめん、なさい……" 
 
「! アリシア、どうし――」 
 
 
 
 
 
"止められ、なかった" 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「この時を、どれほど待ち望んだことか」 
 
 
 
 
 
 ――背後から聞こえてきた声に、心臓が止まった。 
 
嫌な予感などという、漠然とした感覚ではない。自分がハッキリと失敗したのだという敗北感が、怒涛のように押し寄せてくる。 
 
イクスヴェリアをシュテルに任せて、慌てて画面に飛びついた。夢であってほしいという必死の願望を胸に、外の様子を目にして―― 
 
 
 
悪夢が、映し出された。 
 
  
「聞こえていますか、我が息子よ。見えていますか、我が後継者よ―― 
私は"オリヴィエ・ゼーゲブレヒト"、貴方の母です」 
 
 
 
 かつてこの世を厄災に陥れた、荒御魂。聖王のゆりかごを汚染していた、神話級の怨霊。 
 
古代ベルカの時代より世界を恨み続けた悪鬼の化身、聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。 
 
怨霊の霊が宿った固有型、いや―― 
 
 
 
全盛期の肉体を取り戻した聖王が狂気の笑みを浮かべて、画面越しに俺を覗き込んでいる。 
 
 
 
戦場でアミティエ達、俺の大事な仲間達が――苦しみ悶えて、一人残らず汚染されていた。 
 
 
 
「これで、戦争は終わりです」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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