とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百十九話
                              
                                
	 
 ユーリ・エーベルヴァインとフィル・マクスウェルの戦いは、攻防の極限にあった。 
 
あらゆるものを犠牲にして完成されたマクスウェルの戦闘技術は粋を極めており、個の戦力としては圧巻であった。軍事力として求められた戦力を確実に保有している。 
 
一方で、砕かれぬ闇とまで呼ばれるユーリの防御力は群を抜いている。永遠結晶エグザミアを核とした魔力を生み出し続ける無限連環機構によって、要塞級の防御を誇っている。 
 
 
どんな盾も突き通す矛と、どんな矛も防ぐ盾――その矛でその盾を突いたらどうなるのか、この瞬間答えが出た。 
 
 
「インペリアルガード」 
 
「……この私の技術を持ってしても、貫けないというのか!」 
 
 
 闇色の炎で紡がれた魄翼を展開した、防御陣形。全局面から怒涛の勢いで切りかかってくるマクスウェルの攻撃を、完全に弾いている。 
 
どれほど圧倒的な力であっても魔導である以上、フィル・マクスウェルの技術を用いれば分解することが可能。事実、分析作業は急ピッチで行われている。 
 
忙しない攻防で分かりづらくはあるが、実を言うとユーリの魔導は今この瞬間にも解除はされている。分解作業も続けられていて、無力化自体は確実にされているのだ。 
 
 
当初はマクスウェルも自身が有利だと高を括っていたが、すぐに思い知ることになる。 
 
 
 
太陽に水をかけ続けても、その炎は永遠に消えないのだということを。 
 
 
 
「素晴らしい……本当に、素晴らしい力だよユーリ! 君ほどの存在が私の娘であるということが誇らしいよ」 
 
「それはどーも」 
 
 
 狂気の笑みを浮かべて絶賛するかつての父親を前にして、ユーリはどうでもいいと言わんばかりに軽く返答するのみであった。 
 
説得しても埒が明かず、誠意を持って接しても我が物顔するのみ。そもそもイリスを洗脳しようとしている段階で、ユーリから彼への愛情は消え去っていた。 
 
かつて自分の父を殺したという悲しき過去も、本人がこうして復活を遂げていては世話もない。あの子にとっての過去はイリスであり、もうこの男ではないのだろう。 
 
 
だが現実的に今、驚異として立ちふさがっているのは事実だ。 
 
 
「お前達、大事な姉を教育してあげなさい!」 
 
「……っ」 
 
 
 特務機動課の部隊を相手に徹底的な反撃を行っていた人型兵器の部隊が、次々とユーリに向けて集中砲火を放ってくる。 
 
恐るべき火力が注ぎ込まれるが、魄翼を展開した防御陣形に隙はない。太陽に銃弾をどれほど撃ち込んでも、核へと突き刺さる前に消滅する。 
 
ユーリであれば集中攻撃を受けても反撃は可能だが、平気であれど人型であれば反撃は躊躇われる。ユーリの優しさは美徳ではあるが、戦場では消耗戦を強いられてしまう。 
 
 
その隙を逃さず、フィル・マクスウェルは太刀を掲げて限界突破を行う。 
 
 
「アクセラレイター・オルタ!」 
 
「! イリス、私のところへ来て!」 
 
「くっ……嫌よ、自分のことは自分でやるわ!」 
 
 
 フィル・マクスウェルは急加速を持ってユーリから離れて、足元にいたイリスに向けて突撃をかける。狙われていることをすぐに悟ったユーリは警告するが、イリスは舌打ちするだけ。 
 
ユーリにもはや何の罪もないのは分かっている。自分自身の過ちだって認めている。だが人間、そう簡単には切り替えられない。 
 
憎んでいた相手が友人だったと分かっても――いや、友人だと分かったからには頼れない。頼る訳にはいかない。 
 
 
その友人にどれほど迷惑をかけてしまったのか、考えるだけで死にたくなるから。 
 
 
「イリス、父親の言うことを聞けない悪い子にはお仕置きだ!」 
 
「あんたなんか父親じゃ――ゴホッ!?」 
 
 
 必死で反撃を試みるが腹をヒザ蹴りされて、唾を吐きながら後方に吹き飛ばされて転がる。マクスウェルは加速を緩めず、上段から斬りかかっていた。 
 
流石に追撃は許さないとユーリは魔力弾を撃ちまくるが、マクスウェルに切り払われて終わる。一瞬で分解されて、ユーリは歯噛みする。 
 
威力を上げること自体はいくらでも可能だが、足元にいるイリスまで吹き飛ばしてしまう。かといって攻撃力を押さえれば、見てのとおり分解される。 
 
 
自分が足手まといとなっていることをすぐに察して、イリスはますます焦りを顕にする。 
 
 
「ヴァリアントシステム、発動!」 
 
「その技術を与えたのは私だよ、イリス!」 
 
 
 実体化したことで得た技術を用いて武器を生み出して射出するが、同じ攻撃で返されて武器同士がぶつかって消滅。足止めも出来ず、イリスは顔を殴られて血を吐いた。 
 
ならばとアクセラレイターを再現するが、オルタナティブまで発動できる彼の技術が遥かに上回っている。加速を超加速で返されて、翻弄される。 
 
傷が増えていくだけの、攻防戦。不利なのは明らかだが、ユーリは必死でサポートして何とか拮抗を保っている。ユーリも何とか反撃したいが、どの局面にもイリスの存在が阻害となる。 
 
 
本人もそれが分かっているから必死で戦っているが、フィル・マクスウェルという生みの親には勝てない。 
 
 
「どうしてそれほど頑なに私の愛を拒むんだ、イリス。私の言うとおりにすれば、楽に生きられるんだよ」 
 
「私を散々利用しておいて、今更父親面しないで。あんたが殺した研究所の人たちだって、私の家族だったのに!」 
 
「その研究所の閉鎖が決まって、彼らの栄達が閉ざされる事になったんだよ。将来を奪ったのは世界政府であって、私ではない。 
未来無き彼らに責任を持つことこそ、所長としての私の使命。苦しむ彼らを見るのは忍びないからこそ、私は自らの手で引導を渡したんだ。 
 
私は自分の手を汚すことになろうとも、彼らの未来を守りたかった」 
 
「御大層なことをどれほど並べたって、あんたが私の家族を殺したことに変わりはないのよ! 
優しかったユーリはわたしを守るためにあんたを殺し、記憶まで失ってしまった。 
 
あんたさえいなければ、私はあの子と友達のままでいられた――絶対に、許さない!」 
 
 
 美辞麗句を口にする所長を唾棄して、イリスは両手から武器を生み出して斬りかかる。反論されたマクスウェル所長の表情に、一片の揺るぎもなかった。 
 
主張自体はイリスが正しいのだが、信念という面で明らかに押されている。自分が正義だと確信する男と、自分が間違っていたのだと反省する少女。二人の間には正負があった。 
 
正義が勝つのではない、勝ったものが正義となってしまうのだ。負い目のある人間が負い目のない人間を倒すことなど、土台不可能であった。 
 
 
殴られ蹴られ、斬られて倒される――気がつけばものの数分で、イリスはマクスウェルに踏み躙られていた。 
 
 
「……ぁ、ぐ……」 
 
「どうやら反省したようだね、イリス。いいだろう、親として私は快く君を許そうじゃないか。 
もう何も悲しむことはない、今から直接君の脳にウイルスを打ち込もう。それで君は何もかも忘れて、楽になれるよ」 
 
「これ以上、イリスはやらせません――っ!?」 
 
 
 イリスの必死な態度に怯んで口出しできなかったユーリも見るに見かねて翼を広げるが、マクスウェルが即座にイリスに刃を突きつけて足を止めてしまう。 
 
刃の先は、イリスの脳。直接刃を突き立てられてウイルスを注入されたら、法術の制御がないイリスは洗脳される危険性が高い。迂闊に手出しできない状況となった。 
 
マクスウェルは余裕の微笑みを浮かべてユーリを見上げるが、直後に顔が強ばる。ユーリに降伏宣言を突きつけようとした彼に対して―― 
 
 
ユーリ・エーベルヴァインが向けた目は、底なしの闇であった。 
 
 
「……あれほど優しかった少女が、そこまで豹変してしまうとは。君を変えてしまったあの男を、心から憎むよ」 
 
「私はユーリ・エーベルヴァイン、剣士の娘として生まれ変わりました。イリスを刃を突き立てたその瞬間、貴方を灰にします」 
 
「私を殺せるのか、ユーリ。拾の父親である私を!」 
 
 
「覚悟は出来ていると、言ったはずです」 
 
 
 剣士に対して、人質なんて無意味である。剣は他人を守るのではなく、他人を斬るためにある。仲間が殺されるのを防ぐためではなく、仲間を殺された無念を果たすべく剣を振るう。 
 
ここで投降すれば、何もかも終わると分かっている。常人であればそれでも仲間を優先する情はあるが、剣士にその理屈は通じない。 
 
ユーリはかつてイリスを守るために、フィル・マクスウェルを殺した。しかし、それでも悲劇は終わらなかった。だからこそ、同じ過ちは絶対に侵さない。 
 
 
たとえイリスを犠牲にしても、フィル・マクスウェルを殺すと覚悟を決めた。 
 
 
「悲しいね……自分の友達を犠牲してまで、父親を殺すなんて。イリスもきっと悲しんで――」 
 
「バーカ」 
 
「えっ――グ、ハ……!?」 
 
 
 倒れたイリスが地面に手を当てたその瞬間――大地が隆起して、"イリスごと"マクスウェルを容赦なく串刺しにした。 
 
 
フィル・マクスウェルは賢き男である。イリスを痛め尽くしても反撃するであろうことは、想像はついていた。あらゆる想定を惜しまず、全てにおいて対応する自信があった。 
 
事実、彼女が取れる行動のほぼ全ては押さえられていただろう。実力の差は明らかであり、技術の差は明確であった。 
 
 
だが――自分を犠牲にした攻撃にまで出るとは、さすがの彼も予測できなかった。 
 
 
「……イ、リス……」 
 
「ゴホ……あ、りがとう、ユーリ……ごめん、ね……ユーリ……キリ、エ……」 
 
 
 フィル・マクスウェルは胴体を串刺しにされて倒れ――イリスはそのまま、砕け散って消滅した。身体なんて、持つはずがなかった。 
 
ユーリは愕然としつつも、イリスの最後の言葉を痛みと共に理解していた。ありがとうと感謝を述べたのは、ユーリがイリスを犠牲にする覚悟をしてくれたからだ。 
 
自分を犠牲にしてまで父親を殺してイリスを救ったことに、本人は心の底から悔やんでいた。ずっとずっと悲しみ、苦しみ続けていた。 
 
 
イリスは自分を守ってほしかったのではない。自分より大切な人達に、生きていて欲しかった。 
 
 
 
ユーリを犠牲にしてまで、生き残りたくはなかった――その気持ちをユーリは分かってくれたから、犠牲にしてでも倒す覚悟をしてくれたのだ。 
 
 
 
「イリスぅうううううううううううう!!」 
 
 
 最後の最後、友達同士分かり会えたのが嬉しかったから――彼女は自分を犠牲にする道を選んで、消えた。 
 
覚悟は出来ているのだと宣言した、誇らしき友達にカッコつけたかった。彼女の友人として、自分を最後に誇りたかったのだ。 
 
それがどれほど間違っていて、悲しいことだとしても……イリスは機械のように理屈ではなく、 
 
 
人間のように感情的に、自分を犠牲にして倒すことを選んだ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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