とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百十七話
                              
                                
冥王イクスヴェリアは、古代ベルカで覇を成した王として戦っている――この時点で、俺は説得することを諦めた。
 
 生き方は、変えられない。どれほど弱くとも、剣さえ捨ててしまっても、俺は剣士であることを止めなかった。剣を取る意味を変えて、今も戦っている。
 
 まして民の上に立つ王であれば、最早個人の意志では変えられない。民のために生きて、国のために尽くし、人のために死んでいったのだから。
 
 
 その生き方に敬意を示し、その強さに戦慄を覚えて、俺は戦いの継続を選んだ。
 
 
 「高町流」
 
 "フライアーフィン"
 
 
 飛空魔導師である高町なのはの飛び方は多種多様で、本人の気質にはあっていないが戦術面でも非常に優れている。
 
 高速移動魔法の一つであるフライアーフィンは、靴から光の羽根を伸ばして飛行する。翼ではなく羽根であり、背ではなく足であることに大きな意味がある。
 
 鳥は翼を広げて空を飛ぶが、人は足を踏みしめて大地を歩く。特性の違う生き物に、異なる軌道は望めない。
 
 
 ゆえにこそフライアーフィンは、姿勢と方向の制御には非常に優れている。
 
 
 「同じ戦法は通じませんよ――マリアージュ」
 
 
 飛空ではなく機動に重きを置いていることを見抜いて、マリアージュ群団は陣形を変える。一斉射撃ではなく、各個射撃にベクトルを切り替えている。
 
 隊形を分けてタイムラグを置いて、射撃を繰り返す。練度の高い戦術が求められるが、司令塔が一つであればタイミングは完璧と言える。
 
 機動を変えれば、即座に射線を切り替えて撃ってくる。一発でも当たれば機動を殺されるのは間違いなく、見事な判断に舌を巻くしかなかった。
 
 
 とはいえ、俺もただ空を飛んだのではない。
 
 
 「レヴィ、一番槍をくれてやる」
 
 「イエッサー、ボス。天破・雷神槌!!」
 
 
 銃器の歴史は諸外国に比べれば劣っているが、御神流は今世に生きる剣の在り方を追求している。銃火器を使う利点と戦術については、師匠に知識として教わっていた。
 
 戦国時代の歴史において、鉄砲隊を分けて連射性を高める戦術は画期的として題材になっている。俺のような無教養者でも、その程度は知っていた。
 
 飛空する俺は囮というより、陽動。銃火器が俺に集中している間に、レヴィは果敢に突撃する。天破・雷神槌は、情け容赦のない魔導であった。
 
 
 収束する電磁リングが大仰に放たれて、十字の電撃がマリアージュ群団に見舞われる。
 
 
 「NO1、2は自爆。3から6は燃焼液を放射しなさい」
 
 「――御神流」
 
 「くっ!?」
 
 
 レヴィが放った魔導は、ロックオン系の範囲攻撃魔法。バインド能力を持つ雷光で範囲内の目標を拘束し、動きを止めた上で雷撃により一斉攻撃を行なう。
 
 ゆりかご内のAMF空間ではバインド能力の効果はすぐ消されてしまうのだが、範囲攻撃魔法は強力。一瞬で分解されるが、そもそも雷光とは一瞬の攻撃である。
 
 精度の高い雷撃は範囲内でも術者が目標としたもの以外には影響を及ぼさず、マリアージュ群団を焼き払った。
 
 
 とはいえイクスヴェリアの判断は早く、前線を敢えて放棄する事で群団へのダメージを防いでいる――が、
 
 
 
 本人のガードは明らかに緩くなった。
 
 
 
 「虎切!」
 
 「限界を超えて、身体能力を高めなさい!」
 
 
 セフィロトによる、一刀での遠間からの一撃。扇の一つではあるが、継承者ではない俺は知識による模倣で実演する。
 
 躊躇なく少女の顔面を狙った剣術に対して、冥王イクスヴェリアが取った行動は単純。自分自身の安全を廃棄して、死を代償に生を繋ぐ綱渡りであった。
 
 肉を切らせて骨を断つ、どころではない。頬ごと切らせて、イクスヴェリアは一回転。歯が見えるほど右頬に穴を開けて、御神の一刀を回避する。
 
 
 本人は覚悟を決めたのだろうが、俺だって同じ覚悟で戦場に出ている。手首を回転させて、次の一刀を繰り出した。
 
 
 「だから、貴方は兵士だというのです」
 
 「なんだと!?」
 
 
 繰り出した一刀が届くよりも早く、目先に真っ赤な華が咲いた。血飛沫による錯覚だと気づいたその瞬間に、視界が真っ赤に染まる。
 
 切らせたのは回避が目的ではない、攻撃に移るための猶予。己の命を犠牲にした戦術だと気付いた時には、強烈な火花が飛び散った。
 
 
 どれほど強化しても、少女の腕力――そう侮ったツケが、回ってきた。
 
 
 「皮膚への攻撃か!?」
 
 「戦場へ出た王が、女であることに固執するとでも思っていたのですか」
 
 
 平手打ちにより頬を鋭く切り裂かれ、強烈な痛みが襲いかかってくる。どれほど鍛錬しても、皮膚まで鋼のように固くは出来ない。
 
 殺傷能力は低いが、痛みは絶大であった。俺も剣士として斬られる覚悟は出来ているが、その覚悟が逆に仇となってしまう。
 
 斬られる覚悟が出来ているということは、来られるイメージが頭の中で出来ていることになる。自分が斬られるその瞬間を、脳に焼き付けてしまう。
 
 
 同等の痛みが襲いかかってくれば、斬られたのだと勘違いして体が固くしてしまう――やばい。
 
 
 「マリアージュ、再――」
 
 「御神流、虎切!」
 
 「っ、この状態で!?」
 
 
 目を潰されたこの状態で、マリアージュを再構成されたら成す術がない。この場で出来るのは唯一つ、同じ技の再現である。
 
 模倣による奥義を繰り出したことが、功を奏した。同じ場所で同じ時間に、同じ技を繰り出すのはそれこそ目を瞑ってでも出来る。
 
 反撃してくる事はは予測しても、同じ剣術で反撃してくるとは思っていなかったのか、俺の刃に少女の軟肉が飛び散った。
 
 
 真っ赤に濡れた視界の先で、冥王イクスヴェリアが切り裂かれたのが見えた。
 
 
 「――構成して、銃撃しなさい」
 
 「無茶苦茶しやがる、"神速"!」
 
 
 マリアージュを再構成されれば、俺は敗北する。その戦術が例えイクスヴェリア本人が斬られても有効であることは、この状況が物語っている。
 
 王は判断を間違えない。自分自身が死ぬことになろうとも、敵を倒して民を守れるのであれば本望である。そして、死ぬ覚悟はできている。
 
 死線の潜り方が逸している、だから"冥王"なのか。俺は恐怖さえ覚えた、が――
 
 
 この恐怖は、過去何度も味わった既知であった。理性も本能も冷静に、御神を選んでくれた。
 
 
 (あれから――どれほどの月日が、流れたのか)
 
 
 今、自分が目を殺されている。血による目潰しは一瞬で拭えるが、その一瞬を狙って俺たちは死闘を繰り広げている。
 
 つまり、目を殺された時点で俺の敗北だった。どれほど早く動こうとも、冥王イクスヴェリアの判断が早い。王としての決断は、兵士の無鉄砲よりも勝る。
 
 マリアージュが再構成されて、銃口が一斉に俺に向けられる。彼女が命令を下したら、俺は蜂の巣になって死ぬ。
 
 
 
 感覚が一つ潰された時点で、勝敗は決まった。
 
 
 
 「御神流――"虎切"」
 
 「――えっ……?」
 
 
 正確に、首を切られて――冥王イクスヴェリアは、崩れ落ちた。
 
 
 動脈を首元から夥しい血が流れ、少女は口をパクパクさせるだけで何も言わない。命令を下されるより前に王は倒れ、兵士達は行動に移れなかった。
 
 この通り、感覚が一つ潰された時点で勝敗は決まる。少女は言葉を失って、敗北した。魔導による命令を行う手段があったのかもしれないが、ここはゆりかごである。
 
 冥王イクスヴェリアは、魔導が主となる戦場で生きた少女。マリアージュという物理的戦力があれど、魔導が使えない弊害も確かにあったのだろう。
 
 
 「……ゴホッ……目、みえ……?」
 
 「いや、全然」
 
 
 けれど、目以外のあらゆる感覚を望む戦場で戦ったことはある――夜の一族の世界会議という、権力闘争の場において。
 
 
 これぞ御神流、"心"。目を頼らず、音と気配によって相手の居場所を知る御神の感覚。ロシアンマフィアの少女に狙われて、俺は気配を探る手段を求めた。
 
 結局当時は気配を感じること自体は出来なかったが、気配を感じる手段が必要だという教訓は得た。一つの感覚を頼みにするのは危険だと、教わったのだ。
 
 
 ユーリによる生命操作によって、俺の感覚は劇的に開花している。とはいえ、追い詰められてようやく実ったのだけれど。
 
 
 「この子、殺しちゃったのパパ……?」
 
 「こいつは鍵の聖王としてパーツ化されている。何がなんでも、ゆりかごが死なせないさ」
 
 「おお、計算高い! クールなヒーローだね、パパ!」
 
 「どういう褒め方だ!?」
 
 
 ――王としての在り方、確かに学ばせてもらった。ただ、お前には悪いがそれに付き合う気はない。
 
 聖地でハッキリと宣言したのだ。今は神ではなく、人の世であるのだと。
 
 
 俺は、"聖王"になんてなるつもりはない。神を必要としない時代を、この子達と作るために。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 <続く>
 
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