とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百十四話



 転移融合により高町なのはの精神と共有した俺は地を蹴って、空へ駆け上げる ―燕のように風流に、それでいて風を切って。

桜色に満たされた翼を広げて大空へと舞い上がる感覚は、爽快感と恐怖感が複雑に入り交じる。試運転は何度かしているのだが、空を飛ぶ旅は若干苦手だった。

剣士である以上は大地を主とするという主張は、シグナムという前例があるので通じない。彼女は剣士でありながら、空を舞台にしていても誉高き強さを持っていた。


出来れば彼女と鍛錬したかったのだが、生憎とシグナムは海鳴で八神はやてを守っている。留守を預けた以上、頼る訳にはいかない。


(感覚は掴めていますので、問題ありません。なのはに任せてください!)

(流石は飛行魔導師、大空では堂々としているな)

(戦うのは苦手ですけど、純粋に空を飛ぶのは好きです。練習がてら、海鳴の夜に飛んだりしていますよ。
おにーちゃんが帰ってきたら、一緒にお空の旅がしたいです)

(一人旅の間はよく星空を見上げていたけど、まさか空へ上がって見に行く日が来るとは)


 高町なのはは泣き虫ではあるが、弱虫ではない。年相応に未熟な部分も多々あるのだが、フェイトという友達を救うために戦ったことだってあるのだ。

成人した大人でも上空を飛ぶのは怖いと思うのだが、なのはに高所恐怖症はないらしい。嬉々として空への旅を申し出るのは、ある種根性があると思う。今でもちょっと怖いしな。

空へと上がって風を切るのは気持ちいいのだが、空気の冷たさも同時に感じられて現実を訴えかけてくる。遊園地のジェットコースターを常に乗り続けている感覚に近いかもしれない。


無邪気とも取れる感想は、すぐに戦場への緊張感へと戻される。


「――このまま逃げられると思うのかね」


 転移融合には一つ、欠点がある。精神を共有すると、肉体にまで強い影響を及ぼす場合があるのだ。

特に今の主戦場は空、高町なのはの舞台であって俺が主役ではない。肉体の主導権は俺でも、飛行しているのはあくまで高町なのはである。

まして高町なのはは、戦闘そのものに強い忌避感と恐怖がある。その精神的不安が共有する俺にまで伝わってきて、精神的かつ肉体的な負担が生じる。


そして――敵にとって唯一かつ最大の不運だったのは、フィル・マクスウェルの武器が「剣」であった事だ。


(アクティブプロテクション!)


 もしも相手が銃火器で攻めてきたら危なかった。重装備で襲いかかってきたらやばかった。だが、刃物であれば話は別だ。

高町なのはは、高町恭也や美由希の妹である。剣術稽古を見学するだけで怖がる子供だが、剣そのものは見慣れている。

剣術家の妹に対して、剣で襲いかかるのは愚行である。剣術稽古を怖がりながらも見ていた高町なのはは、ほぼ反射的にシールドを精神共有した。


アクティブプロテクションは触れたものに反応し、対象を弾き飛ばす性質を持った防御バリア――特に物理攻撃に対する耐性が高い、のだが……


「凡庸な魔術だね、君が指揮する部隊の連中が嫌というほど手本を見せてくれたよ――すでに解析済みだ」

(うそ、シールドが分解された!?)


 ヴァリアントシステムで分析された魔導は、例外なく分解されてしまう。これぞ魔導殺したる所以、ミッドチルダにもたらされた技術の悪用例だ。

高町なのはは今回の事件には深入りしていないので、魔導殺しの実例を目の当たりにはしていない。自分の魔法が壊されて、精神的動揺が伝わってくる。

まして精神を共有して発動させた魔法だ、本人が使うよりも性能は劣ってしまう。マクスウェルは我が意を得たりと、刃を振り上げた。


「よくやった、なのは。やはりお前は立派な剣術家の妹だ」



「ナパームブレス」



 迫りくる脅威を前に平然としていると、横合いから巨大な赤黒い玉が押し寄せてマクスウェルに激突した。

魔導殺しの技術は分析可能な力であることが前提であり、分析不可能であれば形態が魔導でも殺すことはできない。

後で聞いた話だが、この攻撃は炎属性で変異がしやすいらしい。本人は気楽にそう言っていたが、魔導の変異は超一流でなければ出来ないと周囲から驚かれた。


膨れ上がった玉がマクスウェルを重力に押し潰し、地上へと落としていった。


「今です、お父さん、行ってください。ディアーチェ達はきっと、お父さんが来るのを待っています!」

「分かった。お前を置き去りにして行くぞ!」

「安心して任せるとか、もうちょっと言い方があると思いませんか!?」


 一切躊躇うことなく頷いた俺に対して、ユーリが猛然と抗議してくる。精神を共有するなのはも俺の言葉に思うところがあるのか、可哀想ですと訴えかけてきた。

フィル・マクスウェルがユーリと関係があった事自体は、ほぼ間違いない。本人は完全に忘れているが、少なくとも一定の関係があったのは確かだろう。

歪んでいたとはいえ、ユーリやイリスに愛情があったのは確かだ。そんな人間とこれから戦うことについて何も思わないという事は絶対にないだろう。


その点を気にしてこういう言い方をしたのだが、本人は不安や緊張の色は何一つなさそうだった。これなら心配はないか。


「くっ……親不孝なユーリは、私が教育する。イリス、お前はあの男を絶対に殺すんだ!」

「誰があんたなんかの――うっ!?」

「イリス!」

 一瞬抵抗する素振りこそ見せたが、マクスウェルより厳命されてイリスの目の色が変わる。ユーリが止めようとするが、イリスは再び立ち上がってしまった。

戦闘不能になっていたイリスを、オルティアと一緒に回復させたのが逆効果になってしまっている。ウイルスに侵されたイリスは、洗脳されてしまった。


ユーリはフィル・マクスウェル、かつての父親だった男を睨みつけた。


「自分の娘を洗脳させて道具のように弄ぶ行為が、貴女の言う親ですか」

「私の言うことに従わない君達が悪いのだよ。不良になった子供を教育するのも、親の務めだ」

「ウイルスによる洗脳でしょう。技術を使用しなければ、子供の教育もできないのですね」

「……ふん、本当に可愛げのない子になってしまったものだ。あの男の悪影響だな、何としても排除しなければ」


 マクスウェルの暴挙はユーリが押さえてくれているが、肝心のイリスは飛び立って猛然と俺に襲いかかってくる。

私兵のように単純にけしかけているのではない。イリスを我が子として引き取ると宣言してしまった為、彼女が俺の弱点のように扱われている。

情があれば手出しできないと、高を括っているのだろう。親子の情を弱点として利用する行為を、ユーリは心の底から嫌悪していた。


まあ、確かに情が湧いているのは事実なのだが――


「義務教育パーンチ!」

「いたーいっ!?」

(……さすがおにーちゃん、妹でも娘でも容赦ないね)


 襲いかかってきたイリスの顔面に鉄拳制裁すると、ド派手にイリスは吹っ飛んでいった。精神共有していたなのはから、知ってたと言わんばかりに嘆息される。V
ふっ、愚か者め。フィル・マクスウェル、敗れたり。俺は男女平等、親子の垣根を超える男。愛する女だったリインフォースさえ叩き斬った、無情の剣士よ。

情が湧いたら手出しできないなんぞというお粗末な展開は、ゲームや映画だけの話だ。現実はこの通り、過酷な世界で生きているのだよ。ふははははは。


イリスが容赦なく殴り飛ばされて、フィル・マクスウェルは目を剥いた。


「自分が娘として引き取るとまで行った子供に、なんてことをするんだ君は!」

「お前が言うな」

「ユーリ、あんな男を親だと言うつもりなのか!」

「うーん……」


 えっ、悩むのか!? ここはお父さんの事を信じるとかいう美しい展開なのではないのか、現実はゲームや映画ではないとでも言うのか!?

いずれにしても、今がチャンスだ。さっさとディアーチェの元へ救援に向かわなければならない。急いで翼を展開させて、空へと急上昇していく。

頬を殴られたイリスは何とか立て直して、キッと睨みつけてくる。


「自分の娘に体罰するなんて最低だわ!」

「うるせえ、お前に俺を殺させる訳にはいくか!」

「そんなの分かっているわよ、フンだ――おかげで目が覚めたから、いいけどね」


「な、何故だ……どうして自意識を取り戻している!?」


 下品に血の混じった唾を吐いて、イリスは悪態をついた。洗脳が解除されたことを悟って、フィル・マクスウェルは愕然としている。

当たり前だが、殴られた程度では洗脳は解除できない。ウイルスはそれほど強力であり、それこそ殺す勢いで制圧しなければ本来は不可能だろう。

エルトリアで開発された技術の優秀さは、俺も理解している。だがそれでも、俺は鉄拳制裁してやれば大丈夫だと革新していた。

だって、ジェイル・スカリエッティ博士は言っていたじゃないか。


「俺は、ライダー映画を見せて魂を与えた男だぞ」


「何を言っているのか、全く分からん!?」

「ははは、実は俺も言ってて分かっていない」


 俺に分かるのは、心は何が理由で変わるか分からないということだ。どれほど接していても、他人の心なんて本当に理解できる日は来ないだろう。

だからこそフィル・マクスウェルはウイルスという洗脳を用いて軍事利用するつもりでいた。人の心が理解できないと言っているのと同じだ。

もしも本当に愛情を持って接していれば、ファリンやイリスのような心を持った存在を人工的に生み出せていたかもしれない。戦闘機人達のように。


可能性は目の前にあったというのに、わざわざ破棄した男には永遠に理解できないメカニズムだろう。だから、俺もこの男には何の興味もなかった。


「あいつはアタシがぶん殴ってやるから、あんたはさっさとゆりかごへ行って――万が一が起きた場合、強制停止する権限はイクスヴェリアに与えているから」

「……お前のそういう甘い部分が、ユーリは好きなんだろうな」

「う、うるさい、さっさといきなさいクソ親父!」


 聖王のゆりかごを止める方法は、冥王イクスヴェリアに心を与える事――

良いヒントを貰って俺は戦線離脱し、聖王のゆりかごへと乗り込んだ。


そしてめでたく急降下して、地面に転がった。


(あれ、魔法が停止しちゃった!?)

(この役立たず)

(ち、違います、なのはのせいじゃないですよ!)


 もしかしてこれ、玉座の間まで走らなければならないのだろうか。

自分の娘であるレヴィが鼻歌交じりにやっていた馬鹿な行動を、親の自分が再現する必要があって頭を抱えた。


うーん、間に合わないかもしれない。















<続く>








小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします











[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]





Powered by FormMailer.