とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百十三話




 ジェイル・スカリエッティやクアットロ達の性格は相変わらずだとして、与えられた役目そのものはきちんと果たしてくれたようだ。

カレドヴルフ・テクニクスの社員や家族達はリニス達が警護してくれているので、そちらは何も心配していない。アリサ達がいる以上、頭脳面でも上回っている。

実践投入は初めてなので少々不安だったが、ラプター型自動人形となったファリンやオプション達は正しく機能しているようだ。


戦闘機人技術と同じく、人間的AIであるファリンの存在は倫理面の問題で運用化が難しいのだが――その点はレジアス中将や聖女様と詰めていくしかない。


「あんたの戦略は潰したぞ。さっさと諦めて投降しろ」

「……戦略面に問題があったのは、CW社への襲撃そのものではない。イリスに表舞台に出して活動させていた点だ。
やれやれ、柄ではないのだが、やはり私自身が自ら陣頭指揮を執って戦うべきだったよ。昔から不器用な子だったのだが、ここまでお粗末とは思わなかった。

ユーリに固執し、君への憎悪で我を見失う。可愛い娘には教育が必要だね」


 陰に隠れて暗躍していたのが問題であったと、強弁している。日本の政治家がよく言いそうな責任転換に、この男の本質が見えてきた気がする。

少なくとも戦士向きでは決してない。そういった意味では、陰に隠れていたやり方は特に間違っていないと思う。ジェイルと同じく、策謀を働かせるタイプに思える。

この性格なら惑星再生委員会の所長として、政治方面で調整を行っていたというのも頷ける。一方で軍事産業との交渉を行っていたのだから、稚拙であろうと強かではあるのだろう。


問題はその発言を聞いて、家族と称する本人がどう思うかだ――イリスは地に伏せたまま、かつて父だった男を涙を滲ませて睨みつけている。


「そこが可愛いんじゃないのか」

「なに……?」

「イリスは人間じゃないが、駄目な点があってこそ人間らしく思える。完璧な存在なんてどこにもいないし、技術でも決して補えない。
俺はファリンという存在を製造できて心から誇りに思えるし、あんたが創り出したイリスを家族として迎えられて嬉しく思う。

アイツは確かに間違えたが、正せるだけの心は持っている。その精神の在り方を、親として俺は受け入れてやりたい」


 決して自分と血が繋がった子ではないし、親として俺本人がそもそも不出来だとは思う。まだ十代だし、ついこの前まで金もなく旅していた浮浪者だったからな。

親たる存在がどういったもの会までも分からないし、我が子であるシュテル達から学ぶ点も多くある。育てていける自信があるとは、決して断言できない。

けれど、イリスは自分の子供であるユーリの友達だ。記憶を失っても、思いは決して消えなかった。それほどまでにイリスという存在が大切で、価値があったのだ。


だったら親である俺が、肯定してやらなくてどうするというのか。


「ジェイル・スカリエッティ博士の言う通りだな。命の価値も分からないあんたに、イリスを批判する権利なんてない。
まして我が子に責任を押し付けるような人間に、親の資格なんてありはしない。

あんたは所詮兵器を作るのがお上手なだけの、何の価値もない人間だよ」

「言うじゃないか……イリス程度にさえも悪戦苦闘していた、王を語る愚物の分際で!」


 姿、ではなく存在そのものが消える――速さではなく、加速の領域に突入して、フィル・マクスウェルは白刃を閃かせる。

剣というよりも、刀に近い武装。刃物を見れば思わず見入ってしまうのは、剣士としての悪癖といえるかもしれない。つい興味を持ってしまうのだ。

無論、真剣勝負に猶予なんてない。目で認識するよりも早く、マクスウェルは眼前に迫って刀を振り上げている。アクセラレイター・オルタと言っていたか。


目では確かに追えていないのだが――


「むっ――ぐっ!?」

「おっと、武装も万全だったか」


 払腰は柔道の技法だが、腰回りにおける動きは剣に通じる。目ではなく意識で感知して、腰を低く重心を倒して姿勢を変える。

重心を下げた為、相手から見れば回避されただけではなく姿が一瞬でも消えたように見えただろう。その瞬間を狙ってタックルして、相手の重心を前に崩す。

アクセラレイターの加速は一方通行なので、ブレーキをかけてしまうと前に激突する。タックルを食らった男は呻き声を上げて、ふらついてしまった。


そこへ足を払って、そのまま一気に投げる。払腰の基本的な流れに逆らえず、マクスウェルはそのまま地面に転がってしまった。


「小手先の小細工では、私のこの圧倒的な技術には対抗できんよ」

「困ったな、反論する余地がない」


 男の指摘は、正しい。わが国で剣が廃れてしまったのは、銃が発明されたのも一因だ。竹槍をどれほどついても、戦闘機相手には手も足も出ない。

精神論だけでは、戦争には絶対に勝てない。だから剣の技術よりも、銃火器の技術が重宝される。物量戦で挑まれたら、どうしようもないだろう。

さすがに研究者だけあって、戦い方をよく学んでいる。アクセラレイタ―を使用して男はそのまま天を駆けて、頭上から襲い掛かってくる。


飛んでいるツバメは、どんな剣の達人でも斬る事が出来ない。



「"転移融合″」



 俺は、佐々木小次郎ではない。だから、ツバメになってみせよう。



「"高町流"――飛雲天砲」



 地を蹴って、空へ駆け上げる。燕のように風流に、それでいて風を切って鮮烈に空へと舞う――桜色に満たされた、翼を広げて。


何千回と食らった、高町家の住民である鳳蓮飛の必殺技。上空から迫り来る相手に体ごと突き上げるように、両掌でアッパーを叩き込んだ。

どれほど武装で固めていても、顔が無防備であれば意味がない。歯が幾つか折れて顎ごと顔面が吹き飛んで、フィル・マクスウェルは空中をクルクル待って血を吐いた。


これほど危険な技を日常の鍛錬で食らわせていたあのコンビニ娘は、イカれていると思う。


(あいつら、今でも喧嘩しているのか)

(退院してから、元気いっぱいに遊んでいますよ。おにーちゃんが帰ってくるのを、待っています!)


 家族が息災であることを伝える本人――"高町なのはの精神体"も、元気いっぱいに叫んでいた。


「精神融合」とは、高町なのはとの交渉の末に会得した新しき精神の共有である。あろうことかあの野郎、オリヴィエのような人魔一体となるネフィリムフィストを嫌がったのだ。

どうしても魂を切り離すのが怖いという根性なしガールだったので、退魔師である神咲那美と相談して確立した新しきやり方である。

つまり神咲那美という魂の共有者を経由して、高町なのはの精神と俺の精神を同調させるのである。こうすれば記憶を共有することができて、本人が体験したことが実感となる。


ネフィリムフィスト程の実感を得るのは困難だが、少なくとも飛空魔導師の戦い方は真似られる。


(おにーちゃんとの精神が突然共有できなくなって、ドキドキでしたよ。本当にもう大丈夫なんですか)

(ああ、精神的に閉ざされていた状態だったらしいからな。まあ、何とかなった。
これから先、ジュエルシード事件以降で実感したお前の飛空魔導師としての経験が生きてくる。頼んだぞ)

(はい、任せてください。戦うのはすごく怖いけど、おにーちゃんの翼になることはできますから!)


 実にあいつらしいと、本当に思う。いつだって泣き虫で、血を見るのも嫌で――それでも誰かを想って、力になりたい。それが、高町なのはという少女の魔法。

剣による技術ではなく、対話による気概を持って、相手を制圧する。その強さに俺の孤独は敗北して、フェイト・テスタロッサの孤高は癒されたのだ。

だからこそ、思う。この翼を、敵を殺すために使っていいのか。戦争の技術を売り出すために家族を犠牲にするような男を相手に、使ってもいいのか。


――俺は、決断した。


「ユーリ、お前に任せてもいいか」

「オルティアさんの治療は、終わりました――あの、お父さん、イリスも……」

「イリス――ユーリに回復してもらって、あいつをぶっ飛ばせ」

「えっ……で、でも、私はあいつに洗脳されるから――」


「人間には反抗期があるってことを、あいつに教えてやれ」

「! う、うん……ありがとう、おと、おとうさ……ええい、恥ずかしいから言わせんな!」

「なんだ、その逆ギレ!?」


 俺はそのままフィル・マクスウェルに背を向けて、高町なのはの翼を広げて上空へ舞い上がる。

激しい激突音と衝撃がここまで伝わってくるほどの、死闘。恐るべき戦場の舞台は、空にある。


聖王のゆりかご――玉座の間で、ロード・ディアーチェとレヴィ・ザ・スラッシャーが、血を流している。


――冥王イクスヴェリアが血の涙を流して、戦わされていた。














<続く>








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