とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百二話
ロード・ディアーチェ、聖王の後継者を自負する闇統べる王の戦いは圧巻の一言であった。
魔導殺しの技術が注ぎ込まれた量産型、人型兵器である軍隊を一人で蹴散らしている。AMF空間の中で自由自在に魔導を行使する彼女は、美しくさえあった。
リインフォースの話だと、AMFとはそもそも魔導師が使用する魔法を無効化するフィィールド系魔法防御。範囲内の魔力結合や効果発生の無効であり、魔力エネルギーは掻き消されてしまう。
それは魔力弾や盾だけでなく、足場や飛行魔法も阻害されてしまうのもあるが――
『ちっ……ユーリやシュテルとは連絡が取れないか。外の状況を知りたいが、魔導殺しとはなかなかに厄介な代物だな』
――何よりも、ゆりかごが発するAMF濃度によって念話さえも妨害される。何とも歯がゆいが、黒幕が活動し始めた戦場の状況を知る術が彼女にはなかった。
実を言うとこの点については、我が子であれど弁護できない失態がある。シュテルを筆頭にCW社が開発した新技術の中には、通信機器の革新的発展があったのだ。
そもそも念話が妨害される点は時空管理局や聖王教会という巨大組織において由々しき事態であり、通信阻害はまず真っ先に解消されるべき問題である。CW社は当然、問題点を解消していた。
時空管理局地上本部のトップであるレジアス・ゲイズ中将が我が社の新技術を採用して下さったのは、何も新兵器だけが目当てではない。この通信機器にも目をつけてくれていたのだ。
シュテルも新兵器と一緒に持たせようとしていたのだが、丸ごとセットでディアーチェ達が断ったせいで渡せなくなってしまったのである。
ユーリ達の実力をシュテルが信頼していたというのも大きかったし、何より俺が戦線離脱する羽目になるとは夢にも思わなかったのだろう。
俺が前線に立って状況把握していれば問題ないと、高を括っていたのだ。この点については今後の反省点として、副隊長のオルティアと議論する必要がある。
『随分足止めさせられたが、塵芥共は大方蹴散らした。派手に暴れまわったおかげで注意をひけて、ゆりかごの戦力を我に集約できたのは大きいな。
……どうせあのアホのことだ。盛大に道に迷って、盛大に道草食っておるだろうしな』
「宮本家の長女はしっかりものだな」
「安心して見ていられる」
頭痛を堪えながら所感を述べるディアーチェに、状況が追いついた俺達が二人してしんみりとした感想を述べる。三女の事をよく分かっている。
レヴィの魔導殺し対策は身体強化というシンプルさなので、軍隊行動に出られると本人が実力者であれど時間を消費させられる。一挙殲滅といった行動に出れないからだ。
加えてレヴィ本人が単純な性格の持ち主なので、一体ずつ殴って破壊すればいいと、わざわざ相手にしていたので多大に時間がかかっていたからだ。道についても迷わないように一直線だったしな。
その点ディアーチェの取った方法は、エルトリアの驚異的な解析力より自身の魔導構成力を進化させるという天才的戦術であった。
自分の魔導が分析されたら都度進化させていくという暴力的なやり方であり、ディアーチェほどの王の器でなければ絶対に行えない戦術である。
分析する度に暴力的な速さで進化する敵を相手にさせられたとあっては、イリスの軍隊も気の毒と言うしかない。戦えば戦うほど、敵が強くなり続けるのだから。
その結果がテレビ画面に映る――屍の、山。ロード・ディアーチェに歯向かった兵器達が、一切の慈悲もなく壊滅させられていた。
『ふむ、ここが玉座の間か』
レヴィへの支援も含めて自分の役割を果たしたディアーチェは、聖王のゆりかご艦首付近――「玉座の間」へと辿り着いていた。
玉座の間と大層な表現で名付けられているが、ゆりかご艦首に設営された施設はさほど大仰なシステムは見る限りなかった。玉座らしきものは中央にあるだけで、インテリアされていない。
聖王という存在はゆりかごにとって鍵でこそあるが、持て囃す存在ではないという事なのだろう。あくまで機構であって、機能であるというだけなのだ。
そしてイリスからすれば――聖王という存在はそれこそ、誰でもよかった。
『――貴様がかつて古代ベルカ・ガレア王国を治めた女王、イクスヴェリアか』
『よくぞ参られました、新しき時代の王よ』
マリアージュの主であり冥府の炎王の異名を持つ少女、イクスヴェリア。玉座に縛り付けられた聖王の代理が、君臨していた。
縛り付けられていると言ったが、物理的に拘束されているのではない。イリスが行った人体改造により、ゆりかごと密接にリンクして機能化させられている。
洗脳されているかどうかについては、表面上は判断できない。何しろ俺の隣でお茶を飲んでいるこの女も洗脳こそされているが、俺への態度は慈しみに満ちている。
単純に思考を弄られている訳ではないというのが、性質が悪かった。
『我が名はロード・ディアーチェ、現世の聖王であらせられる宮本良介の直子である』
『イリスより、聞き及んでおります。目覚めさせられた際に聖典とリンクさせられ、現世の情報を強制的にインプットされました。
リョウスケ様にこの王座を譲れない事を恥じ入るべきか、それとも喜ぶべきなのか、何とも申し上げられません』
『かまわぬ、事情を顧みればやむを得まい。父は不在故に、後継者である我が参上した』
――驚いた。イクスヴェリアは冥府の炎王として、ディアーチェは闇統べる王として対話している。
王としての貴賤が成り立っているのは、他でもないイリスからの意向だ。彼女が鍵の聖王として、必要な権限と権利をイクスヴェリアに与えている。
強制している事自体は事実ではあるが、見返りとして自我を確立させている。イクスヴェリアが王として許されているのは、鍵の聖王としての代役を放棄できないと確信しているからだ。
つまりイリスは、イクスヴェリアを洗脳したのではない――聖王のゆりかごを、誤認させたのだ。ゆりかごの鍵は、イクスヴェリアであると。
『マリアージュを止めてくださった事、まずはお礼を言わせていただきたい』
『我らが殲滅させた事に言及する気はないのか』
『お詫びを申し上げたいという気持ちこそあれど、咎めるつもりはありません。古き時代の残滓、現世にあってはならないものだと思っております。
あの子達も、わたしも――そして、このゆりかごも』
『ならば望みは叶うであろうな、我がここへ参ったのだから。イリスのことであれば案ずるな、我が妹であるユーリが必ず説得して然るべく報いを与える。
――念の為、確認しておきたい。このゆりかごを安全に停止する術はないのか』
『ありません。わたしに自己が許されているのは、彼女に従っているからです。現世の情報をインプットされた時、わたしは抗うことをやめました。
仮にわたしが抵抗しても洗脳されるだけであり、改造を拒絶しても代わりを用意されるだけです。
このゆりかごを暴走させないために、私は鍵となることを許容いたしました』
正直に言おう、彼女の覚悟と決意に心から感服させられた。
無理強いなんて微塵もされていない。彼女は正しく現状を認識して、その上で最善の選択を行っている。自己犠牲はなく、自身の役目に恭順する為に。
確かにゆりかごは現在俺達にこそ敵対しているが、他の一切に攻撃を向けていない。代役であるにも関わらず、驚異的な安定感を持って運用されている。
全ては彼女がイリスに従っているがゆえに――そしてイリスもそんな彼女だからこそ、自由以外の全てを与えたのだ。
『……イクスヴェリア、お前はイリスを恨んでいないのだな』
『はい、彼女は孤独でした。家族を無くし、友達に裏切られたと思い込み、あらゆる全てを失って心を閉ざしている。
わたしは元々目覚める筈のない、歴史に消える王でありました。永遠の眠りから健全に覚めることが出来たのは、彼女なりに手を尽くしてくれたからです。
彼女はわたしを改造していると思っているのでしょうけれど――わたしから見れば手術であり、治療だったのです。
わたしはそんな彼女に感謝して、従うことを約束しました。彼女は言いなりになったわたしを疑っていましたけど、何かと気にかけてくれたのです』
『そうか……一応、言っておこう。裏切ったというのは誤りだ。深い事情があっての決裂であり、必ず和解できる』
『それを聞いて安心しました。彼女は友達を憎みながらも――ずっと、哀しんでいたから。
そして聖王であらせられるリョウスケ様の事を、嬉々として罵倒していました。わたしが代役になったのも彼のせいだと、言っていましたよ。
きっと何の遠慮もなく恨み言を言えるリョウスケ様の存在が、彼女にとってある種の拠り所となっているのでしょう』
『あやつめ、ぬけぬけと言いおる』
『わたしを殺さない限り、ゆりかごは止められません。立場上わたしは全力で抵抗しなけれなりませんが――
どうぞ案ずることなく私を倒してそのまま葬ってください、ロード・ディアーチェ』
イクスヴェリアの指摘している点についてはユーリもイリスに言及していたが、こっちからすれば迷惑な話である。
自分にとって不都合な点を法術の奇跡だと決めつけて文句言っていれば、そりゃ楽だろう。言われている俺はうんざりだが、実のところ気持ちは何となく分かる。
俺だってジュエルシード事件の時に起きたあらゆる不都合を運命の女神の責任だと決めつけて、自分の失敗や責任を認められずに運命の仕業だと思いこんでいたのだから。
誰かの、何かのせいにしなければ生きていけない、弱い人間だっているのだ。イリスの弱さは、俺が今も抱えている弱点でもある。
「――俺は」
「リョウスケ?」
「思い出してきた……そうだ、弱さは俺にだってあった。いや、今でもあるんだ。立ち向かうのをやめなかったから、俺は今も堂々と生きていられる。
弱さを克服したのじゃない、弱さを受け入れた上で戦ったんだ」
「……」
「リインフォース、俺はお前とここで永遠とする気はない。俺は心を取り戻した、弱さを抱えたままでもお前と戦ってみせる」
「――好きにしろ。私を殺せば、ここから出られるのだからな」
イリスの弱さを受け入れたことを確認できたのか、リインフォースは何も反論せずに受け入れた。俺が出した答えが正しいと、認めたのだ。
敵であるイリスから教えられたというのがちょっとムカつくが、いずれにしても心まで取り戻せた。
ただ――
「それはどうかな」
「? どういう事だ」
「俺の娘からのメッセージを、聞いてみろ」
少しだけ、考え方を変えた。
『断る』
『! どういう事ですか、ゆりかごを止めに来たのでしょう。わたしを殺さない限り、ゆりかごは止まりませんよ』
『何を生温いことを言っている。我はロード・ディアーチェ、闇統べる王であるぞ。偉大なる父の娘として成り立ったこの身に妥協などありえん。
我は全てを手に入れるべく、ここへ来た。動力源である駆動炉はレヴィが破壊し、我がこの玉座の間を制圧して、聖王のゆりかごを支配する。
残念であったな、イクスヴェリア――冥府の炎王に相応しき人物だと判明した以上、貴様は我が貰い受けようぞ!
苛烈な王と聞いていたが、実際は思慮深く見目麗しき女王だ。有象無象の輩よりもむしろ、父の正妻に相応しいかもしれぬ』
『えっ、わたしが花嫁に!?』
――殺さなければ止まらないと言っているのに、命を奪わず貰い受けると宣言したディアーチェ。全てを美味しく手に入れる気満々だった。
前提が完全に無視されているが、そもそも魔導殺しの概念さえも覆した少女だ。その暴力的な天才ぶりは、あらゆる無限の可能性を有している。
彼女が宣言すれば、決して大言壮語ではない。そう確信できるほどに不遜であり、強みであった。
「彼女は、何を言っているのだ。駆動炉が動く限り王は倒れず、王が倒れない限りゆりかごは墜ちないんだぞ」
「それでもディアーチェは必ず、やり遂げる。自分の娘がこう言っているからには、父親である俺が妥協する訳にはいかない。
お前は必ず倒して、俺のものにしてやるからな」
「ええッ!?」
後は武器さえ取り戻せば、何とか戦える。心の有り様まで分かったからには、キッカケがあれば思い出せるはずだ。
形を、思い出せ。リインフォースを倒すイメージ、今の彼女を断罪できるのに必要な武器、その原型を掴むんだ。
ディアーチェと俺――それぞれの戦いが、幕を開けた。
<続く>
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