とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第九十九話
こちらから相手に攻撃できる手段がなく、相手はこちらに攻撃するつもりはない。つまり、どうにもならないことが判明した。
この家を出て世界中を駆け回って出口の一つでも探してやりたいが、おそらく無駄だろう。結界という魔法技術を知っているので、無駄な抵抗なのは分かる。
本来であればここで硬直状態となるのだが、不幸中の幸いなのは相手が見知った敵である事だ。話が通じる分、獣とは違う。
洗脳されている分際で話が通じているのは変なのだが、リインフォースは一貫して理性的だった。
「私を殺す気がないのであれば、睨み合うのはやめにしないか。愛するお前に睨まれるのは、私としても悲しい」
「その設定はいつまで続けるつもりだ、お前」
「私は自分の気持ちに素直になっただけだ。既に闇の書のほぼ全てを解明されている以上、私の宿業をお前は知っている」
「――本の中身を悪質に弄られて、闇の書は主を暴走させて滅ぼす魔導書と成り果てた」
「その暴走プログラムをナハトヴァールとして生まれ変わらせてくれたのが、お前だ。初期化されたあの子は、無垢なる存在として世を謳歌している。
闇の書が法術によって蒼天の書として改良された以上、主はやても魔導の道を歩むことは永遠にない。守護騎士達も人間として、最後の生を快くまで過ごすだろう。
私の役目は、全て終わった。後は太人あるお前に、私の全てをかけて返していくまでだ。心も体も、お前の望むままとしよう」
じゃあ死ねと言いたいが、こいつの心の在り方が今ひとつ見えてこないので妙な事は言えなかった。仮に死んでも、俺がここから出られる保証はない。
洗脳されているのに、俺の味方面をする理由もわからない。こいつの話を聞く限りでは正気に戻っているとしか思えないのが、実際問題こいつは俺を閉じ込めている。
確かにここにいる限り俺自身は安全だと言えなくはないのだが、ここでのんびりとしている間に全員死にましたでは話にならない。
イリスはユーリが止めてくれたようだが、事件の真犯人が動き出している。副隊長であるオルティアはまだ何とか生きているが、串刺しにされた重傷では長くもたない。
「俺を愛しているのであれば、さっさとここから出せ」
「愛しているなら、ここから出せないな。お前が真っ先に殺されるだけだ」
「俺を……?」
「利害の一致、ということだ。洗脳された私はお前を殺し、洗脳されていない私はお前を生かす。本能と理性に分けられるほど単純ではないがな。
お前はここにいる限り死んだも同然であり、真犯人はお前を殺す必要はない。されどお前という存在はここにいる限り、生きている。
どちらとも言えるこの状態こそが、全ての符号を奇跡的に一致させているという事だ」
――これで分かった。リインフォースは理性を保ったまま、洗脳されている。
本能と理性というたとえ話を出したが、要するにさじ加減の問題だ。今のリインフォースは俺に干渉しているせいか、理性の方が強いのだろう。
その肝心の理性が俺の安全を望んでいるから、この世界へ俺を閉じ込めているのだ。愛しているからこそ、管理しておきたい。危険なことをさせたくないのだ。
リインフォースのそうした献身が、真犯人の思惑と奇跡的に一致してしまったのだ。ここから出たら、真っ先に俺を殺しに来るという指摘は確かに正しい。
「ふざけるな、俺の意思はどうなる。記憶を奪って閉じ込めやがって」
「主はやては、常にお前を案じている。湖の騎士シャマルは、お前を案じて連れ戻そうとした。そうした彼女達の意思に対して、お前の取った行動は何だ」
「くっ……その報復だとでも言うのか」
「いいや、私も主と同じく何の他意もなくお前を愛している。だからここにいてもらう、それだけだ」
なるほど、理性と洗脳の利害が完璧に一致している。それでいて真犯人の思惑にも沿っているので、リインフォースの取った行動に何の邪魔もしない。
イリスだって俺を完璧に封じ込められたからこそ、あれほど大喜びしたのだ。困っているのは俺だけという最高かつ最悪な結果になってしまっている。
こいつにありがた迷惑という言葉をぶつけてやりたいが、はやてやシャマルのことを言われたら何も言えない。なんだかんだ俺は自分のやりたいようにやっているからだ。
はやてと出会ったのは半年くらい前だが、一緒に入られた期間も短い。ドイツに行ったり、聖地へ出向いたり、ミッドチルダで戦ったりして、全然家にいないからだ。
「お前を殺せば、ここから出られるんだな」
「それはそうだが、お前に私が殺せるのか」
「俺を愛しているのであれば、お前だって抵抗しないはずだ」
「ふむ、抵抗しない女へ暴行を加えるのか――安心しろ、私はお前の性癖が特殊でも愛せるからな」
「よし、やり方を考えよう」
にこやかに両手を広げて出迎える女を前に、馬鹿馬鹿しくなって拳を下ろした。ただでさえ筋肉フェチとか忍に言われているのに、加虐趣味とまで言われたら死にたくなる。
くそったれ、絶対にこいつを倒す方法はある筈だ。ただどうやってやればいいのか、全く思い出せない。俺は今までどうやって戦ってきたんだ。
魔法でも使えたのだろうか。アギトやミヤの事は覚えているので、ユニゾンデバイスを使った事もあるのは覚えている。オリヴィエやアリシアに協力を求めた事も――
あっ、そういえばあいつらはどうしたんだ。
「アリシア達はどうしたんだ、お前」
「なるほど、戦いに関する記憶は全て消えているようだな。私との決戦に備えて、お前が単独行動を望んだようだぞ。私に聞かれても分からない。
少なくとも全員揃って、お前の側にはいなかった」
「魔法少女リリカルなのは――このネーミングもどうかと思うが、あの映画にも一切出てきていない。なんか作戦があったような気がするんだが、思い出せないな……」
つまり、リインフォースと単独で戦える手段が俺にはあったということだ。だからこそ決戦を望んで、彼女達を別行動させた。
テレビの続きを見れば、何か分かるかもしれない。少なくともここでこいつと言い争いしているよりはマシだ。ひとまず、現状は理解できた。
イリスがユーリに負けたというのに、リインフォースの洗脳が解けていないことが完全に判明した。何とかするには、戦い方を思い出すしかない。
俺は根負けして、リインフォースに提案する。
「分かった、ひとまず休戦してやる。これ以上お前を責めたりはしないから、せめてテレビは見せてくれ」
「いいだろう、私も愛するお前に責められるのは辛い。納得してくれたのであれば、お前の自由にしてくれていい」
「全然納得していないけど、抵抗するのは無駄だと分かった。だけど、一つだけ聞きたい」
「何だ」
「あのまま戦い続ければオルティアの命はもう、長くはもたないだろう――お前は、それでいいのか?
死人が出れば、俺との関係は完全に破綻する。主であるはやても、お前を容認しないだろう。
本当に、それでいいんだな」
「私の覚悟を侮るな、リョウスケ。お前に万が一のことがあれば法術は解除されて、闇の書が復活してしまう。
お前の娘たちも、私の家族たちも、主はやても、全てが不幸になる。
彼女達を守り、お前自身を救うためならば、私はどんな批判でも受けよう。お前に嫌われようと、私はお前を守る」
――確かに、侮っていた。そして何よりも、遅かった。
法術に関することを調べ上げていれば、こいつはここまで思い切ったことはしなかったかもしれない。
聖典を破壊されたあの段階で、俺はもう遅かったのだ。この時点で、俺は負けていた。
(聖典そのものは破壊されたが、イリスがデータを持っているはずだ。あいつを確保すれば、まだ取り戻せる。
頼んだぞ、俺の子供達。俺の子供であるお前たちの戦いを見ていれば、必ず記憶を取り戻せるはずだ)
――大切な仲間であるオルティアを救うべく、急行するシュテル。
――大切な友達であるイリスを止めるべく、急降下するユーリ
――大切家族を守るべく、ゆりかごの王座へ走るディアーチェ。
そして。
「うわーん、こいつかたーい!」
駆動炉の前で、腫れた拳を振り回して泣いているレヴィの戦いが始まった。
<続く>
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