とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第九十八話
                              
                                
	 
 
 ――こんなシナリオだったか、この映画? 
 
 
ゆりかご上空より襲いかかってきた『イリス』が、部隊の指揮を取っていたオルティア副隊長を串刺しにした瞬間を目の当たりにして、まず思ったのが驚愕よりも疑問だった。 
 
記憶喪失なので覚えていないのは、無理もない。最初からこのようなシナリオだったのだと断言されれば、反論の余地はない。だがそれでも、首を傾げてしまう。 
 
 
どんな時でもこんな自分に寄り添ってくれている最愛の人に、確認を取ってみる。 
 
 
「この映画、ここから大逆転が始まるシナリオじゃなかったか」 
 
「何を根拠にそう思うんだ」 
 
「根拠がないから、根拠がありそうなお前に聞いている」 
 
「なるほど、お前にとって身近な女性が私であるという事だな」 
 
 
 何気ないやり取りに喜びを感じている女性が、愛おしく思う――映画の中は壮絶な展開なので不謹慎というか、場違いかもしれないが。 
 
基本的に平和を愛するリインフォースだが、突然の不幸にも驚いた様子を見せない。彼女にとってはブラウン管の向こう側でしかなく、現実ではないと思っているからだろう。 
 
映画を純粋に楽しんでいるとは言い難いが、魔法少女物の映画に一喜一憂している男が正常かどうか問われると、若干自信はなかった。いい大人が、何を喚いているのだと。 
 
 
幸いにもうちの奥さんはその手の趣味には寛大な人なのか、特段目を尖らせてはいない。 
 
 
「イリスは先程ユーリに敗北していた筈だ。戦意を失っていたように見えたぞ」 
 
「逆上した可能性がある。人間、追い詰められると何をするか分からないぞ」 
 
「もっともな言い分だけど、自暴自棄になった奴が冷静に指揮官狙いを決め込めるもんか」 
 
「見事なダイレクトアタックだったな。主人公勢が断然有利だったが、これでまた戦況は分からなくなった」 
 
「……なんか妙に冷静だな、お前」 
 
「私はこの永遠が少しでも長く続くことを、心から願っている。映画が長引いて、お前が楽しめるのであればそれでいい」 
 
「ま、まあ、確かにこれで先行きは分からなくなったけど……」 
 
 
 ――おかしい、何かが絶対におかしい。記憶を失っている段階で、変も何もないのだが。 
 
日常的な記憶は何も失っていないのに、思い出だけが完全に消えている。自分が誰なのか、他人とはどんな存在だったのか、思い出せない。 
 
自分にとって大切な人は、リインフォース一人だけだ。だから彼女と二人きりであるこの世界は完成されており、完結されている。 
 
 
映画をのんびりと他人事のように見ていられるのは、正に自己完結しているからだ。 
 
 
「リインフォース、少し話さないか」 
 
「今こうして話しているじゃないか」 
 
「真面目な話だ」 
 
「……分かった、お茶を入れよう」 
 
 
 真剣に頼み込むと快諾してくれて、お茶とお茶菓子まで用意してくれる女性。外見も内面も美しい、完璧な女性だった。この点だけは、本当に誇らしく思う。 
 
いきなり話しかけるのも礼に反するので、まずリインフォースが入れてくれたお茶を飲んで、束の間の世間話を堪能する。 
 
本当に何気ない会話だが、穏やかな彼女と話しているだけで心が安らぐ。記憶こそ喪失しているが、心は本当に満たされている。それは、事実だ。 
 
 
だからこそ、このままでいいのか考えている。 
 
 
「あんたには何の不満もないし、ここでの生活には幸福を感じている。それは本当だ」 
 
「ああ」 
 
「でもこの映画を見ていると、何というか……悩みがないことに、疑問を感じる」 
 
「? すまない、もう少し分かりやすく言ってくれないか」 
 
 
「リインフォース――俺はこの世界がまるで、映画の中のように感じられるんだ」 
 
「!?」 
 
 
 ――自分で言葉にしていて、ようやく気付いた。そうだ、この完璧な世界こそがまるでお伽噺のように作られた世界観であった。 
 
「魔法少女リリカルなのは Detonation」は映画ではあるのだが、映画の中で生きている彼女達はまるで現実のように必死で生きている。 
どれほどの困難であろうとも懸命に戦って、絶望に足掻いて立ち向かっている。シナリオであろうと、一人一人が生きた人間そのものだった。 
 
不幸の中であろうとも、彼女達は生きている。だったら幸福の中にいる、俺は一体何なのか。 
 
 
「幸福であることの何が問題だというんだ。不幸に苦しんで生きていくのが、正しいとでもいうのか」 
 
「人間というのは泣いたり笑ったり、楽しんだり苦しんだり、不幸だったり幸せだったりと、波乱万丈に生きていく生き物じゃないのか」 
 
「お前は記憶を失っているから、自分が幸せであることにまだ慣れていないんだ。ここで永遠に生きていけば、きっと実感できるようになる」 
 
「それは単に、幸福であることに麻痺しているだけだ。生きているとは、言わない」 
 
「リョウスケ、よく聞いてくれ。今のお前は映画を見て、感情移入しているだけなんだ。 
映画の中で立派に生きている彼女達を見て、自分が主人公であるかのように自己投影しているんだよ。 
 
好きな映画を見て憧れを持つのは自由だが、物語に溺れてはいけない。必ず現実へ戻って、生きていかなければならないんだ」 
 
「その現実が、ここだというのか」 
 
 
「冷静になって、よく考えてみろ。 
仮にお前がこの映画の中に入って、彼女達と一緒に生きていく自分が想像してみるといい。 
 
エルトリアの技術を駆使するイリスを相手に、お前は戦えるのか? 
強力な重火器を使用する量産型を相手に、お前は戦えるのか? 
都市を破壊できる機動外殻を相手に、お前は戦えるのか? 
化け物たちを相手に戦える魔法処女たちと、肩を並べて戦えるのか? 
 
お前は、ただの一般人なんだぞ。何の武器も扱えない、何の魔法も使えない、平和な世界で生きてきた人間じゃないか」 
 
 
 それは……その通り、だと思う。俺という人間は、彼女に守られて生活しているだけの存在だ。 
 
今映画の中で苦しんでいる彼女達を助けに行っても、すぐに殺されるだろう。敵に襲われても、悲鳴を上げて逃げるだけだろう。 
 
異世界へいって勇者になるなんて、夢物語だ。映画へいって英雄になるなんて、妄想だ。チートもなければ、武器もない、単なる一般人なのだ。 
 
 
彼女の言うことは、何も間違えていない。 
 
 
「今のお前は彼女達が立派に見えてしまうから、自分もこうなりたいと憧れているだけだ。 
私はそんなお前を、決して笑ったりはしない。苦しむ彼女達を何とかしてやりたいと思うお前を、私は心から愛している。 
 
でもどうか、分かって欲しい。彼女達とお前では、生きている世界が違うんだ」 
 
 
 現実を見ろと、リインフォースは優しく諭してくれる。その優しさは酷く残酷で、それでいて慈しみに満ちていた。 
 
正論すぎて、言葉も出ない。映画に一喜一憂したところで、自分がどうにかしてやれるわけではない。俺は彼女達にとって、主人公でも何でもないのだ。 
 
テレビの前で応援するのが精一杯であり、それ以上は何も出来ない。どれほど憧れようと、画面の向こうには決して行けないのだ。 
 
 
そもそも彼女達と生きていくなんて出来るはずがない。一緒に戦えるわけが―― 
 
 
 
『ヴァ――リア、ブルシュー……シュート!』 
 
『ガッ!?』 
 
 
 
 優しく諭してくれたリインフォースの向こう側――テレビに映し出されている女性が、血を吐きながら銃を撃った。 
 
魔導殺しの技術に対抗するべく、外殻の膜状バリアでくるんだ多重弾殻射撃。死の淵にいるからこそ、あらゆる全ての感覚を集中できる一瞬で撃った射撃型最初の奥義。 
 
串刺しにしたせいで動けなかった『イリス』の一瞬をついて、オルティア副隊長は背後に向かって射撃。顔面に命中した『イリス』は仰け反って、激しく地面を転がりまわった。 
 
 
立っている――胸のど真ん中に風穴を開けられたのに、オルティアは地面に足をついて立っている。 
 
 
『ハァ、ハァ、ゴホ……や、はり、隊長の予想通り、貴女もまた……ゴホッ……あ、操られていたのですね』 
 
『くっ……』 
 
 
『その子を通じて聞こえているのでしょう、"真犯人"。たとえ身体の隙をつこうとも、心にまで風穴は開けられませんよ。 
ハァ、ハァ……私は、特務機動課副隊長、オルティア・イーグレット。 
 
敬愛する隊長の留守を預かっているのです。あの方が戻ってこられるまで、私は――我々は、この戦場から逃げるつもりはない!』 
 
 
 彼女だけではない。突然変貌して反撃してきた量産型を相手に苦戦させられていた部隊が皆、決起して必死で応戦している。 
 
信じられない、精神力。彼女は決して、それほど強い女性ではない。ならば何故、身体を串刺しにされようとも、歯を食いしばって戦えるのか。 
 
強烈な兵器を相手に隊員達が懸命に戦っているのは、何故なのか。理由なんて、明らかだ。誰もが皆、口にしているではないか。 
 
彼らの心の中には、隊長と呼ばれる存在がいる。この場にいなくても彼女には、彼らの心の中には隊長の霊が宿っているのだ。 
 
 
――それは、誰なのか。 
 
 
『我らが隊長――"宮本良介"は、今も戦っておられる。全軍、あの方に続けーーー!!』 
 
『うおおおおおおおおお!』 
 
 
 宮本良介――俺だ。そうだ、俺は宮本良介。 
 
だったら、こいつは誰だ。そうだ、こいつはリインフォース。 
 
 
必ず斬らなければならない、俺の敵だ。 
 
 
「リインフォース、お前だったのか!」 
 
「よくぞここまで短期間で、これほどの信頼を築けたものだ。さすが、わたしの愛する男だ」 
 
「猿芝居はやめろ。全部、思い出したぞ」 
 
「いいや、お前は思い出してはいない。大切なものを、取り戻していないだろう。 
 
もう一度聞くぞ――彼女達と、"どうやって戦うつもりだ"」 
 
「そんなもの決まって……あれ」 
 
 
 ――どうやって、戦えばいいんだっけ? 戦い方が、分からない。 
 
たしか俺は日本で生きてきた、孤児だ。そんな俺がシュテル達と一緒に、どうやって戦ってきたのかまるで思い出せない。 
 
愕然とする――記憶を思い出せたのに、俺はまだ取り込まれている。一般人のままであり、シュテル達は憧れの存在のままとなっている。 
 
 
主人公ではない俺がどうやって映画のような世界で戦ってこれたのか、思い出せない。 
 
 
「お前は、ここに居ることが幸せなんだ」 
 
「ふざけるな。こんな世界、ただの自己満足じゃねえか!」 
 
「その言葉こそが、自分を取り戻せていない何よりの証拠だ。忘れているようだから、言ってやる。 
お前は、そういう人間だったはずだ。自分が何よりも大切で、他人なんてどうでもいい。 
 
お前は自分でそういう人間だと、自覚していた。だからこそ他者との距離を慎重にはかり、繋がりを求めて試行錯誤しながら接してきた」 
 
 
 自分が何よりも大事で、他の人間なんてどうでもいい。そんな人間だったからこそ出来上がったのが、この幸福に満ちた自己満足の世界。 
 
リインフォースによる力だけではなく、俺の願望により想像された世界であると、彼女は宣言する。 
 
だったら俺は―― 
 
 
「俺は自分で、この世界を作っているとでも言うのか」 
 
「そうだ、お前は心の何処かでこの世界を望んでいた。私という存在が、誰よりも愛おしかっただろう。 
私はお前のことを愛し、そして――肯定している。 
 
承認欲求に不足していたお前が望んでいた存在が、私だ」 
 
「なっ――」 
 
「安心しろ。お前を肯定する気持ちは、私にとって本心だ。だから、私はこの世界に存在することを許されている。 
ここから出ていくには、私を殺すしかない。そうしたいのなら、好きにすればいい。私はお前を愛しているからな、お前に殺されるなら本望だ」 
 
「お前……イリスに洗脳されているんじゃないのか!?」 
 
 
 リインフォースの言っていることはウソではない、と思える。何故ならどんなに粋がっても、彼女を決して殺せないからだ。 
 
理由は簡単だ、彼女の言うことは全て正しい。何の力もなかった頃、一人で旅していた頃の俺は他人を否定しつつ、他人に肯定されるのを望んでいた。 
 
どうにかして克服できたはずなのだが、どうやって克服できたのか思い出せない。弱かった俺が、自分の弱さを受け入れられたのは、何故なのか。 
 
 
何かあったはずなのだ――この手に、『何か』がきっと! 
 
 
 
「もう一度言うぞ、リョウスケ。ここから出たいのであれば、お前は私を殺すしかない」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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