とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第九十七話
                              
                                
	 
 
 キリエ・フローリアンは倒れてしまったが、聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの固有型が敗北を認めた事は大きい。 
 
映画の設定だと固有型は他の量産型や機動外殻への指揮権を与えられた上級個体であり、判断能力や会話能力、明確な自我を得ている指揮官なのである。 
 
聖王オリヴィエを再現した実力者であるからこそ、イリスも安心して全件を任せていた。黒幕の最高傑作が敗北に追い込むという功績は、キリエ本人が知る由もない程に大手柄であった。 
 
 
全軍を指揮する対象が敗北を認めたのだ、大将に全権を委ねている部下達はどうすればいいのか分からなくなる。 
 
 
「敵指揮官オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは、客将キリエ・フローリアンが討ち取った!」 
 
『おおおおおおおおおおお!』 
 
 
 ――その機を、特務機動課副隊長オルティア・イーグレットは決して見逃さない。ここぞとばかりに果敢に手を掲げて、勝鬨を上げた。 
 
聖王本人は今も健在なのだが、一度でも敗北を認めた以上は王の誇りが撤回を許さない。その性質を理解しているからこそ、オルティアは勝利を宣言したのである。 
 
イリスが率いる軍勢は量産型や機動外殻といった機械兵器の群体であり、指揮系統は全て大将や黒幕に委ねられている。本人達は絶対命令遵守であるからこそ強く、そして脆い。 
 
 
黒幕のイリスはユーリに敗北し、大将のオリヴィエはキリエに敗北した以上、命令を与える人間は誰もいない。 
 
 
「只今より、残党狩りにシフトする。我らが聖地を荒らすテロリスト達を、一人残らず討ち取れ!」 
 
『ラジャー!』 
 
 
 実のところ今でも数自体は敵側の方が多いのだが、指揮系統を失った群体は散り散りになるだけで抵抗さえロクに出来ない。 
 
機に乗じたオルティアの見事な采配は功を奏して、一気に反撃の機が訪れた。ここぞとばかりに士気を高めた特務機動課のエリート達が、新兵器を手に猛烈な反撃を加えていった。 
 
集中攻撃を受けていたオルティアは傷だらけなのだが、その蒼き美貌に憂いはまるでなく、戦女神のように輝いている。判断力や決断力も鈍っていない。 
 
 
名将に相応しき女性の才を目の当たりにした聖王オリヴィエは自軍の不利を悟って踵を返すが―― 
 
 
「貴女の相手は私です――アクセラレイター!」 
 
「貴方もその技を……!?」 
 
 
 アクセラレイターは、ナノマシンを生かした加速能力。アミティエ・フローリアンはその完成度の高さと安定感を見せて、聖王オリヴィエに攻撃を加え続ける。 
 
聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトにとって不幸だったのは、キリエとの戦闘を余すところなく全てアミティエに見られていた点である。聖王の戦闘スタイルも熟知していた。 
 
武王である彼女は万能ではあるのだが、アミティエ・フローリアンの加速能力には及ばない。付かず離れず、一定の距離を保って攻撃され続けられて、聖王は足止めを余儀なくされていた。 
 
 
攻撃されたら回避し、回避されたら攻撃を行い、近づかれたら離れ、離れられたら近づく――ヒット・アンド・アウェイを、延々と繰り返されていた。 
 
 
「逃げてばかりでは、私には勝てませんよ」 
 
「私はそうは思いません」 
 
「むっ――」 
 
「必ず隙は出来る、キリエが命懸けで私に教えてくれました。体力と気力には思いっきり自信があるんですよ、私」 
 
 
 アミティエがオリヴィエに対して選んだ戦法――それが、持久戦である。 
 
惑星アルトリアという環境で鍛えられた肉体と、異世界ミッドチルダという環境で救われた心。アミティエ・フローリアンは、今が絶頂期だった。 
 
実力の差は、確かにある。だが、圧倒的では決して無い。技量の差は明らかなのだが、肉体の差はさほどない。 
 
 
そして――体力の差は、歴然だった。 
 
 
「時間さえかければ、剣士さんも帰ってきます。あの人は途方に暮れていた妹を救い、困っていた私を助けてくれた、優しくて強い人。 
あの人のおかげで、今の私は体も心もお腹いっぱいに満たされているんです。 
 
貴女を倒してお姉ちゃんは強いんだって、キリエに見せてやりますよ」 
 
「……っ」 
 
 
 魔導殺しの技術は聖王オリヴィエによって対策はされているが、別に無効化された訳ではない。特に攻撃においては、今でも健在と言える。 
 
聖王オリヴィエの近距離攻撃はアクセラレイターで回避し、遠距離攻撃は魔導殺しの技術を活用して防御する。敵が十の数を攻撃すれば、アミティエは十の中の一を狙って反撃する。 
 
アミティエの反撃自体は隙を狙っているとはいえ、一撃必殺とは程遠い。けれど少なくとも、ダメージ自体は確実に蓄積される。後は延々繰り返せばいい。 
 
 
単調になれば通常は弱者が不利となるが、アミティエ・フローリアンは例外である――何故なら彼女は、惑星エルトリアでは常に強い怪物相手に戦い続けていたからだ。 
 
 
家族と惑星を守るべく巨大な怪物と戦い続けてきた彼女は、非常に粘り強い。一撃必殺など不可能であると、環境面で理解しているからだ。 
 
ジリ貧となろうと、彼女は決して焦らない。隙を見せようと、彼女は決して飛びつかない。好機なども以ての外、攻撃さえ当たれば御の字という過酷さであった。 
 
どれほど長期戦になろうと、彼女は息一つ切らさない。肺の強度が人並み外れている。どれほど劣勢になろうと、彼女は汗一つかかない。心の強度が人並み外れている。 
 
 
可愛い妹との和解と、素敵な男性との信頼が、彼女に大いなる余裕を与えていた。 
 
 
「クロスブレイズ!」 
 
「強化による防御貫通か!?」 
 
 
 加速によって強化度合いが激変する、防御貫通技。撃ち出した弾丸もアクセラレイターによって常識外の加速を生み出して、聖王オリヴィエの鉄壁を撃ち抜いた。 
 
防御できなければ回避するしかないが、回避の強制は彼女にとって不利でしかない。アミティエが狙っているのは、まさにそのたった一瞬の隙なのだから。 
 
加えてキリエに切り裂かれた腕こそ接着しているが、キリエに撃たれた肩の損傷が大きい。骨まで痛めているので回復や蘇生に時間がかかっており、聖王にとっても痛手であった。 
 
 
防御貫通まで使用されて、着実に追い詰められている。 
 
 
「それでも致命傷には程遠いですよ」 
 
「貴女自身はそうでしょうけど、貴女の部下さんは次々と討ち取られていますよ」 
 
 
 追い詰めてはいるが、追い込めてはいない。アミティエは決して、自分を有利だとは思っていない。極端な話、一撃でも食らったら均衡は崩れると覚悟している。 
 
それでもめげずくじけず戦えているのは自分の役目を理解し、自分の役割を把握しているからだ。彼女の言う通り大将が動けないでいる分、部下達は確実に追い込まれていた。 
 
オルティアの指揮は見事なもので、確実にイリスの群体は崩壊させられていた。その様子を目にして、アミティエは過酷な現実を告げる。 
 
 
――それでも、聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは不動であった。 
 
 
「……?」 
 
 
 この時ようやく、アミティエ・フローリアンは違和感を感じた。足こそ止めず、さりとて思考も懸命に働かせている。 
 
聖王オリヴィエは自分の敗北を認めた結果、部下達は敗走させられている。彼女は形勢を立て直そうとして、アミティエに足止めされている。 
 
状況はどう考えても不利なはずなのだが、聖王オリヴィエはアミティエを倒すことに全力を上げている。それ自体は正しいのだが―― 
 
 
この期に及んで、正しさを維持できているのは何故なのか? 
 
 
「全軍――」 
 
「やらせませんよ!」 
 
 
 
「我々は今、『解放』された」 
 
 
 
 ――その瞬間。 
 
 
 
 
 
イリスの群体は――『   』の軍隊へと、至った。 
 
 
 
 
 
「えっ、な、なんですか……!?」 
 
 
 背筋に強烈な悪寒が走り、アクセラレイターを急停止。慌てて周囲を確認し、アミティエ・フローリアンは目を見張った。 
 
入り乱れていた量産型の兵士が突如足を止め、武装を変形させて猛烈な攻撃を加えている。一糸乱れぬ集中攻撃はまさに軍隊、特務機動課のエリート達が襲われている。 
 
 
シュテルに破壊された機動外殻が、突如再起動――次々と巨大化して、大いなる怪獣へと進化した。 
 
 
「これでようやく私も、貴方に集中できる」 
 
「一体、イリスは何をしたのですか!? まだこんな力があの子に――」 
 
 
「『イリス』なら、あそこにいるではありませんか」 
 
 
 聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトが指差す、その先で―― 
 
 
 
副隊長オルティア・イーグレットが、『イリス』によって串刺しにされていた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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