とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第九十五話




 一言で言うと、相手が悪すぎた。


古代ベルカの諸王時代。今の映画より数百年前に存在していた、聖王連合の中枢王家ゼーゲブレヒト家の王女である人物。

乱世のベルカにおいて武技では最強を誇る女性であり、別名「ゆりかごの聖王」とまで呼ばれて古代ベルカ時代の終結に貢献した、偉大なる王である。

ロストロギア「聖王のゆりかご」の中で生まれた正統王女であるという事は――


アンチ・マギリング・フィールド――AMFを克服した強者であり、魔導殺しの天敵なのだ。


「まだ続けるのであれば、今度こそ殺しますよ」

「ゴホ、ゲホ……ぐっ……」


 最強に相応しい女性の手により、キリエ・フローリアンは、血溜まりに沈んでいた。

彼女はイリスと同じくエルトリアの技術を所有しており、魔導殺しを行う解析能力を持っている。事実キリエは躊躇なく技術を駆使して、聖王の分析を続けている。

しかしながら濃密なAMF空間の中で生きた彼女にとって魔導殺しは既知であり、別段驚異となるものではない。正確に言えばAMFと魔導殺しは別物なのだが、概念が似ていれば対処は行える。


武王の繰り出す多彩な技に翻弄されて、キリエは傷を残らず増やし続けていた。


「エルトリアの技術というのは恐るべきものだな。かのオリヴィエ・ゼーゲブレヒトを、再現せしめるとは」

「ゆりかごの聖王とまで言われた武王か――おや?」

「どうした、リョウスケ」


「オリヴィエ・ゼーゲブレヒトを製造できるのであれば、あいつを鍵にゆりかごを動かせばいいんじゃないか」


 イリスが製造した群体はフォーミュラによって作られた戦闘人形であり、ヴァリアントシステムも内蔵した戦闘力を持つ人形兵器である。

記憶喪失なのでこの辺の設定は曖昧だが、確か映画によると「固有型」と呼ばれる群体は上級個体であり、高度な判断能力や会話能力を保有した自我を得ているらしい。

聖王のゆりかごを保有する彼女は当然ゆりかごの聖王についての詳細を把握している筈であり、あれほど高度な人形を製造できるのであれば、ゆりかごの鍵として役立てないのだろうか。


わざわざゆりかごのシステムを改造して、代役を立てる必要性が分からなかった。


「イリスの考えについて詳細は把握していないが、私であれば採用はしないだろうな」

「どうしてだ」

「似て非なる存在だからだ。なまじ似通っているだけに、聖王のゆりかごがどのような化学反応を引き起こすか、正直なところ想像がつかない。
危険な賭けに出るくらいであれば、改造を行った上で同じ古代ベルカの王を代役に立てた方がまだリスク管理が行える」

「だけど代役であれば、どう改造してもゆりかごの機能をフルスペックで発揮できないだろう」

「イリスからすれば、その方が都合がいい。当時のように戦争を止めるのが目的であれば巨大な力も必要となろうが、イリスの目的はあくまでユーリ個人だ。
世界そのものには興味がないと、彼女は再三述べていただろう。強大な力を振りかざして、世界そのものを敵に回す危険を冒さなくて済む」

「なるほど、確かに映画でも目的さえ果たせばさっさとミッドチルダから出ていくと何度も明言していたもんな」


 イリスにとって誤算があったとすれば、ユーリ・エーベルヴァインが世界を滅ぼせるほどの力があったということだ。

聖王のゆりかごはフルスペックでなくとも、強大な兵器を数多く保有している。起動して使い熟すことさえできれば、彼女としてはそれで十分だったのだろう。

結果としてユーリには敵わなかった訳だが、その点を失敗として責めるのはいくらなんでも気の毒だ。ユーリが規格外だったというだけなのだから。


丁寧に説明してくれた彼女は、最後に一言こう結論づける。


「それにゆりかごの鍵として用いるよりも、武王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトとして固有型を使用した方が大きな戦力になり得る」

「……これほどの戦いを見せつけられれば、否が応でも理解させられるな」



『今更……死ぬことを恐れたりしないわ!』



 ヴァリアントザッパーと呼ばれる二丁銃をぶっ放すが、簡単に回避。オリヴィエが急接近して、キリエの腹部を殴打。強烈なインパクトに、キリエは血反吐を吐いた。

嘔吐物を撒き散らしながらも、キリエは銃を撃つのを止めない。引き金を引く力を緩めない少女に、オリヴィエは若干意外そうに後退する。

その動きをチャンスと捉えて、苦痛に呻きながらもキリエは連結した両手剣形態に切り替える。気合と根性で突撃して、銃剣を振り回した。


上段から斬り付けると下段から反撃されて顎をふっとばされ、銃剣を一閃させると足刀をもって襟首を断絶。柔肌が切り裂かれて、血が飛び散った。


「アクセラ……レイ、ター!」

「貴女の覚悟は、認めましょう」


 傷つくのを恐れずに、アクセラレイターを機動。自身のナノマシンを最大稼働させることで、細胞レベルの強化による超加速が行える。

髪と瞳を鮮烈に燃え上がらせて、突進。エルトリアの技術を応用した防護服により超加速による反動は一切なく、攻撃を思う存分繰り出せる。

恐るべき加速にオリヴィエも交代こそするが、冷静な表情は崩れない。テレビの向こうからでも見える鮮烈な攻防戦に立たされても、彼女の一挙一動に乱れはなかった。


血と汗を撒き散らしながら戦うキリエを前に、武王は言い放った。


「ですが自身を顧みない覚悟など、子供の駄々に過ぎません」

「――グハッ!?」


 一撃――キリエの超加速による千の連打より、オリヴィエの一撃が遥かに勝った。


明らかに骨が折れる音が響き渡り、キリエの胸にオリヴィエの拳が突き刺さった。急所を貫いた一撃を受けて、キリエ・フローリアンは内臓から血を吐き出して倒れる。

夥しい血を流しながらキリエは震える手先で銃を掴もうとするが、オリヴィエは無情に足を振り下ろして、キリエの利き腕を指先から押し潰した。


想像を絶する痛みに、キリエは血の涙を流しながら倒れている。


「こ、んなところで倒れるわけ……あたし、魔法使いさん、に……イリ、スに……!」

「覚悟ではどうにもならない事なんて、この世界には幾らでもありますよ」


 無情だった、無慈悲だった、それでいて現実的だった――全ては過去からの経験であり、諦観だった。

キリエ・フローリアンは確かに自分の罪を認め、贖罪をするべく覚悟を決めた。その覚悟自体を認めながらも、オリヴィエの過去を超えるには全く至らなかった。

一人一人の罪は全く別物で比較するべき対象ではないが、敢えて言えばオリヴィエが過去犯した罪と無念は、キリエとは比べ物にならないほど重く哀しい。


彼女は聖王のゆりかごまで使っても、世界も自身を救えなかったのだから。


「貴方が魔法使いと呼ぶあの男は、死にました」

「しん、でなんかない……絶対に、生きてる!」

「貴方が友達と呼ぶ彼女は、もういない」

「いなくなん、かない……めのまえに、いる!」


「そして、貴女自身もここで死ぬ」

「う、ああああああ……!」


 罪の重さに潰れるように、オリヴィエに頭を踏みつけられてキリエは悲鳴を上げた。頭蓋骨から、ミシミシと嫌な音を立てている。

何もかも、足りなかった。彼女自身には罪がなくても、彼女自身に何もなければ、結局何も出来ない。ここで、殺される。

彼女が、泣いている。彼女が、悲しんでいる。自分の弱さを思い知って、相手の強さを思い知らされて、彼女は潰されようとしている。



――彼女が、殺される。



『次回に続く』

「むっ――ここで、終わりか」



 悲しげに微笑んでリインフォースは立ち上がって、テレビのリモコンに手を伸ばす。テレビには、ノイズが走っていた。

このままでいいのか、自分自身の内から問われる。これで終わってしまってもいいのか、頭の中から問いただされる。

弱いから、負けてしまってもいいのか。


「違う」


 違う――違うんだ、キリエ・フローリアン。弱者であることは、絶対に罪ではない。

泣きたくなるほど自分は弱くたって、人間は戦える。泣きたくなるほど相手が強くたって、人間は生きられる。

間違えているのは、戦わないことだ。全てを投げ出して、諦めてしまうことだ。自分を見捨てたその瞬間に、不幸は始まるのだ。

そんな人を、俺は何度も見てきた。見てきたはずだ――それは一体、誰だったのか。


「――俺だ」


 俺という人間、お前と同じ弱い人間が、ここにいる。頑張って、生きている。

そうだ、俺は弱かった。だからずっとくよくよして、何度も間違えて、何回も負けて、それでも戦ってこれた。

人間は弱くたって、生きられる。戦うことだって、出来る。人生を、正すことだって出来るんだ。


「俺はお前を見ているぞ、キリエ・フローリアン」


自分以外の他人が見ていてくれれば、戦える――孤独で、なければ。



「お前も――俺も、独りじゃない!」



『"3rd Reflection PROJECT"が開放されました――リリカルマジカル、始まります』















「! ……うん。ありがとう、魔法使いさん」

「なっ――」


「あたしは弱いから、迷ったり悩んだりをきっと――ずっと、繰り返す。けれどそんなあたしを、見ていてくれる人がいる。
あんたみたいな一人ぼっちの王様なんかに、絶対に負けたりするものか!


アクセラレータ―――"オルタ"ァァァァァァァァ!!!」


 地の底から這い上がった奴隷が、孤高の王へと果敢に挑む。

ナノマシンを爆発させたキリエが踏み付けられていた足を吹き飛ばし、血だらけの拳で聖王の頬を撃ち抜いた。















<続く>








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