とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第九十三話
エンディングこそ覚えていないが、俺は視聴者なのでこの映画の全体像は理解している。今回の決戦において、シュテル達が立てていた作戦も観客として聞き及んでいた。
部隊長である男については生憎と記憶にないが、その男が立案してオルティアが計画を立てた作戦だ。男の無茶振りにも副隊長が快く応じて、元傭兵として殲滅作戦を結構していた。
テラフォーミングユニットであるイリスの強みは戦場を隅々まで見渡せる解析力と、戦局を詳細まで把握できる分析力である。今まで尽く後手に回っていたのも、彼女のこの強みが大きい。
故に敢えて危険と知りつつも、彼女の最終目的であるユーリをイリスにぶつけたのだ――彼女の注意を、ひくために。
『ディアーチェ、イリスはユーリが足止めしてくれているよ。いよいよボク達の番だね!』
『障害であったリインフォースも父が自ら相手を務めている。あの忌々しいマスタープログラムさえも追い込めるとは、我が父ながら見事だ』
映画ファンからマテリアルズとして愛されている、レヴィ・ザ・スラッシャーとロード・ディアーチェ。雷刃の襲撃者と闇統べる王、愛らしい容姿と凶悪な戦力を有した少女達である。
マスコット的な存在を愛でる趣味は俺には無いのだが、この二人については例外だ。少女ながらに強き芯を持っており、気高き心を宿して戦う姿には魅せられてしまう。
女の子としての不安定感は彼女達にはなく、それでいてチートに頼らない人間性が人気の秘訣となっている。無条件に応援したくなる魅力が、彼女達にはあった。
二人が登場するだけで、テンションが上がるのを感じる。
「――ウキウキだな」
「一応言っておくが、少女趣味ではないぞ」
「是非とも、そうであってほしいものだ。私は長身の女だからな、少女に化けるのは無理がある。胸やお尻も小さくは出来ない」
「映画に対抗して、お前の魅力を減らすマネはするな。お前は今のままで十分綺麗だぞ」
「ふふ、ならお前の好み通りの女でいよう。お茶を入れてくる」
熱中していたら、リインフォースに冷たい目で見られていた――確かに、同棲している彼女にはあまり見せられない光景だった。反省している。
映画が突如始まった時は面食らっていたが、すぐに何かを諦めたように笑って俺と一緒に映画を見ていた。魔法少女戦記物は、恋愛中のカップルには不適格なジャンルなのは認めている。
ちなみに本人はナハトヴァールが大のお気に入りのようで、先程のイリス救出場面では大いに応援していた。あの子が元気で活躍するのは嬉しいらしい。
子供が好きなのか聞いてみようかと思ったが、一瞬逡巡してやめておいた。同棲中のカップルで、子供の話題はデリケートだ。
『パパ、大丈夫かな……闇の書に囚われちゃったんだよね』
『覚める事のない眠りの内に、終わりなき夢を見る。生と死の狭間の夢、永遠の幻想を見せる魔導だ。
固有ともいうべき結界の秘術、あれ程の規模ともなればたとえ我でも抜け出すことは難しい。リインフォースめも、捨て身の覚悟で父を取り込んでおる』
『ユーリも、ボク達が直接干渉することを止めてきたくらいだもんね。むうう、ボクが飛び込んで助けにいきたいのに』
『よさんか、ユーリを困らせるでない。なに、心配など要らぬ。我が父は"聖王"とまで謳われた、生きる伝説よ。
甘き幸せな夢であろうと、うつつを抜かすような御仁ではない。必ずや、幸せな夢よりも過酷な現実を選ぶであろうよ』
『ふーん……ボクなんか、気持ちよければずっとグッスリ眠るのにね』
『ははは、ぬかしよる。だがまあ、それもまた強さではある。生きていくことは辛いことも多々ある、たまにはゆっくり休むことも必要であろう。
過去の我であれば惰弱とこき下ろしただろうが、父と巡り会って人を知った今では休息の価値もよく分かる。
そういった意味では、父も難儀なお方ではあるな。折れぬ心は立派ではあるが、不動でいるのも辛いであろうに』
レヴィは今の事態を深刻に受け止めつつも笑っているが、ディアーチェは逆に気楽に構えつつも考え込んでるようだ。
必ず逆境に屈さず乗り越えていくのは立派ではあるが、どんな難局でも突き進んでいける強さというのは本人にとっては苦しく辛いことであるからだ。
時には敗北を選んで引き返すことだって決断の1つだというのに、乗り越えようとする強さそのものが本人の弱さを許そうとしない。
本人がどうなろうと誰かを助けようとする気持ちは尊いが、本人を思い遣れないのは他者から見れば辛いものだ。
「ほら、ディアーチェもこう言っているじゃないか。私を思いやってくれる気持ちは嬉しいが、自分自身を大切にしてほしい」
「それ、お前にだって言えるんだぞ。俺のことを愛してくれるのは嬉しいが、お前自身のこともきちんと考えてくれ」
「……なるほど、人を想うというのは何とも難しいものだな。両立できればいいのだが」
「全くだ」
自分も相手も幸せになれるのであれば、それこそ望むべき結果だ。それが出来ないのは、どうしてなのだろうか。
映画という架空の世界であっても、単純なハッピーエンドにはならず、こうして少女達が戦うことになってしまっている。
人間という生き物が試練を望む過酷な存在であるのであれば、何とも業の深いことだった。単純明快に生きていくには、この世界は複雑すぎる。
折れない心を持った少女達もまた、不屈の意志を持って聖王のゆりかごへと向かっていった。
『ユーリがイリスをひきつけてくれてるから、こっちへの攻撃がゆるくなってるね』
『オルティア副隊長が部隊を指揮してイリスの戦力を食い止めておるからな、我らへの干渉が薄くなっている。今の内にゆりかごを制圧するぞ、レヴィ』
『うん、ボクに任せて。突撃ーーー!!』
『あ、こら、警戒もせず飛び込むでない! ゆりかごの中は――』
『へっ――うきゃあああああああああああああ!?』
大規模魔術を展開してゆりかごのガード兵を破壊したディアーチェ達は、先程ユーリが開けたゆりかごの風穴へと飛び込んでいった。
何とも本人らしいカッコいいヒーローポーズをキメてレヴィが内部に飛び込んだ瞬間、まるで強烈な引力に惹きつけられたかのようにレヴィが床に転がり込んだ。
謎の現象にファンの一人である俺が慌てて見やると、お茶を啜りながらリインフォースが冷静に指摘する。
「聖王のゆりかご内部は、高濃度のAMFで満たされている。魔導師がうかつに飛び込むと、ああなる」
「なるほど、あの子らしいコメディシーンだな」
俺たちが呑気に鑑賞しているとは露とも思わず、AMF空間に晒されたレヴィはもがき苦しんでいる。多分、飛空魔法が使えなくなってもがいているのだろう。
本来であれば魔導体であるレヴィ達本人の肉体も多大な悪影響が出るはずなのだが、映画の設定とは違ってレヴィ達本人が苦しむ様子はない。
何故だろうと首を傾げていると、リインフォースが困った顔をして『別設定』により存在が安定しているのだと解釈していた。別設定とは、一体なんだろうか。
いずれにしても魔導が使えないのであれば、レヴィ本人が戦えない。
『シュテルから話は聞いたぞ、レヴィ。折角あの子が製作してくれた新兵器を、断ったそうだな』
『むむむ、ディアーチェだって断ったんだよね。ボクと同じじゃないか、プンプン!』
『確かに、あのイリスめは先の戦いで我の事も分析しているのであろうな。
だからこそこのゆりかごを高濃度のAMFで満たした上で、魔導殺しを整えておる。我らを無力化した上で――
このような雑魚共で、思う存分痛めつけようという腹だ』
聖王のゆりかごに風穴が空いた事実を深刻に受け止めたのか、イリスは予め対策を練っていたらしい――飛び込んできた二人に対して、イリスが製造した量産型の兵士達が取り囲んでいる。
聖王のゆりかごはイリスにとって主戦力、特務機動課殲滅の為に地上へ派遣した部隊以外にも、ゆりかご内部に多数の護衛兵を投入していたらしい。
彼女達が手にしているのは、重火器の数々。高濃度AMFの影響を受けない、質量兵器。彼女達であれば、このゆりかごの中であろうとも堂々と戦える戦力を持っている。
レヴィやディアーチェのような、ゆりかご制圧に乗り込んできた魔導師を殺すべく、配置されていた。
『我を侮るでないぞ、小娘共。我こそは闇統べる王、ロード・ディアーチェ。
"聖王"であらせられる父の、正統後継者である』
魔導殺しを装備した兵士達は、魔導師にとっては天敵。ディアーチェ達は手も足も出ない戦況に見えるが――
『イリスが分析したのは、過去の我にすぎん。我の魔導に限界など存在せん――"ワールドエンド"!』
ディアーチェが魔導の杖を床に突き立てたその瞬間、高濃度のAMFで満たされた空間が爆砕した。文字通り、空間が破裂したのである。
限定的な空間でこそ効果を発揮する、削減魔導攻撃。不滅の炎とも言える永遠の破壊が断続的に続いて、魔導殺しの空間を破壊し続けた。物凄い力技に、仰け反った。
映画を見ていて、呆れ果てた。魔導を殺すのであれば、秒間的に魔導を発動し続けて押し切る魂胆である。暴力的な結論に、ファンでありながら見ていて呆れてしまった。
そもそも魔導が殺されるのだって瞬間的なのに、その分析力を上回る力押しで魔導を発動し続けるなんて誰が試みるだろうか。
まず頭の中で計算が追いつかない筈なのだが、自分自身をまるで疑わない彼女の確信が可能にしてしまっている。よほど自分が信じられないければ、計算ミスで自滅していたはずだ。
それにAMF空間内で魔導を発動し続けるのは困難であるのに、彼女の限界を知らぬ底力が上回ってしまっている。普通なら疲弊して終わりだ。
つまり魔導殺しにおける、ディアーチェの結論とは――
「『分析された頃』の自分より強くなれば、分析する意味がない――そういう事か」
「分析も結局は計算だからな。イリス本人の計算力よりもディアーチェの計算が上回れば、不可能ではない。最低でも天才でなければ、絶対に無理な結論ではあるのだが」
天才であることが最低条件だという恐るべき結論を教えられて、俺は頭を抱えてしまった。何て子を生み出してしまったんだ、この映画は。
俗に言うチートとしか言えない才能なのだが、あそこまで堂々と胸を張ってやられてしまえば、観客としては痛快に思うしかなかった。敵からすれば最悪だけど。
普通こんな能力を持っていたら物語はさぞ盛り上がらなかったであろうが、ロード・ディアーチェという暴力的な華が見事に演出してしまっている。
もしも俺がこの物語の主人公であんな才能を持っていたら、この映画は恐ろしいほどつまらなくなっていただろう。
――とはいえ。
「あんな子が自分の娘だったら、さぞ誇らしいだろうな」
『ふふん、そうであろう我が父よ』
『えっ、パパがどうかしたの?』
『むっ、すまぬ。何故か父に褒められたような気がしたのだ』
レヴィに首を傾げられてディアーチェが珍しく困ったように頬をかいて――それでも堪えきれず、笑みを浮かべる。
驚くほど童女のような、素直な微笑みを浮かべて。
ちなみにレヴィは、敵が全滅した今も床に転がってジタバタしている――大丈夫なのだろうか。
<続く>
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