とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第九十二話
                              
                                
	 
 
 聖王のゆりかご上腕部。全てを見通せる高き場所に、イリスというこの物語の悪役が君臨していた。 
 
薄紅色に満たされた瞳は苦痛に染まり、血に濡れた髪は憎悪に揺れて、赤の色彩に彩られたドレスは怒りに燃え上がっている。 
 
美しく繊細で、儚げな印象の少女。ミッドチルダという世界を狂乱に陥れたテロリストは、たった一人の友達を憎む悪鬼と化していた。 
 
 
大いなる頂で苦痛に喘ぐ少女の元へ、アンブレイカブル・ダーク――砕け得ぬ闇の異名を持つ少女が舞い降りる。 
 
 
『見つけましたよ、イリス。もう逃げられませんし、逃しません』 
 
『逃げる……? 馬鹿言わないで、何であんた相手に逃げなきゃいけないのよ!』 
 
 
 ユーリの魔法攻撃が直撃したのか、イリスの声色は痛みに染まっている。それでいて憎悪は微塵も消えておらず、ユーリが相手でも眼光は衰えない。 
 
一心に憎悪を浴びせられても、優しき少女の瞳は揺るがなかった。己の罪を自覚しているのか、己の罰を受け入れているのか、その両方なのか。 
 
聖王のゆりかごとイリスを同時に相手しても、ユーリは尚優勢であった。激しい攻撃に晒されても、彼女の鉄壁な防御力は撃ち抜けない。 
 
 
実力の差は明らかではあるが、イリスの技術力もまた卓越していた。 
 
 
『そうですね、お互い引き返せない所まで来てしまいました。わたし達はもう逃げることは許されない』 
 
『だったら、死んで償いなさいよ。あんたのせいで、あたしは全てを失った』 
 
『いいえ、貴女にはまだわたしがいます。全てを失ってはいません』 
 
『図々しく、友達面しないでよ。あたしを裏切ったくせに!』 
 
『これ以上言い争うつもりはありません、貴女はもう分かっているから――気分は、どうですか?』 
 
『はぁ……?』 
 
 
『お父さんを失った気分はどうですか、と聞いているんです』 
 
 
『っ……さ、最高よ。あんたから大切な人を奪ってやったんだから!』 
 
『なるほど、確かにとても嬉しそうな顔をしています――泣きたくなるほどに、嬉しいんですね』 
 
『――えっ』 
 
 
 怒りに満たされて、憎しみに染まって――彼女は笑いながら、泣いていた。 
 
 
オルティアという女性より指摘された、真実。ユーリ・エーベルヴァインが裏切り者ではないのだと分かった彼女は、彼女の父親を全ての根源として憎んだ。 
 
殺したくなるほど恨んで、気が狂いそうになるほど怒って、あらゆる全てを費やして徹底的に陥れた。その挙げ句に大切な家族の手によって、男は消滅した。 
 
復讐は、果たされた。そして、その後は何もない。だからユーリに憎しみを向け、怒りをぶつけるが――それ以上の悲しみが、彼女を襲っている。 
 
 
ユーリより静かな表情で指摘を受けて、イリスは顔を青褪めて両手で覆った。 
 
 
『そ、そうよ、あたしは嬉しい、嬉しいんだから……ユーリの大切な人を奪って、あたしから全てを奪った男を殺してやった。 
嬉しい、嬉しい、嬉しい……うっ……ゲホ、ゴホ、オエエエエエエ……』 
 
 
 髪の毛を掻き毟って哄笑しながら、イリスはのたうち回る。復讐に邁進していた少女に残されたのは、重い罪だけだった。 
 
罪には罰が必要だが、裁いてくれる人はこの世にはいない。ユーリ・エーベルヴァインは裏切り者であり、友人であって、断罪者ではないからだ。 
 
エルトリアの技術で製造された少女は心が乱れて、自己崩壊に陥りつつあった。 
 
 
『貴女は優しい人なんです、イリス。誰かを憎しみ続けるには、あまりにも優しすぎた。復讐は決して善ではないけれど、悪でもないのです。 
お父さんは分かっていなかったとオルティアさんが言っていましたが、わたしは貴女のことだけはきっと分かっていたと思うんです。 
 
だからお父さんはリインフォースさんを斬る決意はしても、貴女を最後まで斬ろうとはしなかった』 
 
『……同情なんて、ごめんよ。法術使いは、わたしの敵だわ!』 
 
『はい、お父さんは徹底して貴女の敵であり続けた。貴女を決して肯定せず、それでいて否定もしなかった。 
ずっと貴方と向き合い続けてくれたんですよ、わたしのお父さんは』 
 
『ハァ、ハァ、ハァ……くっ!』 
 
『まだ間に合います。お父さんを闇の書の夢から解放し、リインフォースの洗脳を解除してください。 
わたしと一緒に世界中を回って、謝り続けましょう。お父さんと一緒に世界中を相手に、罪を償い続けましょう。 
 
わたしを憎んでもいい、お父さんを怒ってもいい――もう終わりにしましょう、イリス』 
 
『――今更』 
 
 
 イリスは、顔を上げた――涙を途方もなく、流しながら。 
 
彼女は、微笑んだ。 
 
 
 
『許される訳、ないじゃない』 
 
 
 
 エルトリア再生委員会が開発した、「IR-S07」という名称の生体テラフォーミングユニット――彼女は、自分の腹を貫いた。 
 
まるで人間のように血反吐を吐いて取り出したのは、彼女における臓物。彼女の全てである、遺跡の石版であった。 
 
彼女の本体が輝き出したのを見て、ユーリは彼女の狙いを悟って飛び出す。急激なエネルギーに満たされた石版は、灼熱の光に満たされる。 
 
 
ユーリが必死の形相で手をのばすよりも早く、イリスの石版は聖王のゆりかごに突き刺さった。 
 
 
『わたし自身をメインユニットに組み込んで――』 
 
『――聖王のゆりかごと一体化してまで戦うつもりですか!?』 
 
 
 映画としてはありがちな結末、正義のヒーローに諭された悪役が自らの罪を悔いて自殺。悲劇のヒロインは己の罪を悔いて、無理心中を図る。 
 
ユーリというヒロインの説得は、成功した。彼女が行った行為は、正しかった。そして彼女が犯した間違いは、その療法を成立させてしまったことだ。 
 
ユーリが成功したのであれば、イリスは失敗する。ユーリがどこまでも正しいのであれば、イリスはどこまで行っても間違っている。 
 
 
その二つが成立してしまうと、彼女が向かうべき結末は死でしかありえなかった。 
 
 
『やめなさい、イリス。そんな真似をしたら、貴女の自我が消えてしまう!』 
 
『キリエを騙して、法術使いを殺したのよ。今更やり直せるはずがない!』 
 
『わたしが、貴女のお父さんを殺したからです。わたしのせいで、貴女を苦しめてしまった!』 
 
『ユーリが泣きそうな顔してる……あはは、なんであたし――こんないい子ちゃん、疑ってたんだろう』 
 
 
『そんなことは、絶対にさせません。うう、お父さん……どうしたらいいの!』 
 
 
 イリスの本体である石版が、聖王のゆりかごに沈んでいく。このまま一体化すれば、イリス本人がゆりかごの一部となってしまうだろう。 
 
イリスがゆりかごと一体化すれば、彼女による制御が行われる。古代ベルカ最大の脅威の全てが制御可能となれば、イリスは世界を滅ぼす兵器となってしまう。 
 
彼女本人の精神が消えれば、彼女の罪はある意味で消える。この空前のテロ事件も終幕となり、映画はエンディングを迎えるだろう。 
 
確かにそれで事件は解決するかもしれないが、うーむ―― 
 
 
――うん? 
 
 
『おとーさん』 
 
 
 混乱するユーリの背中で、ナハトヴァールと呼ばれた無邪気な少女がまた画面越しに俺を見つめている。 
 
先程は満面の笑顔で手を振ってきたが、今度は悲しそうな顔をして俺に訴えている。だから、ホラー展開はやめろ。 
 
まるで俺に助けを求めているかのように、小さき少女は俺を見つめ続ける。えっ、もしかしてこのテレビ、視聴者の声を聞いてくるのか。映画なのに? 
 
テレビなら視聴者アンケートとかある番組はあるけど、前もって製作された映画でそんなものあったら怖すぎる――うーん、でも明らかに俺を見ている気がするしな。 
 
 
記憶がない俺に、どうにかしろとでも言うのか。うーん、確かこの映画に登場するキャラクターの設定によると…… 
 
 
「お前が石板を食べて、再構成すればいいんじゃないか」 
 
『はーい!』 
 
 
 はいって言った!? 今絶対、はいと言ったよな!? 
 
恐る恐るテレビに向かってつぶやくと、ナハトヴァールは大喜びで頷いて、ユーリから飛び降りて駆け出していった。 
 
視聴者である俺が呆然としている中、ナハトヴァールはゆりかごに組み込まれそうだった石板に向かって大口を開ける。 
 
 
何をしようとしているのか分かったイリスは、慌てて止めようとするが―― 
 
 
『ちょっと待っ――うきゃああああああああああああああああああああああ!』 
 
『ガブガブガブガブ』 
 
『イタタタタタタタタタタ、ちょっと齧らないで!?』 
 
『ゴクン』 
 
『ぎゃあああああああああああああ、飲まれるぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』 
 
『ペッ』 
 
『ガクッ』 
 
 
 石板をガッツリ飲み込んだナハトヴァールはもぐもぐと堪能して、やがて自分の体内から薄紅色の少女を吐き出した。 
 
無限再生機構である彼女に飲み込んで消化された石板は再構成されて、新しき肉体となってこの世に生み出されたのである。 
 
それはまあいいのだが、肉体については原型を維持したままにしたのか、一度体内に飲み込まれたイリスは唾液まみれで転がっていた。 
 
 
あまりにも酷すぎる光景に、ユーリは倒れ伏したイリスに呼びかける。 
 
 
『えーと……生きてます?』 
 
『いっそのこと、ころして……』 
  
 
 イリスとユーリ、二人の因縁についてはこれで決着となった。 
 
感動的なエンディングは台無しになったが、悲劇的な結末は回避された――のだが。 
 
 
あまりにも酷いストーリーの顛末に、俺はもし視聴者アンケートがあれば「B級映画」と書いてやろうと誓った。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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