とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第八十三話
紅の鉄騎をのろうさに、烈火の将をザフィーラに任せて、俺はあくまでリインフォース目掛けて突撃する。足止めにはならず、リインフォースが苦々しい顔をしているのが見えた。
守護騎士達の量産型群体は本物同然の容姿だが、のろうさやザフィーラに躊躇した様子はない。双方の戦いぶりは、ほぼ互角。
単なる容姿だけではなく、実力までコピーされている。本物とニセモノでは魔力の差はあるのだが、高度に再現されているので即座には鎮圧できないようだ。
戦場に鳴り響く壮絶な武器の激突音を背に、俺はリインフォースと向かい合った。
「量産型群体は、マリアージュを素体とした人型増殖兵器だ。闇の書のデータを元に、フォーミュラによって製造されている」
「蒼天の書は既に改竄されていて、闇の書に関するあらゆるデータは白紙となっている筈だ。何故再現できている」
「守護騎士達のデータは保管されている。お前のツメの甘さが招いた事態だ、法術使い」
――全てを白紙としたのであれば守護騎士達の再現は不可能であったと、リインフォースは物語る。嘲笑的に語っているが、語り部は悲哀に満ちていた。
自分の甘さが招いたことだと言われたら、その通りだとは思う。守護騎士達は出会った当初、自分を敵だと言っていた。闇の書を書き換える危険な要素であると、訴えていた。
敵対していた彼女達を丸ごと法術で消せば、敵を増やさずに済んだ。あらゆる敵を斬り続けていけばそれでいい、剣士としての本懐はその点には確かにあるのだろう。
別に否定するべきことでもないので、普通に頷いておいた。その通りだからだ。
「それがどうした」
「何……?」
「敵が増えることになろうとも、味方を増やしていけばそれでいいだけだ。目の前にある現実をよく見ろよ」
「お前の甘さで、その味方を危険にさらしているぞ」
「もう一度言うぞ、それがどうした。あんなニセモノに、あいつらは負けない。注意をひこうとしても無駄だ、リインフォース。
俺は絶対に、お前から目をそらさない」
敗北だけは絶対ありえないと彼らに背中を任せ、俺はリインフォースに斬りかかる。無感情に切り捨てる徹底ぶりに眉をしかめつつ、リインフォースは黒き翼を広げた。
表から馬鹿正直に斬ると敢えて見せかけると、リインフォースは剣を自分の翼に引っ掛けて避けようとしてくる。この一連の行動は全て、イメージ通りであった。洗練されていると言っていい。
リインフォースの身体が降りてきて面が空いたので、翼を越えるように手首を使って回してから表を逆打ち。相手の喉元までおりた状態から、切っ先を送り込む。
突き刺せばほぼ即死の引き面だが、危機を感じたリインフォースは地を蹴って俺を足刀撃ち。引き締まった太ももが、俺の頬にぶつかった。
「裏からの引き面には表に回す引き面もあるんだぞ、リインフォース」
「鍔迫り合いに持っていくつもりか!?」
頬にぶつかった瞬間剣を跳ね上げて、少し斜めからはたくようにして打つ。直接打ち込むので切れ味は鈍いのだが、威力が確実に生まれる荒業である。
芯の通った一撃に太腿を痛めたリインフォースは苦痛に顔を歪めて、魔力弾を発射。俺の剣が肩の方に降りた隙を狙った連弾に、俺は舌打ちしながら距離を置いた。
リインフォースは手足の長さだけではなく、綺麗な長身の美人。体捌きは可憐そのもので、近距離戦も熟知している。非常に手強い相手だった。
剣においても大事なのは、こういう「間」の取り方である。単純に前へ踏み込むことではなく、打つタイミングを決して間違えないようにしなければならない。
「アイゼンゲホイル」
「空間攻撃で、間を取らせないつもりか!?」
直接的な攻撃力はないのだが、閃光と音による瞬間的なスタン効果を目的とした空間攻撃は剣士にとっては致命的であった。防御も回避も困難なのである。
範囲内の対象の視覚と聴覚を一時的に奪われてしまうので、切り払うしか出来ない。即座に動いて剣を振るが、レーダージャミングの効果が働いて対象を見失ってしまう。
リインフォースより生成された衝撃弾は、彼女が起爆を命令することで効果が発生する。術者自身は球状バリアで守られているため、影響を受けないという理不尽ぶりである。
ならばこっちも本腰を入れるまでだ。
「御神流、基礎乃参法"貫"」
基礎乃参法は全ての技の基本となる動きの一つで、防御を掻い潜って攻撃を届かせる為の技法である。
閃光と音による空間攻撃であろうとも、そこに敵がいるのであれば御神流は対応できる。相手が居る以上呼吸を行っており、視線はこちらに向けられ、間合いは感じ取れるのだから。
相手の動作を読んで衝撃弾を斬りさばき、相手の殺気を感じ取ってアクセラレイターで急接近し、相手が感知できるこちらの気配を考慮して――
相手に死角を作らせる、これこそが"貫"と呼ばれる身体運用法である。
「引き小手」
「ぐっ……!」
そのまま押して面を斬ると見せかけて、相手が慌てて避けたようとしたところへ小手へと撃ち込んだ。生命の剣が輝いて、闇の書を持つリインフォースの手が斬られた。
まさか手元を斬られると思っていなかったのか、手元から夥しい血を流してリインフォースが悲鳴を上げる。スタン効果も解除されたので、俺はすかさず回し蹴りを放った。
目元を思いっきり蹴られて、リインフォースは眼球を傷付けて血を流す。同情なぞ全くわかなかった、洗脳されていようと俺はこいつを絶対許さない。
たたっ斬るべく剣を振り下ろすと、リインフォースは血を流しながらも魔導書を展開する――むっ!?
「"量産型群体"、風の癒し手」
「シャマル――回復魔法か!?」
仲間のバックアップやサポートに一流の才覚を示す、湖の騎士。守護騎士ヴォルケンリッターの一員により、手首の深手が回復されたのが分かる。
ニセモノなのでシャマルほどの魔法技術はないはずだが、逆説的にリインフォースが再現しているのだろう。ようやく与えた傷を回復されて、舌打ちするしかない。
それでも負けずと攻撃を加えようとするが、風の癒し手が旅の鏡を展開するのが見えた。特殊な転送魔法を使われると、剣士である俺は不利に追い込まれてしまう。
旅の鑑をまず叩き割ろうとしたその時、背後から猛然とした拳が押し寄せてきた。
「竜爪拳、火炎竜王」
――風の癒し手が展開した旅の鏡が、人外を模した夜の王女の一撃によって破壊される。
魔龍といった人外との戦闘を通じて得た経験、異世界ミッドチルダで俺と肩を並べて戦った歴戦の少女が降臨。麗しき黒のドレスを着て、湖の騎士と相対している。
恐るべき攻撃を見せつけながらも俺を守った月村すずかの表情に変化はない、かと思いきや、風の癒し手を目の当たりにした彼女は視線を鋭くしている。
彼女は俺には目をやらずに、告げる。
「この場はお任せ下さい、剣士さん」
「――妹さん」
「シャマルさんは私に貴方を任せて下さいました。嫌われることになっても貴方を助けようとした優しい女性を模するなんて、許せません」
妹さんはあくまで俺を守ろうとし、シャマルはあくまで俺を救おうとした。主義主張の違いというだけで、つい先日シャマルと妹さんが戦闘となってしまった。
お互いに、恨みはなかった。ただ単純に、悲しみがあった。目的は同じであるはずなのに、戦わなければならないのは何故なのか。きっと、最後まで分からなかった。
結末はやり切れないものに終わり、それでも妹さんは逃げなかった。拳を震わせながらも、俺を守るためにこの子は戦場に残ったのだ。
心を殺してまで家族を救おうとしたシャマル、その偽物を前にして妹さんは初めて怒りを見せている。
「シャマルは、妹さんを恨んではいないよ」
「はい」
それだけを言い残して、俺はその場を後にする。風の癒し手は空間攻撃を炸裂しようとするが、妹さんがギアを発動させて食い止めている。
あの時の再現であるが、本物ではなくニセモノを相手にした妹さんに躊躇はない。夜の一族の血を脈動させた妹さんは人外の強さを発揮して、守護騎士相手に奮戦している。
大地を振動させる戦闘を背後に、俺は地を蹴って上空へと舞うリインフォースに斬りかかる。ブラッディダガーが炸裂するが、二番煎じは通じない。
血の刃を敢えて一本手にとって、即座に投げ返す。特に問題なくリインフォースは払い落とすが――
「それは俺が『この手で触れた』刃だぞ、リインフォース」
「なに……?」
「ヴァリアントシステム、起動」
払い落とそうとブラッディーダガーに触れたその瞬間――ダガーが木っ端微塵に分解されて、リインフォースの手首が吹き飛んだ。
ヴァリアントシステムとは、無機物の形状を自在に変化させる技術である。ブラッディーダガーを『解析』した俺は、ヴァリアントシステムを起動させて派手に分解した。
魔導殺しと呼ばれる技術だが、アミティエやキリエほど優れた操作は行えない。けれど俺は彼女達から徹底的に教育を叩き込まれて、猛練習して技術力を磨き上げたのである。
回復したばかりの手首が弾け飛んでリインフォースは呆然、手にしていた蒼天の書が手首ごと離れていった。
「ニセモノばかり作りやがって、いい加減返してもら――ガッ!?」
手首ごと宙を舞う蒼天の書に手を伸ばした途端、全く明後日の方向から側頭部に攻撃を食らって俺は墜落する。
意識が飛びそうになるが歯を食いしばって耐えて、地面に着陸する。クラクラしながら上空を見上げて、俺は目を見開いた。
リインフォース、じゃない。彼女本人は失われた手首を押さえて、激痛に震えているのが見える。大体、攻撃は全く別の方向から飛んできた。
上空には――蒼天の書を手にした、仮面の男がいる。
「何のつもりだ、リーゼロッテ!」
「『闇の書』を回収させてもらった」
新たに参戦してきたのは味方ではなく、味方ヅラをしているだけの仮面の男に扮した人間。
変身魔法を自在に駆使できる実力者、リーゼロッテが得意げな声を上げて俺を見下ろしている。
その手には――ギル・グレアムが大望していた闇の書があった。
<続く>
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