とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第八十四話
時空管理局は次元世界における司法機関であり、異世界ミッドチルダを主として幾つもの管理世界が共同で運営している組織である。
以前説明を聞いた時は警察と裁判所が一緒になった所なのだと漠然と想像していたが、各世界の文化管理や災害救助等といった幅広い活動を行っている。
特に次元世界の崩壊を招くロストロギアについては最優先で対処しており、現場を指揮する管理局員には高い判断能力が求められているのだ。
だからこそ本局と地上本部の間ではリアルタイムで報告や指示が出来ないような場合も多々あって、現場の判断に委ねられる場合が多い。
「本作戦は聖王教会と時空管理局合同で展開しており、最高責任者は俺だ。地上本部のレジアス中将とは話がついている。どういう了見で作戦を妨害するんだ」
「聖王教会より奪われたのは聖典の書とされているが、作戦展開中に闇の書だと判明された。本局より出向する身として、現場判断を優先したまでだ」
「奪還間近だった俺に攻撃しておいて何言ってやがるんだ、お前は」
「何しろ危険極まりないロストロギアだからな、つい勇み足で動いて貴方に当たってしまったんだ。決して他意はない、こうして無事に奪還できた」
「だったらよこせ、こっちで管理する」
「勿論返却しよう。作戦終了後、本局で徹底した検査や分析を行った後で」
"実力行使に出て下さってかまいません、隊長。明らかに本局側の独断であり失態です、レジアス中将ならここぞとばかりに責め立てるでしょう。
私も本局側に伝手はございますので、交渉は十分に可能です"
整然と述べているリーゼロッテには気の毒だが、念話を通じてうちの副隊長が恐ろしいことを冷静沈着に言っている方が怖かった。
本局の失態となれば、確かにレジアスは我が物顔で派手に騒ぎ立てそうではある。
昔は権力とか嫌っていたというのに、いつの間にか行使する側になっている自分の人生が分からない。
「その魔導書は聖王教会で厳重に管理されていたものだ、こちらに返却するのが筋だろう」
「蒼天の書であればその通りだが、これが闇の書だと判明した。『本局に所属する私が』奪還した魔導書なのだから、まずは本局で分析するのが当然だろう。
何も返却しないとは言っていない、危険かどうか調べるだけだ」
……こいつ、横取りしておいて何言ってやがる。どうせあれこれ理由をつけて返せないつもりなのは明白だった。
強引な理屈ではあるのだが、質疑応答に対応出来ているのは事前に想定していた為だ。本局の権力をリーゼロッテが行使出来るとは思えないので、グレアム提督が背後から主導しているのだろう。
蒼天の書が闇の書であることは以前からアリサが根回ししていたので、グレアム提督やリーゼロッテはこの瞬間を以前から狙い撃ちしていたのだろう。
合法的に奪還出来るこのタイミングを、虎視眈々と狙っていたのだ。
「あのな……聖王のゆりかごが奪われて今、世界の危機に陥っているんだぞ。時空管理局と聖王教会が協力して事件解決に挑むこの時に、お前らはあくまで闇の書なのか。
人命どころの話じゃない、世界単位で起きている危機なんだぞ。恥を知れ、リーゼロッテ」
「今更正義を語るつもりか、宮本良介。お前とて、望みはあくまで自分と仲間達の安全のみだろう。この魔導書を闇の書だと知りながら、お前は危機管理を行わなかった。
この魔導書が蒼天の書と偽装されていたのは、あのイリスという犯人が語っていた法術という能力だな。我々を欺いていたんだろう、お前は」
「……」
「クロノも……リーゼアリアだって、ずっと騙していたんでしょう。アタシは絶対に、あんたを許さない。あんたこそ、恥を知りなさい!」
本局所属で極秘任務につく仮面の男ではなく――最後は、自分の家族を思うリーゼロッテとして俺を糾弾する。
たしかにあいつの言う通り、俺は今までずっと闇の書のことを隠していた。危険な代物であることを知りながら、はやて達を守りたい一心で打ち明けなかった。
法術で改竄した結果、安全な蒼天の書となったのはあくまで偶然の産物だ。ナハトヴァール達が誕生する副産物として、闇の書が白紙となっただけにすぎない。
こいつがあれこれ言うのは、確かに分からんでもない。
「あんたには絶対、渡さない。念入りに調べ上げて、この魔導書は封印してやるわ。ロストロギアだもの、当然でしょう」
「なるほど、本局の権限と時空管理局の正義を盾に強奪するつもりか」
「あんたにアタシを批判する資格も、邪魔をする権利もないわ!」
「確かに俺には何の権利も資格も無いな、俺には」
「? 何が言いたいのよ!?」
「お前やグレアム提督の行動を――アリサが想定していないとでも、思ったのか」
「アリサ……? あの子が何――きゃっ!?」
――闇の書を掲げて批判していた仮面の男の側頭部に、横から豪快に蹴りを入れる仮面の男。
双子かと見間違うほど似通っているもう一人の仮面が攻撃、愉快な悲鳴を上げて墜落するリーゼロッテの手から闇の書が離れて宙を舞う。
そのまま即座に奪い返そうとするが、状況を伺っていたリインフォースが一瞬早く手に取って離脱してしまう。ちっ、抜け目のない奴だな。
結局元の鞘に収まってしまったが、このまま本局に持っていかれるよりはマシだろう。地面に不時着したリーゼロッテは、顔を上げる。
「な、何のつもりよ、アリア!」
「――私は子供の味方、仮面のヒーローである。断じて、リーゼアリアなどという名前ではない」
「そんなんでトボけられる筈ないでしょう!? これは明白な裏切り行為だわ、本局の行動を妨害するなんて!」
「あなたこそ、ナハトヴァールの父親の行動を妨害した。あの子を悲しませる行為は、私が許さない」
「なんて第一価値基準があの子一辺倒なのよ、あんたは!」
リーゼロッテと同じ変身魔法を行使するリーゼアリアが、戦場に参戦。家族であろうと、躊躇なく蹴りを入れるのは流石の一言であった。
猛然とリーゼロッテが抗議するが、リーゼアリア本人は涼しい顔。ナハトヴァールの為ならば何をやろうと正義だという姿勢は、徹底されている。
このままでは埒が明かないと踏んで、リーゼロッテが俺を指差した。
「こいつは、アリアを騙していたのよ」
「何も騙していないわよ」
「話は聞いていたでしょう。この蒼天の書は元々闇の書であって――」
「知っているわよ」
「は……?」
「知っているわ、アリサが全部私に教えてくれたから」
――だから、言っただろう。リーゼロッテやグレアム提督の行動を、アリサがきちんと想定していたのだと。
以前リーゼロッテが監視していたことが発覚して、アリサは今後のグレアム派の行動を正確に予想していた。だからこそ、あいつは大局を見据えて行動していたのである。
まず蒼天の書が闇の書である事をクロノ達に分析させた上で証明し、蒼天の書が安全な代物である事を前提とした上で、アリサはリーゼアリアに真実を告げたのだ。
法術のことも当然教えたし、ナハトヴァールが生まれた経緯も正確に説明した――つまり、リーゼアリアは全て知ったのである。
『もしもグレアム提督やリーゼロッテに蒼天の書が渡ったらそのまま封印されて、ナハトヴァール達に問題が生じるかもしれない。あんたはどうする?』
『渡す訳がないでしょう、アリサ達に味方するわ』
『……家族を裏切らせる羽目になって、本当にごめんなさい。
打ち明けるべきかギリギリまで悩んだんだけど、良介の子供を可愛がってくれる友人にこれ以上嘘はつけなかった』
『何でもっと早く話してくれなかったのよ。私だって、貴女を友達だと思っているんだから』
『ありがとう、本当に。こんな事になってしまって、あたしは……』
『泣かないで、優しいアリサ。大丈夫、裏切ることにはならないわ。だって――』
「私は、大切な人を守るために戦う。ナハトヴァールも、そして貴女やグレアム提督も!」
「あの人の邪魔をしているくせに、何を言っているのよ。分かっているでしょう、あの人の悲願は――」
「悲願はもう、叶えられている。ロッテや提督が、現実から目をそらしているのよ。
自分達以外のやり方で闇の書が浄化されたことが、受け入れられないだけだわ!」
「っ……提督のやり方が、正しいのよ。あの男やあんたが、間違っている!」
咆哮を上げた瞬間、リーゼロッテの変身が砕け散った。仮面が取れて素顔が見える――涙を滲ませた、悲しい表情が。
リーゼロッテの素顔を目の当たりにして、リーゼアリアも変身を解いた。彼女は泣いてこそいなかったが、やはり哀しそうだった。
お互いに、分かってはいるのだ。分かってはいるが、止められない。今更もう、後には引けないのだ。
リインフォース、あいつもまた同じだろう。何としても、俺が止めなければならない。
「この馬鹿は、私が殴ってでも止める。あなたは、闇の書とマスタープログラムを何とかしなさい」
「分かった、ありがとう」
「私はあくまでアリサとナハトヴァールのために戦うだけ、貴方は自分の事に集中しなさい!」
「俺が礼を言ったのは、アリサやあの子と友達になってくれたことだよ」
「ふふ、ならどういたしましてと言っておくわ。さあ、行って。これでも、貴方のことだって信じてあげているんだから。
そして――」
最後に彼女からの言葉を聞いて――返事はしなかった、必要もないだろうし求めていないだろう。俺は一つ頷いて、生命の剣セフィロトを手に駆け出した。
死にものぐるいで俺を止めようとリーゼロッテが拳を振り上げるが、リーゼアリアが立ちはだかって止める。技量は完全に互角、故に戦局は硬直してしまう。
駆け出した先は、闇の書を手にしたリインフォース。分解された手は再構成されているが、数多につけた傷までは修復されていない。流石にそれほど時間の猶予はなかった。
闇の書が、展開される。
「"量産型群体"、蒼き狼」
守護騎士ヴォルケンリッターの一員で、盾の守護獣と呼ばれる強敵。獣モードと人間モードの2形態を使い分けているが、獣人の男性として製造される。
魔法戦においては防御面に徹することが多いが、近接格闘に長けた男である。あのアルフと同格かそれ以上であり、ニセモノであれど圧倒的な強さを誇るだろう。
リインフォースを守るように立ち塞がった戦士は、俺の接近を見て、一気に駆け出して距離を詰める。その隙にリインフォースが、巨大な魔法を構築し始めた。
かつて、俺はアルフに殺された。そのアルフ以上の強さであるこの男を相手に――
「御神流奥義之壱『虎切』」
切り裂いた。
肩口から斜めに切り裂かれて、ザフィーラの胴体が地面に落ちる。そのまま何も言うことなく、盾の守護獣は砕け散って消えた。
御神における、抜刀術の一つ。抜身ではあるのだが、奥義の理念を知っていれば、このように守護騎士のニセモノであれば斬れる。
この奥義は、鞘走りによる速度で斬撃を放つ抜刀術。その速度をアクセラレイターによる体捌きで行えば、見ての通り斬れるのだ。
守護騎士の一人が瞬殺されて、リインフォースが信じられないと言った顔を見せる――俺は、先程のリーゼアリアの言葉を思い出した。
『そして――闇の書の悲劇を、終わらせてきて』
リーゼアリアにとっての悲願、生きる理由であった筈の理念を彼女は俺に託した。
信念を持った一人の女性に託されて、奮い立たないようでは男ではない。いや、人間ですらない。
冷徹非情な剣士であっても、人の情を持って戦う事だって出来る。
「ニセモノは俺に通じないと、分かったか」
「くっ……!」
――過酷な現実を目の当たりにして、リインフォースも考えを改めたのか、再び自身の魔力を活性化させる。黒い翼を広げて空を飛ぶその姿は美しく、強大であった。
俺も剣を手にして、アクセラレイターを起動。両者は激突して火花を散らし、ぶつかり合いながら戦場を燃え上がらせる。
一方――ユーリとイリスの戦いも、新しい局面を迎えていた。
<続く>
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