とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第七十二話
巨大要塞が襲来した第3管理世界ヴァイゼンの事後処理、特務機動課の最大支援者である時空管理局と聖王教会への報告会議、CW社オーナーのカリーナが率いるカレイドウルフ商会との打ち合わせ。
イリスとの密会を終えた俺は寝る間も惜しんで各方面への義理や義務を果たし、自分が行った作戦に対する責任を果たした。大規模な作戦ともなれば、成功しても大変である。
三日間は食事どころか休憩時間もない忙しさだったが、言い換えると激務を三日で終わらせられたのは優秀極まりない副隊長のおかげだった。どの方面にも融通がきいて、完璧に管理してくれている。
おかげで二人仮眠室で一緒のベットで雑魚寝する日々を過ごし、上司と部下どころか男女の垣根も越えつつあった――軍隊とかだと、そんなものかもしれないが。
「お疲れ様です、隊長」
「……どれくらい寝てた?」
「三時間ですね」
「俺とほぼ同じハードスケジュールなのに、お前の疲れた顔を見たことがないんだが」
「隊長の副官となり、日々充実しておりますので」
薄暗い仮眠室であるというのに、俺の寝顔を覗き込むオルティアの美貌に陰りはない。会議を終えて倒れるように一緒に寝た筈なのだが、寝ぼけた顔を全く見せていない。
忍あたりならば冗談に受け取れる発言も、オルティアなら心から言っている事が伺える。起きた途端に信頼を見せつけられて、目が冷めてしまった。美人の好意は、心臓に悪い。
洗面所で顔を洗うと白いタオルを渡され、寝癖を整えると服装を仕立ててくれる。腰を下ろすと日本茶を渡され、ようやく目が覚めたところで書類を渡された。
無駄な手際の良さに、毎度感心させられる。多分、自分の奥さんでもここまで大層に扱ってくれないだろう。英国美女のヴァイオラは日本贔屓なので、その限りではないが。
「隊長としての義務はほぼ果たしたと思うんだが、まだ何か残っているか」
「特務機動課の予算編成見直し案は可決しましたし、管理局及び教会の両組織からの増員計画は受理されました。
シュテルさんのフォートレスを始めとしたCWシリーズによる成果にレジアス中将及びカリーナオーナーは殊の外お喜びで、現在ミッドチルダ並びにベルカ自治領でお二人自ら喧伝されておられます。
魔導殺し対策の新兵器は法的にグレーではあったのですが、民衆からの厚い支持を受けて法整備が異例の速さで行われています」
「便乗するのが早すぎるだろう、あいつら」
「機を見るに敏でなければ、成功者にはなれません。未曾有のテロ被害を恐れていた民衆も、我々の活躍により信頼と実績を取り戻して歓喜に湧いています。
特務機動課への入隊希望も後を絶ちませんが、両組織が厳密に選抜しております。ティーダ分隊長も尉官の階級を授与されていて、ご家族のティアナさんが泣いて喜んでいました。
隊長に直接お礼を言いたいと、毎日熱烈に私を訪ねて来ていますよ」
「うーむ、まさかこの俺が子供に好かれる日が来るとは」
「隊長は、シュテルさん達に愛されているではありませんか」
「あいつらはむしろ親離れするべき」
俺が仮眠している間にも、世の中は猛烈な速度で突き進んでいる。イリスとの密会も今後のテロ被害を防止できたという意味で大きな価値はあったらしく、オルティアが丁寧に説明してくれた。
口約束であって休戦協定を結んだ訳ではないのだが、まず間違いなくあいつはもうテロ行為は行わないだろう。他でもないユーリとの約束だ、復讐を果たす為にも余計な真似はもうしない。
ただそれはあくまで俺達の認識でしかなく他の連中は懐疑的に見て当然なのだが、まず真っ先に副隊長であるオルティアがすぐ納得して、主だった面々を説得してくれたのである。
黒幕と密約したからもう大丈夫と言っただけで、さすが隊長ですねの一言で感心するこいつもどうかと思う。
「世界を派手に盛り上げるのはあいつらに任せるとして、俺達のするべき事は一通り終わったか」
「此度の成功を受けて、特務機動課に隊舎が与えられる話が出ております」
「この事件を解決するための部隊なのに!?」
「ほぼ間違いなく、事件解決後も部隊は存続となるでしょう。先程も説明いたしましたが、来季の予算増額案も可決いたしましたので。
隊舎についてもCWシリーズの開発やアインヘリエルの研究も含めて、最新設備が整えられた大規模施設を建造中です。
私の方で建造計画を進めておりますが、隊舎の中心である隊長室について図面を最終確認していただきたいのです」
「……たかが数日で何故図面まで出来上がっているんだ。どれどれ――あれ?」
「何か問題でもありますか、隊長」
「俺とあんたの部屋が隣接しているのはいいとして、肝心の隊長室と副隊長室の間に壁がないんだけど」
「何故必要なのでしょう」
「何で当然のように聞き返すんだよ! 他の部署はきちんと間取りされているじゃないか」
「私と隊長との間にもう壁はないと思っていたのですが、認識が違っていましたでしょうか」
「心の距離ではなく物理的な距離感を言っているんだ、俺は。部屋の意味がまったくないぞ」
「そのような事はありません。わたしと隊長が二人で仕事をする際の機密は守られます」
「部屋割をきちんとしなさい」
「先日まで民間人だった隊長が、部隊長の仕事を一人で行えるのですか?」
「……」
「私は隊長が隣りにいても何も気になりません。他になにかご意見は?」
「ありません」
「はい、では受理願います」
やめた、無駄な抵抗である。何を言っても自分に素直な意見で返されたら、捻くれ者が叶うはずがない。受理印を押して、オルティアの好きなようにやらせる。職務熱心なので間違いはない。
それにしても隊舎まで与えられるとは、この部隊も大きくなったもんだ。一時はどうなることかと思ったのだが、予想を超えて巨大な戦力となりつつある。
成功し続けているとやっかみの声も出てくるものだが、各方面のトップと有効的な関係を結んでいると、話は早くて助かる。出世したものだと、他人事のように感心していた。
ある意味で俺より出世頭な副隊長は結局立身出世の道を断って、部隊に残る選択を行った。
「"聖王"としてだけではなく、特務機動課の隊長として華々しく活躍する貴方との関係を望む声も多く出ています。
捜査官や執務官の推薦を蹴ってまで貴方の副官を続ける私への噂も出ていますね――貴方に取り入って出世しているとか」
「くだらない噂といいたいが、あんたほどの美人ならばそうした声も出てしまうか。息苦しさを感じているなら、いつでも相談してくれ」
「ありがとうございます。貴方との関係が噂になっているのであれば、他からお声がかかることもなくなりますので望むところです。ご心配なく」
これほどの女傑でなければ、傭兵団の長なんて務まらないか。騒ぎ立てる声も俺との関係であれば望ましいとまで言い切れる胆力は大したものである。
何にしてもオルティア副隊長のおかげで、必要不可欠な責務は全て果たされた。隊舎の建築は後のお楽しみとして、ようやく自分の仕事が行なえる。
業務処理を二人で終わらせて、次なるステップへと移行する。
「惑星再生委員会。黒幕であるイリスより隊長が聞き出した情報について分析いたしました」
――副官であるオルティアにはもうイリスやアミティエ達、そしてユーリ達のことは説明した。調査を行う上で、黙っている訳にはいかなかったのだ。
正直なところ、賭けだった。こいつはレジアス中将の部下であり、時空管理局の人間。ユーリ達の事などを話せば、明るみに出る危険が確かにあった。
全てを説明してどうするのか、率直に聞いてみると――
『私を信頼して下さってありがとうございます、隊長』
『せめて事件が解決するまで、黙っていてくれないか』
『隊長の許可もなく情報を漏らす真似はいたしません。副官として、隊長の元で働き続けます』
俺より極秘事項を打ち明けられて、氷の乙女とまで言われている女性がとても嬉しそうに微笑んでくれたのは印象深かった。
ともあれこの事件に関する隠し事も無くなったので、遠慮なく調べてもらった。彼女が構築する情報網は、遠き惑星に関する情報であれどキャッチ出来るほどに優れている。
ただ、やはり難航はしたようだった。
「惑星エルトリアという別次元の世界に関連する組織である為、残念ながら地上本部には情報がありませんでした。
ですので此度の成果報告の際に取り次いで頂いて、次元世界の海を管理する本局より貴重なデータを頂きました」
「……何故地上の捜査官が、空を管理する空局へのコネを持っているんだ」
本局の貴重なデータとまでいうのならば機密情報なのは間違いないはずなのに、どうやって仲が悪いとされている地上本部の人間に渡せられたのだろうか。
謎の人脈を持っているこいつが怖すぎるが、話が早いので俺としては助かってはいる。よくこれほどの女を敵に回して、聖地の乱を収めることが出来たものだ。
持ち出し禁止のデータを無造作に俺に渡して、報告義務を行う。
「次元世界は広く、類似する環境を持った惑星は沢山あります。惑星再生委員会についても同様の組織は多くあり、精査するのには時間がかかりそうですね」
「まあ確かに、環境問題なんてどこの世界でもありそうだからな」
発見できないのは困るが、さりとて発見しすぎるのも大いに問題だった。どうやら次元世界には世界の環境保全や再生を目的とした組織は数え切れないほどあるらしい。
考えてみれば、当たり前の話である。地球だって環境問題は世界中にあり、世界各国に同じような組織が数多く存在する。オルティアの報告に、俺は溜息を吐いた。
「鍵となるのはやはり惑星エルトリアですので、アミティエさんやキリエさんの協力を得るのが第一です。両名には既に事情を説明し、協力を約束して頂いています」
「話が早くて助かるよ」
「恐れ入ります。ただ、事前に分析いたしました惑星再生委員会に関する本局のデータについても無駄にはなりません」
「と、いうと?」
「生体環境が整わない惑星は次元世界には数多くあるのに対し、テラフォーミングが成功した例は数少ないのです。
管理局や教会と取引を結んでいるCW社のような例外は別にして、環境問題を取り扱うこうした組織は予算に苦しめられます。成果に結びつけるのは大変な事業ですから」
「目的は確かに立派だけど、惑星レベルの環境を整えるというのは国家規模で行わないといけない事業だもんな」
「予算の獲得に困って、犯罪組織と手を結ぶケースは跡を絶ちません。そうした横の繋がりから追っていくことが近道であると提言いたします」
「なるほど、金の繋がりから追う訳か。俺にはない発想だったな、恐れ入るよ」
「隊長と運命共同体となり、私も悪女となってしまいましたので」
「俺が調教したかのように言うな!?」
惑星なんぞという巨大な規模の環境を整えるのに、一組織が頑張るくらいでは解決できない。組織に所属する奴らだって、霞を食べて生きているのではないのだ。
成果を出さなければ支援なんぞするはずがなく、成果を出すのは果てしなく難しいという悪循環。結果として、類似の組織はその大半が予算に苦しんで解体させられたという。
次元世界を管理する本局データによると、環境保全が目的の組織が体制維持に苦しめられて、環境テロに走った例も多数あるようだ。素晴らしいほどの本末転倒である。
そうした生々しい例が多く揃えられているデータが有れば、アミティエ達から話を聞き出す事にも役立つという。
「隊長が眠っている間にお二人と相談いたしまして、惑星エルトリアに詳しいご両親の方にもお話を伺う手筈で進めています」
「えっ、彼女達の両親ともコンタクトが取れたのか!?」
「キリエさんが難色を示されましたが、隊長のコネを使って承諾を得ました。今アミティエさんが故郷に連絡を取られていますので、少々お待ち下さい」
「俺のコネまで容赦なく使って段取りしているお前が怖すぎる」
「隊長のお役に立てるのであれば、どのような手段も用います」
恐らく不治の病に侵されている父親と、同じ病気にかかっている恐れのある母親――は、話しづらい……
確かにご両親の病気を治す最善の処置と惑星エルトリアの環境を再生する手助けをする約束はしているが、具体的な手段については検討中の段階だ。
ぬか喜びされる訳にはいかないが、だからといって現実をありのままいう訳にはいかない。そもそも自分の事は自分で分かっているはず、だからこそ言いづらい。
しかも娘であるキリエがこっちの世界で犯罪を犯しているのだ。色んな意味で、めちゃくちゃ話しづらい。
「いずれ必ず果たさなければいけない義務だと思います」
「それは、分かってはいるつもりだ」
「私も同席いたしますので、責務を果たしましょう。ユーリさんも同席を希望されていますので、よろしくおねがいします」
――そしてうちの娘であるユーリは、主犯であるイリスの父親を殺した疑いがあると来ている。
この面々が集ったら、一体どうなってしまうのだろう。謝罪祭りになるのか、それとも――
キリエさん達のご両親に挨拶するその時が、いきなりやってきた。
<続く>
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