とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第七十一話




『アタシが惑星エルトリアの危険地帯を探索していた時、水質調査の一環で貴女を見つけたの。
水中で眠っていた貴女はアタシと接触した事で目覚めたけど、長く眠りについていた貴女は言葉も満足に話せなかった』


「……法術で初めて実体化出来たとか言ってなかったか、お前ら」

「娘のわたしを疑うんですか!? シュテルが説明した事はすべて本当ですよ、お父さん!」


 横目を向けると、ユーリは涙目になって大慌てで弁明を始めた。俺に疑われたことがよほど悲しかったのか、必死になって言葉を重ねている。うーん、うちの子は可愛いな。

別に疑ってはいない。法術の効果は、法術使いである俺がよく分かっている。夜天の魔導書の頁を媒体として、彼女達の願いによって結晶化された事は本当だ。

証拠もある、永遠結晶エグザミアだ。闇の書の奥深くに封印されていた永遠結晶を核とするシステムこそが、ユーリだ。こいつは自分の力を法術によってようやく完璧に制御できるようになった。


拙い言葉で懸命に弁明するユーリをなだめて、イリスに疑問の声を上げる。


「本当にユーリだったのか、そいつは。よく似た他人とかじゃないのか」

『本人が名乗ってたんだから、間違いないわ。父親とか言ってるあんたに、その子の正体を教えてあげる。
お父さんの娘とか気持ち悪いこと言ってるそいつは、闇の書と呼ばれる古代遺物保守管理システムの生体端末――つまり、アタシと同類なのよ』

「いい加減なことを言わないで下さい。わたしはお父さんより愛を与えられて、この世に誕生した女の子です!」


『……こんなメルヘンなこと言ってる子を信じるの、あんた?』

「うーむ、そう言われると自信がない」

「お父さん!?」


 片や古代遺物保守管理システムの生体端末、片やお父さんの愛の結晶とか言われると、常識的な大人であれば前者を全面的に支持するのではないだろうか。

一体全体、どういうことなんだ。ユーリが嘘をついていないことは、法術使いである俺には分かりきっている。だが、イリスだって復讐の動機についてわざわざ嘘を付く理由がない。

こちらの混乱を狙った過去話かもしれないが、生体端末かどうかなんて正直ほとんど関係ないのだ。調べればすぐに分かる話だが、意味のない嘘に等しい。


ひとまず本人が話す気があるうちに、聞いておくことにする。


『ユーリは闇の書と呼ばれる魔導書を安全に運用管理する為に開発された存在で、闇の書を使用して言葉を使い知識を得ることが出来た。
コミュニケーションが取れたアタシ達はお互いに自分の能力や機能を見せて、交流を深めていったのよ。

ふん、今にして思えば交流じゃなくて、アタシ達の内情を探っていたんでしょうけどね』

「わたしはどんな能力を、貴女に見せましたか?」


『エルトリアには存在しない魔導の力――その中でも超希少な能力である「生命操作」の素養よ』


 この点は、嘘ではない。何しろ今の俺のこの肉体こそが、ユーリの生命操作能力によって創り上げられた新しい力であった。その恩恵を受けている俺に否定する要素は何一つない。

当時のユーリはイリスをよほど信頼していたのか、自分の能力を見せる事も躊躇わなかったようだ。交流を深めていたというのは間違いではない。


だからこそ、イリスもきっと自分の力を嘘偽りなく見せていたのだろう。


『あんたの能力は、エルトリアの再生を為し得る力となる。希望を抱いたアタシは喜び勇んで協力を求め、アタシの友人として惑星再生委員会に迎え入れられた。
調べてみて把握した限りだと、闇の書は主候補を求めて次元世界に転移する事例があったようだから、惑星エルトリアにも偶然転移したようね。
あんたはプロジェクトの中核として皆に受け入れられて、少なくとも表面上はあんたも積極的にアタシ達に協力する姿勢を見せていた。家族同然の付き合いのようにね。

だけど、あんたと闇の書はやはり危険な存在だった』

「……その危険こそが、貴女がわたしを恨む動機ですね」


『そうよ、あんたは闇の書に潜む危険な力に飲まれて暴走してしまった――それが今から数十年も前に起きてしまった事故よ』


 ――エルトリアでユーリの力が惑星再生に役に立つことを喜んでいた矢先に起きてしまった、魔導書の暴走による事件。

ユーリ・エーベルヴァインは惑星再生委員会の所長や委員会メンバーを次々と虐殺し、現場に駆けつけたイリスが止めようとしたが返り討ちにして戦闘不能へと追い込んでしまった。


家族のように大切にしていたはずの仲間達を全員、殺してしまった。


『アタシはこの目ではっきりと見たわ――「優しい父親」だった所長を殺す、あんたを』

「わ、わたしは絶対にお父さんを殺したりなんかしない!」

『残念だったわね、誤解でも何でもなくアタシはちゃんと見たのよ。何だったら映像で再生でもしてみせましょうか?
アタシ達にとって大切な父親であったあの人を、貴女は明確に殺していた。血の繋がりもないあんたを実の娘のように愛してくれた父親を、あんたは血に濡らした顔で見下ろしていたわ。

あんたは父親を、殺したのよ』

「……っ」


 ユーリは顔を青褪めて、俺の方へと目を向ける。自分が愛する父親を殺したりしないと、家族を裏切ったりしないと、懸命な眼差しで訴えかけている。

イリスの証言には何の証拠もないが、逆に嘘だと言いきれる根拠もなかった。何故なら、闇の書と呼ばれるあの魔導書が危険な代物だったのは事実だからだ。

ユーリ達はあの魔導書の中で、実態もないまま眠っていた。ユーノの調査によると、闇の書は主を求めて時代を彷徨う機能を持っていると、説明してくれていたのは覚えている。


闇の書の暴走事故に関する記録も、無限書庫の中にあった。つまり――昔のユーリには、暴走する危険は秘めていた筈なのだ。力が安定していなかったと、ディアーチェも言っていたのだから。


『ねえ、取引しない?』

「取引……?」


『まずユーリをアタシに引き渡せば、あんたにリインフォースを返してあげる。次にディアーチェ達をわたしてくれたら、聖王のゆりかごを返却してあげるわ。
停戦条約を結びましょう。あんたのことは死ぬほどムカついているけど、アタシもキリエを裏切ってしまったからチャラにしてあげる。
時空管理局とか、他の世界なんてどうでもいいもの。復讐さえ出来れば、あんた達に用はない。大人しくこの世界から出ていくわ、二度と干渉もしない。

アタシはもう干渉しないから死んだことに出来るし、事件解決で済ませられるでしょう。世界は無事平和となり、あんたは英雄になれるわ』


 吟味してみる。リインフォースはウイルスコードによって洗脳されているのだから、こいつ本人が解除してくれれば確かに元通りにはなる。いちいち戦わずに済む。

聖王のゆりかごが無傷で奪還できれば、聖王教会からすれば拍手喝采だろう。時空管理局は犯人逮捕を望むだろうが、レジアス中将は事件解決を優先する。イリスが出ていけば死亡扱い出来る。

イリスの話が全て真実であれば、ユーリ達の正体は確かに怪しくなる。法術で実体化したのは事実にしても、過去にも実体化した経験があるのであれば、家族ごっこをする必要はない。


確かにいいこと尽くしだった――こいつに、とっては。


「誰がそんな取引に応じるか」

『あら、まだそんな殺人鬼を信じるの? 父親を平気で殺す女の子なのに』

「父親なんて殺していないだろう、俺はこの通りピンピンしているぞ」

『あんたなんてユーリの本当の父親じゃない』

「そいつだって、ユーリの父親じゃないだろう。ユーリの能力に目をつけて自分の組織に引きずり込んでるだけじゃねえか」

『アタシ達の父親を悪く言わないで!』


「貴女だってわたしのお父さんを悪く言ってるじゃないですか!!」


 罪悪感で青褪めていた少女が嘘のように顔を真っ赤にして、立ち上がる。薄っぺらい真実を吹き飛ばすかのように、生々しい怒りを持って正面から対峙する。

イリス本人はこの場にはいないが、壊れた核の向こう側で息を呑むのが聞こえてきた。彼女の話に嘘はないかもしれないのに、あろうことか罪の断罪者が臆していた。


ユーリは自分の心と向き合うように、語りかける。


「今のわたしはその人のことを知りませんが、お父さんのことはよく分かっています。お父さんは多くの人達にに慕われる、立派な人です。
惑星エルトリアだってキリエさんとアミティエさんの真摯なお願いを聞いて、再生するお手伝いをすると約束しています。

貴女のお父さんには出来なかったことを、わたしのお父さんはきっと成し遂げてくれます!」

『だったらそれが何よ! あんたがわたしのお父さんを殺したのは事実だと言ってるでしょう!』

「その人はわたしのお父さんではないと、何度も言っています!」

『自分の父親ではないのなら、殺してもいいとでもいうの!?』


「貴女を守るためならば、わたしは自分の手を汚すことを躊躇ったりはしません」


『――っ、な、何を言って……あんたは、暴走してあの人達を……』

「前にも言いましたよね、貴女一人だけ殺さない理由なんてないって。暴走しているのなら、どうして貴女一人だけ戦闘不能で留めているんですか」

『だから、それは……それ、は……』


「貴女の話を聞いて、改めて分かりました。わたしはきっと貴女より優しさをもらったから、お父さんを愛することが出来た。この優しさが、感情を与えてくれたんです。
記憶を失ったとしても、感情は残っている。人間としてわたしが今生きていけるのは、あなたという友達がいたからです。

お父さんは必ず、リインフォースさんを取り戻す。そしてわたしは必ず――貴女を取り戻してみせる」


 真実はどこにあるのか、分からない。何が正しくて間違えているのか、記憶は過去に消えてしまった。この事件の真相が語られることは、永遠にないだろう。

ユーリの言っていることは恐らく正しくて、間違っている。イリスの言っていることは恐らく間違っていて、正しい。歯車は噛み合うことは多分、この先もない。


ずいぶん長くお互いに沈黙して――イリスが、根負けした。


『アタシはあんたを絶対に許さないわ、ユーリ』

「わたしが貴女の父親を殺したことは事実なのでしょう、恨んで下さってかまいませんよ。また、友だちになればいいんですから」

『なれると、思っているの……? 死んだ人間は、生き返らないわ』

「わたしは、生きています。そして、キリエさんも」

『キリエのことは、何の関係もないでしょう!』


「何の関係もなかったキリエさんを、貴女は巻き込みました。余命少ないキリエさんの父親の命を、盾にして」


『……っ!』

「勝負をしましょう。もしわたしが負ければ、貴女に謝ります。だけどわたしが勝ったら、キリエさんに謝って下さい」

『謝って済む問題だと思っているの!?』

「謝らなければならない事です、お互いに」


 ――やはり、疑う余地はどこにもなかった。こんなバカバカしい勝負を吹っかけられる少女が、俺の娘以外にいるはずがない。


相手の父親を殺しておいて謝って済むと言い切れるユーリの胆力に、イリスが声を震わせていた。人でなしのような言動だが、優しいユーリが開き直るはずがない。

事情があるにしても、人を殺していいことにはならない。けれど事情があるのならば、ユーリは人を殺す覚悟を持っている。


大切な友達を守るためであれば、絶対に躊躇わない。


『――準備ができたら、連絡する。震えて待っていなさい』

「楽しみに待っていますね、イリス」

『ぐっ……いい度胸しているわね、あんた』

「貴女の友達ですから」


 友達なんかじゃない――とは言わず、イリスは通信を絶った。ひとまず、状況としてはイーブンに持ち越せたか。

こっちは結局あいつの足取りはつかめなかったが、あいつもこちらを急襲することはもうないだろう。恐らく他には手出しせず、ユーリに集中するに違いない。

二次被害を抑えられたという点では、十分な成果だと言える。テロ被害が収まれば、自分の活動成果による治安維持だとレジアス中将はここぞとばかりに宣伝するだろう。


そしてユーリが滅ぼしたとされる組織――惑星再生委員会。副隊長のオルティアを呼んで、調べさせてみるか。














<続く>








小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします











[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]





Powered by FormMailer.