とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第七十話
「思い付きですか?」
「い、いや、丹念に練られた戦略だぞ」
「つまり、その場での思い付きですね」
「戦略だと言っているだろう!」
「では何故、事前に副隊長である私に相談しなかったのですか」
「敵を欺く前に、まず味方から」
「第3管理世界ヴァイゼンの事後処理に時空管理局と聖王教会への報告会議、カレイドウルフ大商会との打ち合わせ等で、隊長と私は今晩寝る暇もない過密スケジュールですよ」
「……その場で思い付きました」
「最初からそう言えばいいんです。三時間ほどであれば時間の猶予は作れますので、その間に好きなだけ話し合って下さい。ただし必ず、敵から情報を引き出して下さいね」
「副隊長に就任して早々、申し訳ない」
「みっともないので副官に恐縮しないで下さい、隊長。本来であればこれほどの戦力を集結して部隊化すれば、法による様々な制限がかけられるんです。
ですが隊長が率先して世界が納得する大成果を上げてくださっているからこそ、私達が制限もなく堂々と活動できるんです。ミッドチルダでは今、奇跡の部隊と呼ばれているのですよ。
雑務は私に任せて、隊長はご自分の成すべきことを果たして下さい」
「分かった。あんた――いや、お前が副官で良かったよ、オルティア」
「私も貴方が上官で良かったです、隊長。今回の作戦成功をお伝えしたところ、事件解決の暁には地上本部や本局を含めた各方面からへの栄達を打診されましたが、先程全てお断りしてきました」
「えっ、何で!?」
「思い付きで黒幕と内通するような隊長を他の人に任せられないので、このまま私はあなたの副隊長を務めます」
「やっぱり怒っているんじゃないか!?」
「当然です、部隊である意味を理解しているんですか隊長」
「す、すいません……」
あれ――ちょっと待てよ、栄達を断ったのは俺から思い付きの案を聞く前の話じゃないか。副隊長に拘る理由になっていな――うわ、言うだけ言ってもう退室していやがる!?
世にも美しい極上の青い宝石と、権力者達からの評価も高く、時空管理局のみならず多方面の高度な人脈と権力を確保している女性。青い髪の麗人は、上官には素直で容赦なかった。
優美な容姿と美しく整えられたプロポーションに恵まれた彼女は日々の激務でも疲労の色をさえ見せず、作戦終了後も各方面に走り回って的確に処理してくれている。
だからこそこうしてユーリと二人、高度なセキュリティで守られたCW社の社長室で――彼女からの連絡を静かに待てている。
『……こっちは話なんてないんだけど、何?』
「あ、変な子だ」
『あんた、いい加減本気で怒るわよ!?』
超巨大城塞グラナートの核ともなれば、破壊されても機能そのものは生きている。オルティア副隊長により丁寧に社長室に搬送された核から、イリスの音声が届けられた。
流石に映像まで届けられる機能性は残されていないが、その分盗聴や盗撮類に属する罠の心配もない。子供の玩具であるトランシーバーレベルの代物なので、イリスも警戒せず連絡出来たという事だ。
もしも直接会いたいと言えば、必ず無視していただろう。家庭の電話レベル以下の機能を持ってこそ、お互いに秘密裏に会話が行える。
腹の探り合いも無意味であった。これほど明確に敵対しているのだから、もう決着をつけるしかないのだ。
『一応聞いておくけど、そっちはあんたとユーリの二人なのよね? 逆探知なんて今更気にもしないけど、余計な横槍を入れられたくないから聞いておくわ』
「ああ、証明は出来ないが俺とユーリしかこの部屋にはいない。俺としてもこの時期に、お前とコッソリ話をしていたなんて思われたくないからな」
『フン、アタシだってあんたとなんて話もしたくないわよ。まさかマリアージュを逆に利用していたなんて……本当、色々口出ししてくるくせに肝心な所で使えない兵器だったわ』
「そんな言い方はひどくありませんか、彼女なりにあなたへ協力していました」
『あいつの目的はあくまでイクスヴェリアであって、目的が達成したら裏切るつもり満々だったんでしょうよ。ま、こっちはそれが分かってたから、心置きなく使い捨てられたけど』
「つまりマリアージュさえきちんと協力していれば、あなたもイクスヴェリアを利用する気はなかったんじゃないですか」
『なによそれ、アタシを無理やり善人扱いして何が面白いのよ。残念だけど、アタシはキリエも平気で裏切る悪人よ。誰も信じていないわ』
だったら何故、キリエのことを今口にする必要があったのか。何も気にしていないのであれば、無関心に切り捨てればよかったのだ。
さっさと忘れてしまえば済む話だったのに、言及している時点で気にしていることを露呈したのと同じだ。ユーリの言う通り、こいつはやはり元来の悪人ではない。
悪人にも色々種類はいるけれど、悪をわざわざ自虐するような奴はいない。そんな事を気にしているような奴には、悪人は務まらない。
勿論、イリスが善人ではないことは分かっている。善人だったら、非戦闘員も多数いた第3管理世界ヴァイゼンに、巨大要塞を送り込んだりしない。
「ユーリを何故それほど敵視するのか、明確に理由を話してくれ」
『それが話なら、これで切るわ。さっきも言ったけど、あんたに話すことなんてなにもない』
「ほう、お前は自分の立場を理解していないようだな」
『……どういう意味?』
「俺はこの核を廃棄せず、部屋に置いておくぞ」
『は……? それが何よ』
「盗聴器があると宣言されている以上、真偽はともかくお前は聞かずにはいられない。そして毎日、ユーリと二人でお前の悪口を言いまくってやる」
『バカじゃないの!? じゃあ聞かなければいいだけじゃない!』
「お前の大好きなユーリと二人で毎日、お前の話をするんだぞ。陰口だと分かっていても聞かずにいられるかな、フハハハハハハハ!」
『こ、この、卑怯者おおおおおおおおお!』
イリス、戦術及び戦略面では俺の上を行くことは認めてやろう。だが悪巧みにおいて、俺の上を行ける人でなしなんぞこの世にはいない。
たとえ自分の愛する娘にドン引きされようとも、俺は自分のやりたいようにやってやる。この点について改心なんぞする気はないのだ、ヒャッハー!
忍が世間話がてらに教えてくれた、ネット炎上作戦。インターネット上に自分の悪口が書かれていたら、心が傷つくと分かっていても覗いてみたくなるものなのだ。
イリスもこの心理作戦には拒絶できなかったようだ、声を怒りに震わせて叫ぶ。
『くっ……ユーリ。あんた、「惑星再生委員会」の事も覚えていないの?』
「聞いたことはありません」
『白々しい、忘れているだけでしょう。いいわ、この際ちゃんと教えてあげる――あんたの罪を。
キリエやアミティエが調べて掴んだかもしれないけど、アタシはその惑星再生委員会が作成した生体テラフォーミングユニット。
型式番号『IR-S07』で、イリスという名前は惑星再生委員会の人達がつけてくれたマスコットネーム。アタシの大切な名前よ。
自分で言うのも何だけど、アタシは機械でありながら人間同様の成長及び学習能力があって、委員会の人達からも本当に愛情を注いで可愛がってくれたわ。
だからアタシだって精一杯、惑星エルトリアの再生を目指して皆と努力していたの』
惑星再生委員会とはそもそも、死蝕に侵されて荒廃した惑星エルトリアを人の住める星に再生するための公的組織であるとイリスは語る。
組織の規模は小さかったが職員達の熱意はとても高く、独自のテラフォーミングユニットを開発し運用出来る優秀な技師チームがいたらしい。
ただ上層部はあくまで宇宙への移住計画が推進していた為に中々予算が下りず、惑星再生の希望はなかなか育たなかったようだ。アミティエ達の苦労話ともリンクしている。
『ユーリ――あんたはアタシにとって家族同然だった、惑星再生委員会の人達を皆殺しにしたのよ』
「……」
『親切に教えてあげたのよ、何か言いなさいよ』
「前に言った通りです。わたしは剣士の娘、必要であれば人を殺すことを躊躇わない。けれど決して、理由なき殺人は犯さない。
その惑星再生委員会の人達が善人であったというのであれば、わたしは絶対に殺していません」
『今のあんたと話していると、本当にイライラするわ……何も覚えてないくせに、偉そうに!』
「それも前に言いました。わたしの友人であったという貴女が生きているという事実こそが、何よりの証拠です。
きっと貴女は、わたしにとって何よりかけがえのない友達だったんでしょう」
『覚えてないじゃない!!』
声を、怒りに震わせて――悲しみに彩って、心の底から叫びを上げる。
『アタシのことを、何も覚えていないじゃない! 何が友達よ、この裏切り者!! アタシは、あんたのことが本当に好きだったのに!!!』
「ありがとうございます」
『っ……な、なんで礼なんて……!?』
「わたしがお父さんの子供になることが出来たのは、あなたという友達がいた過去があったからこそだと分かりました。
今のわたしには剣士の娘としての誇りがあり、昔のわたしにはあなたという優しさがあった。それが嬉しく、誇らしい。
もう一度言いますよ、イリス」
『……っ』
「わたしは決して、貴女を裏切ったりはしない。貴女を悲しませ憎まれることになろうとも、わたしはきっとあなたという友達を守りたかったんです。
それはきっと――」
『やめて、言わないで!?』
「わたしもあなたのことが大好きだったんです、イリス」
『イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
――分かっている、もう遅い。何もかもすれ違ってしまった後で、仲直りできるはずがない。かつての俺と、高町美由希のように。
あの時俺達は、お互いに間違えていると分かっていた。話し合えばきっと分かりあえると、俺達はちゃんと分かっていた。でも俺達は剣を向け合い、相手を斬ることしか出来なかった。
ユーリの優しさは、イリスに伝わった。イリスの悲しみは、ユーリに伝わった。心は再び近付いているが、距離があまりにも遠すぎた。
「教えて下さい、イリス。わたしとあなたの関係を」
『……アタシがあんたと出会ったのは、惑星エルトリアの危険地帯の探索をしていた時よ』
<続く>
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