『永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術』
『師匠が体得する剣術ですね』
『剣術と一括には出来ない。御神流は古武術の一つであり、剣技にのみ特化したものではない。お前の可能性を広げる意味でも、その事実をよく刻み込んでおけ』


 ――異国、ドイツの地。死に瀕する深手を負った俺は暗き部屋に籠もって、死を仰ぐ女性に知識を学んでいた。

思えばあの時から、師匠は剣に対する執着を捨てろと暗に忠告していた気がする。俺はあの時剣士への復帰を望み、頑なにしがみついていた。

執着は意地となり、脳を固くして、体への負担を大きくする。小僧だった俺には大人である師の考え方が分からず、苛立っていたかもしれない。


だからこそあの人は強さへの応用ではなく、生きるための基本を教えてくれた。


『剣術の基本とは何だ』

『斬ることでしょう』

『その通りだ。御神流を極限にまで究めた者は、鋼鉄も斬れる』

『ではやはり、剣技を極めていくことが大切なのではないですか』

『ならば、剣術の基本とは何だ』

『? だから斬ることでしょう』

『その通りだと言っている』

『その為の技を教えて下さいと言っているんですよ』

『可笑しな事を言うじゃないか。斬る事が基本であると言うのに、何故技を必要とする』

『斬るための技でしょう』

『では、基本なんて必要はないのだな』

『禅問答でもしているんですか、俺は真面目に聞いているんですよ』

『私は真面目に答えている。分からないのであれば、お前が理解していないのだ』


 あの時は真面目に教えるつもりはないのだと、憤っていた。考えればそのうち分かっていたはずなのに、分かることをやめて教わろうと頑なだった。

子供だと馬鹿にされているのだと思ったが、今にして思えば全く逆だった。本当に子供だと思われているのであれば、彼女はきっと丁寧に教えてくれたのだろう。

大人だと認めてくれていたから答えを教えずに、答えに至る知識を教えてくれた。考えて出す答えでなければこの先戦えないと、分かっていたのだ。



あの時出せなかった答えを、今出さなければならない。



とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第六十九話




『"フォートレス"、スタンバイ』


 第三世界ヴァイゼン、魔導端末メーカーとして発進したカレドヴルフ・テクニクス本社が完成させた次世代の武装端末。

フォートレス、航空魔導師用の総合支援ユニットを装備したシュテルが姿を見せる。作戦通り最前線に出撃した魔導師に対し、巨大要塞は自信を持って立ちはだかっている。

当然の判断だった。シュテルは先日の戦いで、奥義を破られている。俺に同行して出撃した際に使用した魔導を分析されて、イリスに全て知られてしまっているのだ。


我が子のあらゆる魔導は、イリスが製造した機動外殻は通じない。


『父上、貴方の道は私が切り開いてみせましょう』


 ゆえにこそ、シュテル・ザ・デストラクターはオットーのプリズナーボクスへと自信を持って降臨する。あの子は俺によく似て、負けず嫌いなのだ。

オットーのプリズナーボクスは見事、超巨大城塞グラナートを封印している。この中で戦うとなれば、シュテルにとっても逃げ場はない。圧殺されれば終わりだ。

籠の中の鳥ではなく檻の中のライオンだというのに、シュテルの表情は自信で漲っている。逃げ場のない状況であるからこそ、あの子は燃えていた。


『CW-AEC00X』


 シュテルの命令により、飛行制御ユニットと他ユニットの管制を司るメインユニットが展開。3つの多目的盾が彼女の命により武装構成される。

浮遊状態でシュテルの周囲に滞空する盾は本来自動防護障壁として機能するのだが、グラナート相手では分が悪い。よって、手持ち武装として使用を行う。

3機の盾を遠隔操作することによる、空間制圧戦術。凡人では掌握することさえ困難な戦術兵器を、頭脳明晰な我が子は何の苦もなく機能を発揮する。


超巨大城塞グラナートが、武装を展開。要塞上に並べられた砲口が、凶悪な殺意を向けてくる。


『星光の殲滅者改め、宮本良介の娘シュテル・ザ・デストラクター』


 圧倒的火力を向けられても、彼女は笑みを浮かべている。過去のあらゆる武名を捨て去って、平和な日常に生きる名を誇り高く名乗って戦う。

俺の居ない過去など不要だと言わんばかりに、彼女は武名を捨て去った。そこにいかなる心境があったのか、分かりようがない。

記憶のないユーリは眩そうにシュテルを見つめつつも、否定の色はなかった。未来がそこにある以上、過去など必要はない。


どれほど敗北したのだとしても、未来で勝てればそれでいい。



『フルドライブバースト、ルシフェリオンブレイカー!』



 真ルシフェリオンブレイカー、ではない。隕石を破壊するべく放った殲滅の魔法には固執せず、シュテルは俺に自慢していた自分の必殺技をそのまま放った。

押し寄せる魔法に対して、巨大要塞は微動だにしない。当然である、分析の済んだ魔導など化石同然。無効化されて、外壁に弾かれるのみだ。


そしてシュテルの魔法は――そのまま着弾して、激しく燃え上がった。


「―――、―――!?」

 
 建造物である巨大要塞に、声はない。決戦兵器にあるのはイリスという黒幕の意思のみ、彼女の混乱が遠く彼方より火を噴いている。

開発の成功を迫るレジアス・ゲイズ中将に、シュテルはこう明言した。フォートレスとはCW-AEC00X、AEC装備の到達点にして開始点になるのだと。

砲戦用の大型粒子砲、シュテルが寝る間も惜しんで開発した魔導殺し対策の新兵器、レジアス・ゲイズの悲願は彼女の執念により達成されたのだ。


超巨大城塞グラナートの外壁が崩れ落ち――真紅に染まる核が、露わになった。


『父上』

「いい"峰打ち"だったぞ、シュテル」

『バカにしてやりましたとも』


 シュテルが本気になれば、超巨大城塞であろうとグラナートを破壊することは出来た。その事実は、的確に破壊された外壁が物語っている。

火力を完璧に制御していなければありえない、神技。メインユニットによる統括コントロールを完璧に行えるようになっているのだと、証明してみせた。

イリスほどの技術力があれば、その事実に気付くことは出来るだろう。分かっていて、シュテルはその事実だけを残酷に伝えてみせたのである。


敢えて技術力で勝負、イリスの土俵に立って勝利したのだ。


「ヴァリアントシステム、セットアップ」


 ――愛する我が子にここまでお膳立てされて奮い立てない親など、存在しない。竹刀袋より解き放たれたセフィロトが、顕現する。

キリエ・フローリアンのヴァリアントシステム。製作者に見守られたシステムは開花して、俺という剣士に相応しき剣へと変化した。

かつて天下無双を夢見ていた剣士は、この世にはもう存在しない。子供が活躍して喜ぶような人間に、天下なんて取れる筈がない。自分より優れた技を見て、喜んでいるのだから。


そんな男の手にあるのは剣の型を構成する、原初の模造品であった。


「フォーミュラドライブ、アクセラレイター」


 アミティエ・フローリアン、俺の側で固唾を飲んでいる彼女のナノマシンが発動。忍達より受け取った血に託され、妹さんが体現したギア4の実演を参考にして循環する。

キリエのヴァリアントシステムをマリアージュより教わった人体生成に託し、ユーリより与えられた生命がエネルギー化。俺の肉体より生命の光が放たれた。


身体から溢れる強大なエネルギーが爆発するかのように、俺は地を蹴って空を飛んだ。



「御神流、基本技"徹"」



 剣より放たれた衝撃を結界の裏側に通す撃ちこみ、威力を徹す。オットーのプリズナーボクスを貫通した剣戟は、超巨大城塞の核をガラス細工のように叩き割った。

巨大な城塞より強固に製造されていた筈の真核が壊されて、グラナートは完全に停止。世界をも破壊する力を秘めていた兵器は、この瞬間に無力化された。


俺は空中で、剣を振り上げる。



「御神流、基本技"貫"」



 相手の防御を突き抜ける剣技。たとえ膨大な物資と資材で製造された分厚い要塞であっても、セフィロトより放たれた生命の刃には無意味であった。

巨大要塞の停止という刹那のタイミングを見切っての技、刀の扱いを具体的に身体で覚えさせる事でこの技は実現する。


守りを失った兵器は崩落し――常識では考えられない規模で、膨れ上がった。


自爆するつもりなのだと気付いた時には、既に手遅れだった。オットーは結界を維持しており、シュテルは結界内で逃げ場はなく、俺は剣を手に突撃してしまっている。

オットーは星を守るべく結界を維持して、そのまま爆散する。シュテルは俺を信じこの場に留まり、そのまま爆死する。技を出した後の俺は、そのまま焼死する。

イリスの勝利であった。結界により本社はかろうじて守られるが、俺達は死ぬ。俺さえ殺せたら、イリスからすれば万々歳である。法術が解除されれば、ユーリ達も全員消滅する。



――そう考えているのなら、お前は甘い。



「御神流、基本技"斬"」



 魔法という現象を切る術があるのだから、物理という現象を斬る技も存在する――それが御神流。風船のように膨れ上がった、爆発という現象を叩き切った。

御神流の中では初歩の技。本来は小太刀を使う古武術であるために、斬ることに関しては大胆より繊細さを求められる。

剣術の基本。この技を極限にまで究めた者は、鋼鉄をも斬ったとされる。そして俺は素人、極地になんて辿り着いていない――孤独であったのならば。


ユーリ達――いや『俺達』が今、基本を極限にまで極める。



「御神流、奥義之壱――"虎切"」



 基本を無視した奥義は補給基地を叩き割り――基本を極めた奥義は、巨大要塞を一刀両断した。


聖王のゆりかごより遥かに巨大な建築物が、結界ごと真っ二つにされる。冗談のような切れ味は、かつて理想としていた剣技を体現することで実演された。

剣術の基本を学ぶことで、剣技は極められる。基本を無視して、何が奥義なのか。天才のような答えを求めるなと、師匠は叱ってくれた。


今ならば、答えられる気がする。


『剣術の基本とは何だ』

「斬ることです、師匠」


 あの時、師匠は一度だって俺の答えを否定しなかった。当然だ――答えは正しく、そして間違えていたのだから。

何も分からずに正解を出したところで、本質を理解できる筈がない。あの時の俺は正しい答えを喚き散らすだけの、小僧だったのだ。

答えがあっているから、師匠は肯定した。答えが間違えているから、師匠は問い質した。俺は意味が分からず、答えだけを求めて叫んでいた。


だからユーリ達より強さを与えられても、補給基地を叩き割るしかできなかったのだ――御神流の奥義は、あの程度ではないというのに。


「基本をきちんとしておけば、奥義を使用しても極端な反動はないな。疲労はあるが頭痛はない、戦えそうだ」


 セフィロトを竹刀袋に収めて息をつくと、周囲から大きな歓声が起こった。結界が解除されており、特務機動課の者達が遠目から俺を取り囲んで拍手喝采を上げている。

副隊長であるオルティアが早速、気が緩んだ部下達を叱り付けているのが見えた。そりゃそうだ、軍事行動だからな。


「貴方達、何を騒いでいるのです。対象は破壊されましたが、残存兵力は残っているのですよ。気を引き締めなさい」

「申し訳ありません。ですが我らが隊長があれほど見事な強さを――」


「隊長は貴方達の上司であり、何より私の上官ですよ。強くてご立派な方なのは当然のことです、何を今さら驚いているのですか」


 大勢の部下達の前でどうして上司自慢してるんだ、あの人は!? 聞いていたシュテルやオットーも大きく頷いている、親離れしなさい。

ともあれ決戦兵器を破壊して、ここまで派手に実力を発揮したのだ。イリスは必ず、決着を求めてくるだろう。次は、全面戦争となる。

聖王のゆりかごに、リインフォース。イリスは持てる手札の全てを駆使して、俺とユーリを殺しにやってくる。もはや、出し惜しみはないだろう。


だからこそ、その前に――俺は一刀両断した、巨大要塞へと近付いた。破壊された核を、拾い上げる。



「今晩、連絡を待っている。復讐したいのであれば、ユーリときちんと話せ」















<続く>








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