とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第五十ニ話
ジェイル・スカリエッティ博士。聖王のゆりかごについては誰よりも詳しい専門家はヴィヴィオと同じく、不可能だと断言した。
本来の所有者である聖王であっても、ゆりかごに繋がれていると寿命が大きく削られる。過去にゆりかごへ乗り込んだオリヴィエも、この搭乗が起因となって死亡したと悪しき呪いのように語る。
聖王たる人物が玉座に座る事で起動し、聖王の血統を繋いで浮上するシステム。艦を動かすコアとしての役割である聖王は不在である限り、聖王のゆりかごは可動できない。
あらゆる意味で不可能だと、告げた。
『聖王のゆりかごを使えるのは古今東西、全ての歴史を紐解いても君一人だ。どのような存在であれ、ゆりかごを利用しようとするなんて愚かの極みだよ』
『そもそも俺は聖王の血筋ではないと何千回言わせるんだ、お前』
『認識の齟齬があるようだね。ゆりかごは聖王本人であっても、命を削ってどうにか動かせるのみ。所詮、本来の所有者とは言い難いという事だよ。
聖王であるかどうかなど、関係ない。私は君こそが所有者だと断言している』
『研究者の分際で、理論をすっ飛ばして語るなよ』
『ふふふ、君という存在は特異点そのものだ。理論など到底及ばぬ混沌、君という生命体を見定める事が私に課せられた命題だと、思っている』
『そろそろ結論をお願いします』
『コントロールセンターが別にあって、全体的な艦の制御はそこで行われる。イリスという犯人はその部分を解析して弄るだろうね』
『一応、動かせるんじゃねえか!』
馬鹿馬鹿しくなったのでその後の話をまとめると、聖王のゆりかごの艦橋に当たるコントロールセンターを解析するのは、どれほどの演算能力があっても多大な時間を必要とするようだ。
聖王教会にゆりかごを譲渡(聖地へ放置)した際、ジェイル・スカリエッティは俺以外の所有者に使用させないように、システム関係全てに多重ロック処理を施したらしい。
イリスの解析能力は圧倒的だが、ジェイル・スカリエッティの科学力もまた天才の領域に入っている。惑星エルトリアの技術力を使用しても、即座には使用できないと太鼓判を押した。
今日明日には来ないと判明したが、いずれ必ず来襲するだろう――それまでに、全ての準備を整えなければならない。
その日、俺は聖地を抜け出した。
元廃棄都市、今では広大な更地となっている場所へと訪れた。閉鎖された空港に隣接する場所で戦闘が発生し、時空管理局と聖王教会が先日現場検証を行っていた。
現場は現在も立入禁止となっているが、両組織の捜査関係者は全て出払っている。当然だ、何しろ聖王のゆりかごという古代ベルカ最大のロストロギアが奪われたのだから。
白旗のメンバーも捜査協力に出向いているが、責任者である俺は大怪我を負っていて療養中となっている。ミッドチルダやベルカ自治領には大きな混乱はない。
レジアス・ゲイズ中将。水面下で取引を行った彼は約束を果たし、聖王教会と"聖王"を最大限擁護。精鋭が集う特別編成チーム『特務機動課』設立を、高らかに宣言――
ミッドチルダ最強チームの爆誕に世界中の人々が大歓声を上げる中で――俺は人気のない場所に、いた。
「お父さん、強力な結界が張られました」
「私達以外に気配もありません、剣士さん」
「分かった――そろそろ姿を見せろよ、湖の騎士シャマル」
自分から進んで誘い出したのではない、俺はこの女の覚悟を決して甘く見ていない。人が大勢いようと、古代ベルカの騎士であれば容赦なく襲い掛かってきただろう。
白い地平線の彼方より、清楚な法衣の騎士服に身を包んだ女が現れる。湖の騎士シャマル、地球からミッドチルダへ転移した女性が厳しい表情で俺の元へと歩み寄る。
美しい瞳が周囲を見渡し、ユーリと妹さん以外に伏兵が居ない事を確認。車椅子で運ばれている俺の痛々しい姿を見下ろし――俺の手元を見て、唇を震わせた。
包帯だらけの俺の手には加工された車体の破片、剣だと言い張っている物質が収められている。
「帰りましょう、良介さん。はやてちゃんが待っています」
「何もかも放り投げて、退場しろとでも言うのか」
「退場しないといけない局面で、責任者の座に居座っているだけでしょう」
湖の騎士シャマルはかつて、夜天の魔導書の主に参謀として仕えていた。頭脳明晰な彼女は戦場における現状把握が得意で、私情を交えずに冷徹な判断を行える。
彼女の指摘は、事実であった。レジアス・ゲイズは取引を破棄しようとしたし、聖王教会も象徴であるべきだと諌めてくれた。剣も握れず、立ち上がることも出来ない。
リインフォースの魔導によって、全身の細胞が死滅している。自然治癒能力が死に絶えており、血肉となった夜の一族の加護も細胞が死んでいたら働かない。
あいつは、俺という人間の全てを知り尽くしている。弱点なんてお見通しであり、俺を殺す術をよく知っている。
「クラールヴィントを通じて、状況は把握しています。今の貴方が戦場に出て何が出来ると言うんですか」
「リインフォースを斬る」
「――!」
正確に言うとやるべき事は他にも数多くあるのだが、真っ先に出たのは家族の討伐であった。剣士とは因果なものだ、切れるのであれば家族でも容赦しない。
シャマルにとってもリインフォースは大切な仲間、斬られるとあっては黙っていられない。けれどその表情に出ているのは憤怒ではなく、哀切だった。
聡明な騎士であるが故に、主の家族を殺そうとした事実を重んじている。裏切り者には死あるのみ、信賞必罰であるからこそ道理は成り立つ。
理解は出来る、けれど納得できない事柄はこの世には山ほど転がっている。
「自分の家族を斬るというのですか」
「俺が斬らない限り、あいつは決して自分を許さない」
リインフォースは気高き使命と強き責任を持っていた、立派な女性だった。洗脳されていたのだとしても、裏切りの罪を彼女は断じて許さない。洗脳が解ければ、自害するだろう。
彼女が唯一許されるのは他でもない、俺自身の手で斬られる事だ。裏切った人間に斬られたその時、彼女はようやく許される。それでしか、贖罪の道はない。
頭の良い人間は、頭の悪い素振りは出来ない。知らないで済むべき事を、わざわざ吟味してしまう。
「同じ仲間であり、家族である私がやります。貴方が手を汚すことではありません」
「お前には無理だ」
「私が負けるというのですか!」
「お前は優しいから、無理だ」
心からの称賛に彼女が浮かべた感情は、強い憎悪であった。時に優しさは、残酷までに人を傷つける。逆説的だが、彼女はそれが分かっているからこそ優しいのだ。
今一番言われたくなかった言葉に、シャマルは美貌を歪めて拳を震わせている。彼女は騎士だ、確かに戦える。けれど断じて、殺すことは出来ないだろう。
彼女は、優しさを恥じている。断罪こそが贖罪だと理解しているのに、同情する自分が許せない。事実をあるがままに指摘する俺が、何より許せない。
シャマルは指輪がはめられた手を、こちらへ向ける。
「ユーリさんが居れば、私を穏便に追い払えるとでも思っているのですか。随分と、お優しい脅迫ですね。
彼女の実力は、よく分かっています。すずかさんと組めば、全力で挑んでも勝算はないでしょう。ですが――
貴方を地球へ強制転移させるくらいは、出来ますよ」
クラールヴィントは借り受けているが、彼女のデバイスは対となっている特殊な構造をしている。加えて彼女は繊細な魔導を扱える実力者、デバイスが欠けていても魔法は発動できる。
空間制御の術に長けている彼女の特技を持ってすれば、確かに不可能ではない。ユーリの実力と妹さんの感性は圧倒的だが、万能ではない。隙の一つを見せれば、俺を地獄の底まで落とせる。
ユーリと妹さんが身構えた時、シャマルの周辺の空間が歪曲した。
「私と何度も訓練した貴女なら私の特技は分かっているでしょう、すずかさん」
「――"無双ドーナツ"」
「私の技に変な名前をつけないでください!」
空間を歪曲化して小規模の転移を行い、空間を超えた物理攻撃を行える。どれほど距離が離れていても、間合いを飛び越えて敵を攻撃できるのである。
肉体の内部に存在するリンカーコアまで奪い取れるというのだから、恐れ入る。事前に聞いてはいたが、敵に回すと非常に厄介な攻撃だった。
シャマルは、本気だった。どんな手を使っても、どれほど否定されようと、俺を連れ戻すつもりでいる。覚悟という優しさ、優しいからこそ厳しいのだ。
シャマルもまた、俺が本気だと分かっている。だから覚悟を決めて、ユーリ達と対峙しているのだろう。ユーリには勝てないと分かっていても、戦う。
だが、こいつは分かっていない。俺は確かに本気だが――
どれほど本気なのか、こいつは何一つ分かっていない。
「昨夜判明したことだが、ユーリ・エーベルヴァインには生命操作能力が備わっている」
「生命操作……?」
「文字通り生命を操作する能力で、あらゆる命を活性化させて制御できる。完全なる制御が行える今のユーリであれば、星の生命活動にすら影響を及ぼせるらしい」
「私を脅しても無駄だと言ったはずですよ。どれほどの能力者であろうと、私の空間制御であれば隙を作り出せる」
「俺の言いたいことが分かっていないようだな、シャマル。
記憶のないこの子の能力で、今から俺の身体を『細胞レベル』で活性化してもらう」
「なっ……!?」
キリエさんから昨晩この話を聞いた時、俺は覚悟を決めた。俺は彼女の願いを叶えられない、奇跡を起こすことが出来ない――だからせめて、この死にかけた身体を差し出す。
ユーリには記憶がなく、生命操作能力があったことも覚えていない。だからこそ練習や実験をさせてほしいと言っていた。その第一号に、俺が名乗り出たのだ。
勿論ユーリは泣きじゃくって大反対したし、キリエさんにもやめて下さいと懇願された。だが同時に、彼女達も分かっている。一度は必ず、生命を使って試さなければならないと。
反対する彼女達に言った決意を改めて、目の前で狼狽えている女にも伝えよう。
「はやてに泣いてほしくはないと、言ったな。シャマル、俺はお前にだって泣いてほしくはないんだ。嫌がる男を無理やり連れて帰って、平然と笑って生きていける女じゃないだろう」
「っ……だ、だったら、私と一緒に帰って下さいよ! 私はもうこれ以上、大切な人を失いたくないんです!」
「リインフォースをあの家へ連れ帰れるのは、俺だけだ。全てを取り戻すために、俺はここに踏み留まる。
その為にも今俺はここで、細胞レベルで強くなる」
懐から取り出したのは、一本の注射器。昨晩必死で用意してくれた、アミティエ・フローリアンのナノマシン。
手元にあるのは、一本の剣。昨晩必死で加工してくれた、キリエ・フローリアンのフォーミュラ。
――そして。
「ユーリ、やれ」
「お、お父さん、私は生命操作を使用した記憶も――」
「記憶がなくても、お前は俺の娘だ。俺はお前を信じている、だからお前は俺を信じろ」
「分かりました……永遠結晶エグザミア、起動!!」
「やらせません!」
「シャマルを止めろ、妹さん」
「お任せ下さい、剣士さん!」
自分の女との戦い、そして――自分自身との戦いが、始まった。
夜の一族の血、神咲那美の魂、ユーリ・エーベルヴァインの生命制御、アミティエ・フローリアンのナノマシン、キリエ・フローリアンのフォーミュラ。
全ての想いを取り込んで、俺は生まれ変わってみせる。
<続く>
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