とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第五十一話
「――つまり、キリエさんの目的は惑星エルトリアの再生と両親の回復。私に依頼した内容に嘘偽りはないという事ですか」
「魔法使いさんに隠して悪い事をしていた事は、素直に謝ります。ですが貴方にお願いした事自体は本当です、それだけはどうか信じて下さい!」
「故郷とご両親を助けたい貴方の気持ちを信じたからこそ、私は依頼を受けたんですよ。その一点を疑ったことはありません」
「っ……あ、ありがとうございます……魔法使いさんは私にとって、神様のような人です」
「な、泣かないで下さい!? 私はただキリエさんの助けになりたいだけですよ」
「違うんです、信じて頂けたことが嬉しくて……申し訳なくて……ううっ……」
結構表面的な気遣いの言葉でしかないのに、どこに感動する要素があるのか、キリエさんは瞼を震わせて泣いていた。よほど優しさに飢えていたようだ、可哀想に。
というか十代の女の子はむしろこういう素直な感性を持っているのが当然で、夜の一族の姫君達のような権力争いに明け暮れた性悪女の方が異常ではないのだろうか。
何しろ俺と同世代の女達はどいつもこいつも素直ではなく、男顔負けの強さと強かさを持った悪鬼羅刹のような女豹共である。いちいち腹を探らなければならない会話にはウンザリしていた。
泣いているキリエさんには申し訳ないが、素直に受け止めてくれる彼女との対話は心が温まった。
「キリエさんの願いを叶える為に聖王教会に保管されていた蒼天の書を持ち出し、聖典を分析して魔導書の内容を解読したのですね」
「本当にごめんなさい! この件が全て片付いたら、私を捕まえて下さってかまいません」
「謝罪の言葉は受け取りました。キリエさんも反省されていますし、事情を考えれば情状酌量の余地は十分すぎるほどあります。
蒼天の書は教会に預けていた私の持ち物なので、交渉や手続きは必要ですが私の一存でどうにかなると思います。ただ聖典は教会の最秘奥なので、減罪には復元が最低事項となります。
データ媒体である本体は破壊されていましたが、データを持ち出したりしていませんか?」
「イリスが所有しているはずです。魔導書の解析以外に、魔法使いさんのデータが必要だと言ってましたから」
――よし、聖典のデータそのものはまだ失われていない。イリスをとっ捕まえれば、聖典の中身を操作目的で確認出来る。ようやく聖地へ訪れた俺の目的が果たせる。
リインフォースが俺の事をばらしたのであれば、法術についても確実に知れている。聖典に俺の手掛かりがあるという事は、まず間違いなく法術に関する情報がある。
問題は聖典を奪ったイリスに法術が知られてしまっている点だが、ユーリを洗脳できなかった点を見る限り、法術の解除は行えないようだ。正直、その点が一番ホッとした。
法術を解除されてしまうと、アリサ達が全員実体化出来なくなって消滅してしまう。俺の家族が全滅するので、大変困る。
「それで実際、解析した魔導書の中に故郷やご両親を救う手立てはあったんですか」
「もともと私とイリスの目的は魔導書の中に封印されている『永遠結晶』でした」
キリエさんの話を聞いてユーリを一瞥すると、驚いた顔を見せている。そりゃそうだ、何しろこのユーリが本体なのだから。
闇の書の奥深くに封印されていた永遠結晶「エグザミア」、システムU-Dと呼ばれる存在こそがユーリ・エーベルヴァインで、法術の力により少女として実体化している。
なるほど、イリスはこの点については嘘はついていないようだ。何しろあいつの目的は、このユーリへの復讐にある。むしろ結晶を得るために、キリエさんを焚き付けたのだろう。
アミティエさんと同じく、ユーリの事をキリエさんに話すと目を丸くした。
「イリスの話ですと、永遠結晶エグザミアには『生命操作』の力があって、自然や生物の生命を操作して活性化出来るのだと聞いています。
その力があればお父さんやお母さんを元気にして、荒れ果てた故郷の自然を蘇らせられる筈だったんです!」
「生命操作能力……? ユーリ、お前そんな能力があったのか!?」
「イリスという子が誤解しているのか、キリエさんに嘘を言ったのか分かりませんが、その話は事実ではありません。
永遠結晶エグザミア本体は世界を染め上げる膨大な魔力を生み出し、その上で広範囲に渡る魔力を吸い上げて活性化させる事さえも出来ます。
私は言わば、沈む事なき黒い太陽。太陽の光は生命を産み出すことも出来ますが、世界を焼き尽くす力にもなり得る――諸刃の刃と言えるんです」
太陽という表現は、実に分かりやすかった。天空より降り注ぐ太陽の光は確かに世界に生命を与えたが、太陽本体の意思では決してない。単なる副産物でしかない。
太陽の本質はあくまで燃え上がる星でしかなく、生命を産み出す神様ではない。太陽が保有する能力という表現は、本質を示すほんの一部分に過ぎないのだ。
生命操作はユーリ自身の能力を意味するのではなく、強大な力を持った永遠結晶が生み出す過程であり、結果の一部に過ぎないのだろう。
つまりそれほどまでにユーリ・エーベルヴァインという少女は強大な存在であり、太陽に等しき力を持っていることを意味する。
「制御することさえも出来ずに、蒼天の書の中で眠っていました。完全に力を制御してこうして実体化出来るようになったのは全て、お父さんのおかげです」
「魔法使いさんが起こした奇跡なんですね、すごいです!」
何の疑問もなく素直にキリエさんは感激し、ユーリと手と手を取り合ってはしゃぎ合っている。何故そこまで一ミリの疑いもなく、俺を称賛できるのか。
むしろ太陽の力を制御できる法術に、疑問なり恐怖なり感じるべきだと思うのだが、魔法使いの奇跡の一言で納得できるらしい。理屈がわからない。
しかし、今のユーリの話が本当なら――
「今は力を完全に制御できるのであれば、惑星エルトリアやキリエさんの両親を救えるんじゃないのか」
「うーん……可能性はある、とは思います。ただあくまで覚えている限りですけれど、わたしの力は今まで破壊などでしか使ったことがありません。
生命操作となると相当繊細な制御が求められると思うので、実験や練習をさせてほしいです。それと勿論ですけど、お父さんが一緒でないと絶対にできません」
「ま、まあ、確かにお天道様に向かって、荒れ果てた大地に花を咲かせてほしいと頼むのは無茶ぶりだろうからな……ただ、可能性が出てきたのは事実だ。
この件が終わったらユーリを連れて、惑星エルトリアへ行きましょう。勿論以前お約束した、最新医療技術や設備も持ち込みますので、あらゆる可能性が試せると思います。
展望が見えてきましたね、キリエさん。これも、貴方の決断による成果ですよ」
「は、はい……! 本当に、本当に、ありがとうございます……魔法使いさん、ユーリさん、どうかよろしくおねがいします!
全部終わったら私、必ず罪を償います。今度こそ、魔法使いさんを裏切ったりしませんから!」
土下座でもせん勢いで、キリエさんが感激の涙を流して頭を下げている。まだ全て可能性の話に過ぎないのだが、言い換えると可能性は出てきたと言える。
法術による奇跡が使えないのでこの依頼を受けた時はどうしたものかと頭を抱えたものだが、展望が見えてきたのは素直に朗報であった。
その朗報がイリスによる情報だというのが複雑だが――
「――案外、あいつもキリエさんと同じ心境だったのかも知れませんね」
「あいつ……イリスの事、ですか?」
「情報共有させていただいた通り、キリエさんとイリスでは目的が全然違います。両者の関係はいずれ、破局するのは見えていました。
イリスは当然キリエさんの目的を知っていたので裏切るつもりだったのでしょうけど、同時に確実に裏切ってしまうからこそ後ろめたさもあった。
だからこそ、嘘の中に真実も紛れ込ませたのではないでしょうか」
「! ユ、ユーリさんの能力の事を伝えたのは、私を思ってのことだと……?」
「大いなる矛盾ですね。結局裏切るのですから、一片の真実を紛れ込ませたところで何の意味もありません。
あいつの目的はユーリへの復讐なのですから、キリエさんの目的は果たせない――でもキリエさん、それは貴女も同じだったのでしょう。
私に故郷と両親の救済を望み、事件の早期解決を求めた。しかし事件が解決してしまえば、犯人である貴女も捕まってしまう。
破綻が目に見えていたからこそ、せめてもの気持ちを――それが、私に渡したフォーミュラだったのではありませんか?」
「……そう、ですね……そうです、その通りです……
ふふ、イリスったら本当に……意地悪なんだから……」
――キリエさんの話によると、イリスとの関係に不和が生じたのは、聖王教会騎士団の壊滅より始まったのだという。
追っ手が来た際キリエさんは逃げるつもりだったのだが、イリスは魔導書の力を発動させて騎士団連中のリンカーコアを奪って実体化した。
周囲になるべく被害を出したくなかったキリエさんは当然追求したが、イリスに一喝されたのだという。そこから考え方がずれていき、イリスの独断が始まったらしい。
俺と接触して依頼を出して関係を深めていくにつれて、イリスは次第にキリエさんとの関係を絶っていた。
「魔法使いさん。迷惑をかけておきながらこんな事をお願いするのは心苦しいのですが、もう一度イリスと話をさせてもらえませんか」
「……連絡を取る手段がまだありますか?」
「秘密のアジトが幾つかあったんですが、多分もう移動していると思います。ただ今ならまだ、手掛かりとか残っているかも知れません。
連絡をして応じてくれるとは思えませんが、一応まだ通信手段もあります。とにかく、あの子を止めたいんです。
いずれ必ず裏切るつもりだったんでしょうけど……それでも、あの子は私の友達だったんです」
甘い、と思う。家族であろうと、友達であろうと、関係が冷えてしまえば殺せる。家族が崩壊した美由希が、俺を斬り殺そうとしたように。
あいつは情を失っていなかったが、それでも俺に刃を向けた。譲れない何かがあるのならば、たとえ友達でも殺せるのだ。
ましてその動機が復讐にあるのであれば、障害となれば間違いなく殺そうとするだろう。今のキリエさんはもう、イリスにとって邪魔にしかならない。
けれどそれでも、俺はあいつと戦って――再び、友達に戻れたのだ。
「イリスはきっと、貴方を殺そうとするでしょう」
「分かっています」
「イリスは多分、貴方との友情を否定するでしょう」
「……それも、分かっています」
「イリスとは必ず、戦いになりますよ」
「必ず、勝ちます」
ぶん殴ってでも止めてみせるのだと、キリエさんは涙の残る顔を微笑みにした。笑ってしまいたくなるほどに、彼女の気持ちがよくわかった。
たとえ友達であっても、裏切ったことは許さない。たとえ友情があったのだとしても、殺そうとしたことは許せない。当たり前の話だ、俺達は聖人ではないのだから。
そして何よりも、友達だから許せないことだってあるのだ。
――だって、友達だったのだから。
「分かりました、キリエさんも白旗に加わって下さい。一緒に戦いましょう」
「よろしくおねがいします」
「こちらこそ、貴方にお願いしたい――俺も、実は許せない奴がいるんですよ。家族だったのに裏切りやがった、バカ野郎がいまして」
勿論リインフォースと、イリスは違う。彼女はあくまで被害者で、イリスは加害者だ。洗脳されているのだから、裏切り行為も仕方がないのかも知れない。
しかし許せるかどうかは、話が別だ。何よりもあいつ自身がきっと、自分を許せないだろう。もしも俺があいつを許してしまえば、あいつは二度と自分を許さなくなってしまう。
だから俺は、あいつと戦うのだ――他でもない俺に斬られたその時こそ、あいつは罰せられるから。
「アミティエさんが貴方を心配して止めようとしているように、俺にも俺を心配して止めようとしている家族がいます」
「そうだったんですか……魔法使いさんはひどく傷付いていますし、無理もないと思います――私が言えたことではないですけど」
「いえ、偉そうなことを散々いいましたが、俺も貴女と同じなんですよ。心配する家族を振り切ってでも、戦場へ戻らなければならない。
たとえ家族を返り討ちにすることになろうとも、俺は戦わなければならないんです」
キリエさんに親身になっている理由の一つに、同じ境遇にある彼女への共感があった。そう、俺も彼女と同じなのだ。
大怪我をした俺をこれ以上無茶させないように、あいつが明日乗り込んでくる。
湖の騎士、シャマル――アミティエさんと同じく、あいつは実力行使に出て止めようとしている。
「キリエさん、どうか俺にフォーミュラの使い方を伝授して下さい」
――明日、俺はもう一人の家族と戦う。
<続く>
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