とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第三十七話
翌日、クロノ達から早速連絡を受けた。強制力のある命令ではなく、協力者としての要請。昨日の今日で忙しくはあったのだが、現場はシュテル達に頼んで入国管理局へと向かった。
同行者であったオルティアとノアは昨日起きた事件で地上本部と教会から呼び出しを受けており、現地はシュテルが担ってくれているので、何とか行動する時間は取れている。
確実に俺の命が狙われていると判明したので、本人の希望もあってディアーチェとユーリが同行する事になった。俺とユーリが一緒なので、ナハトもセットとなって本人は大層ご機嫌だった。
妹さんも護衛の任についていたのだが、入国管理局につくなり医務室へ引っ張られた。
「問題ありません、健康体です」
「昨晩、大怪我をしたばかりなのでしょう。身体は治っているのだとしても、せめて心は休めておきなさい」
ルーテシア捜査官、彼女は昨晩俺達と同行しなかった事を痛切に後悔していた。同じ管理局員であるオルティアに事件現場を任せる判断は正しかったのだが、本人は責任を感じている。
自分の生徒である月村すずかに負担をかけてしまったからこそ、せめてもの責任として休憩を促している。その判断も正しいので、俺からも妹さんに休養を求めた。
入国管理局内で会議する間、会議室の外で構えている必要性は低い。とはいえ妹さんも護衛の責任はあるだろうから、会議中の間自分の娘であるナハトヴァールの護衛を頼んでおいた。
夜の一族の王女と、闇の書の無限再生機構――異色とも言えるコンビが、医務室で見つめ合っている。
「……絵本を読んであげるね」
「おー」
妹さんが謎の緊張感と戦っている最中、俺も入国管理局の会議室に着席していた。リンディ提督を筆頭に、いつものメンバーが勢揃いしている。朝から皆、厳しい顔をしていた。
進捗会議なので頭脳役のアリサを呼び出したかったのだが、綺堂さくらの要望で朝から別の対応に追われている――夜の一族の王女様が、素直に俺の血を飲んだ事を告白したからだ。
身内の問題と伏せておけばいいのに、愛人を名乗る姉が筋肉フェチ事件と合わせてパニクってしまい、世界各国の姫君達にバラしやがったのだ。
日本との時差なんて関係ないと言わんばかりに、朝から元気にクレームを浴びせているらしい。俺が出血多量した事も、彼女達の不安を煽ってしまった――無論、会議室に並び面々も含めて。
「お疲れのところ呼び出してしまい、本当にごめんなさいね。貴方も怪我をしたと聞いたけれど、体の具合は大丈夫?」
「輸血を受けて、回復魔法や蘇生処置も施してもらったから大丈夫。若干寝不足だけど、頭は冴えている」
「生命を脅かされたばかりだ、緊張が抜けていないのだろう。まさかこれほどの事態に発展するとは、予想外だった。対処の甘さを反省している」
「昨日の今日だ、予測するのは困難だろうよ。目的の一つが分かっただけでも、一歩前進と見ておこう」
剣道着で隠しているつもりなのだが、次元の海を守る提督であるリンディの視線は正しく腕の怪我を見通している。心配げな表情の友人に、俺は回復の兆しを見せつけておいた。
クロノは心配よりも責任感からの発言で、俺の身を案じてくれた。責任感と気遣いが両立出来るのは、この男ならではだろう。尊敬を持って、彼の言葉を尊重する。
腕の怪我は俺の手刀による負傷なので、断裂するほどの傷ではない。若干反応は鈍いのだが、日常生活には支障はない。今日一日無理をしなければ、回復するだろう。
問題は今日というこの日を、安心して過ごせるようにしなければならない。
「この場にいる面々は皆、君の事情を理解している。その上で協力を是非とも求めたい、昨晩起きた事件について説明を頼めるか」
「分かりました、俺からも是非協力を仰ぎたい。ディアーチェ、俺の話と並行して、ベルカ自治領内部で起きた出来事を皆さんに説明さしあげてくれ」
「父の意向であるというのであれば、我としては是非もない。恥じ入る部分はないのだ、とくと語ろうではないか」
大人達を前にしても堂々とした我が子だが、決して不遜ではない。自分自身に絶対的な自信を持ちながらも、王である自分は民に支えられているという自覚もまた持っているのだろう。
全員の前で昨晩起きた事件の詳細を説明すると、我が友人達よりも我が子であるユーリの方が一喜一憂しているのが微笑ましかった。俺や仲間達の苦境を悲しみ、危機に怒りを感じている。
時系列を並行したディアーチェの説明を聞く限り、聖地への混乱は見受けられなかった。本人は否定していたが、やはりユーリの存在が大きかったと思える。
この子が聖地の頂きで民を守っている限り、何人たりとも手出しはできない。
「どうもありがとう、分かりやすい説明だった。君も現状把握や行動科学的分析に慣れてきているようだな」
「毎月、何かと問題や事件が起きているからな……ジュエルシード事件からここまで、尾を引くとは思わなかった」
「僕達としても君との関係を深める分には有意義を感じているが、君の身に起きている数々の難事には逐次たる思いを感じている。
君には平和な日々を過ごしてもらいたいのだが、周辺の複雑な人間関係を絡んでいると無関係とするのは難しいな」
考えてみると昔は何事にも無関心だったのに、今では他人であっても我が事のように干渉を求めている。真逆とまでは言わないにしろ、一年を通じて心情の変化は大きい。
その結果命を狙われていては世話ないが、命を守ってくれる人達にも出会えているので全てにおいてマイナスとはなっていない。本当に、匙加減が難しい。
両隣に座るディアーチェやユーリ、自分の子供となった少女達を見れば、少なくとも現状に嫌気はさしていない。
こうして俺の事を思っていってくれる男もいるのだしな、せめて前向きに生きていきたいと思う。
「蒼天の書強奪と聖典の破壊を行った犯人が、貴方の命を狙っている。昨晩起きた事件と同一犯だと断じる根拠はあるのかしら?」
「明確な根拠はないけれど、襲撃方法はこちらの思考や行動を読んでいた。俺の事を熟知した襲撃者が、俺に関係していた聖遺物や遺物を奪った犯人と別人とは思えない」
「あくまで主観ではあるけれど、状況を客観した上での推論ということね」
リンディと肩を並べるレティ提督は知人であろうと厳しい人だが、平等に判断する正しき人物でもある。彼女より評価を得るのは難しいが、理解を得られるのもまた喜びであった。
彼女の指摘は、俺の中で曖昧となっていた部分を正してくれたのだ。反論を許さない切り口でありながら、主張を整理してくれる如才にはいつも感心させられる。
その後も何度か質問や指摘を受けたが、質疑応答を繰り返すことで自分の中でも状況が鮮明化した。レティ提督の厳しくも正しい姿勢に、ユーリは見惚れていた。
少女はいつも、凛々しい美人に憧れるものだ。ユーリ本人も、可憐な乙女ではあるのだけれど。
「戦闘用に改造された車両、質量兵器を使用する人型兵器――戦闘機人とはまた一線を画する兵器であるようだな」
「どちらかといえば、管理外である自分の世界にある兵器に似ていましたね。軍事に関してあまり詳しくないので、あくまでもイメージでしかありませんが。
実のところ無理を押して今日出席したのも、ゼスト隊長達にこの事をお聞きしたかったという点も大きいです」
「私達が追っていた戦闘機人事件――研究者であるジェイル・スカリエッティは黒幕の要望でガジェットドローンを製作していた。
指揮官型であるローゼちゃんからも詳しい話を聞いたのだけれど、あのシリーズと類似する技術が見受けられるわね。
そういった意味でいえば今回、オルティア捜査官がジェイル・スカリエッティを疑うのは決して的外れではないわ」
「クイントはジェイルを疑っているのか?」
「いいえ、全然。あの人、私の息子である貴方を信望しているもの。貴方が睨みをきかせている限り、あの人もこのような暴挙には出ないでしょう」
「貴方じゃないでしょう、この子は私の息子――でも、同感だわ。この事件は、スカリエッティによる犯行ではない。
ただ犯人像と結びつかないという根拠はあくまで、私達が貴方を通じてスカリエッティという人間を知っているからでしかない。オルティア捜査官を納得させるのは難しいわね」
ジェイル・スカリエッティは事件の黒幕である最高評議会により戦闘機人の製造と量産を求められた。彼は研究成果と戦闘機人達を連れて俺に合流し、最高評議会を見捨ててしまった。
戦闘機人への経緯も非常に複雑だ。現在製造されている戦闘機人達は全て、彼の手によるものではない。
セッテ達は過去別の研究所から廃棄された戦闘機人の改良体であり、ディードとオットーだけが俺の遺伝子を元にジェイルが製造した戦闘機人である。自慢の子供達だと、絶賛していた。
月村すずかとヴィヴィオはクローン技術で製造された特別体であり、戦闘機人とは異なる。いずれにしても彼の兵器には、生命が宿っている。
「魔導兵器でも、戦闘機人シリーズによる技術兵器でもない。となると、全く別の概念より製造された改良兵器ということになりますね。
地上本部が詳細を把握していないとなると、次元世界の海を管理している本局辺りに手掛かりはないだろうか」
「左遷されているとはいえ、本局へのアクセス権は許されている。執務官特権や提督の権限も用いているが、何しろ昨日の今日だ。調査中の段階だが、今のところは不明だな。
君も言った通り、管理外世界には質量兵器も多数存在している。管理局も次元世界全土を把握しているわけではないからな、どうしても時間がかかる」
「つまり、クロノ達はミッドチルダとは別の世界から持ち込まれた技術の線を疑っているのか」
「少しだけ違うわ、リョウスケ君。その線も含めて、あらゆる可能性を洗い出している段階よ。貴方の話を聞いて、可能性を一つずつ特定していっているの」
結論を急ぐのが民間人の悪癖とまでは言われていないにしろ、大人であるリンディ提督に微笑み混じりに窘められると少しばかり恥ずかしくなってしまう。綺麗な人なので、余計に。
現状分かっているのは、敵側が持ち出した技術はクロノ達には該当しない技術であるという事だ。地上本部や本局が把握していないとなると、厄介である。
昨晩の戦闘で、俺という剣士の全てを掌握されている事が判明してしまった。意表をつけたのは、妹さんの特異性という一点のみ。剣士としては、敗北したのと同じだ。
切り札をまだ持っていると仮定すると、難儀極まる。敵の上を行くのは仲間を頼るしかないのだが、昨晩の妹さんのように仲間を傷付ける事になりかねない。
「お父さんが狙われている以上、一刻の猶予もありません。わたしが、出ます」
「……ユーリ」
温厚な性格の愛娘が珍しく、思い詰めた表情で挙手する。昨晩自分さえ出れば敵戦力を滅ぼせていたのだという事実、自信よりも悔恨が滲み出ている。
事実としては、その通りだ。俺は聖地を優先してユーリに主語を命じたが、もし前線に出ていればあの程度の戦力はユーリ一人で滅ぼせていただろう。
敵がどれほどの戦力を有しているのか分からないが、ユーリならばどうにでもなる。永遠結晶を完全制御するこの子は、文字通りの人型兵器だ。
クロノ達は反対こそしていないが、眉を顰めている。俺の護衛という点では申し分ないが、巨大要塞に等しい彼女に全て丸投げするのは開戦と同様である。
「よさぬか、ユーリ。皆が困っているではないか」
「止めないで下さい、ディアーチェ。お父さんが狙われて、すずかさんが殺されかけたんですよ」
「そう熱り立たず、まずは我の話を聞け」
……? 不思議だ。ディアーチェの苛烈な性格であれば、まず真っ先にユーリに賛同して敵を滅ぼすと思っていた。長女から窘められて、ユーリも不満げに睨んでいる。
会議で話し合った内容を一通り吟味していても、ディアーチェは特に何も言おうとしなかった。敵への怒りも、味方への不満も、一切何も言わない。
それどころか、むしろ自信に漲った顔で会議の様子を見下ろしている。愚かな臣下達の未熟を優しく見守る賢王であるかの如き振る舞いであった。
敢えて口を出さず会議を見守っていると、ディアーチェが堂々と語り始めた。
「わざわざ話し合わずとも、敵の技術については結論が出ているではないか。忌々しくも父のお膝元を持ち出した蒼天の書――つまり闇の書だ」
「! 待て、ディアーチェ。あの聖遺物が闇の書であるかどうかの結論はまだ、出ていない」
「結論は既に、敵が見せつけておる。聖王教会騎士団を壊滅してリンカーコアを奪い取り、蒼天の書に悪用な改竄を行って闇の書の力を引き摺り出したのだ。
我らも元は蒼天の書より産み出された父の子、かの魔導書に秘められた技術の恐ろしさは理解しておる」
クロノからの反射的な反論も、ディアーチェは状況判断から結論を唱えている。待て待て待て、我が子よ。その点は実にデリケートなんだぞ。
今ディアーチェが言ったことは、事実を知っていれば誰でも分かることである。今まで言わなかったのではなく、言えなかったのだ。
慎重に事を進めていかないと、夜天の魔導書の主である八神はやてや守護騎士達にまで巻き込んでしまう。蒼天の書と闇の書を結びつけるのは、慎重に行わなければならない。
止めようとするのだが、既に火蓋は切られてしまっていた。
「……昨晩リョウスケ君達を襲った人型兵器も、闇の書が作り出した技術の産物であるというのかしら」
「いや、我とて性急に現時点でそこまで断定するつもりはない。ただ現在、魔導書が悪用されているという点を明らかにしたかった」
「意味が分からないわね、ディアーチェさん。憶測だけで物を言っているとしか聞こえないわ」
「何を言う、我は父の子であるぞ。誰よりも此度の事態を受けて、この点を言及する義務がある。蒼天の書が闇の書であれば、主は唯一人。
父より産み出された我々は見ての通り正義を体現した存在、一方敵が使用する技術は全て民を傷付ける悪辣な兵器と成り果てている。
であれば――父が所有する限り、闇の書は蒼天書であり続けるということだ。人の世を安穏へと導く、平和を記した書物として」
げっ、こいつ凄い事を言い切りやがった。現在判明した事実を、さも過去からの真実であるかのようにいい切ったのだ。
蒼天の書が闇の書と同一であることは、今まで何度も行われた分析でほぼ解明されている。決定的ではないという一点を今、ディアーチェが結論づけてしまったのだ。
前提が明らかになれば、事実は判明する。蒼天の書から産み出されたディアーチェ達が俺を父だと慕っている以上、誰がどう見ても俺が主だということになる。
そして敵に奪われてもディアーチェが全く変わらず人々を守り続けているのは、昨晩聖地を守り抜いた実績が証明してしまった。
俺の影響下にあれば魔導書は安全な蒼天の書となり、敵に渡ってしまうと危険な闇の書となってしまう。こいつは自分の存在証明を持って、蒼天の書の安全性を担保した。
頭のいいアリサやシュテルでは考えられない、王としての断定。民の憶測を格言を持って真実としてしまう、覇王の宣言。
ロード・ディアーチェという少女でしか行えない、力技であった。
「我としては早く敵より魔導書を奪い返して、父の手に戻すべきだと苦言する。とはいえ"聖王"といえど個人の所有となってしまうのは、お前達としても腹に据えかねるであろう。
今まで通り聖王教会に聖遺物として厳重に保管することが、最善であろうな。強奪の失態こそ犯したが、今後は父の後継者である我がベルカ自治領を支配する。
二度と同じ過ちを侵さぬように我自らの手を持って管理することを、お前達の前で誓おうではないか」
――息を呑んだ。確かに敵に奪われてしまった以上、取り返した魔導書をどう扱うべきか決めていなかった。大切な点を見落としていた自分に、歯噛みする。
俺ははやてや守護騎士達を守るべく口をつぐむばかりで、魔導書自体について考えが及ばなかった。確かに危険だと判断されれば、管理局に封印されてしまうかも知れない。
ディアーチェはそこまで想定した上で俺以外の手に渡ることの危険性を説き、手元に置くべきだと断ずる。その上でクロノ達の立場も顧みて、落とし所まで用意する。
最後はよりにもよって奪われたのは自分の責任であるとまで告げて、新たな誓いまで立てる――ああ、本当に。
「……見事なまでの威勢の良さね。リョウスケ君、貴方によく似た子だわ」
「自慢の子ですよ、レティ提督」
目を伏して耳打ちするレティ提督に、声も出ないほどに感心させられたと俺は笑って回答した。ユーリも気勢が削がれたのか、大人しく座り直した。
全てをこの場で決まったわけではないが、今回のディアーチェの提案は強烈なインパクトを与えた。恐らく事件がこのまま解決させることが出来れば、この子の意向は叶うだろう。
そのためには必ず、俺達の手で事件を解決しなければならない――会議を終えて、ディアーチェに話しかける。
「ディアーチェ、立派だったぞ」
「ふふん、シュテルにばかりいい顔はさせぬぞ父よ」
「そうです、わたし達だってお父さんの子供なんですから!」
なるほど、自己アピールの意味もあったのか。今日が我が娘のいいところを沢山見れて、非常に満足させられた。
クロノ達と情報共有は出来たが、調査に結論が出るのは時間がかかるらしい。任せっぱなしにはせず、こちらも動かなければならない。
昨晩思い知った反省を元に、対策を立てる。
「お父さんに言われたので出撃は自重しますけど、わたしやディアーチェも同行はしますよ」
「うむ、ちょうどいいしな」
「むっ、何か考えがあるのか父よ」
ディアーチェの期待のこもった眼差しに、俺は我知らず苦笑いしてしまう。
昨日敵とやりあってみて、わかった――無理だ。
少なくとも敵の正体がわからない限り、俺が敵を頭脳で上回るのは不可能だと悟った。
「チーム編成を変える――頭のいい連中を揃えよう」
<続く>
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