とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第三十六話
ジェイル・スカリエッティ博士の秘書役であるウーノ、彼女は常に博士の最新技術と実験結果を反映して改良している女性である。
自身を博士が製作した最新情報機器と直結しており、機能を管制して知識と技術を研鑽している。この技術を持って、時空管理局最高評議会の全資金を強奪出来たのだ。
彼女の固有技能フローレス・セクレタリーは高度な知能加速を持つ情報処理能力向上チューンであり、ミッドチルダに存在するあらゆる情報や知識を蓄えることが出来る。
つまり、人間カンニングペーパーなのである――本人に言うと、怒られるけど。
「お待たせして大変申し訳ありません、フローリアンさん」
「いえ、事件があったと聞いてあたしも心配して――腕、怪我されたんですか!?」
深夜にまでなってしまったというのに、ホテルアグスタのスイートルームでキリエ・フローリアンさんは待っていてくれた。包帯を巻いた腕を見るなり、彼女は飛び上がって駆けつける。
戦いで起きた名誉の負傷であれば胸を張れるのに、自分の手刀で斬った怪我だと自作自演みたいで少し恥ずかしい。妹さんを救った怪我なので、特に後悔はないけれど。
動脈まで切り裂いた怪我だが、腕を落とすほど大層な切れ味ではない。血管や神経は綺麗に再接合されており、輸血も終えたのでこうしてホテルへ訪問することが出来た。
そうした経緯を本日の約束を心待ちにしていた少女に、半ば冗談交じりに話す。
「大事にはなりましたが、不幸中の幸いにも怪我のおかげで今晩の予定は全てキャンセルとなりました。
実を言うと怪我の治療を口実に、お偉いさん方の追求から抜け出してきたんです。フローリアンさんさえよければ、しばらくここに匿って下さい」
「魔法使いさん……あはは、分かりました。ゆっくりお話しましょう、ルームサービスを頼みますね」
自分との約束の為に大切な仕事を抜け出してきたのだと知れば、フローリアンさんは申し訳なく思うだろう。自分の意志でサボったのだと申告したのだが、彼女には見抜かれてしまったようだ。
両親の病気と故郷の荒廃で、心を強く痛めている彼女。焦燥で気が急いているが、一晩経って少しは落ち着いたのか、笑顔が戻っている。人の気遣いも察せられるほどに、思考も冴えている。
俺自身も今日起きた事件の事は気掛かりだが、俺一人が慌てても仕方がない。事後処理だけでも余裕で一晩はかかるだろうし、怪我人が出しゃばっても邪魔になるだけだ。
とは言え、静かに眠れる状態でもない。こういう場合、他人の悩みでも聞いていたほうが気が紛れる。
「改めて、紹介いたします。こちらは広大なミッドチルダでも有数の名医である方の助手を務められている、ウーノ研究医です」
「ご紹介に与りました、ウーノと申します。火急かつ内密の案件との事で、博士本人ではなく私がお話をお聞きいたします」
「あっ……や、夜分遅くにありがとうございます。お父さんのこと、何卒よろしくお願いいたします!」
昨日の今日で世界最高峰の医療関係者を紹介されたとあって、フローリアンさんは感激に涙さえ滲ませて俺を見つめている。すいません、俺の知る医療関係者はフィリスとジェイルだけなんです。
ジェイル・スカリエッティ本人を呼ばなかった理由は、フローリアンさんに説明した内容が大半である。後は肝心の博士が、オルティアに容疑者候補として睨まれて動けないという点くらいか。
俺本人が連絡しても嫌がられる可能性があったので、ヴィヴィオ達を経由して依頼したのである。本人も渋々という感じだったが、博士本人が承諾すれば彼女は基本的に断れない。
医療分野にも詳しいのは事実なので、一応フローリアンさんには嘘は言っていない。
「約束の時間を大幅に過ぎてしまったこと、改めてお詫びします」
「い、いえ、無理を言ったのはあたしですし、ホテルの支配人さんからも連絡は受けていましたから!
ただ、その……あたしも気になって、自治領の人達の噂とか聞きまして――
魔法使いさんが危ない目にあったのは、本当ですか?」
「心配してくださったんですね。見ての通り怪我こそしましたが、何とか無事に済みました」
「……あたしはずっとここにいたのに、どうして事件が……」
俺から話を聞かされて、フローリアンさんが難しい表情で唇を噛んでいる。一瞬何を言っているのか分からなかったが、幸いにもすぐに気付けた。
フローリアンは今火急の要件で悩んでいるのに、事件が再び起きてしまったのだ。世界を超えてまで覚悟を決めてきたのに、ここでも理不尽な事件が起きれば嘆きたくもなる。
何しろ、この事件はフローリアンさんには何の関係もないのだ。余計なことに関わらず、俺には自分の件に注力してもらいたいのだろう。
何とか彼女を励ましたいと思い、俺も民間人に話せる範囲で事情を説明した。
「あくまでテロではなく、我々が目的だったようです。事件の操作を行う私達が、目障りだったのでしょう。
言い換えると、我々が事件の真実に迫っている証明でもあります。早く事件を解決して、フローリアンさんのお力になるべく尽力します」
「は、はい……あの、犯人を見つけるまで捜査は続けるんですよね?」
「無論です。犯人の狙いは我々であり、私を殺すことを目的としているのですから」
「違います、魔法使いさんを狙うなんて考えていません!?」
「えっ……?」
「あっ――その、魔法使いさんはあたしのような一般人にも親身になってくださる、優しくて素敵な人です。絶対狙うなんて考えていませんよ、犯人は。
な、なにか勘違いと言うか、不幸な事故というか……魔法使いさんの事を話せば、きっと分かってくれると思います!」
(……何なのですか、陛下に対するこの少女の謎の信頼感は)
(藁にもすがる思いなんだろう)
(なるほど、藁だというのであれば大いに納得しました)
(俺への評価が、フローリアンさんのと比べて圧倒的に低い!?)
フローリアンがやけに俺と犯人双方の肩を持つ博愛心に満ちた発言をしていると、ウーノが厳しい眼差しで俺に耳打ちしてくる。最高評議会の全資金を無理やり強奪させた恨みは骨髄であった。
話せば犯人も分かってくれる、高町なのはあたりが言いそうな事だ。しかし確かに、犯人を説得するという考え方は一切なかった。何しろ妹さんを殺されかけたのだからな。
犯人は俺だけではなく、仲間まで容赦なく殺そうとした。そんな奴を許せるとは思えないが、実際に対決すればどうだろうか。
あの時は剣を持っていなかったが、今は一応剣の代わりはある。血で染まった、車両の破片というふざけた代物だけど。
「あの――もし犯人が見つかれば事件は解決して、お父さんの事についても話は進みそうですか?」
「昨日シュテルはあのように厳しく言っていましたが、私としてはフローリアンさんの件も急ぎ進めていかなければならないと考えていますよ」
「あ、ありがとうございます。なるほど……犯人を見つければいいんだ……
――犯人に、すればいいんだ……」
「フローリアンさん?」
「すいません、変なことを聞いてしまいましたね。せっかく貴重な時間を頂いているんです、早速お話をさせて下さい。
頼まれていました、お父さんの診断カルテデータを持ってきました。先生にも確認して頂いてもよろしいですか?」
「え、ええ、拝見しましょう」
鬱屈とした感情を見せて俯いていたフローリアンさんが、何か吹っ切ったように明るく顔を上げて、情報データ媒体をウーノに渡す。
テンションの上げ下げに目を丸くしながらも、ウーノはデータを受け取って手持ちのコンソールで情報解析を素早く行っていく。
俺には解析能力はないのでお茶を飲んで休んでもられないので、フローリアンさんより改めて病気の父親に関する話を聞いておいた。
一旦解析を終えて、ウーノがフローリアンさんや俺に説明を行う。
「まず結論から申し上げますと、診断を行った医師の見解は正しいです。フローリアン様には心苦しいのですが、お父様の余命についても長くはないと言わざるを得ません」
「っ……わ、分かっています。だから魔法使いさんや、先生に頼みに来たんです! お願いします、どうかお父さんを助けて下さい!!」
ウーノは博士至上主義であり、人間に関する興味は低い。俺に頼まれたとはいえ、フローリアンさんの心情や状況を思い煩うような女性ではない。
真実を口にしたのは配慮は不要という前提もあるだろうが、既にフローリアンさんが状況を理解しているということくらいは考慮してくれているのだろう。
慰めを口にしても、救いとはならない。余命の宣告廃止にとっても心苦しい場面なのだろうが、だからといって嘘をついても患者を救うことにはならない。
余命宣告の是非は、医師にとっても絶対の命題の一つとも言える。少なくとも、ウーノを責める気はなかった。
「昨日提案にも上がったんだが、荒廃している惑星の環境が原因であれば、何とかして惑星から外に出せば改善の見込みも出てくるんじゃないか」
「残念ですが相当に衰弱した状態であり、星を出ても回復の可能性はかなり低いでしょう。診断した医師もそう言っていませんでしたか?」
「……はい、医療データを持って色々回ってみたのですが、どうしてもっと早く星を出ていなかったのか、言われました……
お父さんやお母さんがどれほどエルトリアを救おうとしたか、何も分かっていないくせに!」
テーブルを拳で鳴らしておいて、フローリアンさんが血を吐く思いで訴えた。この問題、性質が悪いのは誰も悪くないという点である。
交配した故郷に居座り続けたのが悪いと言われたら確かにその通りなのだが、だからといってフローリアンさんの両親を責められない。
診断した医師の方々も、非はない。本当にどうしようもないのだ、どれほど責められても治療を行うのは無理なのだ。
すすり泣くようにして顔を上げ、フローリアンさんは俺に懇願する。
「魔法使いさんの奇跡で、お父さんを治せませんか。あたしにはもう、貴方しか頼れる人がいないんです」
そう言われても、法術は使えない。そもそも制御不能な力なので、本当に彼女の父親を治せるかどうかわからないのだ。
そして使ってしまうと、蒼天の書を奪った犯人にバレる可能性が非常に高い。どういう手段を用いているのか知らないが、明らかにこちらの動向を伺っている。
シュテルの言う通り容赦なく切り捨てるしかないのだが、力にはなってやりたいと思う。さりとてウーノの見立てでは、どうやら延命も難しいようだ。
諦めたくはないが、法術は使えないので奇跡もアテには出来ないし――
……
……よし。
「ウーノ研究医、医師の診断を肯定した見解ですよね」
「ええ、それが何か?」
「医師の診断はあくまで、医師の技術と現代医療に基づいた見解です――その枠を広げても、可能性はありませんか?」
「枠を広げる――まさか!?」
「現代医療ではなく、『私』に基づくあらゆる可能性を探ってください。この際費用とか法律とか、一切合切考慮せずに申し立てて下さい。
本当に法律を無視してはいけませんけど、その辺は全部俺が何とか調整しますから」
法術は、確かに使えない――その代わりに法術以外のあらゆる全てを使い倒せと、ウーノに命令する。
現代医療ではなく俺に基づく全てであれば、ジェイル・スカリエッティ博士の生命研究や地球の医療技術、俺が保有するあらゆる人脈や時空管理局、聖王教会などの組織力もアテに出来る。
そして人間のみならず夜の一族を筆頭にした人外勢力、妖怪達百鬼夜行の伝承や奇跡、聖王のゆりかごを始めとする魔導技術より産み出されたシュテル達などの絶対的能力。
俺を持つ全てを、俺の責任のもとで行使していいと許可を出す。奇跡を起こすべく、あらゆる全てを使い倒す。
「認められません。莫大な負担が、貴方に伸し掛かります」
「俺がいいと、言っているんです」
「ハッキリ申し上げましょう。フローリアン様お一人の為に貴方の持つ全てを行使するのは非論理的であり、非生産的です。そのような奇跡に、何の意味がありますか」
偉業ではない奇跡などただの自己満足だと、ウーノは冷徹に指摘する。あんまりないい草に、フローリアンさんは絶句している。
フローリアンには理解不能な指摘だが、彼女の立場からすれば正しい。ウーノはあくまで博士のために、渋々力を貸している。
そんな彼女からすれば、労力に全く見合わない真似をされるのは迷惑でしかない。少女の父親一人にあらゆる全てを使うなど、時間と労力の無駄でしかない。
少女の両親が死ぬという点を差し引けば、まったくもってウーノの指摘は正しい。
人情では、彼女は絶対に動かない。だから、俺とは相性が悪い。彼女に命の大切さを教えるのは、限りなく無意味だ。
人間賛歌で、この女は絶対に動かない。愛や優しさで人は救えても、人の命は救えないからだ。
生命を決して、軽んじない――だからこそ生命研究の助手が務まる、生命の価値を知っているから。
「意味ならある」
「何でしょうか」
「俺が起こす奇跡で彼女の父が救われれば、ジェイル・スカリエッティの生命研究が報われる」
「――っ!」
「もう一度だけ、言う。俺が持つ全てを使って、神ではなく人による奇跡を起こせ。彼女の父だけではなく、あんたの父が呼ぶ生命というものを救うために」
ジェイル・スカリエッティは聖王教会に自首して、夢の追求を終えた。俺という人間の全てを見届ける事で、彼は生命の可能性を追求しようとしている。
その点について、俺は是非を問う気はない。ジェイル・スカリエッティ本人も納得している生き方だ、誰であろうと口は挟めない。
だが研究を一緒に続けてきた人間が、研究を断念して何も思わないはずがない。大切な人であれば、特に。
「私に、貴方を利用しろというのですか」
「その通りだ。俺を思う存分、生かしてくれ。それが出来るのは戦闘機人の中でも、あんたしかいない。
だから俺は今日ここに、あんたを呼んだ」
「……フローリアン様、一晩時間を下さい。可能性を、追求してみましょう」
「あっ……ありがとうございます、どうかよろしくおねがいします!」
「お礼ならば、陛下にどうぞ。その御方は、あなたの為に奇跡を起こすおつもりなのですから」
そう言って、この日初めてウーノが微笑んだ。優しさではなく諦め、この人には敵わないと半ば呆れたようにため息を吐いている。
法術を使わずに奇跡を起こせるのかどうか、わからない。でも今日死にかけて、思ったのだ。
法術ではなくても、奇跡を起こせるのではないかと――妹さんの復活を見て、感じられた。
「魔法使いさん、貴方に頼んで本当に良かったです。ありがとうございま――あれ?」
「? どうされましたか」
「魔法使いさんが腰に提げているもの、見せてもらってもいいですか」
――キリエ・フローリアン。エルトリアという惑星より生まれ、過酷な環境を自身の能力と技術で育った少女。
俺にとって未知を持つ少女が、俺と月村すずかという王女の血に染まった"素材"に関心を持った。
<続く>
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