とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第三十八話





 自由に旅をしていた頃と違って、家も立場もある今は非常に忙しい。クロノ達との会議を終えて、俺は入国管理局を経てそのまま聖地へと舞い戻った。

昨晩起きた事件の詳細報告を終えて、クロノ達は本格的に捜査開始。白旗に籍を置いているルーテシア・アルピーノが俺の警護として同行する事になった。

俺の母を名乗るクイントが責める事はなかったのだが、本人は強い責任を感じていて、今日から俺と一緒に捜査するといって聞かなかったのだ。防ぎようのない事態ではあったのだが。


いずれにしても今、ミッドチルダでは立て続けに事件が起きている。関係者一同が集まって、今度は現地で作戦会議が行われる事となった。


「お疲れ様です、メンバーを交代されたのですね」

「市街戦に発展しかねない事件が昨夜、起きてしまったからな。人員を増強しておいた」


「よろしくおねがいしますわね、麗しい捜査官様」

「陛下のご要望とあれば、教会も惜しみなく協力致しますわ」


 ジェイル・スカリエッティは引き続き事情聴取中で、ウーノはキリエ・フローリアン案件で別行動。性格に難はあるが、仕方なくドゥーエとクアットロの二人を呼んだ。

暗殺者と幻惑者という謎のコンビだが、戦闘機人の中では頭脳陣として活躍する面々である。極悪極まりない性格だが、敵もテロリストなので悪党の考え方を呼んでくれると期待したい。

それにこの両者は、教会や戦闘機人と強く繋がっている姉妹だ。今後時空管理局や聖王教会と連携して進めていかなければならない以上、パイプ役は必須である。


麗しくも悪辣な姉妹に皮肉な挨拶されても、氷の如き捜査官には通じない。平然とした態度で、社交辞令を交わしていた。


「交代要員の方々も列席されていますので、昨晩発生したテロ事件について現在の捜査状況も含めて私から説明させて頂きます」

「オルティア捜査官、同行していたシュテルはどうしたんだ」

「地上本部より連絡がありまして、ただ今取り次いで頂いています。後ほど正式に、あなたにもお時間頂くこととなるでしょう」


 内容を聞いたのに概容を説明する、女傑捜査官。一瞬眉を顰めたが、感情も見えぬ彼女の美貌を目にしてすぐに納得した。同席しているクアットロ達に聞かせられない話ということだ。

無理もない話である。彼女の中ではジェイル・スカリエッティも容疑者候補の一人、彼が製作したと思われている戦闘機人達の前で有事に関わる内容は述べられない。

捜査会議への参席を大目に見てくれているのは、"聖王"である俺への配慮だろう。聖王教会との関係にヒビを入れられないジレンマを、こうした配慮で補っているのだ。


荒くれ者達が集う傭兵団を統率した元団長のこうしたバランス感覚は、卓越している。


「廃棄都市の消滅に改造戦闘車の大群による襲撃、"聖王"陛下の命を狙った戦争。これら全て地上本部管理下の地で起きた事実に、地上本部も強い警戒を示しています。
一刻も早い事件解決に向けて本部では捜査本部を立ち上げ、ベルカ自治領への協力と支援を決定いたしました」

「"大々的"という冠がつかないのは、本部の方々が及び腰だという姿勢を見せているのかしら」

「捜査本部を立ち上げた当日に私が派遣された事への意味、とご理解頂ければ幸いです」

「言い当て妙ね、どのような解釈でも可能だわ」


 大々的に捜査を行うと明言しない意図をクアットロが追求するものの、オルティア捜査官は凛とした態度で受け答えに応じるのみ。手強い相手に、ドゥーエが赤い唇を緩ませている。

策謀が交差する恐ろしい女達に、純粋なユーリが隣で縮こまってしまっている。王であるディアーチェは大したもので、腕を組んで朗々とした態度を崩さない。


視線の応酬は不毛とばかりに、ルーテシア捜査官が捜査資料を手に解釈する。


「合同捜査本部の要請が来ないのは、地上本部が独自に動くと見ていいの?」

「昨日は聖王教会の聖遺物が強奪され、教会騎士団は壊滅。翌日はミッドチルダの廃棄都市が消滅し、その跡地で大規模な戦闘が勃発。
こうした状況下で時空管理局と聖王教会の合同本部となると、民間への抑圧と不安を招くという判断によるものです」

「今後もテロ事件が起きますと宣言するようなものだといいたいのね、大人の人達は」


 ……捜査会議の間でも変身魔法や演技はしなくてもいいのと思うのだが、ルーテシアは大真面目に利発的な子供を演じてオルティアと話し合っている。

彼女達の唱える目的も一理あるのだろうが、今の聖王教会と管理局の関係を考えると、主導権争いの火種となることを懸念している面もありそうだ。

聖女の予言成就と聖王のゆりかご発見で今、聖王教会は隆盛を誇っている。力関係も大きく変わりつつある今、両組織のパワーバランスは危うい均衡を保っていた。


良好な関係を築きたいが、主導権は握っておきたい。だからこそ合同本部は立ち上げず、敢えて連携という形で手柄の先取りを狙っている。


「非常時であるというのに、いつの世も権力者達の浅ましき政争は続いているようだな。まったくもって、くだらぬ。
何だかんだといいながら人ではよこさず、自分たちで解決する腹なのだろう。男児の見栄っ張りなど、メッキにもならぬわ。

民を脅かす事件を政争の具にする亡者共に、我が負けると思っておるのか。こうなれば我が直々に出向いて、敵を一掃してくれようぞ」

「お前が出ていって一人で解決したとすれば、手柄の横取りになるんじゃないのか」

「むっ……ち、父よ。我はあくまで民を思うての事であってだな――」


 俺は父親だ、聡明な娘の主張したいことなぞ理解している。何だかんだで血気盛んな愛娘が微笑ましくて、つい言ってやりたくなっただけだ。

俺の指摘を受けて、ディアーチェは顔を赤くして弁明している。民を第一に考えての決意表明であり、武功による立身出世謎王は望まないのだと。

ディアーチェの主張は理解できるが、世界会議や聖地戦乱を経験している俺は管理局の立場を訴えるオルティア捜査官の意見にも共感できるのだ。


管理局からすれば突然現れた"聖王"や白旗に所属する怪物達を見れば、戦々恐々とするのは当然だからな。


「管理局からの捜査員増強は望めそうにないというのが現状でしょうか」

「"ルーテシア"捜査官の現所属を考慮いたしまして、本日本部と直接交渉を行って本局からの捜査協力は認められました」


 つまり左遷させられたクロノ達の捜査支援は許可されたという事になる。別にコッソリやっていた訳ではないのだが、黙認ではなく公認となった事実は大きい。

本局と地上本部の関係は、お世辞抜きでもあまりよろしくないと聞いている。ましてクロノ達は最高評議会から睨まれている左遷組だ。

地上本部が全て黒幕に取り込まれてはいないにせよ、今大々的な人事改革が行われている最中。聖王教会の膨張に合わせて、地上本部も変革されていっている。


こうした中でのクロノ達の立場は危うい。地上本部の正式な協力は得られないにせよ、代償を交渉してくれたオルティア捜査官の手腕には感謝したい。


「捜査本部の指揮権ではありませんが、現場での指揮と出向は引き続き継続となります。本部への連絡や要望がありましたら、私にお願いいたします」

「ありがとうございます、大変心強いですよ。教会への交渉などあれば、俺が取り次ぎましょう」

「ええ、事件解決に向けてせめて私達が足並みを合わせましょう」

「……」


「私とは握手、していただけませんか?」

「い、いえ、よろしくおねがいします」


 ――差し出された白き手のひらと、優しい微笑み。初めてというべき信用を向けられて、俺は信頼と共に握りしめた。


吊り橋効果では、断じてないだろう。オルティア・イーグレットという女性は決して、情にほだされない。愛する男性であろうと、罪を犯せば容易く弾劾できる人だ。

昨日一日を通じて、信用を得られる何かがあった。俺には心当たりはないが、少なくとも信頼に値するものではなかった。今はまだ、信用に留まっている。


それでも価値はあると、思いたい。少しずつでも歩み寄っていけばきっと新しい力と、なるはずだ。


「事件の詳細については今説明させて頂いた通りです。改造戦闘車は廃材を流用したもので、ノアさんが心当たりを回ってくれました。
どうやら大小あれど、各地の廃材や物資が盗難にあっているようです」

「戦闘改造車のデータも拝見いたしましたわ。どうやらこの改造の数々、ベースとなる技術があるようですわね」

「デタラメに改造しているのではないということか、奇々怪々な外装をしていたんだが」

「人型兵器については技術参照による作品、改造車についても恐らくそのまま流用したのでしょう。効率を重視していますわね」


 芸術性はないとクアットロが呆れた顔で指摘し、主張性はないとドゥーエは無関心な顔で追求する。二人の見解に、オルティアが解を導き出した。俺も同意見だ。

つまりこの犯人は、テロリストではない。テロ行為はあくまで手段であって、目的ではないのだ。テロリズムによる主張や美学を求めていない。


世間を騒がせているのではなく――


「世界を巻き込んでも陛下を殺したくて仕方がないのですわ、このお馬鹿さんは。目的がわかれば、手段も見えてくる」

「まさか、次の手が分かるのか!?」


「廃棄された空港から、航空機が奪われたのでしょう――陛下の頭に、落としてくるでしょうね」


 実に楽しそうに犯罪者理論を述べてくる、極悪姉妹。

航空機テロ――まさか空戦を、仕掛けてくるのか!?


ことごとく剣が通じないやり方を仕掛けてくる犯人に、歯噛みした。


(アタシとユニゾンすれば一応空を飛べるんだけど)

(何だと!? でもあの龍女との戦いの時は、飛べなかったんだが)

(猫姐さんのシゴキでお前の魔力量はマシになってるけど、長距離飛行は無理。何よりお前は、肝心のセンスがねえんだよな)


 酷いことを言われているのだが、実を言うとアギトの言いたいことは何となく察している。

そもそもの話、剣とは地に足をつけて振るものであり、滑空して斬るのは難しい。シグナムほどの技量があれば話は別だが、あいつはそもそも大剣なので目標とするべきポイントが異なる。


空戦は魔力量も必要とされるので、長時間及び長距離は危ないそうだ……悲しい。


「航空機の改造となると、大規模な爆撃も予想されますね。聖地を脅かされれば、かつてない規模の破壊となるでしょう。何としても阻止しなければなりません」

「未然に防ぐのであれば、本拠地を叩くしかありませんわね。魔力探査が望ましいですが、敵は未知なる技術も持っている。隠蔽を行われれば、探査は難しい」

「とはいえ、規模の大きな改造には土地と施設が必要となるわ。ある程度見えてきたし、候補地を絞りましょう」


 ――聡明な女性が三名も揃うと、凡庸な男一人が口出しできる点は何一つない。その事実を、特に情けないとは思わなかった。

必要とされていないと考えると気持ちも暗くなるが、彼女達だけでどうにか出来る局面であるのならば、見通しは明るくなる。


戦略面をオルティア達が考え、戦術面をディアーチェとユーリが組み立てる。魔導師による空戦で、ユーリとディアーチェのコンビに勝てる奴はこの世にいない。


俺は責任者として彼女達を信頼して、全権を託せばいい。何があろうとケツを拭くのが、自分の大切な仕事だ。彼女達に任せよう。

ドンと構えて椅子を温めていると、オルティアに通信が入った。短く受け答えして、俺に顔を向ける。


「シュテルさんが迎えにいらっしゃいました。お話はついたそうです、参られますか」

「ああ、責任者同士で話をつけてくる」


 ――シュテルとオルティア、二人がどんな段取りを付けたのか分かっているので、首肯するのみ。

地上本部の責任者、レジアス・ゲイズ中将が俺を待っている。















<続く>








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