とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第二十五話
シュテルの提案には一つ、大きな問題がある。提案の中身自体はこの子の手腕によるもので信頼しているが、肝心の相手は時空管理局地上本部の頂点に君臨するレジアス・ゲイズ中将。
ご近所のおばさんではないので、アポイントメントという大切な過程が必要となってくる。プライベートなやり取りなんぞしていないので、取り次いで貰わなければならない。
俺個人のコネクションなんぞある筈がないので、カレドヴルフ・テクニクス社の社長という権限を用いる必要がある。業界最大手のカードを使用してこそ成立する、会談。
となれば当然カレドヴルフ・テクニクス社のスポンサーである、カレイドウルフ商会――カリーナ・カレイドウルフの耳に、思いっきり入るのである。
「話は全て聞かせてもらいましたの。聖遺物の強奪に、聖王教会騎士団の壊滅――よくもお前という田舎者を支援したカリーナの顔に、泥を塗ってくれましたわね。
失敗は許さないと言った筈ですの。だというのにこの大失態、教会の権威を揺るがす事態になりかねない状況に陥っていますの」
「……」
「"聖王"などと持て囃されて、自惚れていたのではありませんの? お前なんぞ所詮このカリーナの力がなければ、何処ぞと知れぬ田舎者に過ぎませんの。
お前如き田舎者には生涯無縁な縁談の数々を進めておりましたが、全て破棄しようと考えていますの。当然ですわよね、無能に相応しい花嫁なんてこの世にはおりませんから」
「……」
「カレドヴルフ・テクニクス社の社長も、即刻辞任してもらいます。当面はセレナに運用させて、然る後にお前より優れた後継者を用意いたします。
ああ、ごめんなさい。お前より優れた人間なんて掃いて捨てるほどいますの。選ぶ必要もありませんか、フフフ」
「……」
「……そろそろ面白いことを言ってもいいんですのよ?」
「あ、了解です」
俺の傍でハラハラしながら聞いていたユーリが、ずっこける。ユーリの背中に背負ったままのナハトが、とても楽しそうに笑っていた。
豪奢なドレスを着た、上流階級の美少女。豪華絢爛な覇を歩む、ベルカ自治領の若き暴君。世界最大級の大商会「カレイドウルフ」会長の一人娘が、車に乗って乗り込んできた。
我儘かつ自己中心的なお嬢様だが、今回の指摘及び叱責については全くもって正しい。責任が誰にあるのか、明白。誰かが言わなければならない事だ。
ただ単純に謝罪するだけだと失望して、本当に俺の首を切るのでどうにかしなければならない。
「カリーナお嬢様より大任を受けた身といたしまして、今まさにお嬢様より賜った幸運を甘受しております」
「聖遺物と聖王教会騎士団を失っておいて、幸運だとでも言うつもりですの?」
「無論、被害を受けたことについては遺憾に思っております。ただ此度の事件、私は教会の権威を揺るがしたのではなく、教会の在り方そのものを見直すべき事態であると認識しています。
"聖王"へ祭り上げられたあの日、私は人民に向かって宣言致しました。神ではなく、人の世であると――この宣言は当然、私の主人であるカリーナお嬢様への献上品でもあります。
厳重に管理されていた聖遺物を強奪する手腕、列強で鳴らされていた聖王教会騎士団を壊滅する実力。全てが規格外、ゆえに新しき力が必要となるのです」
「ふむ、つまりお前は今この瞬間にこそ神である聖王の奇跡ではなく、人である"聖王"の強さを示す機会であると言うのですね」
「お嬢様へかねてより懸案させて頂いておりました、カレドヴルフ・テクニクス社の新兵器の数々。そして私自身が有しております、白旗の新しき力。
今この瞬間に訪れた新時代の転機――このような歴史的瞬間を与えてくださったカリーナお嬢様の幸運に、私は今感銘を受けております」
「ほう、よくぞそこまで大見得を切れましたの。当然、このカリーナの期待に応えてくださるのね?」
「下僕として、当然でありましょう。お嬢様はどうぞ絶対なる覇王の席より、この事件が起こす悲喜劇を思う存分ご堪能下さいませ」
「結構――セレナ、先ほどカリーナが言った処分は全て忘れなさい。この男が望むことを、叶えて差し上げて」
「お任せ下さい、お嬢様。このセレナ、旦那様とのご縁談を破棄された恨みを永遠に忘れません」
「そんなに怒っていたのですの!?」
セレナとカリーナが言い争っている背後で、会話を聞いていたシュテルがご機嫌で拍手していた。さすが参謀、本当に俺が言葉に詰まった場合、カンペで援護する手筈だったようだ。
言うまでもないが、俺が今言った事は今この場で適当に言い並べていただけである。頭で考えていると思考が追いつかないので、口からデマカセで喋っていた。
「レジアス・ゲイズ中将との会談はこのカリーナが責任を持って段取りをしますの。それまでお前はどうするつもりですの?」
「ひとまず今日は事件現場を確認し、戦力を集めます。聖王教会騎士団は壊滅しましたが、聖王騎士団はまだ健在だとアピールする意味でも」
「平凡ですのね、あまり気に入りませんわ」
「何を仰いますか。麗しき乙女たちが集う聖王騎士団はお嬢様の権威を示す舞台、今こそ世に知らしめるべきでしょう」
「確かにそろそろこのカリーナの保有する戦力を見せつけるタイミングかも知れませんの。賊共の首を取り、存分にカリーナの強さを見せつけなさい」
「畏まりました」
何がどう作用したのか知らないが、ひとまずカリーナは矛を収めてくれたようだ。ただこの事件を解決しなければ、本当にカリーナは俺を抹殺するだろう。
失敗できないのは今も変わっていないので、状況は進展も後退もしていない。敵が未知数なのは確かなのに教会騎士団とは違って、聖王騎士団は失敗が許されない。
厳しい状況に悩みこんでいると――車へと向かっていたお嬢様が足を止めて、振り返った。
「田舎者」
「いかが致しましたか、お嬢様」
「お前はいつもこのカリーナを楽しませてくれる、"人"――せいぜい励みなさい」
そのまま車に乗り込んで、お嬢様は去っていった。常に皮肉な笑みを浮かべていたお嬢様が去り際、優しく微笑んで言葉をかけてくれた。
どういう心境の変化なのか分からないが、運転席に乗り込んだセレナさんも最後俺を夢見るような目を向けて、丁寧に頭を下げた。
失態だったのは事実だというのに、結果的には何の処分もないままだった。あの主従の考えることは、今もよく分からない。
ただ期待されているのであれば、せめて人として応えようとは思う。
聖遺物が管理されている保管施設は、当たり前だが関係者以外の立ち入りは禁止されている。事件現場であろうと自治権を有するベルカ自治領では、時空管理局員でも簡単に立ち入れない。
案内してくれた聖女様やシスターシャッハの話によると、時空管理局からは白旗との合同調査員として、オルティアさんが先に現場検証を行っている。
管理局には先手を打たれた事になるが、だからといって不正を働くとは思えない。同行していたルーテシアも早速現場へ立ち入って、捜査を開始している。
そして猟兵側からの共同として、元紅鴉猟兵団の団員ノア・コンチェルトが合流した。
「ひさしぶり」
「ああ、元気にしていたか」
「それはわたしが毎日聞いていた、返信しなさすぎ」
「悪かった、しばらく天の国へ帰っていたんだ」
聖地へ帰って一番ビックリしたのは、通信機器に溜まっていた大量の通知である。俺のアカウントに大量に届いており、ノアからの一方的な連絡が届いていた。
文通友達――いや今の時代だとメールやラインのようなSNS関係というのだろうか、ノアとの交流は今も続いている。結構気安く俺のところへ上がり込んでくる、猫のような奴だった。
赤いジャケットをラフに羽織った。切り揃えられたショートの銀髪の女の子。媚びを含まぬ純粋で透明な美しさのある、怜悧な目をした女の子。
紅鴉猟兵団の最年少団員だが、団長及び副団長に追随する実力と才覚を秘めている優秀な猟兵である。
「オルティアさんには今ルーテシアが話を聞いているんだが、現場は全然荒らされていないようだな」
「うん。金銀財宝の類もあったのに、目もくれていないね」
「聖遺物というのは、蒼天の書以外にもあるのか」
「わたしも詳しく知らないけど、聖王に関する代物はそれなりにあるみたいだね。ちなみに魔導的な価値があるものも、残ったままになってる」
「なるほど……単純に力を求めていたのではないのか、厄介だな」
聖遺物を狙っていたのではあれば歴史的価値、魔導を狙っていたのではあれば兵器的価値を狙っていたことになる。でも、この犯人はどれにも手を付けていない。
改めて、確信した。この犯人は確実に、蒼天の書が夜天の魔導書であることを知っている。しかも厄介なのは、このタイミングである。
俺が海鳴に帰っていた機会を狙っている。確実に、こちらの動向を把握している証拠である。海鳴へ帰った瞬間ではなく、海鳴で安穏としていた機会を辛抱強く待っていたのだから。
しかし、分からない。どうして蒼天の書が、夜天の魔導書だと分かったのだろうか? 単純に俺を見張っているだけでは分からないはずだ。
法術のことを知っていないと、そんな真似は出来ないはずなのだが……
「わたしは、被害者の状態を確認してきた」
「どうだった?」
「傷一つ無い。警備員も騎士団もリンカーコアを奪われて、力を失っているだけ」
リニス先生より、魔導的基礎を徹底的に教育させられている。確かリンカーコアとは、魔道師が持つ魔力の源であるらしい。
大気中に分散されている魔力を体内に取り込んで蓄積、体内で練り上げられた魔力を外部に放出するのに必要な機関。魔力資質にも、大きく影響している。
魔導師の核となるべき機関が、奪われている。犯人が持つ能力なのか、夜天の魔導書を行使したのか――
いずれにしてもこの犯人は、魔導師の天敵と言える存在だった。
「追手を撃退しておいて、傷もつけない――意味あるのか、それ」
「入念に配慮しないと出来ない芸当。博愛主義かもね」
「捜査する度に、犯人像がぼやけてくるんですけど」
「わたしも博愛して」
「なでなで」
「にゃー」
「何しているんですか、お父さん」
「うー」
娘に怒られながら、犯人について考える。狙いは蒼天の書であるが、人的被害が出るのは望まない相手。聖遺物が奪われたからこそ、教会側も犯人を強盗だと言っている。
目的があって蒼天の書を奪ったが、人に迷惑をかける気はないというサインなのか。めちゃくちゃ迷惑はかかっているのだが、少なくとも危害を加える気はないようだ。
だが、教会騎士団のリンカーコアを奪われたのは要注意だ。無力化させるためであればともかく、力を奪う気であったのならば、犯人は必ずやらかす。
監視カメラなどのセキュリティシステムも確認したが、痕跡がない。目撃情報を調べても、全員力を奪われて昏倒している。犯人が誰なのか、全くわからない。
追跡したいが、足取りも追えないので厄介だ。博士に分析を頼みたいが、ジェイルは今捕まっているしな――どうしたものか。
「さっきの話」
「うん……?」
「何を奪われたのか」
「蒼天の書だけだろう」
「遺物はね」
「何だ、遺物以外に何があるってんだ?」
「"聖典"――データが根こそぎ取られて、全部消されてる」
――背筋が、凍った。
聖典、法術に関する記録が入っている可能性のあるデータ媒体。俺が求めていた歴史的記録が奪われた上に、消された。
法術のことが、敵に知られてしまった。
<続く>
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