とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第二十六話





 聖女の予言により戦乱が起きている聖地にまで乗り込んだのはローゼの安全保障を得る為ではあったが、そもそもの目的は聖王教会の聖典も目的だった。

聖典とは聖人が書き残した書物であり、超自然的な影響を起こす現象を記録した書物である。宗教組織において、教説が記された歴史的記録として重要視されている文書であった。

宗教の基本的教説を記した書物は近年データ化されており、厳重にデータ媒体が保管されていた。宗教的共同体にとって重要な役割を果たす聖典には、禁呪と呼ばれる記録まで存在する。


大魔導師プレシア・テスタロッサは聖典の中に法術に関する記録があると示唆していたのだが――見事に、奪われてしまった。


「データ媒体に転送したというだけで、肝心の書物は残っているんじゃないのか」

「解析されたデータがバックアップも含めて全部削除されてる。書物が残っていても、また一から全て解析のやり直しになるね」


 古代ベルカから近代ミッドチルダ時代へ移行した事による弊害をノアから指摘されて、俺は頭を抱えた。解析作業は余裕で年単位となるだろう、博士も事情聴取中で協力は得られない。

データが奪われた事自体は、ローゼが痕跡を見つけて発覚したそうだ。ローゼ本人がセキュリティシステムを一から構築していれば奪われずに済んだと、自慢気に言っているらしい。アホだった。

救世主とはいえ、聖王教会の全システムにまで干渉する権限はない。おかげでこんな事態となったのだが、ここぞとばかりに全セキュリティ責任者に収まって、再構築作業を開始したようだ。


聖女の推薦とあって即採用かつ即戦力として、猛然と頑張っている――と、本人自ら会いに来て俺に宣伝してきやがった。


『時空管理局と共同で開発した最新セキュリティシステムとの事ですが、ローゼから見ればまだまだ甘いひ弱な構成です』

『お前が犯人ではないかと、密かに疑っているぞ』

『何と、主に忠実な可愛い松葉杖を疑っているとでも言うのですか』

『今、明確に言ったじゃねえか。お前のアリバイを教えろ、コラ』

『犯行時刻というと、その時間帯は主のプライベートを覗き見していたので、ローゼは無罪です』

『別の犯行が出ているじゃねえか!』

『聖王教会騎士団を壊滅させた犯人については今、ガジェットドローンが追跡中ですので、朗報を期待していて下さい。捕まるのはほぼ無理ですが、痕跡くらいは辿れるかも知れません』

『ガジャットドローンにも戦闘力はあるんだろう、数揃えれば捕まえられないのか』

『指揮官であるローゼの判断といたしまして、不可能であると断言できます。教会騎士団を殲滅した敵戦力は強大、追跡と偵察に徹底させます』


 本末転倒は避けるべきという判断力に、アホであることを一瞬忘れて納得させられる。望み薄だが手掛かりを得るべく、ローゼについては今の任務を従事させる。

ノアに現場の状況確認をお願いした上で、俺は関係者一同を密かに集合させた。何気なく現場の隅に固まって、作戦会議に入る。


まず俺が聞き出した情報の全てを共有した上で、今の懸念事項を小声で話し合う。


『聖典に法術に関する記載があったとしても、蒼天の書と結び付けるのは無理じゃねえか? まして、お前が能力者だと繋げられない』

『我もヴィータと同意見だ。聖典に記載されている稀少能力は、法術だけではない筈だ。あくまで膨大な知識の一つに過ぎない』

『お二人の意見はごもっともですが、父上の懸念もよく分かります。この敵は間違いなく蒼天の書を闇の書だと認識した上で、強奪している。
その上で聖典まで解析してデータを強奪し、徹底的な削除まで行っている。闇の書だけを狙っていたのであれば、聖典を強奪する理由が分かりません』

『蒼天の書となっちまった闇の書の中身を見て、元に戻す手掛かりとして聖典を狙ったんじゃねえのか』

『その通りです、聖典には闇の書へと戻す手掛かりがあると判断した行為だということです』

『待て。我が先程も言ったが、法術はあくまで記載の一つであって――』

『聖典は破壊されたのですよ、ザフィーラさん。全データを奪っただけではなく、完全に破壊されている』

『……っ、まさか』


『法術にまで辿り着いた、とは思いません。ですが実際時空管理局のクロノ執務官達が、過去ジュエルシード事件に巻き込まれた父上を法術使いだと断定して接近した。
知識さえあれば関係性は繋げられるのです。少なくともこの敵は「聖王の記録」である聖典を確認して、全て破壊した。

断言して言えます。この敵は"聖王"である父上の能力で闇の書を蒼天の書に改竄したのだと、確信を持ってしまった』


『ちっ、お前の言いたいことは分かったぜ。法術であろうとなかろうと、こいつが能力者だと認識して確実に狙われるという事だな』

『能力であるというのであれば、この男を殺せば解除されると認識するだろうな。法術使いだと気付いていなくとも、忌々しくも正解には辿り着いている』

『不幸中の幸いは私達、そして何よりもユーリとナハトヴァールが無事であるということです。守護騎士システムや無限再生機構、永遠結晶や私達への干渉までは行えない。
リインフォースさんへの影響は気掛かりですが、抹消されることはないでしょう。

父上の法術が、私達を守ってくれているのです。愛しています』

『最後の一言、絶対余計だよな!?』


 本人を置き去りにして、本人の危険性を訴えるこいつらは鬼畜過ぎる。参謀であるシュテルの見解は見事なもので、のろうさとザフィーラを納得させてしまった。

考えてみれば蒼天の書が"聖王"の所有物だと世間に知られている以上、蒼天の書が闇の書だと知っている前提であれば誰がどう見たって俺が改竄したと思うだろう。

その能力を調べるために、聖典を狙ったということか。破壊したという事は確実に何か手掛かりを得て、痕跡を断ち切ったとシュテルは見ている。


法術かどうかは分からないにしても、能力の手掛かりを得られたのは確かに痛かった。


『俺を狙ってくるのであれば、話は早いだろう。襲ってきたところを捕まえればいい』

『その通りですが、この敵は決して愚か者ではない。襲ってくるからには父上の戦力を把握した上で、襲撃してくるでしょう。
戦乱が起きた聖地を制圧した我々の戦力にもし挑んでくるのであれば、相当な規模が予想されます』

『だったら、その線から狙っていけばいいんじゃねえか。個人で出来る芸当じゃねえというのは、分かったんだ』

『幸いにも、この男は猟兵団や傭兵団関係とも繋がりを持っている。各方面を与えれば、敵の全体像を把握できるかもしれん』

『父上、オルティアさんには私から交渉を行います。元傭兵団であり現時空管理局員である彼女の協力を得られれば、敵を追えるかも知れません。
真実は全て話せませんが、事実関係を比較して交渉するのは可能です。私にお任せ下さい』

『聖王教会への対応は、ルーテシアに任せておけばいいだろう。教会とも連携できるから、クロノ執務官達とも合同で捜査できる。
アタシとザフィーラがガッチリガードしてやるから、お前はとにかく表立って動くな。単独行動なんぞ絶対許さねえからな』

『分かっているとは思うが、法術も絶対に使うな。一度でも使えば、ほぼ間違いなく敵に発覚する。制御できぬ力であることは承知しているが、自覚を持って耐えろ。
アギトは勿論だが、早急にミヤを呼んで一緒に行動するんだ。あの子が、法術の鍵だ』

『確かにあいつと俺がセットでいれば、法術が暴走することはなさそうだからな……アギトもよろしく頼むぞ』

『安心しろ、今のアタシはお前の剣代わりだ。どんな敵が来ても、返り討ちにしてやるよ』


 法術を自覚して使ったのは、シュテル達の願いを叶えた時が最後だ。愛娘達が出来てからは奇跡に頼ることもなくなり、闇の書は蒼天の書へと改竄されて平和になった。

その後も数々の問題が起きたのだが、奇跡に頼らずに済んだのはユーリ達の存在が大きい。ユーリ達の強大な力は、法術の奇跡に匹敵する多くの願いを叶えてくれた。

力によって願いを叶えるというのは何とも暴力的ではあるのだが、平和的解決に繋がったのはユーリ達が優しかったからだ。あの子達の存在こそが、奇跡だった。

一度は破壊されたミヤまで、我が子であるナハトヴァールは再生してくれた。あれこそ、奇跡だ。今の俺には、法術は不要かもしれない。


「リョウスケ、アギトちゃん。お久しぶりですー!」

「すげえ、こんな事態になったのに元気にニコニコしてやがるぞ」

「常識とかねえのかな、こいつ」

「挨拶しただけなのに、どうしてそこまで言われないといけないんですか!?」


 のろうさ達の提案により呼び出された平和の守護者、ミヤが駆けつけてくれた。聖地が平和になった後こいつは地球には帰らず、戦乱で荒れてしまった聖地を復興するべく尽力していた。

ローゼやヴィクトーリアお嬢様、ジークリンデ・エレミアといったガキ共を連れて、聖地のパトロールを行って毎日励んでいた。俺達の留守を預かってくれた顔役である。

すっかりはやてから独立してボランティア活動に勤しむこいつとは久しぶりに会ったが、全く変わっていなかった――と思いきや。


蒼天の書を奪われた事実について、激しく落ち込んでいたようだ。


「もう話は聞いたと思いますが、お姉様が攫われてしまいました……身代金とかの要求は届いていませんか!? お小遣いなら出します!」

「日本に毒されすぎているぞ、おい。考えてみればお前が平気ということは、あの人自身も一応無事のようだな」

「以前にも言いましたけど、ミヤとお姉様は繋がっていますから。姉妹の絆なのですよ!」

「ほぼ一方的じゃねえか。繋がっているのに、場所は分からんのか」

「呼びかけても全然答えてくれません……だから、すごく心配で。それに反応自体もないのが、気になります……こんな事、今までなかったのに」

「反応がないというのは、どういう感じなんだ?」


「存在はしているけれど、反応がない――つまり管制人格として存在しているけれど、お姉様という一個人の存在が見当たらないということです。心配ですぅ」


 管制人格としての機構はあるのに、リインフォースとしての反応がない。システムが残っているけど、人格が残っていないということか。

邪魔だから消された、ということはまず無いだろう。あの人が闇の書を管理してくれていたのだ、削除すれば機能不全になってしまう。

それにあの人が消えてしまったら、蒼天の書が成り立たなくなってしまう。だとすれば、法術にも影響が出るはずだ。


心配だ。シュテル達とは違って、あの人は法術から生まれた存在ではない。いざという時、カバーできるかどうか分からない。


「とにかく、あの人を救出するためにもお前の力が必要だ。法術のこともある、また一緒に行動してほしい」

「了解です、任せて下さい。リョウスケはしばらく、こっちにいるんですよね?」

「俺も狙われているみたいだからな、事件解決まではこっちで白旗として行動する」

「だったら、早く白旗のアジトに帰ってあげて下さい。マイアさんがずっと待っていましたよ」

「マイア……? あいつは今、カリーナお嬢様の部下として高級ホテルの支配人として修行中じゃなかったか」


 俺が"聖王"として出世できたのは皆のおかげだが、ベルカ自治領で出会ったマイアは自分の力で元風俗宿から高級ホテルの支配人にまで出世した。

白旗設立時代から本当にお世話になっている子で、自分の夢を叶えるべく小さい宿の女将から高級ホテルの支配人にまで上り詰めた。

自分の実力で出世したというのに、当時客であった俺のおかげだと懇意にしてくれている。下積み時代の初心を忘れず、あの子は一人でも多くの客を幸せにするべく努力している。


俺の自慢の仲間の名前を挙げられて、首を傾げていると――


「マイアさんは多くの冒険者や傭兵の依頼を取り纏める窓口を今も手伝ってくれているんです。良介が帰ってきた噂が広まったのか、今日例の依頼人が来たそうです」

「ま……まさか、そいつは」


 主に魔女の仕業ではあったのだが、幽霊対峙や妖怪退治の類も多く来ていた依頼。厄介なのは超常現象ではない、超常現象だと勘違いしている客である。

幽霊騒ぎが本当に起きてしまうと、自分の身の回りで起きた偶発的な事故も超常現象と勘違いする。中には明らかに錯覚や勘違いだと分かる、心霊写真めいた代物まで持ってくる奴もいた。

こういう悪魔の証明が、何より厄介である。挙句の果てに自分の不幸も幽霊や妖怪の責任にする奴がいて、那美が心の底から頭を抱えていたケースもあった。お祓いしたら納得してくれたけど。


そして、一番厄介なのが――


「はい、"神様へのお願い依頼"です」

「うあああああああああああ、嫌だあああああああああああああああああ!」


 ――これである。"聖王"は神様なので何でも願いを叶えてくれるという、宗教の町にありがちな依頼。


聖王教会が支配する街なので信者が神様に願うのは無理も無いのだが、本当に奇跡を強請られても困る。だってオラ、人間だから……

勿論教会は俺が人間だと知っているので、向こうが窓口になってこの手の信者をなだめてくれる。教会だって俺が何の力もない人間だとバレて、失望されるのは困るのだ。

かくいう信者も、大多数は本気で俺を神だと思っているわけじゃない。聖女の予言だからといって、心底俺が神だと縋り付いたりはしない。


ところが本気で神様だと思いこんでいる一部の馬鹿野郎が教会を飛び越えて、俺に直接懇願してくるのがごく稀にいる。だから俺は、この聖地を本拠点に出来ない。こういう出待ちがいるからだ。



「ど、どんな依頼なんだ!?」

「『病気のお父さんを"神様"に治してほしい』と、懇願しているそうですよ」

「うげぇ、絶対解決できねえ……仕方がない、現実を見ようとしない気の毒な野郎には非情に徹して追っ払うしかないな」

「『ピンクの髪をした可愛い女の子』だと言ってましたよ。助けてほしいと、頭を下げているらしくて」

「説得の難しいやつを、俺に投げつけてくるな!? その手の類はお引取り願うのが、窓口の仕事だろう」


「マイアさんも今ではプロですからね、こういう神様お願い依頼は大体処理してくれます。
そのマイアさんの判断で――この女の子を放置するのは危険だと、仰っているんです。すごく思い詰めていて、リョウスケが頼みの綱らしくて」


病気のお父さんかよ、気の毒だがどうしようもないからな……俺は、頭をかきむしった。















<続く>








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