とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第二十三話
――迂闊だった。あろうことか、全く想定していなかった事態である。まさか聖王教会に保管されている蒼天の書が強奪されるとは、夢にも思っていなかった。
政治的行為や権力闘争に明け暮れていた結果が、これである。剣士である俺が、力を持って奪い取るという行為を見過ごしていたのだ。恥ずべき失態である。
聖王教会が厳重に保管していた聖遺物を強奪することは不可能だと、高を括っていたのだろうか。今更悔やんでも仕方がないのだが、こんなシンプルなやり方を予想していなかったのは恥ずかしい。
激しく動揺させられたが、こうなってしまっては後の祭りである。現状を把握するしかない。
「お前は大丈夫なのか、アリサ」
『どうしていきなりあたしの身の安全を確認するのよ』
「蒼天の書となった夜天の魔導書は、法術の媒体だ。もしもあの本を弄られると、法術の効果に影響を及ぼすかもしれない。だから、聞いているんだ」
『……色々な影響が考えられるのに、まず真っ先に確認するのはあたしの安全なのね』
「当然だろう、それ以外に何があるんだ」
『ふーん、そうか……フフン、安心しなさい。あたしはこの通り、今日も元気に可愛いわよ』
どういう納得をしたのか、至極ご機嫌に胸を張っている。うむ、確かに何も変わらずに頭脳明晰なメイドであるようだ。まず、安心させられた。
法術について知識が不足している以上、効果の影響度合いについては未知数のままだ。だからこそ聖王教会の晴天や、時空管理局の無限書庫に手掛かりを求めていた。
やせ我慢している様子もなく、アリサは通信画面越しに元気な顔を見せている。少なくとも、霊体の結晶化は解除させられていないようだ。
不幸中の幸いだ、この機に法術の効果を確認しておこう。
「ユーリ、お前は問題ないか」
「心配してくれてありがとう、お父さん。私もこの通り、元気です。確認してみましたが、私の力も現状問題なく制御できています」
沈む事なき黒い太陽、影落とす月――決して砕かれぬ闇。『無限連環機構』システム、砕け得ぬ闇こと『システムU-D』は嬉しそうに俺を見上げている。ふむ、影響は出ていないか。
『永遠結晶エグザミア』を核とする特定魔導力を無限に生み出し続ける、最強の魔導師。世界を破壊する魔力は、海鳴の地において平穏を保っている。
夜天の魔導書を奪われた気掛かりは、別段何の影響も出ていないようだ。ユーリに何かあれば、大変なんてものでは済まない事態となっていた。
しかし、そうなると――
「以前聞いた話では、ユーリは『永遠結晶エグザミア』の核とも呼べる存在だったな。その結晶はどうなっている」
「残念ですが、蒼天の書と今呼ばれているあの魔導書の中に保管されています。奪われてしまったと、見るべきです」
人前に晒しておける代物ではないのでユーリたちの判断は責められないが、魔導書ごと奪われてしまったのは痛い。取り出せるとは思えないが、あらゆる最悪を考慮しなければならない。
永遠結晶エグザミアがユーリの力の源であるのならば、壮絶な魔力の根源を強奪された事になる。ユーリの力を悪用すれば、世界の支配だって夢ではない。
本人に全く自覚せずに平和を満喫しているが、本人次第であらゆることを成し遂げられるのだ。復活した以上、俺の子供である必要性も本来はない。
だけどユーリは、今もこうして俺に微笑みかけている。
「永遠結晶エグザミアを奪われてしまったのは悲しいですが、核である私はこうしてお父さんの傍にいます。
不安定だった私を優しい願いで包み込んでくれたこの力は、お父さんの為に使うのだと決めています。お父さんがいてくれる限り、私は自分の力を誤ったりしません。
ですので結晶を奪われたところで、絶対悪用させませんから安心して下さい」
「分かった、ユーリがそこまでいうのならば任せるよ」
控えめな性格のユーリがここまでいうのだから、少なくとも永遠結晶エグザミアを敵が悪用することは出来ないと考えていいだろう。
ただユーリの話だと彼女本人の制御を奪うのは無理でも、結晶そのものの力については干渉できる危険はあるようだ。ユーリの力と比較すれば、何千何万分の一程度らしいが。
この点については、仕方がないと思っている。何しろ永遠結晶エグザミアそのものが強大な力なのだ。
地上を降り注ぐ太陽光だっては、太陽そのものからすれば微々たる光だが、電力を生み出せる強大な力を持っている。そこまで制御しろというのは、不可能だろう。
となると――
「ナハトヴァール、お父さんにその元気な顔を見せてくれ」
「むふー」
「うーむ、この脳天気な顔を見せる限りなんともなさそうだな」
「あはは、私も気にしていたのですが、平気のようですね。ただ――」
「うん?」
「ナハトが私についていたのは、この事を本能で察していたのかもしれません。私の力は奪えずとも、私を傷付けられる何かがあるのだと」
闇の書の闇ともいえる防衛プログラム、ナハトヴァールは抱き上げられてご満悦の様子だった。真夜中なのに、明るく輝いた笑顔をみせている。
この子は相当な危険を持ったシステムであった過去があり、暴走すれば世界を震撼させる力を持っていた。今は法術によって初期化し、赤子のように何事もなく生きている。
もしもこの子が解除させられていたら、世の中がどうなっていたのか分からない。今こうして笑えるのは、奇跡的といっていいだろう。
今後次第なので油断は出来ない。ナハトがユーリ達を守っていたのであれば、この子達をどうにか出来る手段があるのかもしれないのだ。
『安全を確認できたら、早く帰ってきて。入国管理局を通じて、教会から再三救援要請が来ているの』
「……入国管理局を通じてきたのであれば、まさか」
『クロノ執務官達には、完全に知られたわね。どうせ隠し通せなかったし、仕方ないでしょう』
「分かった、俺の代理で連絡しておいてくれ。"ルーテシア"なら白旗の一員ということで、現場の同席を認めてくれるだろうからな」
『了解。明日の朝一で行けるように手配しておくわ』
聖王教会としては知られたくなかっただろうが、教会の失態はこれで少なくともクロノ達には伝わってしまった事になる。合同捜査となりそうだった。
クロノ達に知られること自体は別にかまわない、俺個人も彼らは信頼している。ただ問題は時空管理局員のエリート候補となったオルティア・イーグレットと、仕事を一緒にする約束をしてしまっている。
嫌な符号だった。あいつは完全に、地上本部と繋がっている。あいつと仕事を一緒にすれば、今回の事件も間違いなく本部に伝わってしまうだろう。
つまり最高評議会に、蒼天の書の事件が広まってしまうことを意味する。あいつらに干渉されるのは、明らかにまずい。
くそう、せめて事件がもう少し前に起きてくれば合同の仕事になんてならなかった。協力を求めた後に事件が起きるなんて、最悪のタイミングである。
今更断れば怪しまれるだけなので、明日からの仕事は一緒にするしかない。とにかく尻尾を出さないように、全力を尽くすしかない。
俺は空を飛べるユーリに運んでもらって、一目散に月村邸に戻った。
「やっと戻ってきやがったか。とりあえず、はやては無事だ。一緒に行動していたシャマルも事件前後、周辺に怪しい気配はなかったようだ」
「なるほど、一応蒼天の書の主の有力候補は俺となっているからな。よほど詳しく事情を知らない限り、はやてにまで辿るのは難しいだろう」
「……すまない、宮本。主はやての安全のためとは言え、お前を矢面に立たせている」
「俺もあんた達の力を頼っているんだ、持ちつ持たれつだ。引き続き、協力を頼みたい」
家に帰るなり、守護騎士達が慌ただしく駆け寄ってきた。俺の留守中に事態を知り、すでに話し合いを済ませていたようだ。動きが早くて、非常に助かる。
改めて確認するが、主であるはやてと守護騎士達にも今のところ悪影響は出ていないようだ。新システムのユーリ達と旧システムのヴィータ達、両者の存在にも影響はない。
自画自賛となってしまいそうだが、法術の力には改めて驚かされる。魔導書本体を奪われたのだとしても、彼らに影響を及ぼさないように願いを形としている。
他人の願いを叶える力である法術は、願いの具現化においても鉄壁であるらしい――ただ自分で制御できないのが、厄介である。
「明日、アタシ――じゃなくて、のろうさとザフィーラがお前と一緒に現場へ行く。白旗の一員だからな」
「闇の書の主がお前と認識されているのであれば、次はお前本人が狙われる可能性は高い。しばらく我とヴィータで、お前を警護する」
「主はやては私とシャマルは守り、この家と海鳴のパトロールはレヴィが張り切っている。シュテルはお前の参謀として出向き、ディアーチェは混乱する聖地を収めに行くとの事だ」
「段取りまで決めてくれていたのか、行動力と決断力が早い面々だな」
俺がいなくてもいいのではないかと思うほど、皆率先して自分の行動に出ている。頼もしいのだが、あまり俺が楽だとそれはそれで物足りない気がする。
事態は深刻だと思っていたが、思いがけず肩透かしに感じられた。今のところ、魔導書が奪われたことによる影響はなさそうに思える。
そもそもあの本には夜天の人、リインフォースが管理している。彼女さえ連絡してくれれば、本の在り処だってすぐに分かるのだ。
何よりあの人が管理してくれているのであれば、魔導書だって使いようがない。ただの骨董品にしかならないはずで――
「陛下、大変です!」
「アナスタシア……?」
「教会の命により動いていた聖王教会騎士団が、壊滅――団長を含めた全騎士団員の力を全て奪われて昏睡状態と、報告がありました!」
――嘘だ、そんな筈はない。蒼天の書を使ったのか、一体どうやって!?
あの団長は強かった。決闘では、俺はかすり傷一つつけられなかった。敗北だと言っていたのは本人の自己申告だ、俺は全く敵わなかった。
あれほどの騎士、あれほどの剣士が――敗北した。
――今の俺の手には、剣がない。
<続く>
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