とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第十六話
『面倒な条件』が付いてしまったが、時空管理局との共同開発の話は進められる事になった。試作品が認められ、新製品が開発されれば次元世界規模単位で莫大な利益が生み出せる。
拍手喝采なんてものではなく、取引成立にはカレイドヴルフ・テクニクス社全体が歓喜に沸き立った。成り上がりの社長も認められ、社会的地位が確立された。
立身出世の道を輝かしく歩いているが、異世界ミッドチルダでの出来事なので本人は絵本を読んでいる気分である。地球へ戻れば風来坊に逆戻りなので、ギャップが激しい。
同じ世界出身である女も俺と似たような心境なのか、コーラで祝杯を上げてくれた。
「おめでとう、侍君。これで侍君と結婚すればめでたく私は社長夫人だよ、ウッシッシ」
「血の祝杯を上げる女は、申し訳ないけどNG」
めでたく成功してしまったので、渋々約束していた月村忍とのデートに今日臨んでいる。異世界ミッドチルダなら邪魔が入らないと、不気味な行動力で異世界を歩き回されている。
二人っきりのデートだが、二人だけのデートではない。護衛である月村すずかと聖王騎士団が、広大な異世界において二人だけの空間を演出してくれているのだ。
人通りがあれど、不審人物が入らない空間。デートの邪魔になる要素が入れば、即座に排除される徹底された警戒網。彼女達の能力が、遺憾無く発揮されている。
ちなみにデートそのものに対する彼女達の所感は陛下の気分転換、であった。美人とのデートも、激務に喘ぐ俺にとって休息として必要だと全員が一致したのだ。
「邪魔が入らないという意味では、どちらかといえば海鳴の方が静かでいいんじゃないか」
「――あそこで侍君とデートしていると、突然隕石が降ってきても何も不思議に思わないよ」
「俺が天変地異を引き起こしているとでも言いたいのか!?」
ありえそうなので怖い。何しろジュエルシードなんぞというロストロギアが、異世界から降ってきた前科があるのだ。ピンポイントで降り注いでくるので侮れない。
日本を守る警察は超常現象には対処できないが、時空管理局が守るミッドチルダであればどんな事態になっても対処してくれる。月村忍の常識は、すっかり俺と同じ基準になっていた。
全くもって同意できてしまうのが、怖い。どうしてこんな人生になってしまったのか、頭が痛くなる思いだった。異世界で成功を重ねても、現実感がないのだ。
多種多様な人種がいる次元世界の中を、コーラ缶片手に俺達は歩いている。
「デートはいいんだけど、華やかな場所に出かけなくてもいいのか」
「十分華やかでしょう。ここ、若者の間では人気スポットだよ」
「コーラ片手にブラブラ歩いているから言っているんだよ、俺は」
しかもこのコーラ、日本から持ち込んできた缶ジュースだからな。入国管理局で全く制限されなかったコーラの国際力は見事だと感心させられた。
最初は祝い酒とばかり血を要求されたのだが、人差し指を鼻に突っ込んでやったら観念した。どれほど美人でも、吸血鬼のワガママなんぞ聞けるか。
炭酸飲料が好みなのは正直意外だったが、ゲームセンターでよく飲むと聞いて納得した。昔はゲームセンターの女王とか言われていたからな、この女。
その話題が出ると、他でもない本人が笑っていた。
「退屈しのぎにゲームをプレイしていてハマってたんだけど、いつの間にか全然プレイしなくなってたよ」
「人生ゲームというスリリングな遊戯に熱中していたんだな」
「そこは、俺という男にハマったんだと言おうよ」
「お前の口説き文句は、基本的に寒い」
「侍君しか男を知らないものでして、オホホ」
軽く言い返された。おかしいな、かのレジアス中将とさえ交渉出来た話術が通じないぞ。脳天気な女には、高度な交渉術なんぞ無意味だということなのだろうか。
次元世界にいると季節感を忘れてしまうのだが、日本では現在12月の冬。寒空に苦しめられず、こうしてのんびり出来るという点では休暇といえるのかもしれない。
月村忍はデートだというのにラフな服装であるが、次元世界という多様な世界の中でも容赦なく人目を惹いていた。
容姿だけが取り柄の女は、次元世界でも十分勝負できる美貌を持っているらしい。中身は最悪だというのに、ふざけた話である。
「クラスでも人気者の忍さんにしては、なかなかの謙遜ではないかね」
「実に残念ですが、すっかり不登校の不良娘になってしまったのですよ」
「もう容赦なく冬だぞ、この野郎」
「来年3月には卒業なんだよね、私」
結構どころかかなりシビアな話だというのに、デートという環境では笑い話にさえなってしまっている。中卒の俺がいうのも何だがそれでいいのか、こいつ。
コーラをクピクピ飲んでいる女に、悲壮感はなかった。デートを十二分に楽しんでいる女は今を充実させており、未来に対する不安はなかった。
あまり詳しくはないのだが、学生生活の最終地点は専門学校を除けば大学にあると言っていい。
そして大学へ入学するには、受験しなければならない。
「デートの最中に進路相談なんぞしてもよろしいでしょうか、お嬢さん」
「いけませんね、ご主人。このような場面では、将来設計を語りましょうや」
「お前の進路相談だよ、ボケ」
「成功が約束された社長は、余裕があっていいね」
断言して言えるが、こいつは受験勉強なんぞ全然していない。
「お察しの通りというか、さくらから話は聞いたでしょう」
「なんでお前の将来なんぞ、いちいち覚えてないといけないんだ」
「ひどーい、私の人生を狂わせたくせに」
「最初から狂っていた件」
「男に狂わされたと聞くと、被害者っぽいよね」
「最近の世の中、被害者面した女には厳しいぞ」
お互いコーラを飲み終えて、ゴミ箱はボッシュート。次元世界ミッドチルダは公共施設が充実しており、治安保安はもちろんのこと環境整備も徹底されていた。
デートスポットにはゴミを捨てる場所も完備されており、飲食が取れる店や屋台も見受けられる。食べ歩きはマナー違反だが、良識ある若者であればある程度は大目に見てくれる。
剣士の俺に吸血女はクレープを食べる事を提案し、若社長は愛人に金を渡して奢ってやった。もちろん、盛大な皮肉を込めて言ってやっている。
実に甘くて美味いクレープを頬張りながら、寒い冬である日本の今を物語る。
「卒業は何とかできそうだけど、受験はもう無理だね」
「浪人という道もあるが、どうやら進学の道は捨てたようだな」
「うん、このまま就職だね」
「そうか」
――月村忍の学生生活は、間もなく終わりを告げる。輝かしい学園生活、貴重な三年生の時間は俺にほぼ奪われてしまった。
本人が望んだことであり別に責任感を感じているわけではないのだが、それはあくまで当人同士の話。家族である綺堂さくらから見れば、心境は複雑だろう。
日本で人並みに生きる道を自ら閉ざし、おとぎ話の如き世界へ飛び込もうとしているのだ。
さくら本人から相談されたことさえあった。
「永久就職を望んでいるのですが、いかがでしょう」
「貴方の長所を聞かせて下さい」
「エロいことが出来ます」
「具体的にお願いします」
「公共の場で具体的に言えという羞恥プレイ、さすがですな」
「エロいことが出来ると言ったのは、お前だ」
……せめて俺が面倒を見ると言えればいいのだが、俺は本心としてこいつには惚れていない。こいつの気持ちには、応えられない。
「ノエルがね」
「ノエル……?」
「侍君の力になりたいから、自分を改造してほしいと私に言ってきたの」
「……」
「ファリンが、魔法を使えるようにしてほしいと無茶を言っているの」
「……あいつめ」
「自動人形と戦闘機人――私と侍君の家族を、私の技術で育てていきたいと思ってる」
家族を守るべく剣を取り、自分を育むべく剣を振るう。自分の剣士像に対して、月村忍は科学者としての在り方を初めて己の口から言葉にした。
いい加減な気持ちは何一つ無く、いい加減な時間は一秒たりともない。人並みに幸せな学生生活ではなく、波乱万丈な異世界生活より生まれた自分の進路。
俺の人生に寄るのではなく、俺の生き方に沿う女としての将来。剣術に渡り合うのは技術であると、今宣戦布告されたのだ。
それほど大切な言葉、クレープを食べながら言うこの女には呆れつつも感心させられる。
「この異世界でも邪道だぞ、お前の技術は」
「侍の国日本でも異端でしょう、侍君の剣術は」
「似た者同士だな、お互い」
「子供でも作りますか」
「やだ」
デートだというのに手も繋がず、愛も語り合わずにクレープを食べ歩く二人。俺とこいつの関係は、端から見ればどう思われているのだろうか。
人生は、これで確定された。他人の生き方には目を向けず、それでいて他人とは切り離せない生き方を選んだ。お互い、他人に遠慮せず人生を生きている。
社長という立場についても、生き方は風来坊。そんな男に惚れた女もまた、自分らしく生きている。
拠り所もなにもないけれど――
「新兵器に続いて、新しい企画も博士と研究中なんだ」
「今度は、どんな悪企みをしてやがる」
「チヴィットシリーズが間もなく完成予定なんだけど、是非侍君に売り込んでほしくて――」
――それでも楽しく、二人で生きてはいる。
「ところで、侍君」
「結婚はしないぞ」
「既成事実作るから、それはいいんだけど」
「おい、コラ」
「ユーリちゃん――何とかしてあげたほうがいいと思うよ」
<続く>
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