とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第十五話
カレドヴルフ・テクニクス社のプレゼンテーションは、無事に終わった。AEC武装の実験を目の当たりにして、公式視察団はCW社が提示した試作品を受け取って引き上げていった。
緊張なんぞする性質ではないのだが、企業活動なんて慣れない真似をさせられたので疲労感が濃い。ただ二度とやりたくないのか問われると、悩ましいところではあった。
レジアス・ゲイズ中将、時空管理局の地上本部においてトップにあたる人物との戦いはやり応えがあった。苦戦の連続だったが、学ぶべき点は非常に多く、トップとしての在り方を考えさせられた。
社長業は一旦これで終了だが、仕事は終わっていない。立場がややこしいが、時空管理局への民間協力者として会議に出席しなければならない。
「レジアス・ゲイズ中将、最高評議会との繋がりがあるとされる人間との接触を行った。プレゼンテーションの内容も含めて、今日起きたことを説明する」
「帰ってきたばかりで申し訳ないが、よろしく頼む」
ジュエルシード事件を発端に続く一連の事件、捜査チームはほぼ全員管理外世界の僻地へ左遷となったが、気骨までは失われていない。地球の地で、捜査は続けられている。
仕事を終えた後すぐに地球へ戻って、捜査会議に参加。激務続きの疲労をゼスト隊長に心配されたが、笑って首を振る。面倒事は日を置かず、片付けておきたかった。
カレドヴルフ・テクニクス社のプレゼンテーションは魔導師であるクロノ達にとっても興味深い内容だったようで、質問が絶えなかった。こういう反応を、俺は欲しかったのだが。
レジアス・ゲイズ中将が訪問されたとあって、ゼスト隊長としても気が気でないようだ。
「AEC武装、従来の規格を破る新しい発想――レジアスの反応は、どうだった?」
「色好い返事は、残念ながら頂けませんでした」
――後悔は、なかった。全ての手札を最高のタイミングで切り、自分は最善を尽くして戦い、フェイト達は最高の結果を出してくれた。ただ単純に、レジアスという男は凄かったというだけ。
情にも利にも流されず、あらゆる観点から正義を体現する男。途方もない幻想であろうと、あの男の前では単なる現実と化してしまう。あの男からすれば、自分は道化に過ぎない。
あれ程の男が地上本部を背負って立つのであれば、ミッドチルダは盤石となるだろう。剣の一振りでは、岩の如きあの男を断ち切ることは叶わなかった。
そして空を守る女提督もまた傑物であり、女傑としての威信を揺るがさない。動揺の一つも見せず、問いかける。
「試作品を持ち帰ったのであれば、成果としては上々でしょう」
「カリーナ・カレイドウルフ、大商会の令嬢も同じ意見だった。長く続いた魔導の時代、地盤を揺るがすには時間がかかるとの指摘だった」
アンチ・マギリング・フィールド、AMF兵器が使われているのは非合法が多い。故に実戦例が少なく、実証結果もまだ世には出回っていない。
悪が蔓延っていないのであれば、正義もまた前のめりにはなれない。AMF兵器が非合法なら、AEC武装は未認可。規格外とはすなわち、規格に収まっていない製品であることを意味する。
時空管理局の武装局員の大半は魔導師であり、魔導師が必要とするのは魔導品である。魔導に頼らない武器が求められるには、魔導に頼らない下地が必要だ。
魔導が必要ではない時代を見据えるには、まだまだ現実は強固であった。
「リンディ提督の見方としてはどうだ」
「AEC武装は将来的に必ず必要となる日が来ると見ているわ。秘密兵器の枠に収まればそれに越した事はないけれど、望み薄でしょうね。
ガジェットドローンに戦闘機人、魔導に代わる力を求めているのが他でもない時空管理局最高評議会だもの」
「正義の体現者が望んでいるのであれば、世に蔓延るのもまた必然という事か」
平和をこの上なく愛する優しい提督も、世を見据える目は厳しい。美しくも凛々しいその瞳が見ているのは甘い理想ではなく、厳しい現実であった。
資金力も実験結果も俺に奪われてしまった最高評議会だが、影響力だけは相変わらず強い。時空管理局という巨大組織を牛耳っているだけに、彼らは世を変える力を今も持っている。
明らかな違法を行っていながら正義とは片腹痛い話ではあるのだが、少なくとも俺よりは世界に貢献しているので性質が悪い。世界を傷付けているのも、彼らではあるのだが。
その多大な影響力の一端を、あのレジアス・ゲイズ中将が握っているのである。
「やはり、俺が直接レジアスに話をつけるべきか」
「気持ちは分からなくもないですが、今日話した印象からすると完全に取り込まれてはいないでしょう。だからこそ、厄介とも言えますけど」
「……影響力は確実に持っている分、自身の正義を邁進できるという事だな」
「仰る通りです、実権は確実に彼が握っている。違法である事にさえ目を瞑れば、彼と最高評議会の正義は噛み合っているのでしょうね」
レジアス中将の魔導における不満が、魔導以外の力を求めている最高評議会の正義と結び付いているのである。変に噛み合っている分、余計に頭が痛い。
ゼスト隊長の話では、戦闘機人の製造にも関与しているとの事だ。結果的にセッテ達と繋がるので俺としても複雑だが、彼が魔導以外の力を求めているのは事実。
ジェイル・スカリエッティが保有していた戦闘機人達は、博士本人含めて俺が全員引き取ったので、彼らとしても新しい力を求めてしまうのだろう。
彼らが持っている鬼札、時空管理局地上本部そのものを動かして、戦闘機人に代わる新しい力を生み出そうとしている。
「博士の証言やアギトちゃんの協力を得て、戦闘機人に関する研究施設や製造工場はほぼ全て壊滅させた。データ類も博士達が持ち出した上で、抹消してくれている。
少なくとも、セッテちゃん達に続く新しい戦闘機人が産み出される事はないと思うわ」
「俺の子供は遠慮なく作りやがったけどな!」
「大丈夫よ、ルーテシアと一緒にママが面倒見てみせるから」
「そうやってすぐに、うちの子を取り込もうとするのはやめなさい」
戦闘機人が実子製造の基盤となっていて嘆く俺を、母親顔をするクイントとメガーヌが慰めてくれた。あまり嬉しくないけれど、頼らざるを得まい。
正義に繋がる可能性を一つ一つ潰している俺達は完全に悪役のような立場となっているが、正義と悪は見方によってコロコロ色が変わるので、あまり縋らないようにはしている。
少なくとも俺にとって正しいのは、目の前にいる人達だ。何の関係もない赤の他人である俺にこうして親身になってくれている。ただそれだけで、正義が相手でも戦える。
母親達の騒ぎに半ば呆れつつも、正義の執務官は気を引き締めている。
「提督の意見は、僕も賛成だ。魔導師の一員としてAEC武装の理論にはやや複雑なものこそあれど、必要とされる日は来てしまうだろう。
世間に認知される前に、世間を守る管理局側に共同開発を持ち掛ける提案は大胆こそあるが、将来的に考えると望ましい事ではある。
君の発想における危うさを考えれば、時間をかけて協議して頂けるのはありがたい事かもしれない」
「俺の発想の何処が危ういんだ、必要な事だとお前も認めてくれているじゃないか」
「ミッドチルダにおける魔導理論と適合していないんだ、そのまま進めるにはいくら何でも乱暴だ。新しい発想だから、規格に合わなくてもいいと考えていい筈がない。
魔導の力は少なくとも今、僕達の主戦力として世界を守っているんだ。お互いに適合していくべく、歩み寄っていくべきだ」
「AEC武装を規格外のまま収めず、管理局の仕様に合わせろということか」
「そんなに睨むな。僕だって、君を真っ向から否定しているんじゃない。君が規格を合わせる動きを見せれば、向こうもまた規格を変えるべく努力する。
今回の人事改革も最高評議会という色眼鏡を外せば、今後の組織体制を変える一大革命となりえるかもしれないんだ。
それこそ今の世に合わせるべく、法を変える動きもありえるかもしれない」
「クロノ執務官の言う通りだ。思えばレジアスが力を求めていたのも、本来今の在り方を変えるべく奔走したからだ。
奴は情熱的な活動家だったんだ。だからこそ俺も彼の正義に殉ずる覚悟まであった」
今回成果が上がらなかったことを落ち込む俺に対し、クロノやゼスト隊長の見方は単なる慰めではなく、現実に適した大人の指摘であった。
俺は単にゴリ押ししていただけだが、レジアス中将はそのまま進めるのは危険だと考え、あくまで組織の方に乗っ取るべく協議を行ってくれているという事か。
組織のトップに立って大人になれたかと思えば、本当のトップとしての在り方を見せつけられて羞恥に縮こまる思いだった。
あの人はきちんと、俺のプレゼンテーションを受け止めてくれていた――それに気づけなかったのが、恥ずかしい。
どうやら、まだ歯が立つ相手ではないようだ。
「申し訳ない、ゼスト隊長。必ず絆を取り戻すと約束しておきながら、二の足を踏んでしまっている」
「焦ることは何もない。俺は君に希望を見出している、時間をかけていこう。お互いに分かり合える道は、あるはずだからな」
「落ち込むな、宮本。レジアス中将にはゼスト隊長がいるように、君には僕がいる。提案そのものは悪くないんだ、この取引が成功するように僕も協力しよう」
それぞれ肩を叩かれて困惑していると、周囲の女性たちが笑っているのが見えた。くそっ、その微笑ましい視線が何だか気に入らない。
こうなったら絶対、この取引を成功させてみせる。単に我を張るのではなく、向こうの足並みに合わせて計画を進めていくとしよう。
大人に気遣われて、大人の大変さを知る――そうすることでまた一つ、大人へと近づける。そんな実感を与えてくれた、一日だった。
後日、時空管理局地上本部より――きわめて予想外の形で、共同開発に関する返答が返ってきた。
<続く>
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