とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第十七話
「例えば一ヶ月かかる工事を、一週間で終わらせたとするね。お客さんは、どう思う?」
「そりゃあ、喜ぶだろうな」
「一週間で終わったので、一週間分の報酬しか貰いません。お客さんは、どう思う?」
「そりゃあ、喜ぶだろうな」
「喜ぶのは勿論だけど、うちに頼んだら一ヶ月かかる規模の工事も一週間で終わらせてくれると思うよね」
「そりゃあ、そうだろうな」
「同業者は、どう思う?」
「あっ」
「ユーリちゃんは何も悪くないけど、何とかしておいてね」
科学者の分際で例え話が下手くそすぎるけど、現状の問題がすぐに分かったという時点では俺にレベルを合わせてくれたと思うべきか。男と女のデート話で、我が子の話題というロマンティシズム。
デートも結局一緒に美味い飯を食べまわったり、無理やり手を握らされたり、多少エロい事をして終わった程度にはいつも通りだった。誘った本人は、俺と二人で出かけただけでご満足されたようだ。
一方こっちは我が子の問題を提起されて、新たな頭痛の種に悩まされただけ。放置出来ないので早速家に帰り、父の帰りを待つ愛しい我が子達を集合させた。
晩御飯は食べて来たが、食事を作って待っていてくれた我が子達の前では余裕の二度飯食いである。一家の大黒柱は、胃も強くなければならない。
「ユーリ、仕事は上手く行っているか」
「少しずつですけど、慣れてきました。今日は自分から、こんにちはと言えたんですよ!」
(……今まで、言えなかったのか?)
(初仕事では、何を言われても頷いて対応したそうです)
(客商売としては、一応最低限成り立っているのか)
食卓で少し誇らしげに語るユーリを前に俺は小声で確認すると、シュテルはすっかり上手になったお箸を使いながら近況報告してくれた。うーむ、前進しているような、そうでもないような。
聖地で目的を全て達成した後も引き続き、白旗の活動は継続している。海鳴で行っていた何でも屋家業を、白旗の従業員達の高い能力に合わせて規模を拡大させている。
ベルカ自治領に拘らず活動範囲を広げて、各地で大いに活躍。優秀な従業員は名も売れて、やがては指名まで来るようになる。指名制は基本設けていないが、ある程度の希望には応えられる。
我が白旗において、ユーリ エーベルヴァインの指名は今やナンバーワンであった。
「お父さんの子供だということで、皆さんから期待を受けていて少し恐縮しています」
「パパは何処に行っても人気者だもんね!」
「おのれ、我が子でなければ嫌味だと殴ってやったのに。お小遣いをあげなければならないではないか」
"聖王"という冠は確かに絶大な知名度を誇っているが、俺はそこまで自惚れていない。事はシンプル、単純にユーリという存在が世界中に認められているからだ。
沈む事なき黒い太陽、影落とす月――ゆえに、決して砕かれぬ闇。永遠結晶エグザミアの化身は国家戦略兵器を物ともしない怪物であり、次元世界最強の魔導師である。
聖地で起きた戦乱では無敵の力を発揮して鎮圧し、強大な力を世界中に見せつけた。時空管理局や聖王教会も恐れる彼女の存在こそが、"聖王"の名を轟かせた要因に他ならない。
世界中からユーリ個人に指名が来るのも、自明の理であった。
「その口振りからすると、ユーリによる問題も共有できているようだな、父よ」
「えっ、私の仕事に何か問題がありましたか!?」
「問題がないから逆に問題だという、稀有な例だな」
広大な次元世界には未開の地も数多くあり、凶悪な魔獣や怪物が支配する不毛の地も存在する。時空管理局の管理や聖王教会の加護が及んでいない、危険地帯。
人々が手を焼いている未開の大地にユーリが派遣されるのだが、我が子は軽く一蹴するだけで終わる。完全に制御された永遠結晶エグザミアの力で、あっという間に消し飛ばすのである。
依頼人達は涙ながらに感謝し、民衆は喜びをあげて評価するのだが、同業者達には毛嫌いされる。当然だ、危険な仕事を簡単に済ませられたら、商売の価値が下がってしまう。
ハイリスク・ハイリターンな仕事をノーリスクでこなされたら、やっていけなくなるのだ。
「うう、ごめんなさい、お父さん……全然知らず、お客様に喜ばれてはしゃぎ過ぎていました」
「さっきも言ったが、仕事は上手くいっているんだ。俺だって、お前の仕事内容そのものに不満を言う気はない」
ではどうしてこんな問題が起きているのかと言えば、他でもない責任者である俺の至らなさにある。従業員の仕事を調整するのは、責任者の仕事である。
月村忍はその事を理解していたからこそ、俺個人にどうにかしろと注意したのだ。同業者が困っているのであれば、きちんと連携して対応しなければならない。
傭兵団や猟兵団のみならず、大小あれど俺達白旗のような何でも屋は数多く存在する。時空管理局や聖王教会は強大な組織だが、次元世界全てをまかなえる程の規模ではない。
あのレジアス中将でさえも人手不足には、大いに嘆いていた。いわば、俺はその片棒を担いでしまった事になる。
「しかしだな、父よ。この世の中は弱肉強食、商売の世界では競争こそが大原則だ。全てを担うことなぞ、到底出来ぬぞ」
「ディアーチェの指摘は、王者として正しい。俺の後継者として、立派な意見だ。ただお前に引き継ぐまでに、この問題を引き摺りたくはないと思っているんだよ」
「むっ……き、気持ちは嬉しいが、父の名を継ぐのであれば我にも覚悟があるのだぞ」
「ははは、これも親馬鹿だ。剣を捨ててお前を助けたあの日から、俺はもう決めているんだよ」
箸の先を突っつきながら照れた様子で自分の意志を告げるディアーチェに、俺は笑いかけた。ユーリ達の親としての課題であり、白旗のトップとしての問題。
何でも屋は基本的には裏方稼業であり、配慮の必要性は普通はない。だが猟兵団や傭兵団のように黙認された組織となると、このまま見過ごすのは難しい。
独走状態で走り続ける事は可能だが、それではユーリ達頼みになってしまう。自分の子供や仲間達に甘えて、トップが我がもの顔で駆け抜けるなんて厚顔無恥も甚だしい。
ディアーチェにも言ったが――剣を捨てたあの日から、俺は孤独に生きるのは諦めた。俺は一人で生きていける人間ではないのだと、涙ながらに意地を捨てたのだ。
「お父さん……私、仕事を控えます」
「馬鹿を言うな、やっとお客さんに挨拶できるようになったんだろう。父親としては少し、寂しいけどな」
「何を言っているんですか、お父さん!」
頬を赤らめて慌てるユーリを見て、俺は恥ずかしげもなく笑った。人前で笑えるようになったのであれば、順調に人間らしくなっていると言えよう。
娘の成長を喜ぶことこそあっても、悩ましく感じるなんて論外だ。課題が問題となっているのは、親の責任に他ならない。従業員が仕事をしやすくするのは、責任者の仕事だ。
それにこの問題は、いい機会かもしれない。というのも、俺は前々からユーリの力については危険視していた。ユーリ本人ではなく、ユーリの力が及ぼす影響性である。
世界を揺るがすほどの力、ロストロギアにも匹敵する強大な魔導エネルギー、人々を震撼させる強さは安心と恐怖の二面性を持っている。
「ナハトヴァール」
「お?」
「ユーリとは今も、一緒に仕事しているのか」
「うん!」
ほかほかご飯で作られたおにぎりをぱくついていたナハトヴァールに聞いてみると、本人から満面の笑顔で肯定された。ユーリを見ると、苦笑しつつ肩を落としている。
以前も相談を受けたナハトヴァールの同行は、今も続いている。考えてみるとユーリが指名を受け始めた時期と、ナハトヴァールが同行し始めた時期は一致している気がする。
本人なりに何か察して動いていると思ってはいたが、ユーリの影響力を察してこの子なりに守っていたのだろうか?
「ナハト、今日はお父さんと一緒に遊ぼうか」
「しごとー」
「家庭を顧みない子になってしまった」
「泣かないで、お父さん!?」
確かに幼子を担いだ暴君というのも、ちょっと想像できない。ナハトヴァールがいるというだけで、ユーリへの畏怖も消え去ってしまう。平和の申し子であった。
「お掃除のお仕事などするのはどうでしょう。お家やお庭を綺麗にするのは得意です!」
「うーむ……別に悪くはないんだけど、そういう仕事は単価が安いからな」
「丁稚奉公を否定するつもりはありませんが、ユーリの単価は下がってしまいますね」
シュテル達もそうだが、何よりもユーリの存在はあらゆる組織から目をつけられている。時空管理局や聖王教会からの干渉も強い。
聖地で起きた戦乱でユーリの力は必要だったとは言え、必要以上に見せてしまったのはやはり問題だったかもしれない。ディアーチェのカリスマとは別種の、神秘性。
ユーリの存在が、"聖王"の絶対性を印象づけているのも事実なので、皮肉な話でもある。ともあれ、このまま野放しにしておくのはやはりまずい。
一番いいのは管理局や教会へ所属させることだが、それではユーリの将来を狭めてしまうことになってしまう。
「いかがいたしますか、父上」
「お前たちの出番だ。シュテル、それにレヴィ」
「ボクもいっていいの!? なになに、どんな事をするの!?」
「私とレヴィの同伴――ということは」
さすがは我が右腕、すぐに見破ったか。俺は、大いに頷いた。
「エテルナ・ランティスとオルティア・イーグレット――お前達が相手をした各組織の、元ボスに話をつけに行こう」
<続く>
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