とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第五話






 当然、自分以外でも問題が起きている場合がある。















「ナハトが懐いてくる?」

「そうなんです、お父さん!」

「……問題が起きたから相談に乗って欲しいと言わなかったか?」

「はい、問題ですよ!」

「どこが問題なんだ!?」


 ユーリ・エーベルヴァイン、次元世界でも最強を誇る大魔導師が真剣な表情で相談を持ちかけてきた。甘え下手なユーリには珍しく、直球での悩み相談である。

護衛の妹さんには部屋の外で人払いをお願いして、家族水入らずで相談に乗ってあげる事にした。たまには、父親らしい事もしてあげるべきだろう。

年頃の娘の悩みにどう答えるべきか内心ハラハラしていたが、別の意味でよく分からない悩みだった。姉妹仲良ければそれでいいと思うのだが、そんな単純な話ではないのだろうか。


こういう場合、問題を切り分けることが大事だ。自分自身悩みの多い人生を過ごしているので、よく思い知っている――平穏無事に、生きていきたい。


「別にいつも仲が悪いという訳ではないんです。私はナハトの事を本当の妹のように――いえ、自分の妹だと思っています」


 血が繋がっていないうちの家族は年功序列制度ではなく、自然な流れで立場を決めている。絶対なのは父親である俺だけで、ユーリ達は自己申告制に近い。

長女はディアーチェ、次女がシュテル、真ん中がレヴィ、四女がユーリで、末っ子がナハトである。この家族構成は正直、よく出来ていると感心させられた。

シュテルもプッシュの強い子なのだが、長女になるのは嫌がっている。家系を支える柱より、家族に貢献する黒子でいいのだと、家族のサポートに努力する良い子なのである。


貢献度は高いのだが、父親である俺に自分の光景をアピールするしたたかな娘さんでもあるので、父としては複雑だ。


「確かに、ユーリとナハトは姉妹の中でも日頃から特に仲が良いしな」


 聞いた話だとシュテル達とユーリは実体化する前から繋がりがあり、ナハトヴァールだけは疎遠だったそうだ。縁のなかった関係ではなく、本当に複雑な関係と言葉を濁している。

だからこそ自分に出来た妹が本当に嬉しく思っており、ユーリは一生懸命ナハトヴァールの面倒を見ている。時間があればナハトと遊び、母親代わりに教育にも熱心だ。

聖地で俺と再会する前、親子離れて寂しく泣いていたナハトをあやしていたのもユーリだったと話には聞いている。すぐに会えると、夜泣きするナハトを懸命に慰めていたそうだ。


そんな関係だからこそ、今回のユーリの問題点が分からなかった。


「お買い物などといった外出でも、一緒についてこようとするんです」

「一緒に買い物でもしたかったんじゃないのか」

「店に行っても何も欲しがりませんし、何処かに行っても遊ぼうとしないんです。むしろ家についたら、ニコニコ笑って手を握るんです」

「うーむ、分かるような、分からんような……」


 分かると言ったのは子供の頃冒険したくても、子供一人で出ていくのは勇気がいったという事だ。外に出るのが怖いのではない、何処へ行けば楽しいのか分からないのだ。

子供は大人より好奇心旺盛だが、大人に比べて情報量が圧倒的に少ない。知らないからこそ冒険なのだが、知っていなければ冒険に出かけられない難儀な生き物なのだ。

ナハトにとってユーリは母同然の姉、楽しい所をいっぱい知っていると思って一緒に行きたがる。それでなくても、子供は大人が出かける場所に行きたくなるものだ。


分からないと言ったのは――ナハトは一人でも冒険に出かけられる、強い子だということだ。


聖地でも一人で駆け回っていたし、地球へ帰ってきてからも毎日のように出かけている。俺に似て旅も大好きなのか、旅行などの話になるとウキウキしている。

将来は俺の手元から離れて、それこそ次元世界中を旅して回るのではないかと、我が子の未来を頼もしくも寂しく思っている。今は親に甘えているが、きっと俺のように早く世界へ飛び出すだろう。


ユーリはこの問題について、不思議そうに首を傾げている。


「しかも毎回ではなく、機会を見計らったように一緒に行こうとするんです。誘った時は来なかったり、一人でいこうとしたら一緒に行こうとしたりして」

「一緒に行こうとした時、拒否したりしたらどうなる」

「ちょっとした買い物なので一人でいいと言っても、聞かないんです。絶対一緒に行くと言わんばかりに、ギュッと飛び込んでくるので私としても連れて行かない訳には行かなくて」

「なるほど、そこまでの熱意なら振り切ろうとしても走ってついてきそうだな」


 正直言って、分からん。子供の気まぐれといえばそうなのだろうが、何か意味があって一緒に行っているのだろうか。考えられる可能性に一つ、心当たりがある。

聖地で俺が戦争に明け暮れている間、ナハトヴァールは白旗の本陣でじっと構えていた。あの時も気まぐれかと思っていたのだが、あとになって異教の神を威嚇していた事実が判明した。


ユーリに一緒についていくのは、この子が誰かに狙われているからだろうか……? ありえなくはないのだが、疑問が大いに残る。


ユーリ・エーベルヴァイン、この子をどうにか出来る人間なんてこの世に存在するのだろうか。兵器を撃ちまくっても平気な顔をしている娘を、誰が傷付けられるのだろうか。

俺にとっては魔龍や異教の神より、ユーリの方が強大に感じられる。永遠結晶「エグザミア」が法術により完全制御が可能となり、次元世界を焼き尽くす魔力を保有しているのだ。完全無敵である。

ナハトヴァールは赤子のような存在だが、ユーリの力については本能で察していると思われる。狙われているという線がありえないか。


「ナハトが不可思議な行動をしていることは分かったんだが、問題と言うほどではないと思うぞ」

「問題ですよ」

「どうして?」


「だってあの子、ディアーチェ達にも同じことをしています。法則性が全く無く、今日ディアーチェかと思えば、シュテルについていったり、レヴィが出かけるのを止めようとしたりするんです」


「うおおおお、意味が分からなさすぎて怖いぞ!?」

「そうでしょう、そうでしょう!?」


 ユーリ達が狙われているのだと仮定するなら、それこそ全員一緒に行動させる筈だ。日によってランダムなのはどういう事なんだ、ユーリの傍を離れた途端襲われたら意味がないぞ。

考えれば考えるほど、混乱してしまう。いや、答え自体はあるのだ。あいつの気まぐれだという完璧な理由が、不動の地位で君臨している。何を疑問に思うのか、という話でしかない。

なるほど、確かに問題だ。行動理由が意味不明である以上、今後ナハトがどういう行動するのか分からない。無軌道に行動されてしまうと、こっちとしても出かける度に警戒しなければならなくなる。


かといって、咎めるのも変だ。必ずしも、間違えているのではない。


「本人に聞いてみよう――ナハトヴァール」

「はーい!」


 相変わらず何処にいようと、一声かけるだけでナハトヴァールは聞きつけて飛んでくる。ニコニコしながら俺のもとへ駆け寄るその仕草は、子犬そのものだった。

じっと見下ろしてみるが、何の他意もないように見える。元より悪巧みするようなタイプではなく、赤子のように本能的にスクスク育っている。

正直聞いても無駄な気はするのだが、素直な子ではあるので何でも気軽に教えてくれる。言葉だけではなく、態度で大いに見せてくれるのでとても無邪気だった。


ナハトを抱っこしてあげて、問うてみる。


「ナハト、最近お姉ちゃんたちと仲良く遊んでいるようだな」

「うん!」

「どうして最近お姉ちゃん達とベッタリしているんだ?」

「おとーさんもギュッ!」

「ぬおお、俺が寂しくて聞いているんじゃない!?」

「……予想通りだね、お父さん」


 満面の笑顔で顔に飛び掛かられて、俺は豪快に仰け反った。予想を上回る家族愛と平和思考に、陰謀論なんぞ無縁なのだと改めて思い知った。

うーむ、一応推測はあるのだが、自分の中でも信じられない思いがある。自分の推測に、自分で疑問を抱いている始末だ。


つまり――ユーリ達を狙う敵が居て、ナハトヴァールは超動物的直感で敵が何時誰を狙っているのか完璧に察して、事前に先回りしているという説だ。


シュテルが狙われている日はあの子の側にいて、レヴィが危なければ飛び付いて家の外には出さず、ディアーチェに何かありそうなら家事のお手伝いをする。

そして何より、ユーリが一番狙われていてよく一緒に遊んでいる。ナハトがいるからこそ敵はユーリ達を狙えずに、安全に過ごせているという説だ。


実に野性的な子ではあるのだが、そこまで完璧に察して動けるものだろうか? それに――


「ナハト、今日はお父さんと遊ぼうか」

「ユーリがいい!」

「お父さんよりお姉ちゃんを選ぶの、ナハト!?」

「……ユーリのお小遣い、減らそう」

「とてつもなく理不尽ですよ、お父さん!?」


 娘に嫌われたショックでもう一人の娘のお小遣いを減らすという奇策で問題解決を図り、ユーリの相談窓口は終了する。本人は泣いていたけど、可愛いから良し。

このユーリの件に限らず、確かに前々から監視の目は確かにあった。こちらも警戒はしていたのだが、始終続くといい加減ウンザリしてくる。

十二月に入った今、このまま今年の問題を抱えたままで年を越したくない。日本人ならではの感覚だが、世界各国や異世界ミッドチルダとの国際交流を行っている今、こういう感覚は大切にしたい。


良い機会だ、決断しよう。


「妹さん」

「ここに控えています、剣士さん」


「少し早いが、年末に向けて大掃除しよう――忍者部隊と、騎士団を招集してくれ」


 カレンとディアーナが直々に選抜した忍者部隊と、セッテ率いる戦闘機人で構成された聖王教会騎士団。守護騎士達のような戦力ではなく、裏工作を得意とした軍団。

聖地へ行く前ならともかく、聖地で覇権を握って戦力は十分過ぎるほど整えられた。ローゼも聖地の救世主となり、身の安全が保証されてアキレス腱はなくなった。

闇の書こと夜天の魔導書は聖王教会管理となり、アギトは自由の身となった。状況も改善されつつあり、こちらの弱みはなくなりつつある。状況が落ち着いている今がチャンスだ。


これを機に、一気に敵勢力を炙り出してやる。













<続く>








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