とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第四話






 俺に限らず、古今東西男を悩ませるのは女かもしれない。















『ところで王子様、例のお約束の件ですが――』


 ……何か約束をしていたのか、素直に聞き返すほど俺は子供ではない。男と女の会話には常に駆け引きが行われている、無垢でいられるのは性交渉の無い子供時代のみ。

頻度が少ないと前々から怒られていたので、最近毎夜になりつつある麗しき姫君達とのお楽しみ会。日付変更線を物ともせず、世界中の美姫達が同じ時間に集っている。

日本時間では深夜、俺も剣道着は脱いで和装の寝間着に着替えている。厚手の木綿で出来ている筒袖の寝間着は、この女性陣より贈られてきた特注品である。

サイズを測らせた覚えはまったくないのに、見事にフィットしている優れものである。観察眼だと思いたいが、就寝中に計測された可能性もあるから怖い。


「うむ、例の約束だな。そろそろ果たす時が来たか」


 交渉事には、コールド・リーディングとホット・リーディングと呼ばれる話術が使用される。俺も経済や政治に干渉するようになって、教えてもらった会話の基本だ。

ホット・リーディングはフィリスのカウンセリングのように、事前に得た情報を利用して会話を行う。様々な事実を言い当てる事で、相手の反応を導き出せる。

コールド・リーディングは世界を代表するこの女共のように、外観を観察したり何気ない会話を交わしたりして相手の情報を言い当てる技術だ。事前情報はなくても、相手信じさせる事が出来る。

この2つを使えば、女性との会話にも苦労はしない。


『あら、随分と積極的に賛同してくださるのですわね。お気持ちに応えて下さる理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか』


 ――ただしこの女、カレン・ウィリアムズのように経済界を牛耳る交渉の達人が相手では通用しない。


本当に約束を覚えているのか、邪気のない笑顔で脅してくる。ぐぬぬ、可愛げのない女め。

真面目な話、約束とは一体何だっただろうか。交渉による取引ならともかく、この女共はちょっとした口約束でも後生大事にするからな。迂闊なことが言えない世の中になっている。

カーミラとの主従関係、ロシアンマフィアとの協定、フランスの貴公子との友情、イギリスの妖精との婚約、アメリカの富豪との商売。大切な関係ではあるが、約束とは言えないだろう。


例の約束の件、と持ちかけてくるからにはお互いが果たすべき事柄だった筈だ。覚えていないということは聖地へ行く前――あっ!


「理由も何も、俺だっていい加減疲れて来ているからな。骨休みくらいはしたいよ」

『うふふ、ハネムーンとまでは申しませんが、ロマンティックな夜をお約束いたしますわ』


 聖地へ乗り込む前、戦争が行われると覚悟を決めていた異世界への出陣。もしも生きて戻って来たのならば、彼女達と旅行へ出かける約束をした。美女達が揃う酒池肉林を報酬にして。

忘れていた理由は他愛のない約束だと言うよりも、聖地での三ヶ月間の戦乱のせいでそれどころではなかったからだ。剣への情熱を失っていた事も大きい。

彼女達は世界に名高い者達、弱者の都合なぞ知った事ではない女傑達だが、俺の都合は第一に考えてくれる。精神的に参っていた俺に配慮してくれたのだろう。


幸いにも情熱は取り戻せたので、精神的には復調。残っているのは肉体的疲労ということで、改めて慰安旅行が提案された。


『日本では来月、正月を迎えるのだろう。ちょうど良い、新しき年の門出を主である私自ら祝ってやろうぞ』

『スケジュールを揃えられる、良い機会でもあります。あくまで公平に、皆さんがお集まり出来ますわ』


 青髪に真紅の瞳、流麗に結ばれた唇。背に生えた漆黒の羽。暴力的な美の少女がご満悦に微笑んでいる。プライベートな部屋で通信する彼女は、リラックスモードだった。

夜の一族の長であるカーミラの提案を、ロシアンマフィアの長女が静かに首肯する。澄んだ翡翠色の瞳をした、シルバーブロンドの女性は日々美しく磨かれていた。

博愛の笑顔を向けながらも、他の女性達を牽制する仕草はとても自然に脅していた。この程度の牽制に怯む者はこの場に一人もいないのは彼女もよく分かっている。マフィアにとっては日常会話なのだろう。


ロシアの時間帯的には夜ではないはずなのだが、薄手のネグリジェ姿で卒倒するほど艶やかだった。


『べーつに、クリスとうさぎだけでいいのにさ、何でこいつらと一緒に行かないといけないのかな』

「お前と二人きりだと、安心して休めないじゃねえか」

『うふふ、寝首をかいたりしないよ。キスの雨をふらせてあげる』


 寝床には来るんじゃねえか、この野郎。胸に豊かな果実を実らせている姉のディアーナと違い、妹のクリスチーナは細く華奢な肢体をくねらせている。暴力で洗練された、幼き媚態である。

暴力社会の組織で生き残るべく、姉は交易路を新規開拓して財を築き上げ、妹は裏社会を制圧して、不動の地位を築き上げた。非情なマフィアのボスとして君臨し、震え上がらせている。

爛々と紅く瞳を光らせる、シルバーブロンドの少女クリスチーナは、文句こそ口にしているが、脚をぴょんぴょんさせて再会の時を喜んでいる。日頃から会いたがっていたからな。


こうしているとロシア有数の美少女姉妹なのだが、二人揃って良心と悪性が混ざり合った怪物である。ドエライ女たちに、好かれてしまったものだ。


『想像も付かないけれど、魔法文化の栄えた異世界で戦争を行っていたんでしょう。戦場帰りの軍人が心を病む事例は、僕も父から聞かされたよ。
剣士の君が剣を振れなくなったと聞いて胸を痛めていたけど、復調して本当に安心した。これからも何かあれば、いつでも相談に乗るからね』

「そうだな、考えてみればお前も剣士の一人なんだから、相談すれば良かったな」

『うん、ボクはいつでも君の味方だよ。どんな事でもするから、何でも頼ってほしいな』


 フランスの夜の一族。柔和な微笑が似合う中性的な美貌の貴公子。温和かつ温厚な性格で争いを好まないが、フェンシングの名選手でもあるカミーユが頬を染めて笑っている。

男の分際で無邪気に笑いかける仕草は社交界で身に付いた処世術か、今まで友人と呼べる人がいなかった反動なのか、よく分からない。同性なのに、照れてしまいそうになる。

カーミラ達は俺は必ず復帰すると信じて疑わなかったが、カミーユは親身になって心配してくれた。その気持ち自体は素直に嬉しかったので、こうして好意を向けられても抵抗できない。


ただやはり男としては同性よりも、異性に心配されたい欲求がある。


『貴方が背負うものは大きいけれど、せめてそんな貴方を支えられる妻となるわ。旅先のことは何も心配せず、任せてくださいね』

「そういう事を皆の前で言うから、カレン達がハネムーンとか茶化してくるんだぞ」

『婚約の身だから新婚より、婚前旅行と言えばいいかしら。音楽学校も休暇となるから、私も現地で貴方と会えるわ』


 世俗には関心を向けない彼女も、年頃の女性として恋人との旅行は楽しみにしているようだ。珍しく自分から会話に加わって、旅を心待ちにしている言葉を口にする。

美しき黒い髪に、黒曜石の瞳。イギリスの"妖精"と称えられる、容姿端麗な婚約者。カミーユと婚約していたのだが、女帝の失墜により破断。婚約条件を満たしてしまった俺が、スライドしてしまった。

政略結婚という意味では同じだったので忠告したのだが、ヴァイオラ本人が乗り気だと相手側より強くプッシュされてしまった。俺の人生に、ウェディングな行事が訪れるとは夢にも思わなかった。


高嶺の花が不良を好きになる映画は定番なのだが、自分の身に降りかかると戸惑いしかない。飛行機を止めるような男を好きになるべきではないと思うのだが、彼女の意思は頑なだった。


「男との婚前旅行との噂が広まると、社交界の紳士諸君が卒倒するぞ」

『貴方の迷惑になるのならばともかく、私は全く気にしないわ』


 女系の多い夜の一族の中でもとびきりの美少女で、社交界の紳士諸君より日々求愛と求婚が山のように送られてくる女が平然と紅茶を飲んでいた。袖にした男の数は、俺が斬った人数より絶対多い。

カミーユとの婚約が破談となり、女帝も失墜して世界会議を終えた彼女は、彼女の祖国イギリスで少数精鋭の音楽学校である「クリステラソングスクール」に入学した。

世界会議でフィアッセの両親との縁を結んだ俺の紹介というより、彼女の歌に聞き惚れた校長達の強い推薦で入学出来たそうだ。俺の婚約者となった彼女は人が変わったように、レッスンに励んでいる。


将来有望な歌姫候補は花嫁修業との両立を見事にこなして、先輩たちからえらく可愛がられているそうだ。イギリスの妖精は、同性にも愛される容姿であるらしい。


『では、決定ですわね。王子様のご予定に合わせて来月、旅行へ参りましょう。わたくしが全て滞りなく準備いたしますので、心配無用ですわ』

「……お前のプランだという点が激しく気になる。お前のオリジナルティを、一つでもいいからあげてくれ」

『わたくしと王子様は同じ部屋ですわね』

「職権乱用じゃねえか!? 婚約者を連れている男を部屋に誘うな!」


『心外ですわ。王子様とヴァイオラさんのお二人では、皆さん気を使って部屋を訪ねられないでしょう』

「なるほど、それもそうか――と、騙されるかボケ。お前と一緒でも角が立つだろう」

『ふふふ、危機的状況を速やかに予測できる意識の高さは変わらずで嬉しい限りですわ』


 アメリカでも有数の大富豪のご令嬢。気位が高く不遜だが、プライドと美貌に見合った確かな才能を持った女性。一挙一動においても美しく、それでいて油断がならない。

幼少時より大人顔負けの行動力と手腕を発揮して、僅か十代で父を超える地位と実力を手に入れた女は、愛に妥協しない。どれほど惚れ込んでも、相手に対して高く求めている。

剣への情熱を失って悩んでいた間に、一切手を差し伸べようとしなかった。もしも本当に何もかも捨てていれば、彼女もまた俺を捨てていただろう。


ジェイル・スカリエッティの縁もあり、異世界ミッドチルダの技術を望んでいる彼女は、次元世界への進出を強く望む恐るべき女であった。


『では約束も果たされたところで、こちらも協定を果たすといたしましょう』


『うむ、徹底的にやれ』
『よろしくお願いしますわね』
『とことんやって』
『ボクも流石に止めないよ』
『私も静観しているわ』

「何だ、お前らのその団結心!?」


 ――そんな彼女達を、欧州の覇者達と呼んでいる。


『シュテル・ザ・デストラクター、貴方の娘だと名乗るこの小娘は何者ですか』

『ロード・ディアーチェ、このガキはお前の後継者だと我に断りもなく名乗っているそうだな』

『レヴィ・ザ・スラッシャー、この子の母はどなたかお聞かせ願えませんか。挨拶させて頂きたいので』
『殺したいほど生意気な顔してるから、クリスの前に連れてきて』

『ナハトヴァールという子、君にそっくりなんだけど……まさか本当に君の子供なの!?』

『ユーリ・エーベルヴァインという少女は貴方の娘だというのであれば、私の子供でもあるわ。ぜひ、会わせてほしいの』


「何故そこまで赤裸々に知っている、まだ正式に紹介していないはずだぞ!?」

『王子様、貴方に配属されている忍者部隊は私の手の者ということをお忘れですか』


 うぐぐ、いい加減紹介しなければならない時が来たのか。魔法文化を知っているとはいえ、説明が死ぬほど面倒くさいのだがどうしたものか。

彼女達が挙げている名前はシュテル達のみだが、この調子だと絶対俺の周りまで完璧に把握している。つまり、地球に引っ越してきたギンガ達も知られているといっていい。

どうしようというか、どうすればいいんだ。時空管理局や聖王教会の連中とは違って、一切合切全部話してもいいのだが、事情ではなく私情が絡むからコイツラはややこしい。

いくら何でもシュテル達が俺の実子とは思っていないだろうが、現実は残酷で俺の実子も異世界には存在する。ヴィヴィオ達のことを知られたら、血を見る。あわわわわ。


だから可愛い娘であるディード達を、この世界へ連れてこれないのだ。うーむ、この問題も厄介だぞ……


「それはだな――」

『それは?』



 あああああああ、思い付かん!



「次の旅行で全員、紹介するよ」



 ――だから、来月の俺に丸投げした。

すまんな、俺。今月の俺も問題山積みなんだ、勘弁してくれ。


明日は、明日の風が吹くさ。













<続く>








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