とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第三話






 結局のところ、一番厄介なのは家庭の問題かもしれない。















『事情聴取も終わり、本人も反省している。いい加減、そろそろ迎えに来てやってくれ』

「誰を迎えに来いと言うんだ、クロノ」

『無限書庫で僕達を翻弄した例の少女だ。君が保護者だと言い張っている』

「げっ……すっかり忘れていたし、思い出したくもなかった」


 無限書庫で出会った、俺と夜の一族の姫君達の遺伝子を受け継いだ少女ヴィヴィオ。"聖王"の正統後継者の護衛役を務める少女が、親子対面の場を設けるべく囮役となってくれたのだ。

同行していたクロノ達を翻弄するべく能力を活用していた戦闘機人、逃走も可能な能力に思えたが執務官の追跡はそう甘くはなかったようだ。見事に逮捕されて、事情聴取を食らった。

その後色々あってすっかり忘れ去っていたのだが、12月に入ってクロノから盛大に呼び出しを食らった。聖王教会で引き取りに来てくれればいいのだが、戦闘機人ともなると扱いに困る。


とっとと引き取って教会へ引き渡そうかと思ったが、それだけの理由でわざわざミッドチルダに行きたくない。


「状況も落ち着いてきたから、改めて無限書庫へ調査に行かないか」

『闇の書の資料は君が調査して一通り揃えて来てくれただろう、不要だ』

「何故、反対するんだ。一般人の許可も制限こそあるが認められている筈だ」

『君が敢えて知識を求める理由に見当が付くからだ。名剣や魔剣の類を求めて行動されても困る。昔と違って、今の君は行動に出られるだけの力はあるからな』


 ちっ、見破っていやがった。単純に動機を見透かされただけじゃない。俺の性格や内面を読んで、機先を制してきやがったのだ。

剣に関する有力な手掛かりを得られたのであれば行動に出るが、無計画に探し回るほどの勤勉さはない。明らかな情報を掴むまで面倒臭がって動かない俺の行動力を、正確に見抜いている。

クロノは友人思いの良い奴だが、同時に犯罪者が恐れる執務官でもある。俺の事情を知っていたとしても、俺の無茶を許すほど盲目的な人間ではない。


そういう人間だからこそ、他人をなかなか信じない俺が信頼出来たのであるが。


『機会を求めるのであれば剣ではなく、家族にするべきだ。色々複雑だろうが、それでもあの子達は君を父と慕う家族じゃないか』

「……わかったよ、実の娘達を誘って一緒に迎えに行く」


 聖王教会の意向によりジェイル・スカリエッティ博士の研究で産み出された、俺の遺伝子を継いだ娘達。ヴィヴィオに、オットーとディード。留守を期待していたが、ワンコールで快諾した。

待ち合わせすると、可愛らしい私服に着飾ったヴィヴィオが飛び付いてきた。シスター服のディードも丁寧に一礼し、美しく男装したオットーも嬉しそうに手を取る。

遺伝子を継いだだけだというのに、どこからこんな愛情が湧いてくるのだろうか。人間というのは、本当に不思議なものだ。本当の親子だとしても、血の繋がりしか無いというのに。


ゴミ捨て場に捨てられて今年で十八年、両親への愛情なんて微塵も湧いてこないぞ俺は。


「ごめんなさい、パパ。あの子の事で面倒をかけて」

「随分放ったらかしにしてしまったからな、流石に気の毒になってきた」

「お父様が案ずる必要はありません。管理局に捕まったあの子の責任です」

「父さんを保護者と指名するなんて恐れ多いね、粛清が必要かな」

「怖いことを言うな、お前ら!?」


 剣士の娘だけあって、結構酷薄な事をサラリと言うので怖い。俺も身内を問わずドライな事を言っていたので、鏡でも見ている気分だった。子は親の鏡とはよく言ったものだ。

親子の交流の大切さをクロノから諭されたので、三人揃って手でも繋いでみる。いくら何でも恥ずかしいかと思ったが、ヴィヴィオ達は抵抗なく笑って握り返してきた。

造り出された生命であろうと、握った手は暖かく伝わってくる想いは熱い。この子達の事も考えないといけないのだが、立ち塞がる問題はなかなか多い。


家族であれば何でもいいと言い切れるほど、この社会は甘くない。


「あー、やっと解放された。疲れたし、お腹空いたし、何より寂しかったよー!」

「おりゃー!」

「ぬわー!」


 管理局の詰め所から解放されるなり飛び込んで来た少女を、豪快に投げ飛ばす。感動の再会を期待していたのだろうが、地面に引きずり込まれたことを俺はまだ忘れていないからな。

空のように青い髪、愛嬌のある笑顔が似合う幼気な風貌の少女。明るくポジティブで、言動にも子供らしさが宿っている。利発的な子達が多い中で、この子が一番年頃の女の子らしい。

とはいえこの子も戦闘機人、盛大に投げ飛ばしてやったのに空中回転して綺麗に着地。秀でた身体能力は、基礎スペックだけでも圧倒的であることを示している。


いきなり投げ飛ばされたというのに、愛情表現とでも受け取ったのか少女はニシシと笑っている。


「よかったね、"姫様"。ちゃーんとパパさんと会えたんだ」

「作戦通りに動いてくれたからこそだよ、ありがとう。そしてごめんね、すぐに迎えに行けなくて」

「てっきり忘れ去られているんじゃないかと心配だったよ、あたしは。まだちゃんと愛されててよかったよ!」


「今の今まで忘れておりましたよ」

「思い出さなくても平気だったよね」


「この姉妹は相変わらず辛辣だね!?」


 子供達の交流は見ていてなかなか微笑ましいが、俺の遺伝子が混ざると殺伐としてしまうのが悩みどころだ。少女の明るさに、結構助けられてしまっている。

可愛い盛りのガキンチョだが、能力はなかなか凶悪である。ヴィヴィオの話では「ディープダイバー」と呼ばれる能力で、無機物に潜行する能力と聞いて戦慄させられた。

魔道士で言う移動系の能力者、あらゆる無機物を透過出来る能力。地面を泳いで潜行したり、建物内部にまで潜り込める力は驚異の一言だ。あらゆる可能性が眠っている。


恐ろしいのは自分だけではなく、仲間や他人を一緒に透過できる応用性だ。能力を拡大していけば、地盤沈下や建物破壊を平気で行えるようになるだろう。


最高評議会がジェイル・スカリエッティという天才を通じて行っていた研究成果、次世代の戦力として企てていたというのも頷ける。彼らの狙いも知れた。

単純な力を望んでいたのではない。兵器ではなく兵士、あらゆる力を持った人材を求めていたのだ。戦闘能力だけではなく、あらゆる非凡を貪欲に狙っている。


この子はトーレ達という可能性の先にある、最高評議会の切り札となり得る存在であった。


「アタシは"セイン"、姫様の護衛を任命された戦闘機人。パパさん――コホン、陛下の大切な宝物はアタシが必ず守るね!」


 言動が無礼であると、ディードやオットーは叱責しない。明るく笑っていても覚悟は本物だと、この子の表情が物語っている。ヴィヴィオは誇らしく胸を張っていた。

自分が正義だという気はない。最高評議会の手に渡らなかったとはいえ、俺自身もこの子を兵士として自分の娘の護衛に当てていることを肯定している。奴らと何も変わらない。

解放された以上、人並みの生活へ戻す機会はあったはずだ。"聖王"の立場であれば、聖地内であれば市井へ送ることだって出来る。なのに俺は、この子の決意を尊重しようとしている。


正義を名乗る悪党ども、正義を気取る剣士。同類だ、何も違わない。自分が正しいなんて、間違っても言えない。


「ヴィヴィオをよろしく頼む、絶対に守ってくれ」

「セインさんにお任せだよ!」


 だからせめて、この子が自分を正しいと思える事をさせてやろうと思う。セインだけではなく、ディード達他の戦闘機人だって同じだ。問題を多く抱えている。

俺はあの子達だって、人間だと思ったことはない。戦闘機人であることを、大いに肯定している。だからこそ、同じ人でなしとして彼女達の意思を尊重しようと思う。

俺の家族、自分の娘や姉妹達はどの子も非常に厄介だ。戦闘機人である以上、最高評議会は延々と狙ってくるだろう。セインを知って、改めて確信した。


ディープダイバーのような特殊能力の数々、戦闘機人の力は必ず狙われる。だからこそ――


「その代わり、お前たちの事は俺が守ってやる。自分の人生を、思う存分に生きろ」


「わあ……パパ、カッコいい!」

「ありがとうございます、お父様。必ずや、お父様のご期待に応えてご覧に入れます」

「頼りにしているね、父さん」

「やばい、ちょっとどころじゃなく感動しちゃってるかも!?」


 身の安全を保証する苦労は、ローゼとアギトの件で思い知っている。異端である事だけで、どの世界であろうと非常に生き辛くなってしまう。加えて我が子であれば、尚の事だろう。

けれど、この問題を抱えると決意した。決意したのは今ではない、問題を自覚した瞬間だ。最高評議会、彼らに繋がっていたジュエルシード事件。自分の人生を変えたこの運命を、受け入れた時から。

アリサを失ってようやく、自分は逃げられないのだと分かった。失ってからではないと気付けなかった自分の愚かさには呆れるが、それでも気づけたのだ。


「今日からお前は、忍者部隊の一員だ」

「わっ、なんだかカッコ良さそうな部隊に入れられちゃったよ、姫様!?」

「私の護衛に何をさせるつもりなんですか、パパ!?」


「お父様の命は絶対ですよ、セイン」

「色仕掛けよろしくね、セイン」

「アタシの運命をどうするつもりなの、あんたら!?」


 もはや無関係ではいられない上、俺はこの問題とも向き合って戦い続ける。


「ではお父様、改めて問題の解決へと乗り出しましょう」

「お前達以外に問題が……?」

「無論です。お父様の子を騙る者達を今こそ追い出し、本当の娘である私達がお父様と共に生きるべきです」

「賛成、そろそろどうにかした方がいいよ」


 比較的どうでもいい割に、意外と根深い問題を蒸し返されて仰け反る。ヴィヴィオは困った顔をして頬をかき、セインは修羅場の予感にワクワクしている。くそったれ。

ヴィヴィオ達は今次元世界ミッドチルダ、聖地で生活している。別にわざわざ距離を置いているのではなく、聖王教会が正統後継者であるヴィヴィオと従者達を崇拝している為だ。

実質上の統治者はディアーチェで決定しているが、聖王教会の崇拝対象となると異なってくる。聖王家の尊き血は継いでいかなければならない、ヴィヴィオは聖王家の血筋として必要なのだ。


俺が言えば何とでもなるのだが、今のところ状況に甘えている。理由は簡単で、こいつらが一方的に喧嘩腰だからだ。


「姉妹同士、仲良くしなさい」

「血が繋がっていないので、姉妹ではありません」

「思いっきり正論なんだけど、親権を取れば家系上の姉妹となるぞ」

「その前に追い出しましょう」


 誰がどう聞いても選民思想にしか聞こえないのだが、ディードは純粋に俺の娘を名乗る彼女達が許せないのだろう。それほど、俺の血を尊んでくれている。

オットーはディードほど過激ではないのだが、ディードを唯一の姉妹だと認識している為、どうしても優先順位を付けてしまっている。

この問題はある意味、最高評議会の件より厄介だ。父親が、味方する訳にはいかない。どちらの味方をしても、どちらかが傷付いてしまう。


「お父様の家族は、私とオットーの二人です。他は赤の他人ですよ」

「わたしはどうなの、ディード!?」

「僕とディードの三人家族で、仲良く過ごそうよ」

「もしもーし、わたしという存在を忘れておりませんか―!」

「頑張れ、姫様。アタシは外野から応援しているよ!」

「そこって安全圏だよね、セイン!?」


 ディードとオットーに泣きながら縋り付いているヴィヴィオ、俺が安心して聖地に預けられているのはこの子のおかげだった。

何だかんだでしっかりした娘さん、俺の娘とは思えないほど頭の出来も人望も高い子である。ディードとオットーも、この子にだけは頭が上がらない。


――そういえば、姫様と普通に呼ばれるようになったんだな……


仲が良さそうで笑ってしまいそうになるが、問題は解決していない。

やれやれ、どうしようかな……













<続く>








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