とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第一話
十二月。
今年も残り一ヶ月となり、海鳴も本格的な冬を迎える。海鳴で過ごす冬は、俺にとって今年初となる。思えばまだ、海鳴へ流れ着いて一年経過していないのだ。
既に何年も過ごしているような錯覚に囚われてしまうが、その分濃密な一年を過ごしたという事なのだろう。苦労ばかりだった気がするが、終わってしまえば感慨深い。
過去に思いを馳せようとしても、俺の過去は全て海鳴へと押し寄せているので昔も何もあったものじゃない。ガリやデブは平然と海鳴に定住しているし、孤児院はめでたく建築されてしまった。
一年前の冬は何をしていたのか、思い出してみた――
「過去十年で最強の寒波とかで、冬山で凍死しそうになったな」
「動物でも山では冬眠するのに、あんたと来たら」
「その状況で死んだ場合、孤独死なのでしょうか。それとも、餓死なのでしょうか」
「やかましいわ!」
メイドや娘に茶化される程度には、暖かくて賑やかな環境となった。もっとも腰元は寒く、掌は冷たい――剣士である俺の手に、今も剣は無かった。
決闘で剣を失った出来事を随分と気にかけてくれて、シグナム達はあらゆる方面を当たってくれた。意気消沈していたつもりはないが、クロノ達も剣の製造を申し出てくれた事もある。
しかしながら、刀剣となるとやはり扱いが難しい。ミッドチルダではデバイスという名目で所有が認められるが、日本では問答無用で銃刀法違反である。デバイス形態にすればいいだけだが。
何より刀剣で斬れば、当然人は死ぬ。今まで竹刀だからこそ不殺だったが、真剣を同じ使い方でやれば人は死ぬ。人を殺す覚悟を問われると、やはり悩んでしまう。
人斬りを悩むなんて今更だが、過去と今では違う。自分独りならどうなってもいいが、家族や仲間がいれば話は変わってくる。
「新しい竹刀を買えばいいと思うよ、侍君」
「お前に言われるまでもなく考えたんだが」
「ふむ、その心は?」
「俺が意欲を取り戻せたのは、シグナム達を超える為だ。次元世界でもトップクラスの連中と戦うには、竹刀ではもう無理」
「納得」
皮肉にも剣の意欲を取り戻せた理由が、新しい剣探しを難航させている。ユーリ達を相手に、中途半端な武装では太刀打ち出来ないのだ。あの金髪娘、国家戦略級兵器も通じないんだぞ。
アリシアとオリヴィエの力を具現化した神剣も、素体となる刀剣がボンクラだと耐えられない。シグナムの全力を受けて、神剣化した竹刀が灰となったのだ。同じ武器では無理だ。
だからこそ、刀剣探しに難航させられている。デバイス製造が一番の早道だが、今のところあまりしっくり来ていない。よほど、あの竹刀が俺に馴染んでいたようだ。
ユーリ達が相手でも戦える刀剣。求められる武器は、次元世界でも斬れる剣なのかもしれない。
十二月――今年一年は間もなく終わる。
そして、全てが始まった。
「泥棒が、入った?」
「久しぶりに家に帰ってみて、ようやく気付く始末や」
八神家の家族会議。何故か月村邸で行われる礼儀知らずの家族会議で、一家の大黒柱である八神はやてから直々に相談を持ちかけられた。二人きりとなって、話を聞いている。
この俺が居候してからというもの、ジュエルシードやアルフ、挙句の果てに妖怪達にまで襲われて、八神はやての家は散々な目にあった。おかげで今ではすっかり、忍の家に住み込んでいる。
俺が聖地へ行っている間に修繕や清掃こそ行われたそうだが、引っ越す予定となって改築は取り止めになった。時折様子を見に行って、掃除の一つをする程度になっていた。
年の暮れの大掃除にはまだ早いのだが、ボランティア活動の帰りにはやてが家に帰ってみたら――あらされていたらしい。
「空き家だと勘違いされて、誰か入り込んだんじゃないか」
「廃墟を家にする侍がこの世におるもんな、ありえん話じゃない」
「家に率先して連れ込んだ車椅子女に言われたくない」
ほっぺたの抓り合いをして威嚇しつつ、笑い合う。児童公園で知り合ったガキンチョ相手に、随分な縁が出来たもんだ。こいつとの付き合いも、今月で半年となる。
あの時ははやての家にお世話になりつつ、アリサのいる廃墟をねぐらとしていたのだ。我ながらどうかしていると言わざるを得ない。流浪の旅に出ていたので、今更だけど。
後でコッソリ聞いたシグナム達の話によると、今の八神家はノーガードだったらしい。はやてが忍の家に住み、闇の書は聖王教会が厳重管理。守る意味がゼロになったのだ。
市民の義務として警察を呼び、ボランティア活動の縁で知り合ったお年寄り連中に保護者代わりをお願いしたそうだ。皆揃って、自分の孫のように守ってくれたと言う。
「本当は良介にお願いしたかったんやけど、良介も良介で身元不明やからね」
「警察関係者に知り合いはいるけど、あいつもあいつで勘繰ってくるからな……それで、その泥棒は?」
「手掛かり一つなし、目撃者もおらんかったみたいや」
年季の入ったボランティア活動とご近所付き合いの賜物で、八神はやては町会にまで強い影響力と発言力のある立場となったそうだ。もはやご近所連中ではなく、支持団体である。
海鳴は春先の通り魔事件に始まり、今年一年厄介な事件が絶えず頻発していた。主に俺が思いっきり関係しているが、魔法だの妖怪だので夜は物騒となってしまっていた。
そのため夜回りなども行われており、はやても積極的に参加していたそうだ。その努力の甲斐あって、彼女の家も夜回りの対象となっていた。
それでも泥棒が入った夜は不審な気配一つなく、目撃情報も何もなかった。速やかに、徹底的に、家探しされたようだ。
「シグナム達がいれば泥棒なんぞ近付けもしなかっただろうに……何を盗られたんだ」
「何も」
「金目の物も盗られていないのか……?」
「通帳とか財布、大切なものは全部忍さんの家に持って来てたし、あの家には生活用品以外なんにもないよ」
「なるほど、不幸中の幸いというべきかどうかは悩むところではあるな」
誰も居ない空き家にこれ幸いと侵入してみたはいいが、荒らし回っても金目の物は見つからずそのまま出ていったという事か――運の悪い泥棒である。
話としては別に不審な点なんぞ無いのだが、何か引っかかる。空き家だからといって、修繕もしていないボロ屋に何でわざわざ忍び込んだのだろうか。
俺のように廃墟と間違えて忍び込んだのなら分からんでもないが、荒らした後で立ち去っている。荒らした割には、何も取っていない。
こんな雑な仕事をやった割には何の証拠も残しておらず、一切目撃されずに完璧に逃走している――このちぐはぐさは、何なのだろうか。
「リョウスケもやっぱりなんかおかしいと思った?」
「泥棒が何がやりたかったのか、サッパリ分からん」
「"魔導書"」
――八神はやてが断言した瞬間、胸の鼓動が鳴った。
「わたしの魔導書を探していたんちゃうかな、その泥棒さん」
「何でそう思ったんだ」
「わたしの家を狙うとしたら、あの本以外に考えられないから」
「お前は泥棒の家探しに何を求めているんだよ」
「ちゃうちゃう、わたしが言いたいのは――その可能性も考えておいて、ということや。単なる金銭目的やったら、わたしがご近所さんとどうにかする。
でもあの本が狙いやったら、わたしの大好きな"剣士さん"の出番やんか」
最近仲良く一緒に図書館へ行っている月村すずかの呼び方を真似て、八神はやてが微笑む――正直、度肝を抜かれた。
俺が可能性を追求している間に、八神はやてはあらゆる可能性を模索していた。唯一しか追求できない単純頭に対して、八神はやてはマルチタスクで危機管理を行っている。
そうだ、何を寝ぼけているんだ俺は――魔導書狙いの線を、可能性が低いからと排除してどうするんだ。
はやてがわざわざ俺個人を別室に招いてまで相談してのは、魔導書狙いだった場合自分ではどうにも出来ないから俺を頼ってくれたのだ。
もしも金目の物が狙いであれば、それこそ警察でも夜回り連中でもどうにかなる。魔導書が狙われていた場合は――
相手は、普通ではない。
「よく分かった、俺はその線で調べておくよ。だがお前も気をつけろよ、魔導書狙いならお前が所有者だとバレている可能性がある」
「シグナム達には事前に話して、代わりばんこで一緒に居てもらうようにしてるから安心して。私は、半々やと思てるけどな」
「何が二分の一なんだ……?」
「わたしの家に住み込んでいた、良介が所有者やと睨んでいるかもしれん」
「げっ、そうだ」
八神はやてが所有者だと分かっているから、変な勘違いをしてしまった。冷静になって考えろ、俺。少なくとも時空管理局や聖王教会は、魔導書の主の最大候補は俺だと思っている。
俺が所有者だと勘違いしたそいつは俺の行動範囲を調べて、この管理外世界に狙いを定めた。
あらゆる活動範囲を調べ上げて、まず手っ取り早くはやての家から調べたということだ。
「お前、案外管理局の捜査官とかに向いているんじゃないか。管理職にでもなれよ」
「興味ないわ、全然。私は、もっと身近な人の力になりたい。ヒーローは良介に任せるわ」
「人選が最悪すぎる」
「あはは、頼りにしてるよ」
――つまり。
これは単なる始まりで――これから徹底的に荒らされるのかもしれない。
<To a you side 第十一楽章 "亡き子をしのぶ歌" 開幕>
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