とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第八十六話
まだ問題や課題は幾つも残っているのだが、身体や精神の不調は改善されたのでめでたく仕事に復帰する事になった。貧乏暇なし、休みなしである。金はある筈なのだが。
フェイトへの打診は親や保護者、責任者達に相談して決めるという無難な解答に落ち着いた。魔法が使えない魔導師でも、精神的には持ち直している証拠だろう。
明日から仕事だと思うと俺は億劫だが、フェイトなりにはやる気を見せているようだ。アルフも喜んでくれたようなので、少なくとも義理は果たせたと思う。
仕事を前にして早めに床につくつもりだったのだが、家庭持ちの男に安息の場はなかった。
「父上に斬られた傷が痛むので、今日は一緒に眠りましょう」
「痛み止め飲んで寝ろ」
猫のアップリケが付いた可愛いパジャマを着たシュテルが、枕を抱えてやって来る。可愛い娘の甘えたおねだりは、剣士の父には全く通用しない。
どういう傾向なのか全くもって理解できないのだが、決闘で勝敗を経た後からシュテルの娘ぶりは酷くなった。事あるごとに、スキンシップを求めてくる。
聡明なシュテルは子供のような甘えぶりは見せないが、隙あればくっついたりしている油断の無さである。
娘が親に負ければ、普通反抗するものだと思うのだが――子育て経験のない俺には、よく分からない。
「事あるごとに傷付いたと言っているが、回復魔法で完全に治療されているじゃないか」
「心の傷というものは目に見えないものですよ、父上」
「身体の痛みを訴えていたのは、何だったのか」
決闘で負傷した傷は、その場で治療を終えている。本人は何故か頑なに抵抗して傷を残そうとしたようだが、シャマル先生が容赦なく治してしまった。当たり前である。
それからというのもこうして傷付けられた事を理由に我儘を言うのだが、罪悪感を盾に脅迫しているのではない。本当に、ただのスキンシップの理由でしかない。
だからこそ何度も平然と言えるのだが、これも本人なりの甘え方なのだろう。そこまで考えて、ふと思った。
今のシュテルこそ、子供らしい姿なのではないかと。
「今晩だけだぞ」
「勿論ですとも、明日は別の理由を用意いたします」
「本当に思い付いてくるから怖い。とにかく俺の隣に布団を敷いて――げっ」
「ふっふっふ、甘いよシュテル。この場所はボクが貰った!」
俺の寝室へシュテルを連れ込むと、先に同じ俺の娘であるレヴィがパジャマ姿でピースサインしている。レヴィ用の布団が、見事に敷かれていた。
すっかり共同生活となってしまった月村邸。主人である月村忍に鍵の設置を要求したのだが、自分が忍び込めないという凄まじい理由でノーを突きつけられた。
あいつは夜這いと称して、毎晩寝巻き姿で俺に夜遊びを強いるアホ女である。大人らしく性行為をすれば色気のある話となるのだが、やる事といえばゲームである。
ニシシと笑って、レヴィは綺麗な青い髪を振り回して布団に転がっている。
「何ということでしょう、父の許しもなく占有するとは許せません。年頃の娘が、父親と一緒に寝るなんて恥ずかしいと思わないのですか」
「お前は今晩、何しに来たんだよ」
「私は怪我人なのでいいのです」
怪我人だったら父親と一緒に寝てもいいという理屈が、学歴のない俺には全然理解できなかった。世間一般の親も娘の奇行に振り回されているのだろうか。
元から遠慮する性格ではないが、決闘を終えてからのレヴィは行動力に拍車がかかった。何をするにも俺と一緒なのだと、飛び跳ねて来るのである。
よほど感動したのか、自分の父親の強さという謎の宣伝を誰彼かまわずやっている。そしてそんな父の娘だと、レヴィは誇らしげに胸を張っているのだ。
だから俺の遺伝子を受け継いだディードと、喧嘩ばかりしている。どちらが俺の娘として相応しいのか、不毛な争いに躍起になっているのだ。
「父上、どうかこのはしたない娘を諌めてください」
「お前とレヴィのどちらを指しているのか分からんので、長女に頼る事にする――おーい、ディアーチェ」
「またくだらん事で争っているのか、お前達。父を煩わせるのではない」
ディアーチェは決闘後、家庭に入った。後継者としての修行を熱心に行い、宮本の家庭を支える長女としてメイド達と共に料理や掃除にも勤しんでいる。
彼女は常に王として在らんとしていたのに、決闘で敗北を宣言してからは憑き物が落ちたように、家族を大切にしている。別に以前も暴虐であった訳ではないのだが。
心境の変化について問うと、行住座臥を俺から学んだのだと笑っていた。王で在ろうとする自分が、王である自分に勝てる筈がなかったと、気恥ずかしく語っていたのだ。
人生を努力する者が、人生を楽しむ者には勝てない――ディアーチェなりに得るものがあったのであれば、あの決闘にも意味があったというべきか。
「争うことなど無いぞ。父の右腕であるシュテルが右隣、父のために戦うレヴィが左隣、父と一心同体の我が床を共にする」
「あー、ずるい! ボクだって、パパと一緒に寝るもん!」
「父上との安眠は譲りませんよ、ディアーチェ」
「フッ、いいだろう。ここは公正に父に決めてもらおうではないか――誰を一番愛しているのか!」
「全員、雑魚寝」
今更、この程度の無理難題に悩む俺ではない。渋がる可愛い娘たちをジャーマンスープレックスホールドで黙らせて、寝る準備をさせる。
スキンシップに餓えている俺の実の娘達も、引っ越しを検討しているようだ。夜のバトルが大炎上しそうなので、今から頭が痛い。
寝る前に歯を磨くべく洗面所へ行くと、同じく俺の娘であるユーリが鏡を見ながら悩みこんでいた。
お前の顔は今日も可愛いとでも言ってやりたいが、照れて卒倒する恥ずかしがり屋なのでやめておく。
「ごめんなさい、お父さん。邪魔ですよね、すぐにどきます」
「いや、別にいいけど――なにか悩み事か」
「凄いです、お父さん。娘の事ならなんでも分かるのですね!」
自分の顔を鏡で見て溜息を吐いている娘に何の悩みもなかったのであれば、カウセリングに連れて行くぞ。今いちまだ、世間的常識がない娘である。
とはいえ、決闘を通じてユーリが一番垣根が無くなったと言える。実力の差と言うより、勝敗がきちんと分かれてユーリなりに親子関係に納得出来たようだ。
実像さえ見えていなかった神様のような扱いから、自分より偉くて強いお父さんという評価に落ち着いた娘は、正しく俺の娘となった。
神様扱いではなく、背伸びをすれば届く親としてユーリは寄り添うようになってくれた。
「アリサさんからお聞きしているかもしれませんが、明日からお仕事を任されるようになりました」
「今までも、俺の仕事を手伝ってくれていただろう」
「それがですね、私を強く指名されている依頼人がいるそうです」
「ふむ」
――ユーリ・エーベルヴァインを指名する依頼人、きな臭い匂いは確かにするのでユーリが尻込みするのは分かる。
ユーリが白旗を代表する大魔導師である事は、聖地の住民であれば誰でも知っている。国家戦略級兵器が直撃して痛いの一言で済む無敵ぶりを世界に見せつけたのだ。
彼女の強大な力を利用する勢力がいても何の不思議もないが、そのような輩の依頼であればアリサが事前に拒否しているだろう。
少なくともその依頼は、アリサの書類選考を突破した仕事ということになる。
「依頼人の名前とか聞いているのか」
「名前を具体的に聞くと緊張して眠れなくなるから駄目だと、言われました」
「……あれこれ考えそうだもんな、お前」
分かる、ユーリに対するアリサの配慮がものすごくよく分かる。企業の面接にしてもそうだが、どの企業の誰との面接だと具体的に聞いてしまうと、想像して緊張してしまう。
実際今も自分に任された仕事だと言うだけで、鏡の前で悩んでいるのだ。依頼人の名前なんぞ聞いたら、朝まで悩んでいそうだ。
父親として、念の為に聞いておく。
「依頼人は、まさか男じゃないだろうな」
「『年頃の女の子』だと言っていました。確認も取ったので、間違いないと」
――だったら時空管理局などの手先でもなさそうだな。役人とか悪人じゃなさそうなので、安心した。
いや、そもそも俺が心配するのもどうかしている。ユーリの実力は天下一品、それこそ時空管理局であろうとぶっ飛ばせる力を持っているのだ。
どんな事があっても、この子だったら何とでもなるだろう。
「俺も明日から復帰だ、お互いに頑張ろう」
「お父さんの力になりますね! うう、でも緊張してきました……」
そう言って、涙目で俺を見上げてきた――うぐっ。
「……今日は、一緒に寝るか?」
「はい!」
――この時。
仕事に対して何の確認もしなかった事が、来月から延々と祟ることとなってしまう。
部屋に戻ると、俺の布団にナハトヴァールが大の字で寝ていた。うちの子は無敵である。
<END>
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