とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第八十三話
ついに、ドクターストップがかかった。これ以上戦えば殺すと、他でもない医者から言われた。医師免許も持っていない魔法医だが、本物の医者よりも迫力があった。
誤解を承知で表現すると、加害者側であるヴィータ本人からも猛烈に反対された。休まないと足の骨を砕くと、ハンマーを素振りしなから脅される迫力は凄まじい。
ヴィータのハンマーで砕かれた肉体は医療チームが全力で治療してくれたのだが、仮想空間での戦闘とはいえ粉砕骨折という仮想体験は大きな悪影響を肉体に与えた。
彼らの医療診断は、正しい。心身共に休ませて、日を改めれば済む話だ。しかし――
「後一戦だけ、やらせてくれ」
「駄目です。後一回だけ戦うことに、何の意味があるんですか!」
「この戦いで終わらせる」
シャマルやヴィータが驚いた顔をしたのは俺の宣言そのものよりも、宣言した俺の表情を見たからだろう。決意や悲壮はなく、日常の延長のように宣言したからだ。
背水の陣という言葉があるが、そんな心境ではない。自分を追い詰めたつもりもなく、単純に申し出ただけだ。この一戦は確かに重要だが、必要も迫られての申し出ではない。
その後もシャマル達は渋ったのだが、勝敗に関わらず最終戦である事を条件に、戦闘続行を許可してくれた。全力で治療してくれて、戦えるように整えてくれたのだ。
ただ最終戦となると、まだ戦っていないメンバーから選出しなければならない。皆を呼びつけておいて、本当に申し訳なく思う。
「皆、本当に済まなかった。スケジュールは勿論だが、何より折角戦う準備と気概を整えてくれたのに、俺から断る事になってしまった」
「お前は中途半端に済ませる男ではない事は、この場にいる皆が分かっている。ただし、我々にはお前に問う権利がある」
「ああ、俺には応える義務がある」
揃い踏みした仲間達が並ぶ中、ザフィーラが代表して問いかける。何を問われているのか、今更聞き返す必要はなかった。だから権利に対して、義務で応える。
最終戦だと明言した以上、もはや戦いは不要となった。後日改めないのはまさに、戦闘を続行する意味がなくなったからだ。では、その意味とは何なのか。
俺は、応えた。
「剣を手にして、これからも戦うよ」
それすなわち、剣を振る意欲が戻ったという事――俺の答えを聞いた時家族は喜び、従者は讃え、仲間達は笑い、大切な人達は呆れた顔をしていた。ありがたく、思う。
答えと呼べるほど、立派な信念はなかった。だが、浮ついてもいない。劇的な心境の変化が訪れると身構えていたのだが、終わってみれば平然としたものだった。
誰かから、答えを得たのではない。皆から一つ一つ、大切なことを学んだ。戦いを経て、会話を通して、俺は剣を振り続ける事を選んだ。
ならばもう、戦う必要など無い。必要があるから、戦うのではないのだ。
「よろしく頼む」
「気心の知れた者たちが承知の上で戦うというのは、存外に気分が良いものだな」
俺の答えを聞いた仲間達が納得の上で選出してくれた対戦相手が、剣の騎士シグナムだった。守護騎士ヴォルケンリッターの将たる、烈火の将。
騎士道精神を貫く歴戦の戦士で、愛剣であるレヴァンティンを手に戦場を駆ける美女。ロングストレートの髪をポニーテイルにして、近接主体で戦うべく前に出る。
竹刀を手に、俺も戦場へと歩み出す。真面目で実直な彼女が、俺を前に満足気に微笑んでいる。戦うことを選んだ愚か者を、馬鹿のように笑っている。
見透かされているようで照れ臭いが、以心伝心だと喜んでおこう。これほど立派な女性と、戦うのだから。
「最終戦に付随する権利を、行使させてもらおう。さあ、聞かせてくれ――お前は、何故戦うのか」
何故、剣への意欲を取り戻せたのか――それは、最初から在った。
「あんた達に、勝つためだ」
――そう、剣への意欲を取り戻せたのではない。かつての天下に勝る、素晴らしい相手に巡り会えたからこれからも戦えるのだ。
フィリスの言う通りだった。もはや、過去の情熱は失われた。彼女の診断通り、俺が剣の意欲を取り戻すのは無理だった。二度と昔のように戦うのは、出来ないだろう。
ディアーチェを救うために剣を捨てて、ローゼを助けるべく天下の栄光を譲った。二度と無かった機会を失い、剣を振る理由はなくなった。師匠には剣士である事をやめろと言われ、拘りも無くなった。
これから先は家族であるユーリ達や仲間のシグナム達、大切だと思える人達の為に戦おう。
天下なんて、いらない。最強なんて、望まない。
こんな素晴らしい人達を越える為に、強くなってやる。
「始めっ!」
恐ろしいほど感動的タイミングで、ローゼは決闘の開始を告げた。観客席から、アナスタシアが旗を掲げている。仲間達が、声援を上げている。なんてことだ、こいつら全員馬鹿だ。
自分勝手も甚だしい。勝っても負けても、世界に何の影響もない。結局他人のためには戦えず、あくまで自分のために剣を振ろうとしている。平和な時代に、時代遅れな剣を振り続ける。
シグナムが、檄を飛ばした。それでいいのだと、刀身をシュベルトフォルムへと切り替える。彼女は、価値無き対戦者に本気を出さない。獅子ではない彼女は、無価値に全力を出さない。
剣で打つのではなく、剣で斬る為に、剣を振り上げる。斬り殺す気だと分かり、俺も迎え撃った。
「シュトゥルムヴィンデ!」
「三所隠し」
シュベルトフォルムの刀身から、戦場を覆す衝撃波が打ち出される。攻防一体の斬撃に対して、剣における三所防ぎと呼ばれるやり方で応酬する。
突き、左胴、左小手を空けて、面、右小手、右胴を防ぐ。局地的な攻防の一種に過ぎないのだが、扱い次第で局面への対抗軸となる。この体勢こそが、重要なのだ。
陣風とまで呼ばれるシュトゥルムヴィンデに突き打ちをして、左銅を切り替えて、左小手を薙いで、各所のダメージを要所要所でしのいでいく。
シュトゥルムヴィンデを振り切った先には、上段より剣を振り下ろすシグナム。竹刀を神刀へと昇華させて、俺は下から斬り上げた。
元より、技量が違いすぎる。稚拙な切り返し技では、一流の切り込み技には到底敵わない。だから、出力で補う。聖王オリヴィエの最大出力に、シグナムが跳ね飛ばされた。
欠かさず斬り込むが、簡単に切り替えされる。即座に撃ち込まれる剣技を咄嗟に屈み、そのまま足を振り上げる。脚前挙からの伸腕屈身力倒立、アクロバットな奇襲をシグナムは刀身で防いだ。
そのまま宙で一回転して剣を一閃するが、前髪を切る程度で済まされた。驚愕の反射神経に舌打ちするが、驚いている暇などありはしなかった。
倒立から起き上がった瞬間を、狙われてしまう。
「シュランゲバイセン」
レヴァンティンのシュランゲフォルムから繰り出される攻撃、取捨選択が可能なアームドデバイスだからこその変幻自在な技。剣閃が、襲い掛かってくる。
神刀を地面に突き立てて、防御。神刀を揺るがす攻撃、剣を持っていたら手首を破壊されていただろう。剣に拘りを捨てている俺は簡単に手放して、竹刀の柄に乗って飛んだ。
シュベルトフォルムでは不可能な中距離への攻撃が可能、その場に留まっていたら機動力も削がれる。やられる前に攻撃を仕掛けて、技の影響力を殺すしか無い。
その場凌ぎもいいところだが、かまわない。その場をしのぎ続けていくことで、活路を見出す。
「小手すり上げ面」
剣におけるすり上げ技は相手の技などに対して払ったりするのではなく、擦らせながら振り上げて打つ技。切り返しと言うより、切り戻しに近い。
斬られたら切り返すだけではなく、切り払って斬り込む。剣を回収し剣を回収し上段下段を問わず一つ一つ擦らせ、徹底して振り上げ、打ち込んでいく。剣劇が、戦場に鳴り響いた。
攻め込んでいるように見えるが、相手に攻められるのを防いでいるだけだ。一方的に攻撃されたら、一方的に負ける。
剣の技量による差は、致命的だった。
派手に剣劇を鳴り響かせながら、シグナムは切なげに微笑んでいた。勝ち目がない戦いは恐怖そのものだというのに、無駄に斬り合っているのだ。俺も馬鹿だと思う。
シグナムの鮮烈な一手に対して、何十手もの無駄な剣打で難を逃れている。目を覆いたくなるほど、無茶苦茶な剣戟である。子供が泣きながら叩いているのと同じだ。
勝てる確率は、殆どなかった。ただ負けないように、必死で剣を振っている。
「……本当に、辛抱強くなったな」
「ぐぅぅぅぅ!」
経験をオリヴィエで補い、魔力をアギトで賄い、魔法をアリシアに任せている。そして剣を、御神美沙斗が託してくれた知識で振っている。他人に助けられて、自分は戦えている。
かつては卑屈になっていたものだが、シュテルが胸を張ってほしいと誇ってくれた。他人任せの戦い方が強いのだと、ユーリが讃えてくれた。
他人に力を借りて何が悪いと、ディアーチェのように笑ってやろう。どんな手を使っても勝つのだと、レヴィのように高らかに叫んでやるんだ。
「カートリッジ、ロード」
「ユニゾンアップ」
攻撃をやめて、上段へと剣を振り上げる。防御をやめて、下段から剣を振り上げてくる。薬莢が飛び出して、レヴァンティンが爆発した。
シュランゲフォルムの鞭状連結刃、シグナムの全魔力を乗てせ撃ち出すミドルレンジの決め技が来る。今まで見たことのない、大技が襲い掛かる。
砲撃に相当するだけのサイズと射程、魔力と連結刃の同時到達によって高い貫通力を持っている。撃ち込まれたら、俺の剣では到底防げない。何もかも敵わない。だから、アギトの想いを乗せる。
勝たせてくれると言ってくれたこいつの、全力で!
「飛竜一閃!」
「「火竜一閃!!」」
技を叫んだのは俺なのか、アギトなのか――それとも、俺達だったのか。
レヴァンティンは砕けて――
――竹刀が、灰になった。
<続く>
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