とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第八十ニ話






 改めて決意の程を伺ってみたが、聖騎士アナスタシアは曇り無き微笑みで変わらぬ忠誠を誓ってくれた。今生末永く、俺の剣生と添い遂げるのだと誓いを立てた。ありがたい話だ。

新しき彼女への忠誠を祝福するべく、主として騎士アナスタシアとの主従関係に一歩踏み込んだ。最早疑いようのない忠誠であるのであれば、自ら手を差し伸べるべきだ。


それすなわち――ベルカにおける、"騎士"とは何か。















「お前と真剣に戦うのは、これが初めてだな」

「イザコザは何度もあったけれど、不思議とぶつからなかった」


 八神はやての、守護騎士達。ヴィータにシャマル、シグナムにザフィーラ。出逢った頃は睨み合うばかりだったのだが、今では義兄弟に近い関係を築き上げている。戦友とも言える。

平和の世を知らぬ猛者達だが、敵対する関係であろうと無闇に牙を見せびらかす真似はしなかった。一時は殺すとまで言われていたのに、今となっては命を守られている。

弱い犬ほどよく吠えると言うが、戦士である彼女達は武器を収める鞘を持っていた。八神はやてこそその鞘の役割であったのだろうが、平和な世に生きる彼女達は武器を手にしていない。


そんな彼女達に決闘を申し込んだのは俺、日常を歩むように矯正していたのに戦わせようとしている。


「意味なく子分をぶん殴りたくはねえんだが、お前が望むのであればアタシはいくらでも胸を貸してやる」

「頼む」


 泣きたくなるほど、勝ち目がなかった。魔導師であり、戦士でもある彼女達、魔力も武力も圧倒的に向こうが上。魔法でも、剣でも勝てないという、理不尽過ぎる強敵。

ユーリ達には魔法で歯が立たず、聖騎士相手に剣で太刀打ち出来なかった。その両方で上回っているのであれば、手も足も出ない。極端な話、空を飛ばれるだけで勝ち目が無くなる。

観客席を見るが、応援の声は一つも減っていなかった。退屈な試合が続いていると思うのだが、声援はとても華やかで賑わいに満ちていた。夢と希望に満ちている。


戦う本人には全く未来がないのだが、勝利を望む声は絶えなかった。


「始めっ!」


 地を蹴って、駆け出す。待ち受けられる相手ではないのは、知識と経験でよく分かっている。積極的に攻めていかなければ、シンプルに殺されるだけだ。

ベルカ、管理世界の一つの名前であり、魔法体系。なのは達ミッドチルダ式の魔導師と次元世界を二分する勢力を誇っていたらしく、現代に至っても使用者が多いと聞いている。

可能性を求めて色々と聞き出したのだが、ベルカ式魔導師は武器や徒手空拳を用いて、対象に直接魔力を叩き込むのをベースとしている。


ヴィータ達のような古代ベルカの戦士は遠距離戦をある程度切り捨てつつ、近接系による個人戦闘に特化している。


「フランメ・シュラーク!」


 その真髄がこの技、魔力付与系の超打撃。正面から突撃してきた俺に対して攻撃、神刀に命中したその時激しく炎が舞い上がった。炎熱ではなく、破壊による爆撃。

躊躇なく剣を捨てて、地面に転がった。何の躊躇いもない逃避に、攻撃を仕掛けてきたヴィータが目を剥いたのが分かる。埃まみれで笑うしかなかった。

今となっては、何の感傷もなかった。剣士に拘るのも、剣に縋り付くのも止めた。情熱を失っても戦いに望んだのは、剣を捨て剣士で無くなった自分の行く先を切り開く為に。


負けるのは、かまわない。けれど、勝つためなら何でもやる。


「ソフト&ウェット」


 自分流のシールド、柔らかい盾。バリアジャケットを構築できる魔力は、あらゆる属性を付けられる。頑丈さではなく柔軟性を求めた、盾の意味をなさないシールドを展開。

爆発する空間をゴムの如き盾で遮断し、地面に転がったそのままで盾を蹴り上げる。バウンドした盾は衝撃を跳ね飛ばし、ヴィータと激突して弾き飛ばした。

怯んだことにより炎熱が消失、空中をキリキリ舞いする剣を掴んで走り上げる。勢いのまま撃ち落とすが、ヴィータのハンマーで逆に打ち返された。手首がねじ切れそうになるほど痛い。


敵は、待ってくれなかった。


「テートリヒ・シュラーク!」


 ハンマーフォルムとなったヴィータの愛機、グラーフアイゼンの真骨頂。アームドデバイスの打撃攻撃の基礎であり奥義、防御されても相手を吹き飛ばす威力を持っている。

シールドであろうと容易く破壊できるが、あくまでその前提は鉄壁である事。ゴムのように柔らかければ、破壊も何もあったものではない。単なる打撃であれば、の話だが。

衝撃は受け止められたが、爆熱効果で盾が燃え上がる。柔軟性の高い盾には耐熱効果もあるが、近距離戦では逆効果だった。


視界が熱で塞がれて、眼球が焼かれてしまう。


「ソフト・アンド――」


 目を開けていられないが、目を閉じたら即座に殺される。


「ウェット」


 ならば、見るのを諦める。止めるのではなく、諦めた。

目視しなければ対抗できないが、目視できる強さがなかった。非常に残念だが、ここまでだった。

静止できない破壊による爆熱で、正面から焼かれる。シグナムのような炎熱効果こそ無いが、爆撃されたらどっちでも同じだった。熱いか、痛いか、その両方か。

ゆえに、シールド。ただし正面ではなく側面、爆熱を浴びつつ爆発を回避する。シールドとぶつかりあった衝撃は真横に逸れて、地面を破壊した。


爆発なら骨を砕かれるが、爆熱なら皮を焼くだけ――剣はまだ、握れる。


「4段打ち」


 剣術における技稽古法では小手より面に繋ぐだけだが、連続技となれば小手より面の先を行く。それすなわち、小手−面−胴に続く袈裟斬りである。

小手によりグラーフアイゼンを打ち払い、面を打ってヴィータの機先を制し、胴に繋いで攻撃の先を成す。そして、相手を斬る。

連続技と聞こえはいいが、技量が伴わなければ型落ちした四段攻撃に過ぎない。最後の攻撃は完全に見切られて、剣を打ち払われた。


ただの竹刀であれば、破壊されていただろう。壊れることはなかったが――


「ラケーテン」


 技を防がれた俺は、隙だらけになった。 


「ハンマァアアアアアアアアアアアアア!!」


 グラーフアイゼンがラケーテンフォルムに切り替わり、大技が繰り出された。デバイスから薬莢が飛び出して、大魔力を燃料としてロケットのように噴射させる。

推進剤の噴射と回転の遠心力も合わせて超加速した攻撃が叩きつけられた。先端部が俺のシールドに食い込んでしまい、柔軟性が殺されて受け流せなくなった。

奇跡はなかった、偶然もあり得なかった。シールドは嘘のように破壊され、グラーフアイゼンが神刀を叩き割り、ラケーテンフォルムが竹刀を破壊して――



俺の手刀が、ヴィータの首を切った。



「……は?」



 そして、滅多打ちにされた。


当然である、防御もせずに相手を斬ったのだから。無防備だったヴィータの白い首筋から、赤い血が流れた――それだけだった。

無防備だった俺の胴にハンマが突き刺さって、大回転して肋骨を破壊。大型ハンマーの大回転を食らって、俺は雑巾のようにズタボロになって吹っ飛んだ。

あらゆる悲鳴が上がるのが、聞こえた。経験したことはないのだが、トラックに撥ねられたらこんな衝撃になるのではないだろうか。


ズタズタになってノックアウトし、俺は身動き一つ出来ずにノックダウンした。


「バカ野郎、何してんだお前!? シャマル、早く来てくれえええええええええええええええ!!」


 ――ベルカ式特有の言葉として、優れた術者の事を「騎士」と呼ばれている。俺も、そんな立派な人間になりたかった。


ようやく思い出したのだ、自分の望んでいた天下人の偶像を。俺の憧れは本の中から飛び出して、騎士の姿となって体現してくれた。あの時、夢は現実となったのだ。

当時の自分とはかけ離れていた騎士達の立派な姿、それを認めるのが悔しくて目を逸らしていた。馬鹿みたいに暴れて闇雲になり、何もかもに負けてしまった。

必死で頑張って、つかもうとして、結局何もかも捨ててしまって、意欲を失ってしまった。


けれどそれでも、無駄ではなかった。


「……ヴィ、タ……」

「喋るんじゃねえ、こんなのすぐに治るからな!

――ちゃんと分かっているから、もう喋るな。この、バカ野郎」



 剣を捨てても、この手は剣を形作っている――それを彼ら騎士達に、見てほしかった。













<続く>








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