とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第七十九話
                              
                                
	
  
 
 
 三番手はレヴィ・ザ・スラッシャー、の予定だったのだが、俺がグロッキーだったので休憩を入れた。真ルシフェリオンブレイカーの直撃は非殺傷であっても、強烈過ぎた。 
 
幸いにも同属性である烈火の剣精と融合していたのでダメージは抑えられたが、カウンター気味に直撃したので精神的衝撃が非常に大きかった。救護班と救命班の両方が飛んでくる始末となった。 
 
手練の魔導師達による回復魔法は洗練されており、回復と休息の両効果が際立っていた。私闘であれど死闘であらず、されど真剣勝負。手応え十分の勝負を続けられるのはありがたい。 
 
 
額に絆創膏を貼ったシュテルが、強制的に膝枕をしてくれている――俺の剣はその程度の痛手なのか、コンチクショーめ。 
 
「父上に傷物にされました、責任を取って下さい」 
 
「自分の娘として引き取ったではないか」 
 
「なるほど、先行投資だったのですね。最初から私を手篭めにするべく、自分の娘としたのですか」 
 
「お前の極大魔法をカウンターで食らわされたけどな」 
 
「全力で挑んで破れました。敗者として父上に従う他はありません、抵抗はしませんのでお好きにどうぞ」 
 
 
「コチョコチョコチョコチョ」 
 
「お、おお……年頃の女の子の脇腹を容赦なくくすぐるとは……!」 
 
 
 何ぞとやり合うくらいに、先程の勝負における遺恨は一切なかった。魔導師ではあるが、剣士の娘として正しい姿勢に笑みが溢れる。 
 
勝負の後から心なしかシュテルの甘えが強くなってきている気がするのだが、年頃の娘を名乗るであれば嗜みを覚えてほしいものだ。冗談なのか本気なのか、判断に困る。 
 
 
知性的な甘えっ子のシュテルは、一応俺の片腕を名乗っている参謀役。親子のやり取りでも、己の本分は忘れない。 
 
 
「――私の極大魔法であれば炙り出せると思っていましたが、案の定でしたね」 
 
「何の話だ、いきなり」 
 
 
「先程ユーリより指摘を受けたのですが――この戦い、何者かに監視されております」 
 
 
 シュテルからの報告に、驚愕は一切なかった。むしろ驚かされたのは、シュテルの真ルシフェリオンブレイカーで無ければ誘き出せなかった監視者の技量の高さである。 
 
ユーリやシュテルほどの魔導師が確信を持てない監視ともなれば、隠密どころか隠形に等しい。それほどの相手が身を潜めて、俺の決闘を監視しているともなれば脅威だ。 
 
ミッドチルダで自分達が注目されているのは理解している。"聖王"である俺と、白旗の仲間達。次元世界の中でもトップの実力者達が集結しているのだ、注目するのは無理もない。 
 
 
黒幕である最高評議会が束ねている時空管理局、"聖王"を旗印としている聖王教会。人を超えた怪物達である人外勢力――人知れぬ勢力に、目をつけられている。 
 
 
俺が気掛かりなのは、このタイミングだ。闇の書の調査と蒼天の書の分析、八神はやてと守護騎士達、永遠結晶エグザミアを核としたユーリとシュテル達。 
 
闇の書は蒼天の書へと生まれ変わり、永遠結晶エグザミアはユーリ達に還元されている。時空管理局には必要な情報を提供し、聖王教会には必要なデータを揃えている。鉄壁の武装である。 
 
 
極めて安全なのだが、安全であるからこそ、このタイミングが気になる――俺を見ているのか、ユーリ達を見ているのか。 
 
 
「いかがいたしましょう。藪の中に手を入れるのか、蛇に見られるのを避けるのか」 
 
「ユーリやシャマルの結界は鉄壁だ、外部からでは大した情報は得られない。思う存分、見せつけてやろうじゃないか」 
 
 
 気掛かりではあるのだが、中止という選択肢はない。向こうにしても、シュテルやユーリに気取られた以上いつまでも隠れてばかりではいられない筈だ。 
 
このタイミングで直接手出ししてくるとは思えない。情報を持ち帰った上で検討し、何らかのリアクションを取ってくるだろう。そしてそれは、こちらにしても同じだ。 
 
睨み合いには猶予があるが、俺の剣には最早猶予はない。この決闘で何も得られないのであれば、改善の兆しはないだろう。フィリスに剣を預け、年寄りのように余生を過ごすしか道はない。 
 
 
次なる戦いが控えているのであれば、尚の事剣を取り戻さなければならない。ただ純粋に剣を振り続けていた、あの情熱を。 
 
 
「パパ、次はボクの番だよ! えへへ、ボクね、今日パパと戦えるのをすごく楽しみにしていたんだ!」 
 
「俺と戦えるのが、そんなに楽しみか」 
 
「勿論だよ、パパと斬り合いたかったんだ!」 
 
 
 単なる偶然なのか、それとも聖地に住まう神の悪戯か――自分の今の心境に最適と言える相手、レヴィ・ザ・スラッシャーが次の対戦相手だった。 
 
ワインレッドの瞳が爛々と輝いており、青いリボンが飛び跳ねている。水色のスカートが空になびいており、洗練されたスプライトフォームが少女の底抜けな明るさを魅せつけていた。 
 
剣を取り、立ち上がる。シュテルが肩を貸そうとするが、遠慮する。アギトも衝撃から立ち直り、剣に宿る怨霊と精霊が殺意と祝福に猛っている。 
 
 
剣の意欲は欠片もないが、この子の熱意に奮い立つものが確かにあった。 
 
 
「始め!」 
 
 
 一心不乱に向かってくる。雷のように速く、鮮烈な突撃。父親を斬ることに躊躇なく、父親を愛することに何の躊躇いもない。相反する感情を、戦いの中で見事に昇華している。 
 
むしろそうした矛盾にこだわっている自分こそ、剣士として失格なのだろう。以前から吐き気すらしていた嫌悪も、剣士として拘らなくなった今では苦笑しか滲み出てこない。 
 
人間に戻ってしまえば、人でなしである剣士には二度となれない。師匠は、剣士である事を捨てろと言った。医者には、剣士であることをやめるように願った。 
 
 
だからこそ俺は人として、剣を持って向かい合っている。 
 
 
「雷光輪!」 
 
「バインドは学習済みだ」 
 
 
 雷の輪が手足を拘束した瞬間、アギトが分離して炎を吐いた。シュテル戦で見せた連携プレー、同じ手は通じないがこちらもまた同じタイミングではない。 
 
ユニゾンそのものは事故が多く我の強い魔導師達にも好まれない戦法だが、言い換えると我の強さがなければ一心同体の連携が行える。剣士としての拘りを捨てた今の俺ならば、可能。 
 
バインドが出現した同タイミングでアギトの襲撃、カウンターどころではない。魔導師が魔法を発動した瞬間に、相手からの魔法。レヴィと言えど、回避は不可能だった。 
 
 
アギトの魔法が直撃して、襲い掛かってきたレヴィが空中で仰け反ってしまう。 
 
 
「面抜き胴」 
 
 
 そもそも剣における抜き技とは、攻撃してくる相手に対して回避した上で相手に空を打たせ、技や体が尽きたところを打つ技である。 
 
魔法による迎撃は試合ではありえないが、決闘であれば何だってありえる。剣の技術において、「抜く」という行為は相手との距離を瞬間に取る事であると教わった。 
 
この抜きを磨き抜いた技こそが御神における"貫"であり、敵の防御を撃ち抜く基礎となる。本来であれば面を狙うのだが、体格の小さいレヴィには胴が効果的だった。 
 
 
そうした理屈を打ち砕くのが、天性の才と言えるかもしれない。 
 
 
「なんの、雷光輪・追の太刀!」 
 
「技を変化させた!?」 
 
 
 レヴィは、技を熟考するタイプではない。本能のままに生きて、純粋無垢に戦うレヴィは天真爛漫に強い。考えるよりも先に手が出る、純真な戦士である。 
 
戦慄するしかない。俺に技を破られたあの一瞬で、進化した。敗北を糧に強くなるという悠長な真似はしない、反省するよりも先に強くなる。弱さを簡単に克服する。 
 
持っていた雷光の武器がザンバー状に切り替わり、この子のデバイスであるバルニフィカスを振り下ろす。稲妻が落ちるが如く、一瞬の切り返し技。 
 
 
斬られる――剣士にとっての屈辱が、本能を上回った。 
 
 
「神速」 
 
 
 観客席には、月村忍と神咲那美が控えている。血の繋がりと魂の共有が感覚の一体化を行い、ユニゾンによる融合が意識の底上げを行って、思考が加速する。 
 
死界がモノクロに切り替わり、時が停止したかのような思考の加速が行われる。極限状態における加速は肉体が耐えられないが、竹刀に宿る怨霊と精霊が補強してくれる。 
 
回数をこなして慣れつつはあるのだが、脳の負担がやはり強い。忍と那美が手助けしてくれなければ、とてもではないが耐えられない。一人で行える師匠の才にひれ伏すばかり。 
 
 
神速は、恐るべき技であり―― 
 
 
 
ゆえにこそ、驚愕に震わされた。 
 
 
 
「追の太刀――極光」 
 
 
 
 ――魔力の刃が、肉体に食い込んでいる。 
 
 
神速に追いついた、のではない。レヴィの才能が、御神流の極意を上回った。俺の神速には明らかに追いついていないのに、技だけが進化している。 
 
本能なのか、才能なのか。振り下ろしたバルニフィカスから、俺に向かって魔力刃を飛ばしている。何故追いついたのか、全く理解できない。 
 
だが、斬られている。斬られて、しまっている。俺の方が速いのに――俺の方が早く、敗北した。 
 
結局、勝てなかった。当たり前のように自分の娘のほうが強く、俺が弱かった。 
 
 
当然の、結末だった。 
 
 
 
(こんな惨めな勝利を私に与えないで下さい) 
 
 
 
 ――そして。 
 
 
 
(お願いしますから自分の勝利に胸を張ってくださいよ、父上) 
 
 
 
 俺の敗北よりも速く、シュテルの叫びが耳朶を打った。 
 
  
「御神流」 
 
 
 
 ――加速している脳をシュテルの言葉が打ち据えて、さらに加速する。 
 
 
鼻血が吹き出たその瞬間、自分が何をしようとしているのか理解して大笑いした。 
 
自分で、自分の頭を打ちのめした。遂に俺という剣士は、自分自身を打ち据えたのだ。何処の世界に、自分で自分を斬る剣士が居るというのか。 
 
神速の領域に踏み込んできたレヴィの新技よりも速く、剣を振るう。子供じみた理論を、自分の子供であるシュテルから教わった。 
 
 
小賢しいことを、ガタガタぬかすな――雷が神より速いのであれば。 
 
 
「奥義之歩法」 
 
 
 雷そのものを、斬ればいい。 
 
 
「神速」 
 
 
 神速の領域の中での、神速――重ね掛けを行い、思考が光より早く加速して、眼の前に広がる蒼き雷を両断した。 
 
 
眼球から火花が飛び散り、毛細血管が破裂。鼻から盛大に血が飛び散って、俺は地面に膝をついた。目眩なんて生易しいものではなく、脳が煮沸してしまっている。 
 
シュテルが慌てて駆け寄ってくるのが見えるが、何を言っているのか分からない。脳が沸騰していて、思考が飛び散っている。頭蓋から飛び出てしまいそうだった。 
 
脳内から聞こえたのは、女の悲鳴。神咲那美と月村忍に、壮絶な負担をかけてしまった。本人達も目を回しているだろう、本当に申し訳ない事をした。 
 
 
脳に後遺症が残るかもしれない――敗北すれば次があったと言うのに、今だけ勝つことを選んでしまった。 
 
 
「パパ」 
 
 
 聞こえる筈のない、肉声。鼓膜は破裂している。人の声に耳を傾けられない、顔も満足にあげられない。目が血で濡れており、涙と一緒に垂れ流している。 
 
けれど、確かに聞こえた。いつも明るくて、元気のいい声。打算のない愛情に溢れていて、いつも無邪気に呼びかけてくる愛娘の声。 
 
 
地面に転がっているレヴィが――確かに、こう言った。 
 
 
「やっぱり、ボクのパパはサイキョーだね」 
 
 
 バカバカしいと、せせら笑う。天才に、凡人が一太刀浴びせただけだ。あらゆる全てを注ぎ込んで、多くの人達の力を借りて一振りの刃を浴びせたのみ。 
 
真剣勝負であれば、次の瞬間立ってレヴィが反撃して終わりだ。一本取ったからなんだというのだ。生き残ったのは、殺し合いではないだけだ。 
 
 
だというのに。 
 
 
「当然だろう、俺はお前の父親なんだから」 
 
「うん!」 
 
 
 心の罵倒とは裏腹に、何故か明るく声を張り上げられた。本当にバカバカしい勝利に、虚勢であっても胸を晴れた。 
 
本当に久しぶりに、自分の勝利を喜ぶことが出来た。 
 
 
自分の剣を、誇れたのだ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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