とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第七十八話
――二番手は、シュテル・ザ・デストラクターだった。
「滅砕」
炎熱変換、クイント・ナカジマとメガーヌ・アルピーノが魔導要素の一つとして挙げていた資質。炎熱変換スキルは相当珍しいらしく、妹さんとシュテルが絶賛されていた。
炎熱変換を乗せた格闘スタイルは攻撃力が非常に高く、猛烈な衝撃と迫力で苛烈に攻め立ててくる。可憐な少女の手とは思えない、炎撃の拳。
飛空魔法を最大限に活かしながら、空を逃げ場とせず狙い撃つ戦法。常日頃砲撃を使用しているシュテルだが、戦争による殲滅を狙った効率でしかないと痛感させられた。
決闘は集団戦ではなく、個人戦。一人の剣士を殺すべく、灼熱の炎を拳に乗せて殴りかかってくる。
「出ばな小手」
回避とは、回避出来る事が絶対条件。自分は強者ではなく弱者、されど戦場に立つ臆病者。生き延びる為に戦い、生還するべく剣を振るう。
相手が拳を打とうとした瞬間、空いた小手をすかさず打つこの技。神刀はユーリ・エーベルヴァインに砕かれたが、花嫁アリシアの祝福により風を纏っている。
炎熱は風に煽られて噴煙を上げ、拳は竹刀に打ち据えられて勢いを殺される。それでいて必殺、必ず殺すと覚悟した技を小手先の刃では崩せない。
そんな事は、この子の父親である俺が誰よりも理解している――ゆえに、この技を選んだ。
「むぐっ!?」
俺の顔面に直撃するかと思われた刹那、シュテルの呼吸が詰まった――打たれた後の、俺からの体当たりによって。
出ばな小手の特徴として、打った後相手から目を離さないように振り返る利点がある。一瞬の猶予でしかないのだが、刹那の攻防ではその一瞬が勝敗を分ける。
切り替えして即座に体当たり、そして前に出ながら無駄に抵抗せず大地に転がった。無様に転げ回って顔中傷だらけになるが、直撃するよりマシだ。
いきなり体当たりされたシュテルだが、彼女は歴戦の強者。何とか立て直して、地面に降り立った。
口内に入った砂を唾と一緒に吐き出して、俺も立ち上がる。
「お見事です、父上。防御されたことは数知れずございますが、このように切り替えされた事はありません」
「余計な世辞は不要だ。過去お前と戦った剣士が、俺以下である事などありえない」
「私が称賛しているのは、剣士の技量ではありません。敗北と死を受け止める貴方のお覚悟ですよ、父上」
シュテル・ザ・デストラクターは出会い頭、砲撃を撃ち込んで俺を脅迫してきた。自分達の願いを叶えるように、法術の使用を求めた。その見返りとして、家族になるのだと誓ったのだ。
他の子達はともかくとして、シュテルは俺の実力を元より正確に把握している。戦えば一目瞭然ではあるが、戦わずとも剣士の技量は分析出来ているのだ。
絶望的な実力の差を知りながらも挑んでくる、俺の覚悟を称賛している。法術による取引の後、この子は契約通り俺に従って娘を演じてきた。父親を愛する娘の役割を、守ってくれた。
契約だから愛されている、などと勘繰った事は一度もない。この子の想いは、本当に真摯であった――剣を構える。
「胸の炎が、告げています。更なる高みに昇って行けと」
「引き胴」
出ばな小手により、竹刀は一度相手に打ち込んでいる。何のダメージも与えられていないが、致命的なダメージも受けなかった。それ以上を、求めてはいけない。
消滅、クロスレンジによる掌底。果敢に挑んできた相手に対し、それで良しと応じるのは実力者のみ。覚悟を求めて来た相手であろうと、人を斬るのに徹底する事が剣士としての通常。
打ち込んだ竹刀を躊躇いなく引き、竹刀を上段構えのように振りかぶりながら下がる。鳩尾をえぐりこむように突き出した掌底に切り払って、距離を置いた。
俺の腕力ではシュテルの豪腕を弾けないが、シュテルの炎はアリシアの風で対抗出来る。掌底と剣撃が衝突した瞬間、空気が爆発した。
「ルベライト!」
ミッドチルダの魔法には、バインドと呼ばれる拘束魔法が存在する。時空管理局や聖王教会、正義を管理する番人が好んで使用する魔力による捕縛である。
距離感には拘らないが、一瞬一体の攻防ではこの拘束魔法が勝利の鍵となる。手足を封じられてしまえば、解除が可能であっても動きに遅れが生じる。剣であれば、尚更である。
まして、近距離戦では手元足元を封じられたら勝ち目がない。バインドほど、勝敗の鍵を握る技はないと言い切ってもいいだろう。解除できるかどうかは、技量の差による。
つまり実力の差があれば、絶対に解除できない。俺の手足は、見事に拘束されてしまった。
「ユニゾンアウト」
――勝ち目はない、一人であれば。剣を持ってこそ、剣士。俺の剣となる事を約束してくれた烈火の剣精が、俺の胸元から飛び出した。
皮肉にも、珍しき炎熱変換を同じく保有する人格型デバイス。世にも珍しき本物の古代ベルカ式融合騎は牙を向いて、盛大に炎を吹き出した。
これ以上ないカウンターに目を見開きつつも、同じ炎熱変換保有者であるシュテル。デバイスを振り回して、襲い掛かってきた炎を華麗に払い除けた。
魔法を使用した事による防御、魔法は同時に発動出来るが危機的状況下での並列処理は不可能。
つまり、バインドは解除される。
「小手抜き面」
バインドは拘束技ではあるが、攻撃の一つとして適用される。このような攻撃を狙って来た時にこそ発揮できる抜き技が、剣士には存在する。
バインドが解除された瞬間に剣を持ち替えて、シュテルの面に打ち込む。父親とは思えぬ、娘の顔への打ち込み――その覚悟に、シュテルは称賛してくれた。
デバイスを手にとって、打ち込んできた竹刀を振り払う。打撃は与えられなかったが、役割は十分に果たせた。そもそも、この抜き技はダメージのみを狙っていない。
小手抜き面は、相手に攻撃を当てさせない事を目的として実行した。こうして本来あるべき敗北から逃れ、一息をつける。
「今のはやばかったな……大丈夫か?」
「ありがとう、アギト。助かった」
「てめえの剣に、礼なんて言うんじゃねえよ。アタシが必ず、お前を勝たせてやるからな」
――不可能だ。人間には出来る事と、出来ない事がある。シュテルに勝つことは、絶対にできない。今の俺は、負けないように戦っているだけだ。
アギトの下手な嘘に、俺は心から笑って応じられた。アギトの気概が、心地良かった。この少女は分かっていながらも、不可能を可能にするべく燃え上がっている。
約束された勝利を手にしながら、シュテルは笑顔一つ見せていない。ただ純粋に、戦っている。予定調和ではなく、約束された勝利を自ら手にするべく戦う。
剣士の娘として、どこまでも正しき姿勢であった。
「父上」
「なんだ」
「私は、今の自分を誇りに思っております――貴方を父として選んだ、自分に」
「俺はお前に、何も与えられそうにない」
父親のために懸命になっている娘に対し、父親は娘を見ずに自分の心と向かい合っている。意欲を失ったがらんどうの心に、溜息を吐いている。
今更、絶望はしていない。強敵と戦った程度で、意欲を取り戻せるとは思っていない。分かっていたことだ、どうにもならないと。
諦めているのではない。今もこうして掴もうと、足掻いている。無駄だと分かっていても、決して勝てない敵を相手に剣を向けている。
ただ、分かったことがある。俺の心はがらんどうであるが――決して、空虚ではない。きっとこの心は……
穢れが洗い流されて、空っぽになったのだ。
「だからせめて、お前達が与えてくれたこの想いに応えてやる」
観客席が、大いに湧き上がった。シュテルの瞳が、真っ赤に燃え上がっている――炎に輝いている、俺の剣に魅せられて。
大いなる風を纏ったアリシアの風がアギトの炎を煽って、刀身を太陽の如く染め上げている。俺の想いに応えて、彼女達が奮い立ってくれたのだ。
灼熱の剣を振り上げた俺を目の当たりにして、シュテルはその時初めて笑顔を見せた。
とても嬉しそうに、俺の想いに応えてデバイスを掲げた。
「疾れ、明星すべてを焼き消す炎と変われ!」
「御神流」
最後の一撃――
「真・ルシフェリオンブレイカー!」
「基礎乃参法、"貫"」
防御を掻い潜り、攻撃を届かせる為の技法――ただ、それだけである。
単なる基礎であって、御神流の剣士であれば誰でもこれが使える凡庸な技。
真・ルシフェリオンブレイカーの直撃を受けた俺は為す術もなく、吹き飛ばされた。当たり前のことが当たり前のように起きた、それだけである。
奇跡は起きず、俺は燃え尽きた――
もう、立てない。
「父上……父上!」
「……ば、か……回避、出来ただろうが」
直撃食らって地面に転がる俺を、シュテルが泣きながら駆け付けた――額に、魔力の激突痕を燻らせて。
俺の剣が、届いた。だから何だと、言うのか。自己満足に過ぎなかった。勝敗は、何も変わらない。俺は立てず、シュテルは傷を負っただけ。
シュテルは泣きながら、俺を罵倒した。
「どうして分かって下さらないのですか!?」
「シュ、テル……」
「魔法を発動するより前に、貴方の剣が私を斬ったのです――その後、私が貴方を倒して何の意味があるというのですか!」
「……」
「こんな惨めな勝利を私に与えないで下さい! お願いしますから自分の勝利に胸を張ってくださいよ、父上!!」
……シュテルの涙は暖かく、火照った俺にはとても冷たかった。
<続く>
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