とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第八十話






「静かなる風よ、癒しの恵みを運んで」


 鼓膜が破れているのに、女の案ずる声が耳に優しく聞こえてくる。天地が丸ごと引っ繰り返っていた脳みそが、癒しの風によって修復されていった。

AAランクに匹敵する回復魔法。至近距離の範囲空間内を限定とする代わりに負傷治療だけではなく、体力魔力回復やバリアジャケット修復の効果まで与える強力な蘇生術。

強力な補助魔法は壊れかけていた脳を修復し、思考を一から組み立て直していく。静かなる癒しと呼ばれる、インクリースタイプの補助魔法。使い手も限られる、高度な魔法技術。


――それほどの魔法を集中しても、回復に三時間もかかったと怒られた。


「使用禁止です」

「……神速の使用禁止はちょっとキツイんだが」


「シャカシャカシャカシャカ」

「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 金髪美人に病み上がりの脳をシェイクされるというのは拷問なのか、喜悦なのか。麻薬に似た酩酊に襲われて、悲鳴を上げて引っ繰り返った。二日酔いの百倍はキツイ。

救命チームの主任であるシャマルには、旅の鏡という特殊能力がある。クラールヴィントが構築する空間を繋ぐ鏡により、離れた場所の物体を取り寄せられる能力。

輪の内側の空間を目標の場所に直接繋げられるこの能力は攻撃ではなく、本来の用途は医療にあると聞いている。本来手の届かない臓器、脳みそ等にも直接治療が行える。


シャマルは目を尖らせながらも、繊細かつ丁寧に俺の脳を旅の鏡で治療する。


「シグナムが感心しておりました。たとえ一瞬であろうとも、自分の目でも捉えられない剣戟であったと」

「……剣の神様のようなあの人に評価されるのは光栄だな」

「そんな筈はないと、高を括っているようですね。その自覚の無さが、脳への計り知れないダメージを与えたんですよ。
フィリス先生より大事を預かる医者として、貴方の神速を禁止します。次に使用したら、問答無用でドクターストップをかけます」

「ぐぬぬ……一瞬しか使っていないのに、それほどの大事か」

「忍さんと那美さんが失神しているんですよ。彼女達にも大きな反動が帰ってくるんです、彼女達の脳まで壊すつもりですか」

「分かった、分かった。決闘ではもう使わないよ」


 神速でも一人では使用できないのに、重ね掛けなんぞやってしまって許容量を越えてしまったらしい。脳は一部分でも壊れれば、重大な後遺症を残してしまう。

特に剣技と魔法の合わせ技は制御が非常に難しく、正に心技一体を体現しなければならない。忍や那美、アギトやアリシア、オリヴィエ達の協力がなければ不可能だ。

俺一人ならばともかく、仲間達まで傷つけてしまってはならない。俺の都合に付き合わせているのだ、たった一勝に命懸けなんぞ馬鹿馬鹿しい。


それに――


「次の対戦相手は、魔導の申し子のような天才だからな。剣より魔法の実力が試される」

「あの子はまぎれもなく、魔導の王です。貴方の子供であることが、今でも信じられません」


「ようやく我の出番だな、父よ。偉大なる父の胸を借りるこの日を待ちわびていたぞ」


 次の対戦相手は、ロード・ディアーチェ。レヴィとの決闘で脳が再起不能になりかけていたのだが、俺の復活をまるで疑っていなかったかのように意気揚々としていた。

闇統べる王を名乗る大魔導師、"聖王"の正統後継者である自負からの騎士甲冑装着。黒いメッシュの入った髪は俺譲りである事を誇り、エルシニアクロイツスタイルで挑んでくる。

俺と同類の魔女を見事に制圧した、常勝不敗の王。闇と暗黒という恐るべき属性を生まれ持ち、次元世界最高クラスの魔力量を保有する戦闘要塞である。


一度も戦ったことはないのだが、この子は誰よりも俺を崇拝して見上げている。


「シュテルやレヴィのみならず、あのユーリまで完敗させるとは恐れ入った。恥を承知で言わせてもらうと、父を初めて見知った時不確かな実力を案じていた。
我をこの世に誕生させた父への尊敬は欠かす事などなかったが、我の父として相応しき実力は備えていないのではないかと勘繰っていたのだ。

今にして思えば、我は実に不見識な娘であった。父の娘ととしてあるまじき事ではあるが、どうか寛容な心で受け止めてほしい」


 ……まったくもって正しい見解なのだが、本気で恥じている様子なので頭ごなしに否定するのも可哀想だ。どちらにしても戦えば、明らかとなる。

レヴィやユーリはともかくとして、初対面で交渉を持ち掛けてきたシュテルは俺の実力を知っている。あの子はその上で堂々と戦い、勝利という敗北を甘んじて受けた。

ディアーチェは俺のどういった面を見て、実力を測ったのか分からない。ただユーリ達との戦いを通じて、俺なりに心境の変化は確かにあった。


竹刀を抜き放ち、神刀を解き放つ。ユニゾンデバイスを体内に宿した上で、俺はディアーチェに胸を張った。


「俺の実力は、今この場で見せてやろう。全力で来い、ロード・ディアーチェ!」

「我は宮本良介の娘、ロード・ディアーチェ。全力で打ち破ってみせる」


「始め!」


 ディアーチェが杖を振りかざすと、誘導性のある高速の魔力弾を撃ち出される。速くて鋭い魔力の弾丸、回避という選択肢は頭の片隅にも有りはしなかった。

確実に誘導されるのであれば、迎え撃つまでの事。初弾を剣で切り払い、次弾を風で薙ぎ払い、連続弾を炎で焼き払う。仲間達がいるからこその、三位一体。

かすり傷一つ負わなかったが、心理的影響は大きい。実力差はやはり濃厚、俺一人であれば初弾を撃ち落とした時点で終わっていた。劣等感は否が応でも高まる。


それでも、気持ちは落ち着いている。焦燥は全くといっていいほど、無かった。


「連続技」


 本来、剣の技には名前がない。本質が重要なのであって、技名は名称の域を出ていない。勝敗を決するために、技巧に名称を必要としただけだ。人を斬る技を、誇っても仕方がない。

エルシニアダガー、連射可能な高速弾をディアーチェが発射してくる。豊富な魔力量に限界はなく、先に剣士の体力が尽きるのは必至であった。ゆえにこそ、剣の技を連続する。

一本目の打突で弾を打ち込み、この一本で敵の連携が崩れて隙ができたところを突き進み、二本目、三本目と打突を決めて、魔力弾を撃ち落としていく。

高速の魔力弾は確かに脅威だが――感情無き攻撃は、決して恐ろしくない。人を殺さんとする、剣士の業に比べれば。


「小手面打ち」


 正しい姿勢で打ちこんだが、ディアーチェは余裕を持って上昇。地面に這うだけの剣士の技では、空を飛ぶ鳥は落とせない。確かにその通りだが、俺は剣を振るう剣士である。

挫折なぞせず常に打った後、待ち構える。不発に終わったとしても、相手の隙があれば打っていく姿勢こそが大切。初太刀で斬る極意は、江戸の世で廃れてしまった。

剣を構えて空を見上げるだけの俺に、ディアーチェは怪訝な顔を向ける。後続で襲い掛かってくると思っていたのだろう、拍子抜けだとその顔が訴えていた。


決闘の場に静寂が訪れた、が……


「来ぬのであれば、こちらから行くぞ! アロンダ――」

「隙を見せたな」


 やはり、俺の娘だった。攻撃が来なければ、チャンスだと認識する。敵の追撃がなければ、自分の番であると強者の誇りが訴える。その認識は、正しい――弱者が相手でなければ。

相手が自分より強ければ、先制攻撃には何のチャンスもない。だからこそ、絶望的実力差を見上げるだけ。圧倒的高みにいる相手を、冷静に見上げなければならない。

今まで、俺には出来なかった。自分より強い相手には勝てないから、勝てそうな機会を決して見逃さない。結果として勝利は出来たが、その度に傷つき続けた。

俺は意欲こそ失ったが、ようやく剣士である事を捨てられた――剣に拘ることを、やめられたのだ。


振りかぶって――剣を、投げた。


「なっ!?」


 闇統べる王の心に突き刺さる、悪夢――危機に陥った自分を救う為に、自分の父親は剣を捨てた。その時から、剣士である父親は剣の意欲を失ってしまった。

あの子が、責任を感じない筈はなかった。人知れず、延々と悩み続けていたのは分かっている。そんな彼女に何も言わなかったのは、ひとえにこの瞬間の為。

トラウマをついたのではなく、そのトラウマを切り裂く一撃。同じ行為を再び他でもない俺が繰り返すことで、既に克服したのだと見せつけたのだ。


さあ、見届けるがいい。過去の後悔を乗り越えた、父の強さを。


「人魔一体」


 もはや、他人の力を借りることに何の躊躇もなかった。

勝つためではなく、勝とうとする為に、自分の出来ることは全てやるのだと決めたのだ。


『ネフィリムフィスト!』


 一秒経過――上空へ投げた竹刀に、俺に取り憑いた聖王が一足で飛び乗った。


『リボルバー・スパイク』


 かつてない、一体感。ユニゾンすら超える一体化を経て、アギトの支援を受けた火炎ジェットによる跳び廻し蹴りが、ディアーチェの頬を蹴り抜いた。

血反吐を吐きながら態勢を整える娘に対して、空中での打ち下ろし回し蹴り。見事な連続技だが、天才には見切られて防御。高度かつ硬度なシールドが貼られた。

堅牢な城壁に等しいディアーチェのシールド、破るのは非常に困難である。


『アクセル』


 ニ秒経過――拳。


『スマッシュ』


 三秒経過――拳、拳……


『フィニッシュブロー』


 四秒経過――拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳、拳……


もう一度言う、シールドを破壊するのは困難である。困難であって不可能ではない、そんな日本語の言い回しをするつもりはない。俺には、無理だった。俺の体を使っても、無理だ。

絶対に不可能だが、攻撃をやめる理由にはならない。破壊できなくても、攻撃である。本人もシールドも壊せなくても、それでも攻撃なのだ。

不可能だと分かっていながら全くやめない連続攻撃に、ディアーチェは不愉快げに眉をしかめた。痛くなくても、攻撃され続けている事は彼女のプライドに触った。

俺がかつて持っていた、プライド。俺のは単なるメッキであったが、それでも確かにあった――そして、今は捨てている。

実力差は明白、勝てないのは分かっている。シールドは硬い、壊せないのも分かっている。


でも、殴る。


「ぬうう……フルドライブバースト!」


 シールドが四散、破壊されたのではない。飛び散った濃厚な魔力が5つの魔法陣を展開、それぞれの魔法陣から暗黒のエネルギーが爆発的に放射されて天空を闇に染める。

紫天に吼えよ、我が鼓動。出よ、巨重ジャガーノート。巨大な魔力弾を同時に飛ばして敵である俺に降り注がせ、巨大な爆発を起こして地面に押し潰すディアーチェの必殺技。

これで終わりだった。無駄な抵抗、お疲れ様としか言いようがない。実力差は歴然、仲間達の力を借りても自分自身が弱ければ何の意味もなかった。

最初からこの結末を分かっていた上で、勝とうと努力した。無駄な努力だと分かっていても、俺は全力を尽くした。


結末は何も変わらずに、世界はこれで終わる。


"何故、戦ったのですか――恥を晒すと知りながら"

"他でもないあんたならば、よく分かるだろう"


 たとえ負けると、自分が死ぬのだと分かっていても。


"大切な人達の為にあんたは戦ったんだろう、おふくろよ"

"っ……貴方を絶対に、歴史の敗者になぞさせない!"


 "五秒"、経過。



「聖王、断空剣!!」



 剣を足場に練り上げた力を拳足に乗せて撃ち出す「断空」という奥義――闇を切り裂く、光の剣技。

闇は光より重く、光は闇よりも速い。ジャガーノートが降り注ぎ、聖王断空剣が斬り上げる。俺が地面へと押し潰されて、ディアーチェは上空へ斬り飛ばされた。

蛙のように潰されて声も出ないが、幸いにもかろうじて意識は残っている。上空から舞い降りたディアーチェは騎士甲冑を両断されたが、


彼女は、立っている。


「一つ、聞かせてほしい」

「……」

「何故、我は――負けたのだろうか」


 俺はもう、動けない。ディアーチェはまだ、動ける。勝敗は誰がどう見ても、明らかだった。


「次こそ、勝つ為だ。俺達には、それしかない」

「……うむ!」


 晴れやかに笑って、ディアーチェはそのまま膝をついた。救命チームが飛んでくるのが見える。これで決着だった。

今までにないほどに、心が澄み渡っているのが感じられる。オリヴィエとの一体化に、違和感が感じられなくなった。

何故母と呼んでしまったのか、よく分からない。ただ偶然であろうとも、似た者同士だとは思った。だから、とても可笑しい。


晴れやかになろうとも、荒御魂は成仏しない。意欲を失っても、剣士が剣を振るうように。 













<続く>








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