とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第六十八話







 ――ところで。


「お前、誰なんだ」

「おとうさまの娘、ディードです」

「また身に覚えのない家族が誕生してしまった」


 思わず剣戟に興じてしまったが、熱が冷めてみると残されたのは冷静な疑問だった。抱き上げられて大いに満足したのか、我が子を名乗る娘は剣を収めている。

双剣使いの少女、ディード。綺麗な栗色のストレートヘアにカチューシャをつけた、見栄えのする美しい少女。日本人に見えなくはないのだが、紅玉の瞳が否定している。

シュテル達は俺の法術で産み出された少女達なので、娘だと主張するのはよく分かる。だがあの子達は例外中の例外であり、この子には全く身に覚えがなかった。


そもそも少女の容姿と年代が、時系列的に合わない。性交渉で産まれたのであれば、俺が孤児院にいた頃に孕ませた事になってしまう。


「質問を変えよう。俺が父親だと言った奴は誰なんだ」

「おとうさまより受け継いだこの剣が、おとうさまの娘であることを肯定しております」

「うーん、この剣馬鹿さ加減が確かに俺の娘っぽいんだが」


 一般人なら鼻で笑うことを堂々と語るこの姿勢は、俺によく似ている。容姿よりも如実に、俺の娘だと本能に訴えかけている。だからこそ、余計に分からん。

そもそもの話、俺が父親だとすると母親は誰なのだろうか。実に聞きたくない質問なのだが、好奇心が勝ってしまう。忍とか言われたら、姥捨て山行きにしてしまいそうだ。


恐る恐る聞いてみると、可愛らしく小首を傾げられた。何なんだよ、その気になる反応は。


「おかあさま、ですか?」

「うむ、父親がいるのであれば母親も居るだろう」

「おりません」

「母親が居ない!?」

「はい」

「いや、ハイじゃなくて……一番重要なポイントじゃないのか、そこは」


「何故でしょうか。わたしにはおとうさまがおります。愛するおとうさまがいれば、わたしは剣士として生きていけます」


 この徹底した剣士としての生き様はこの子の本質なのか、教育による賜物なのか。初めて会ったのに、何でこれほどまでに父親を慕えるのだろうか。

俺は両親と呼べる人間の居ない捨て子なのだが、こうして物心がついた今でも会いたいとも何とも思わない。両親への愛なんて今まで、一度も芽生えた事がなかった。

これは俺に限った話ではなく、同じ孤児院に居たガリやデブも親を求めなかった。デブは大金持ちの西洋貴族に養子入りしたが、狙いは親ではなく出世だ。家柄しか望んでいない。


この子の目は母ではなく、眼の前に居る父を望んでいた。これほどの美人さんなのに、母の血を望まないとは気の毒としか言いようがない。


「もしかして先程の潜水娘も、俺の娘だと言うのか」

「とんでもございません。わたし達の中でおとうさまの遺伝子を受け継いだのは、わたしと"オットー"の二名です。
わたし達こそおとうさまに選ばれたうんめいの子供、祝福をさずかりまして産まれました。おとうさま、ほめてくださいますか」

「分かった、分かった、落ち着け。そんなに目を輝かせて迫らないでくれ!?」


 ツッコミどころ満載の説明に頭痛がするものの、何となく想像はついた。背景は理解しつつあるが、納得も何もあったものではない。何てことしやがるんだ、あいつは。

振り返ってみると、心当たりはある。遺伝子と言うべきか、聖地で戦っていた頃に一度俺の血を持って行かれた事があった。そもそも白旗で活動している時、俺と接触する機会は多々あったのだ。

詳しい説明は聞いていなかったが、遺伝子というなら髪や爪でも採取可能との事だ。共同生活をしていれば、採取するのは難しくない。だが何より血を持っていかれたのは、今にして思えば致命的だった。


――と、ちょっと待て。


「オットー? もしかしてもう一人、いるのか!?」

「わたし達は双子です、おとうさま。ごあんしん下さい、あの子もおとうさまを正しく受け継いだ聖なる子です」

「俺によく似ている時点で、人間失格という気もするが……そいつは何処に居るんだ」


「おとうさまの子を名乗るふとどきものを、成敗しております」

「コラ―!?」


 言われてみれば、同行していた筈のレヴィやシュテルが一向にこちらへとやって来ない。父親っ子のあいつらが、俺をいつまでも放置する事なんてありえない。もう一人の子に襲われていたのか。

まずはディードを叱りつけた上で、溜息を吐いた。どういう教育をされたのか、この子の選民思想を見ればよく分かる。どうせまた俺に関して、有る事無い事を思いっきり絶賛しながら吹き込んだのだろう。

時空管理局本局内に武装なんぞ持ち込めないが、あの潜水娘の能力ならば容易く持ち込める。剣戟に興じていて気付かなかったが、ディードの双剣もアウトである。一応、預かっておこう。


嫌がるかと思ったのだが、父親であれば抵抗はなかった。むしろ恭しく渡されて、拍子抜けさせられる。


「これがお前の固有武装と呼ばれる、ツインブレイズか。お前があいつらの姉妹ならば、固有能力もあるのか」

「おとうさまの剣に、余分な能力など不要です。わたしは剣士、自分の刃を自在に振るうのみです」

「なるほど、剣に特化した能力なのか」

「――さすがです、おとうさま」

「何がだ」


「まだお会いしていないオットーの勝利を、疑いもせず堂々としていらっしゃる。必ずや、ご期待にお応えしてご覧に入れます」

「あー、そっちね」


 なるほど、オットーがシュテル達と戦っていると聞いても動じない事を期待と受け止めたのか。嬉しそうに何度も頷いているディードに、俺は無難に頭を撫でてやった。

娘達が襲われていると知れば、親であれば真っ先に向かうべきだろう。此処は時空管理局の施設、トラブルが起きても大変だ。子を預かる俺の責任として、事態を収拾するべきだ。

その理屈は一般論として十分理解できるだけに、ディードの言葉に殊更に否定はしなかった。確かに、自分の子供の勝利は信じている。


ただし、ディードの期待とは若干以上に異なるのだが。


「――ディード、ごめん。遅くなってしまった」

「おとうさまはこちらよ、オットー。とてもご立派な剣士、想像以上にステキな方よ。ご挨拶して」


 栗色のストレートヘアであるディードと確かに類似した容姿だが、遺伝子の作用なのか中性的な顔立ちをした子が馳せ参じた。

散切りの茶髪に中性的な外見をした、子供。ディードと似た理性的な顔立ちだが、表情が表に出ていない点が異なっている。寡黙という意味では、俺に親しいかもしれない。

佇まいとしては立派で、実に姿勢がいい。フランスの貴公子であるカミーユと同じく惚れ惚れとする顔立ちは、性別問わず人を惹き付ける。


実際に俺を前にして、言葉を失っていた。


「この子は剣を持っていないのだな」

「おとうさんの剣は、ディードが継いでいる。僕は、おとうさんの思想を継ぎたい」

「俺の思想……?」


 ……思想なんてものが、俺にあっただろうか?


天下無双の夢も今にして思えば、言葉だけの飾りでしかなかった気がする。出逢った頃のアリサも、馬鹿馬鹿しいと笑っていた。

多分、剣士として生きる上での目標が欲しかったのだろう。だからこそゴールを見定めて、勝手に名前をつけた。そんなゴールを目指してもいないのに、カッコ良さそうだから語っていた。

今となっては、笑い話でしかない。こんな俺に、今更何の思想があるというのか。情熱も無くしたと言うのに、考え方なんぞありはしない。


自分でも分からない思想を、自分の子を名乗るオットーが深呼吸をして表明した。


「確たる、存在――この世の誰でもない、おとうさんの子として生を全うする」

「――他の誰でもない、自分自身」

「僕を産んで下さって、ありがとう。この命、世に誇れるものとするよ」


 他の誰でもない自分、宮本良介という一個人――価値ある者とするべく、俺は剣を持って世界に飛び出した。


どうして、忘れていたのだろうか。そうだ、俺は立派な剣士になりたかった。剣士という存在、それが立派だと夢見たからこそ剣を振るうことを望んだのだ。

夢なんて大層なものじゃなかった。教養も何もない自分には誇れるものがなかったが、チャンバラごっこだけは強かった。誰にも負けなかった。


だから、楽しかった。だから――剣士にならなれると、思った。


「……そうか、立派な夢だな」

「褒めて、くれるの?」

「誰にも理解されなくても、俺なら分かるからな」

「だって僕は、おとうさんの子供だから」


 きっと周囲からは、誰にも理解されなかったのだろう。俺から言葉をかけられて、オットーは無表情の仮面を崩して声を震わせた。ディードも真っ直ぐな涙を零している。

馬鹿な子達だと、思う。地球でも、ミッドチルダでも、どの世界であろうと受け入れられない生き方だ。馬鹿なことをしていると、ご立派な大人達は笑うだろう。

そんな大人達に反発した頃もあったが、親となった今では彼らを否定したりはしない。むしろ親として、真っ当に生きるように教育するべきだ。彼らは、正しい。

だけどそれでも、俺は自分と同じ生き方をしようとするこの子達が可愛いと思えるのだ。誇らしく、思えるのだ。


「おとうさん、僕達を差し置いて貴方の娘を名乗る子達をつかまえたよ」


「ぐわー、やられたー」

「捕まりました」

「大人になったな、お前達」


 オットーの固有能力なのか、光の輪で拘束されているレヴィとシュテルが連行されている。完全無欠に平気な顔をして、芝居じみた顔で捕らえられていた。

時空管理局内の施設で騒ぎを起こせば、被害者加害者問わずに問題扱いされる。当事者が全員子供であれば、当たり前だが親の責任となる。

そうした背景を考慮して、多分レヴィ達はほぼ無抵抗で捕まったのだろう。一応格好が付く形でシュテル達が抵抗してくれたのか、オットーも少し誇らしげだった。


シュテル達が本気で戦えば返り討ちは必須だったのだが、よく大人の対応をしてくれたものだ。信頼に応えてくれた、後で褒め称えよう。


「では参りましょう、おとうさま。お待ちかねです」

「まだ、誰か居るのかよ……」


「はい、わたし達の主人が貴方をお待ちです」


 親ではなく主であるのだとディードは促し、オットーも首肯して案内を申し出る。

尾行劇から続く今回の事件の黒幕――どうやらあいつらとは違うようだが、一体何処の誰なのか。


無限書庫の最深部へと、足を踏み入れていく。












<続く>








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